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その9
初めてのクエスト
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さてお城でそんな陰謀が進行しているとはつゆ知らずナロー姫は従者シールズと共に冒険者としての修業をスタートしようとしていました。
「へっぽこ亭」で一泊した翌朝、早起きしたナロー姫とシールズはおばさんが作ってくれた朝食を食堂でお腹いっぱい食べました。
それから意気揚々と厩舎から馬を出しそれに乗って二人で宿屋を出発しました。
目的地は「へっぽこ亭」から少し離れた場所にある国境近くの森です。
シールズが言うにはこの森は冒険の初心者が経験を積むには最適の場所との事です。
昼なお暗きこの森は多くの魔物の住処でしたが奥深くまで入らなければ強力な魔物は出現せず森の入り口付近に現れるのは最弱に近いモンスターばかりなのでナロー姫にはちょうどいいとシールズは考えたのでした。
馬に乗った二人は鬱蒼と茂る木々の間をゆっくりと進みます。
さすがのナロー姫もちょっと怖いのか隣で馬を並べて付き従うシールズの方をチラチラと横目で見ています。
するとシールズが何かに気づいたように腕を上げて前の方を指差して言いました。
「見てください、姫様。獲物が現れましたよ」
ナロー姫が驚いて前方を見ると二人の進行方向、森の奥へと続く木々に挟まれた一本道の真ん中に両手を広げたくらいの大きさの丸くてぷよぷよした青っぽい半透明の物体が地面にへばりつく様に横たわっていました。
「姫、あれがかの有名なスライムですよ。さあやっつけちゃって下さい」
シールズがナロー姫をせっつきます。
しかしナロー姫はシールズの指示を受けてもどうすれば良いのか判らず戸惑うばかりです。
「あ、あれがスライム。ゲームやラノベによく出てくるモンスターですわ。で、でも一体どうすればー」
隣で軍馬に跨るシールズは激しく腕を振ってナロー姫に指示を出します。
「何でもいいから攻撃するんです。魔法でも武器による直接攻撃でも。いくら姫でも必ず勝てます。そうすれば能力値のレベルが上がっていずれはもっと強い魔物とも戦える様になります」
「わ、わかりましたわ」
ナロー姫はシールズにうながされ仔馬を駆って地面に横たわるスライムの方へ近づきます。
シールズは後方からナロー姫の様子をじっと見ています。
スライムの前まで来たナロー姫は仔馬に乗ったまま手にした魔法の杖を両手で振り上げスライムを殴る構えを取りました。
振り下ろされた魔法杖の一撃でスライムのゼリー状の身体は跡形も無く四散するはずです。
ナロー姫は目標であるスライムの丸っこい姿を馬上からじっと見つめます。
そして力を込めて杖を打ち下ろそうとしたその時ー。
青く半透明なスライムの身体に二つの丸い目が浮かび上がりました。
そのつぶらな両眼はナロー姫の顔を無邪気に見つめ返します。
「・・・」
上段に振り上げたナロー姫の杖が力なく下に落ちます。
背後で馬に乗りナロー姫を見守っていたシールズはびっくりして彼女に声をかけました。
「どうしました、姫?!早くしないと逃げられます!」
ナロー姫が答えます。
「・・・出来ません」
「へ?」
馬上で素っ頓狂な声を上げるシールズ。
「可哀想で出来ませんわーっ!!!」
ナロー姫の悲痛な叫びが静かな森に響き渡ります。
その瞬間、シールズはガクリと大きくのけぞり危うく落馬しそうになりました。
それからしばらくして森からトボトボと引き返してくる大小二つの馬影がありました。
それはもちろんナロー姫とシールズでした。
結局彼らは一匹も魔物を倒す事が出来ませんでした。
仔馬に揺られながら泣きベソをかきシールズに不満をぶつけるナロー姫。
「こんなのおかしいですわ!罪も無い生き物を殺さなきゃレベルが上がらないなんてー。人間のエゴですわ!!」
彼女の隣で軍馬に乗るシールズもぐったりと疲れている様子でした。
ナロー姫に反論する元気もなく言葉少なに彼女に言いました。
「とにかく今日はもう宿屋に帰って休みましょう。明日また仕切り直しです。別のクエストに挑戦しましょう」
「うう~っ、わかりましたわ」
泣きベソをかきながら返事をするナロー姫。
彼女の冒険者としての前途には早くも暗雲が立ち込めて来た様でした。
「へっぽこ亭」に帰った二人はその晩は食事と入浴を済ませた後すぐに就寝しました。
翌日の新たなクエストに備える為です。
さあ、果たして今度はうまくいくのでしょうか?
翌日の朝、二人はまた早起きしおばさんの朝ご飯をお腹いっぱい食べた後、昨日とは別の方角へ馬に乗って出かけて行きました。
一晩ゆっくり休んだおかげでナロー姫は再び元気を取り戻していました。
仔馬に乗って身体を揺らしながら隣で大きな軍馬に乗って付き従うシールズに尋ねます。
「今日はどうするんですの?モンスター退治とは別のクエストなのですか?」
軍馬に跨るシールズは答えます。
「今日は薬草を取りに行きます。これなら戦う必要はないし第一安全です。出来る事から始めてコツコツとスキルを上げましょう」
ナロー姫も頷きます。
「わかりましたわ。地道に一歩ずつですわね」
どう見ても戦いには不向きなナロー姫にいきなりモンスター退治をやらせたのは先走り過ぎだったとシールズは反省しました。
ですからまずは安全で簡単な薬草取りをやらせて少しでも自信をつけさせようと思ったのです。
小さな成功体験を積み重ねて自信をつければいずれは大きな困難にも打ち勝つ強い精神力を身に付ける事か出来ると考えたのです。
そんな訳で二人は薬草を取りに行くクエストを開始したのでした。
目標となる薬草は高い山の林の中や岩場に生えており馬に乗って目的地まで行くのは不可能だったので彼らはふもとの農家に馬を預け徒歩で山を登り始めました。
温室育ちのナロー姫にとって急な山道を歩くのはかなり大変だったのですが彼女はここが踏ん張りどころだと考え必死に頑張りました。
ところがー。
二人で山の中腹まで登り涼しい木陰で寝転んで休憩していた時の事でした。
なんとシールズがついウトウトと昼寝をしている間にナロー姫がいなくなってしまったのです。
実はナロー姫は彼が寝ている間に目の前に飛んできた綺麗な蝶を追いかけてフラフラと深い山奥にまで入り込んでしまいとうとう迷子になってしまったのでした。
シールズが目覚めた時には周りにナロー姫の姿はなく付近を捜しても見つかりません。
結局、翌日の昼過ぎにナロー姫は必死に彼女を捜していたシールズによって山奥で動けなくなり木の根元で泣きベソをかいている所を発見されました。
歩き疲れたナロー姫は自力で歩く事も出来ず泣きながらシールズにおんぶされてやっとの事で下山したのでした。
もちろんお目当ての薬草を手に入れる事はできませんでした。
こうしてナロー姫はまたしても大失敗してしまったのです。
[続く]
「へっぽこ亭」で一泊した翌朝、早起きしたナロー姫とシールズはおばさんが作ってくれた朝食を食堂でお腹いっぱい食べました。
それから意気揚々と厩舎から馬を出しそれに乗って二人で宿屋を出発しました。
目的地は「へっぽこ亭」から少し離れた場所にある国境近くの森です。
シールズが言うにはこの森は冒険の初心者が経験を積むには最適の場所との事です。
昼なお暗きこの森は多くの魔物の住処でしたが奥深くまで入らなければ強力な魔物は出現せず森の入り口付近に現れるのは最弱に近いモンスターばかりなのでナロー姫にはちょうどいいとシールズは考えたのでした。
馬に乗った二人は鬱蒼と茂る木々の間をゆっくりと進みます。
さすがのナロー姫もちょっと怖いのか隣で馬を並べて付き従うシールズの方をチラチラと横目で見ています。
するとシールズが何かに気づいたように腕を上げて前の方を指差して言いました。
「見てください、姫様。獲物が現れましたよ」
ナロー姫が驚いて前方を見ると二人の進行方向、森の奥へと続く木々に挟まれた一本道の真ん中に両手を広げたくらいの大きさの丸くてぷよぷよした青っぽい半透明の物体が地面にへばりつく様に横たわっていました。
「姫、あれがかの有名なスライムですよ。さあやっつけちゃって下さい」
シールズがナロー姫をせっつきます。
しかしナロー姫はシールズの指示を受けてもどうすれば良いのか判らず戸惑うばかりです。
「あ、あれがスライム。ゲームやラノベによく出てくるモンスターですわ。で、でも一体どうすればー」
隣で軍馬に跨るシールズは激しく腕を振ってナロー姫に指示を出します。
「何でもいいから攻撃するんです。魔法でも武器による直接攻撃でも。いくら姫でも必ず勝てます。そうすれば能力値のレベルが上がっていずれはもっと強い魔物とも戦える様になります」
「わ、わかりましたわ」
ナロー姫はシールズにうながされ仔馬を駆って地面に横たわるスライムの方へ近づきます。
シールズは後方からナロー姫の様子をじっと見ています。
スライムの前まで来たナロー姫は仔馬に乗ったまま手にした魔法の杖を両手で振り上げスライムを殴る構えを取りました。
振り下ろされた魔法杖の一撃でスライムのゼリー状の身体は跡形も無く四散するはずです。
ナロー姫は目標であるスライムの丸っこい姿を馬上からじっと見つめます。
そして力を込めて杖を打ち下ろそうとしたその時ー。
青く半透明なスライムの身体に二つの丸い目が浮かび上がりました。
そのつぶらな両眼はナロー姫の顔を無邪気に見つめ返します。
「・・・」
上段に振り上げたナロー姫の杖が力なく下に落ちます。
背後で馬に乗りナロー姫を見守っていたシールズはびっくりして彼女に声をかけました。
「どうしました、姫?!早くしないと逃げられます!」
ナロー姫が答えます。
「・・・出来ません」
「へ?」
馬上で素っ頓狂な声を上げるシールズ。
「可哀想で出来ませんわーっ!!!」
ナロー姫の悲痛な叫びが静かな森に響き渡ります。
その瞬間、シールズはガクリと大きくのけぞり危うく落馬しそうになりました。
それからしばらくして森からトボトボと引き返してくる大小二つの馬影がありました。
それはもちろんナロー姫とシールズでした。
結局彼らは一匹も魔物を倒す事が出来ませんでした。
仔馬に揺られながら泣きベソをかきシールズに不満をぶつけるナロー姫。
「こんなのおかしいですわ!罪も無い生き物を殺さなきゃレベルが上がらないなんてー。人間のエゴですわ!!」
彼女の隣で軍馬に乗るシールズもぐったりと疲れている様子でした。
ナロー姫に反論する元気もなく言葉少なに彼女に言いました。
「とにかく今日はもう宿屋に帰って休みましょう。明日また仕切り直しです。別のクエストに挑戦しましょう」
「うう~っ、わかりましたわ」
泣きベソをかきながら返事をするナロー姫。
彼女の冒険者としての前途には早くも暗雲が立ち込めて来た様でした。
「へっぽこ亭」に帰った二人はその晩は食事と入浴を済ませた後すぐに就寝しました。
翌日の新たなクエストに備える為です。
さあ、果たして今度はうまくいくのでしょうか?
翌日の朝、二人はまた早起きしおばさんの朝ご飯をお腹いっぱい食べた後、昨日とは別の方角へ馬に乗って出かけて行きました。
一晩ゆっくり休んだおかげでナロー姫は再び元気を取り戻していました。
仔馬に乗って身体を揺らしながら隣で大きな軍馬に乗って付き従うシールズに尋ねます。
「今日はどうするんですの?モンスター退治とは別のクエストなのですか?」
軍馬に跨るシールズは答えます。
「今日は薬草を取りに行きます。これなら戦う必要はないし第一安全です。出来る事から始めてコツコツとスキルを上げましょう」
ナロー姫も頷きます。
「わかりましたわ。地道に一歩ずつですわね」
どう見ても戦いには不向きなナロー姫にいきなりモンスター退治をやらせたのは先走り過ぎだったとシールズは反省しました。
ですからまずは安全で簡単な薬草取りをやらせて少しでも自信をつけさせようと思ったのです。
小さな成功体験を積み重ねて自信をつければいずれは大きな困難にも打ち勝つ強い精神力を身に付ける事か出来ると考えたのです。
そんな訳で二人は薬草を取りに行くクエストを開始したのでした。
目標となる薬草は高い山の林の中や岩場に生えており馬に乗って目的地まで行くのは不可能だったので彼らはふもとの農家に馬を預け徒歩で山を登り始めました。
温室育ちのナロー姫にとって急な山道を歩くのはかなり大変だったのですが彼女はここが踏ん張りどころだと考え必死に頑張りました。
ところがー。
二人で山の中腹まで登り涼しい木陰で寝転んで休憩していた時の事でした。
なんとシールズがついウトウトと昼寝をしている間にナロー姫がいなくなってしまったのです。
実はナロー姫は彼が寝ている間に目の前に飛んできた綺麗な蝶を追いかけてフラフラと深い山奥にまで入り込んでしまいとうとう迷子になってしまったのでした。
シールズが目覚めた時には周りにナロー姫の姿はなく付近を捜しても見つかりません。
結局、翌日の昼過ぎにナロー姫は必死に彼女を捜していたシールズによって山奥で動けなくなり木の根元で泣きベソをかいている所を発見されました。
歩き疲れたナロー姫は自力で歩く事も出来ず泣きながらシールズにおんぶされてやっとの事で下山したのでした。
もちろんお目当ての薬草を手に入れる事はできませんでした。
こうしてナロー姫はまたしても大失敗してしまったのです。
[続く]
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