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第4話
列車の中で考えた事
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ガタンガタンと揺れる列車の中でわたしはさらに考えを巡らせた。
考えてみれば戦争の歴史もわたし達にとっては負の遺産だと言えると思う。
わたしの勤める小学校では平和教育の一環として今日のように戦争体験者を学校に呼んだり広島に近い事から毎年原爆資料館を生徒に見学させたりしている。
今年の夏ももうすぐその行事が行われるはずだ。
戦争の記憶を子供たちに伝え二度と同じ過ちを繰り返さない為に。
しかしー。
今日、学校で行われた男性の講演に対する子供たちの態度があまり良くなかったように広島への訪問と見学に対する子供たちの反応もなかなか大人達の思惑通りにはいかなかった。
戸惑いと無関心そして理解できない恐怖ー。
恐らく子供たちには分かっていないのだ。
何故、大人たちが自分達にこんなものを見せるのか。
どうして負の遺産を一方的に背負わせようとするのか。
恐怖と苦痛に満ちた死の記憶をー。
もし次の戦争を防ぎ死んでいった人々の犠牲を無駄にしない為だと言うのならどうして過去の戦争が起こったかについても子供たちに理解させる必要があるだろう。
原因が解らなければ結果は防げないのだから。
だが先の戦争がどうして起こったかを子供たちに理解できる様に説明できる大人が果たして何人いるだろう?
先の大戦においては当時の日本が推し進めていた武力による隣国への植民地支配に対して同様の政策をとっていた他の列強諸国が反発し利害の衝突が起こった事が戦争の直接の原因だとされている。
大きな犠牲を払って得た領土を日本は手放そうとはせずそれが他国の反発を招いた。
やがて国際的に孤立し経済封鎖を受けた日本は戦争という強硬手段で事態を打開しようとしたのだ。
あの時代の日本を含めた列強諸国は自国の利権を確保するために他の弱い国々に侵攻しその国の資源を奪い現地の人々を労働力として使い搾取していた。
それは今の時代の基準では完全な悪だが当時の常識では必要な事とされていた。
戦前の日本は今よりも遥かに貧しい国だった。
資源を持たない小さな島国が他の列強に対抗し豊かになる為には対外進出をするしか方法がないと思われていたのだ。
またそれにより生じる他国の劣った民族や自国の兵士の多少の犠牲は仕方がない事だと見なされていた。
まるで動物が食物を得るとき当たり前に他の弱い生き物を狩って殺すようにー。
そして幸福に向かって邁進していた人々はそれについて罪悪感を覚えたりはしなかったのだ。
おそらく当時の日本人は貧しく苦しい悲惨な境遇から抜け出したかっただけなのだろう。
自分や家族そして周囲の大切な人たちを幸せにしたかっただけなのだ。
たとえ自分の幸福とは関係の無い「他者」を犠牲にしたとしても。
それしか取るべき道は無いと思っていたのだ。
それは戦争が外交の手段として簡単に使われていた弱肉強食の時代においては当たり前の考えではあった。
しかしそれを子供たちに説明するのは難しい事だ。
それを理解させるにはまず自己の幸福を基準にして他者を含めた周囲の世界を認識しその価値を判断する人間の性質について話す必要があるだろう。
人間は時には過酷で理不尽なその世界にただ一人向き合い己れが幸せになる為の生き方を決めるのだ。
そして人間の感じる善悪の本質が実は個人の内面に存在する幸福への欲求や願望そしてそれが損なわれる事への恐怖を外部に投射したものである事を。
だから個々の人間の行動原理である善悪は自らの幸福を大前提とする恣意的で主観的なものでありその時々の状況と各個人の心の動きとの兼ね合いによって様々に移ろい変化するのだ。
おそらく戦争の時期にそれを推進し加担した人々はそれによって生じる犠牲を仕方の無い必要悪だと感じていたのだろう。
彼らにとっては戦争や侵略は国を豊かにし国民が幸福になる唯一の手段であり進むべき道だったのだ。
もしくはそう信じ込んでいたのだ。
そしてその為に生じる他国や更に自国の犠牲でさえもやむを得ないものとして看過されていたのだ。
自己の幸福の追求こそが生命の根本的な目的であり何よりもそれを最優先に考えるのが人間の本性だとすれば自分には直接関係ない他者の犠牲は認識の範囲外の事なのだろう。
またそんな状況下では敵側の人間や侵略すべき相手の国の人々の苦しみに配慮する事は自国に対する裏切り行為に他ならなかった。
こうして当時の日本国民は国家の生存と繁栄という大義名分の元に戦争を正当化し自らを省みる事は決して無かったのだ。
おそらく戦争に邁進した日本人が敵味方を含めて戦火の犠牲者の苦しみに想いを馳せるようになったのは敗戦からしばらくたっての事だったろう。
その時には日本は海外の植民地を全て失って国土も他国に占領された状態であった。
日本人はその時初めて利害関係を離れ過去を振り返りかっては憎悪と軽蔑の対象だった敵国や占領した国々の人々が結局は自分たちと同じ人間である事に思い至ったのではないか。
そして自国民を含め戦争の犠牲者たちの苦しみをやっと理解出来たのではないだろうか。
毎年行われる戦没者の慰霊式では政府関係者による演説が必ず行われる。
そしてそこには決まって「愚かな過ちは繰り返さない」というフレーズが出てくる。
だが戦前の日本人が選んだ道は果たして本当に「愚か」だったのだろうか?
少なくともわたし達の祖父母より前の世代の人たちがその道を貧しさから脱して幸福になる為の正しい道だと信じて選んだのは確かだ。
もし今のわたし達が彼らと同じ状況下にあったとしたらどうするだろう。
やはりわたし達の中の多くの人々が一見して唯一の解決策に見えるその道を選ぶ可能性がある事は否定できないだろう。
他者を踏みにじり自分たちが幸せになるその道を。
「戦争」への道をー。
どこまでいっても人間は根本的には自己保存を優先して行動する生き物なのだから。
一部の軍国主義者に全ての責任を負わせる考え方があるが、わたしはそれは少し違うと思う。
少なくとも当時の多くの国民が熱狂的に戦争を支持していたのは確かなのだから。
「愚かな過ち」だがそれは人間の本性に根ざした自然なあり方なのだ。
時代が変わっても人間の本質は変わらない。
だからどの世代でもこの種の悲惨な出来事は起こりうる。
たとえ戦争にはならなくてもそれに類した争いを完全に防ぐ事はとても難しい。
何故ならそれは自己の幸福を至上の価値と考える人間の本性に根ざしたものなのだから。
だけどあの恐ろしい戦争を経験した人々はきっと思ったのだろう。
もうこんな事は二度と繰り返したくないと。
だから大人たちは難しい事とは知りつつも子供たちに訴えるのだ。
二度と戦争を起こしてはいけないと。
それがたとえわずかな望みでも諦めずに子供たちに話すのだ。
人間同士が自己保存の為に他者の生得の権利を無視する時、どんな恐ろしい事が起こるのかを。
そして死者の代弁者として子供たちに頼むのだ。
どうか今度は自分たちとは違う道を選んでくれと。
どんなに困難でもきっと今度こそはすべての人間が争わず幸福になれる本当に正しい唯一の道を見つけて欲しいと。
戦火に焼かれ苦しんで死んでいった人々の犠牲を無駄にしない為にー。
だがやはりまだ未熟で人生経験も少ない子供たちにはこういった話はなかなか理解出来ないだろう。
あの戦争経験者の老人が言っていたように今はいつか解ってくれる事を信じてひたすら戦争の悲惨さを子供たちに伝え続けるしかないのかもしれない。
ガタン ガタン キィィーッ!
わたしがあらぬ考えにふけっている内にやがてわたしの乗る夜行電車は広島駅に到着し駅のホームへゆっくりと停車した。
わたしが列車を降りてほとんど無人の改札口を出るとそこには連絡してきた祖父母が心ここにあらずといった様子で待っていた。
祖母が前に出て切迫した口調で私に言った。
「よく、来てくれたわね。恵子ちゃん。さぁ早く車に乗って。病院に行くからね」
「うん、わかった」
その言葉に頷いたわたしは祖父母と共に側に止まっている車に乗り込んだ。
そして祖父の運転で危篤状態だという母の実母が入院している病院へと向かった。
[続く]
考えてみれば戦争の歴史もわたし達にとっては負の遺産だと言えると思う。
わたしの勤める小学校では平和教育の一環として今日のように戦争体験者を学校に呼んだり広島に近い事から毎年原爆資料館を生徒に見学させたりしている。
今年の夏ももうすぐその行事が行われるはずだ。
戦争の記憶を子供たちに伝え二度と同じ過ちを繰り返さない為に。
しかしー。
今日、学校で行われた男性の講演に対する子供たちの態度があまり良くなかったように広島への訪問と見学に対する子供たちの反応もなかなか大人達の思惑通りにはいかなかった。
戸惑いと無関心そして理解できない恐怖ー。
恐らく子供たちには分かっていないのだ。
何故、大人たちが自分達にこんなものを見せるのか。
どうして負の遺産を一方的に背負わせようとするのか。
恐怖と苦痛に満ちた死の記憶をー。
もし次の戦争を防ぎ死んでいった人々の犠牲を無駄にしない為だと言うのならどうして過去の戦争が起こったかについても子供たちに理解させる必要があるだろう。
原因が解らなければ結果は防げないのだから。
だが先の戦争がどうして起こったかを子供たちに理解できる様に説明できる大人が果たして何人いるだろう?
先の大戦においては当時の日本が推し進めていた武力による隣国への植民地支配に対して同様の政策をとっていた他の列強諸国が反発し利害の衝突が起こった事が戦争の直接の原因だとされている。
大きな犠牲を払って得た領土を日本は手放そうとはせずそれが他国の反発を招いた。
やがて国際的に孤立し経済封鎖を受けた日本は戦争という強硬手段で事態を打開しようとしたのだ。
あの時代の日本を含めた列強諸国は自国の利権を確保するために他の弱い国々に侵攻しその国の資源を奪い現地の人々を労働力として使い搾取していた。
それは今の時代の基準では完全な悪だが当時の常識では必要な事とされていた。
戦前の日本は今よりも遥かに貧しい国だった。
資源を持たない小さな島国が他の列強に対抗し豊かになる為には対外進出をするしか方法がないと思われていたのだ。
またそれにより生じる他国の劣った民族や自国の兵士の多少の犠牲は仕方がない事だと見なされていた。
まるで動物が食物を得るとき当たり前に他の弱い生き物を狩って殺すようにー。
そして幸福に向かって邁進していた人々はそれについて罪悪感を覚えたりはしなかったのだ。
おそらく当時の日本人は貧しく苦しい悲惨な境遇から抜け出したかっただけなのだろう。
自分や家族そして周囲の大切な人たちを幸せにしたかっただけなのだ。
たとえ自分の幸福とは関係の無い「他者」を犠牲にしたとしても。
それしか取るべき道は無いと思っていたのだ。
それは戦争が外交の手段として簡単に使われていた弱肉強食の時代においては当たり前の考えではあった。
しかしそれを子供たちに説明するのは難しい事だ。
それを理解させるにはまず自己の幸福を基準にして他者を含めた周囲の世界を認識しその価値を判断する人間の性質について話す必要があるだろう。
人間は時には過酷で理不尽なその世界にただ一人向き合い己れが幸せになる為の生き方を決めるのだ。
そして人間の感じる善悪の本質が実は個人の内面に存在する幸福への欲求や願望そしてそれが損なわれる事への恐怖を外部に投射したものである事を。
だから個々の人間の行動原理である善悪は自らの幸福を大前提とする恣意的で主観的なものでありその時々の状況と各個人の心の動きとの兼ね合いによって様々に移ろい変化するのだ。
おそらく戦争の時期にそれを推進し加担した人々はそれによって生じる犠牲を仕方の無い必要悪だと感じていたのだろう。
彼らにとっては戦争や侵略は国を豊かにし国民が幸福になる唯一の手段であり進むべき道だったのだ。
もしくはそう信じ込んでいたのだ。
そしてその為に生じる他国や更に自国の犠牲でさえもやむを得ないものとして看過されていたのだ。
自己の幸福の追求こそが生命の根本的な目的であり何よりもそれを最優先に考えるのが人間の本性だとすれば自分には直接関係ない他者の犠牲は認識の範囲外の事なのだろう。
またそんな状況下では敵側の人間や侵略すべき相手の国の人々の苦しみに配慮する事は自国に対する裏切り行為に他ならなかった。
こうして当時の日本国民は国家の生存と繁栄という大義名分の元に戦争を正当化し自らを省みる事は決して無かったのだ。
おそらく戦争に邁進した日本人が敵味方を含めて戦火の犠牲者の苦しみに想いを馳せるようになったのは敗戦からしばらくたっての事だったろう。
その時には日本は海外の植民地を全て失って国土も他国に占領された状態であった。
日本人はその時初めて利害関係を離れ過去を振り返りかっては憎悪と軽蔑の対象だった敵国や占領した国々の人々が結局は自分たちと同じ人間である事に思い至ったのではないか。
そして自国民を含め戦争の犠牲者たちの苦しみをやっと理解出来たのではないだろうか。
毎年行われる戦没者の慰霊式では政府関係者による演説が必ず行われる。
そしてそこには決まって「愚かな過ちは繰り返さない」というフレーズが出てくる。
だが戦前の日本人が選んだ道は果たして本当に「愚か」だったのだろうか?
少なくともわたし達の祖父母より前の世代の人たちがその道を貧しさから脱して幸福になる為の正しい道だと信じて選んだのは確かだ。
もし今のわたし達が彼らと同じ状況下にあったとしたらどうするだろう。
やはりわたし達の中の多くの人々が一見して唯一の解決策に見えるその道を選ぶ可能性がある事は否定できないだろう。
他者を踏みにじり自分たちが幸せになるその道を。
「戦争」への道をー。
どこまでいっても人間は根本的には自己保存を優先して行動する生き物なのだから。
一部の軍国主義者に全ての責任を負わせる考え方があるが、わたしはそれは少し違うと思う。
少なくとも当時の多くの国民が熱狂的に戦争を支持していたのは確かなのだから。
「愚かな過ち」だがそれは人間の本性に根ざした自然なあり方なのだ。
時代が変わっても人間の本質は変わらない。
だからどの世代でもこの種の悲惨な出来事は起こりうる。
たとえ戦争にはならなくてもそれに類した争いを完全に防ぐ事はとても難しい。
何故ならそれは自己の幸福を至上の価値と考える人間の本性に根ざしたものなのだから。
だけどあの恐ろしい戦争を経験した人々はきっと思ったのだろう。
もうこんな事は二度と繰り返したくないと。
だから大人たちは難しい事とは知りつつも子供たちに訴えるのだ。
二度と戦争を起こしてはいけないと。
それがたとえわずかな望みでも諦めずに子供たちに話すのだ。
人間同士が自己保存の為に他者の生得の権利を無視する時、どんな恐ろしい事が起こるのかを。
そして死者の代弁者として子供たちに頼むのだ。
どうか今度は自分たちとは違う道を選んでくれと。
どんなに困難でもきっと今度こそはすべての人間が争わず幸福になれる本当に正しい唯一の道を見つけて欲しいと。
戦火に焼かれ苦しんで死んでいった人々の犠牲を無駄にしない為にー。
だがやはりまだ未熟で人生経験も少ない子供たちにはこういった話はなかなか理解出来ないだろう。
あの戦争経験者の老人が言っていたように今はいつか解ってくれる事を信じてひたすら戦争の悲惨さを子供たちに伝え続けるしかないのかもしれない。
ガタン ガタン キィィーッ!
わたしがあらぬ考えにふけっている内にやがてわたしの乗る夜行電車は広島駅に到着し駅のホームへゆっくりと停車した。
わたしが列車を降りてほとんど無人の改札口を出るとそこには連絡してきた祖父母が心ここにあらずといった様子で待っていた。
祖母が前に出て切迫した口調で私に言った。
「よく、来てくれたわね。恵子ちゃん。さぁ早く車に乗って。病院に行くからね」
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