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その4
婚約時代
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シーン1
こうしてめでたく結婚する事になった2人は双方の実家に結婚の報告と挨拶をする事にしました。
良夫君の実家は遠隔地にあったのでまずは愛子ちゃんの家からです。
優ちゃんから休暇をもらい事前に連絡を入れてから背広姿の良夫君と共に電車に乗って実家に向かう愛子ちゃんでしたがその心は不安と緊張感でいっぱいでした。
要するに気が重かったのです。
普通は良夫くんの実家に行くほうが緊張するはずなのですが。
愛子ちゃんは大学入学後から都会暮らしに夢中で一回も実家に帰っておらず連絡もほとんど取っていません。
何回もたまには顔を見せるように言われたのですが何だかんだ言い訳をして断っていました。
知らない間に愛子ちゃんは実家と疎遠になっていたのです。
今では彼女はその事を後ろめたく思っていました。
なんだか親不孝をしたような気がしたのでした。
それにお父さんに会うのもなんとなく気が重かったのでした。
愛子ちゃんのお父さんは子供の頃から彼女になんでも一番になれと過剰に期待を寄せていました。
もちろん今の仕事は大好きだし誇りを持っていましたが従業員十数人の中小企業に勤めて今また平凡な結婚をしようとしている自分を果たしてあのお父さんが認めてくれるでしょうか。
そんな訳で懐かしい実家に行こうとしているのに愛子ちゃんの気分は晴れなかったのです。
そんな愛子ちゃんを見て電車の座席の向かい側に座る良夫くんは心配して言いました。
「どうしたの?愛ちゃん。元気ないね。これでも食べなよ」
そうして良夫くんは愛子ちゃんに駅の売店で買った冷凍ミカンを勧めます。
「ありがとう、良夫」
愛子ちゃんは良夫くんがわざわざ皮を剥いてくれた冷凍ミカンを受け取りハフハフと食べました。
(冷凍ミカンはとっても冷たいのです)
冷たく甘く酸っぱい香りと味が口に広がって愛子ちゃんはなんだか少し元気が出ました。
車窓の外を流れる景色はだんだんと故郷に近づいて見慣れたものへと変わっていきます。
それから毎年、夏が来るたびに愛子ちゃんはその景色と冷凍ミカンの味を想い出すのでした。
シーン2
やがて電車は駅に着いて愛子ちゃんと良夫くんは歩いて愛子ちゃんの実家へと向かいました。
愛子ちゃんが以前に住んでいた頃と住宅街の景色はあまり変わっておらず閑静な街並みを良夫くんと2人で歩く彼女の胸に懐かしい気持ちがこみ上げます。
でも懐かしさでいっぱいになりながら良夫くんと共にかつての新興住宅街の並木道を歩く愛子ちゃんは思います。
ここはもう自分の住む場所ではないのだと。
自分はこれからこことはまったく違う場所で生きてそこで新しい家族を作るのだと思いました。
隣にいるこの人と一緒に。
愛子ちゃんは隣にいる良夫くんをじっと見つめます。
愛子ちゃんの視線に気づいた良夫くんは彼女の顔を見つめ返してニッコリと笑いました。
しばらくして愛子ちゃんの目に実家の赤い屋根が見えて来ました。
そして実家の正門の前まで来たとき愛子ちゃんは驚きました。
なんと実家の玄関先にはお父さんをはじめとして愛子ちゃんの家族全員が立っていました。
約束した時刻に愛子ちゃん達を出迎えるために彼らはわざわざ玄関の外に出て2人が到着するのをずっと待っていたのです。
「パパ、ママ、たけしー」
愛子ちゃんと良夫くんは小走りで愛子ちゃんの家の玄関口へと駆け寄りました。
そしてそこで若い2人と愛子ちゃんの家族は対面して互いに見つめ合いました。
古い世代と新しい世代の家族が。
「久しぶりだな。愛子」
お父さんは懐かしい声で言いました。
お父さんは相変わらず体が大きくてクマみたいでしたが今ではもう年寄りのクマといった感じでした。
「もう、この子は長い間連絡もしないで。何なの?いきなり結婚とか」
そう言ったお母さんもだいぶ白髪が増えて年を取ったようでした。
「ねーちゃん。おみやげは?」
弟のたけしもすっかり背が伸びています。
久々に家族と再会した愛子ちゃんは意を決したかの様に一歩前に出ると真剣な表情でお父さん達に向き合いました。
そして良夫くんの方をチラッと見てから改めてお父さんの顔を見つめ言いました。
「お父さんわたしここにいる良夫さんと結婚します。この人となら一番幸せになれると思うから」
愛子ちゃんは懐から小さな箱を出してお父さんに差し出します。
「これ良かったら。わたしがデザインしたの」
その箱の中身は愛子ちゃんがデザインして優ちゃんの会社で売られている小さな鉛筆立てでした。
消しゴム入れも付いている優れものです。
愛子ちゃんにそれを手渡されたお父さんは鉛筆入れが入っている小さな箱をじっと見つめました。
するとお父さんはいきなりウオーッと熊のような唸り声を上げ愛子ちゃんの方へ突進して来ました。
そして愛子ちゃんを両手でギュッと強く抱き締めます。
「よく頑張ったな、愛子!よくやった!!よくやったじゃないかっ!!結婚おめでとう・・・」
お父さんはどうやら泣いているようでした。
「パ・・・パパ」
愛子ちゃんはいきなりお父さんに抱きつかれ最初はびっくりしました。
でもお父さんの言葉を聞くと何だか自然と涙が出て来ました。
愛子ちゃんはポロポロ涙をこぼして泣きました。
泣き続けてしまいにはお父さんにしがみついでワンワンと大声で泣き始めました。
お父さんも泣いています。
抱き合って泣き続ける父と娘を他の三人は三者三様の想いで見つめていました。
お母さんはハンカチで目を押さえて涙ぐんでいました。
弟のたけしくんは不思議そうな顔をして鼻をほじくっています。
そして一歩離れた場所でもう一人のくまさんー。
良夫くんは何だか眩しそうに目を細め二人の様子を眺めていたのでした。
「さぁ、こんなところでずっと立ってないで家に入りましょう。お茶の用意が出来てるわよ」
しばらくしてお母さんの号令で愛子ちゃんとお父さんを先頭に家族のみんなは懐かしい我が家へと入っていきました。
もちろん新たに家族に加わった良夫くんも一緒です。
誰もいなくなった玄関口の庭先で愛子ちゃんが生まれる前から植えられているライラックの茂みの小さな花々が風に揺れていました。
[続く]
こうしてめでたく結婚する事になった2人は双方の実家に結婚の報告と挨拶をする事にしました。
良夫君の実家は遠隔地にあったのでまずは愛子ちゃんの家からです。
優ちゃんから休暇をもらい事前に連絡を入れてから背広姿の良夫君と共に電車に乗って実家に向かう愛子ちゃんでしたがその心は不安と緊張感でいっぱいでした。
要するに気が重かったのです。
普通は良夫くんの実家に行くほうが緊張するはずなのですが。
愛子ちゃんは大学入学後から都会暮らしに夢中で一回も実家に帰っておらず連絡もほとんど取っていません。
何回もたまには顔を見せるように言われたのですが何だかんだ言い訳をして断っていました。
知らない間に愛子ちゃんは実家と疎遠になっていたのです。
今では彼女はその事を後ろめたく思っていました。
なんだか親不孝をしたような気がしたのでした。
それにお父さんに会うのもなんとなく気が重かったのでした。
愛子ちゃんのお父さんは子供の頃から彼女になんでも一番になれと過剰に期待を寄せていました。
もちろん今の仕事は大好きだし誇りを持っていましたが従業員十数人の中小企業に勤めて今また平凡な結婚をしようとしている自分を果たしてあのお父さんが認めてくれるでしょうか。
そんな訳で懐かしい実家に行こうとしているのに愛子ちゃんの気分は晴れなかったのです。
そんな愛子ちゃんを見て電車の座席の向かい側に座る良夫くんは心配して言いました。
「どうしたの?愛ちゃん。元気ないね。これでも食べなよ」
そうして良夫くんは愛子ちゃんに駅の売店で買った冷凍ミカンを勧めます。
「ありがとう、良夫」
愛子ちゃんは良夫くんがわざわざ皮を剥いてくれた冷凍ミカンを受け取りハフハフと食べました。
(冷凍ミカンはとっても冷たいのです)
冷たく甘く酸っぱい香りと味が口に広がって愛子ちゃんはなんだか少し元気が出ました。
車窓の外を流れる景色はだんだんと故郷に近づいて見慣れたものへと変わっていきます。
それから毎年、夏が来るたびに愛子ちゃんはその景色と冷凍ミカンの味を想い出すのでした。
シーン2
やがて電車は駅に着いて愛子ちゃんと良夫くんは歩いて愛子ちゃんの実家へと向かいました。
愛子ちゃんが以前に住んでいた頃と住宅街の景色はあまり変わっておらず閑静な街並みを良夫くんと2人で歩く彼女の胸に懐かしい気持ちがこみ上げます。
でも懐かしさでいっぱいになりながら良夫くんと共にかつての新興住宅街の並木道を歩く愛子ちゃんは思います。
ここはもう自分の住む場所ではないのだと。
自分はこれからこことはまったく違う場所で生きてそこで新しい家族を作るのだと思いました。
隣にいるこの人と一緒に。
愛子ちゃんは隣にいる良夫くんをじっと見つめます。
愛子ちゃんの視線に気づいた良夫くんは彼女の顔を見つめ返してニッコリと笑いました。
しばらくして愛子ちゃんの目に実家の赤い屋根が見えて来ました。
そして実家の正門の前まで来たとき愛子ちゃんは驚きました。
なんと実家の玄関先にはお父さんをはじめとして愛子ちゃんの家族全員が立っていました。
約束した時刻に愛子ちゃん達を出迎えるために彼らはわざわざ玄関の外に出て2人が到着するのをずっと待っていたのです。
「パパ、ママ、たけしー」
愛子ちゃんと良夫くんは小走りで愛子ちゃんの家の玄関口へと駆け寄りました。
そしてそこで若い2人と愛子ちゃんの家族は対面して互いに見つめ合いました。
古い世代と新しい世代の家族が。
「久しぶりだな。愛子」
お父さんは懐かしい声で言いました。
お父さんは相変わらず体が大きくてクマみたいでしたが今ではもう年寄りのクマといった感じでした。
「もう、この子は長い間連絡もしないで。何なの?いきなり結婚とか」
そう言ったお母さんもだいぶ白髪が増えて年を取ったようでした。
「ねーちゃん。おみやげは?」
弟のたけしもすっかり背が伸びています。
久々に家族と再会した愛子ちゃんは意を決したかの様に一歩前に出ると真剣な表情でお父さん達に向き合いました。
そして良夫くんの方をチラッと見てから改めてお父さんの顔を見つめ言いました。
「お父さんわたしここにいる良夫さんと結婚します。この人となら一番幸せになれると思うから」
愛子ちゃんは懐から小さな箱を出してお父さんに差し出します。
「これ良かったら。わたしがデザインしたの」
その箱の中身は愛子ちゃんがデザインして優ちゃんの会社で売られている小さな鉛筆立てでした。
消しゴム入れも付いている優れものです。
愛子ちゃんにそれを手渡されたお父さんは鉛筆入れが入っている小さな箱をじっと見つめました。
するとお父さんはいきなりウオーッと熊のような唸り声を上げ愛子ちゃんの方へ突進して来ました。
そして愛子ちゃんを両手でギュッと強く抱き締めます。
「よく頑張ったな、愛子!よくやった!!よくやったじゃないかっ!!結婚おめでとう・・・」
お父さんはどうやら泣いているようでした。
「パ・・・パパ」
愛子ちゃんはいきなりお父さんに抱きつかれ最初はびっくりしました。
でもお父さんの言葉を聞くと何だか自然と涙が出て来ました。
愛子ちゃんはポロポロ涙をこぼして泣きました。
泣き続けてしまいにはお父さんにしがみついでワンワンと大声で泣き始めました。
お父さんも泣いています。
抱き合って泣き続ける父と娘を他の三人は三者三様の想いで見つめていました。
お母さんはハンカチで目を押さえて涙ぐんでいました。
弟のたけしくんは不思議そうな顔をして鼻をほじくっています。
そして一歩離れた場所でもう一人のくまさんー。
良夫くんは何だか眩しそうに目を細め二人の様子を眺めていたのでした。
「さぁ、こんなところでずっと立ってないで家に入りましょう。お茶の用意が出来てるわよ」
しばらくしてお母さんの号令で愛子ちゃんとお父さんを先頭に家族のみんなは懐かしい我が家へと入っていきました。
もちろん新たに家族に加わった良夫くんも一緒です。
誰もいなくなった玄関口の庭先で愛子ちゃんが生まれる前から植えられているライラックの茂みの小さな花々が風に揺れていました。
[続く]
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