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はじまりのしょう
05.いっつ、しょうたーいむ
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名ばかり伯爵令嬢のターニャは、現在目の前で起きていることが理解できなかった。
「ネシア・ルーン・トラヴェイン! 貴様との婚約を破棄し、国外追放処分とする!」
言葉を尽くせば、根気よく話し続ければ判ってくれると思っていた。
不本意ではあるが、自分はあの殿下に惚れられているらしいから、卒業後はネシアが正妃、自分が側室の立場でずっと一緒に居られる、なんて夢想もしていた。
「謹んで、それらの処分を受け入れますわ、殿下」
卒業パーティの最中。
多くの卒業生や来賓という観衆の中で、もはや辱めと言っても良いぐらいの扱いを受けていて。
こんな時でも、自分の憧れのあの人は凛々しく、美しかった。
「ネシア様……」
「だから、言ったでしょう。こうなるって」
この卒業までの間、あの怪しげな男の子に植え付けられた不安を取り除こうと、言葉を続けてきたが、自分の方が間違っていたというのか。
「ターニャ、もう大丈夫だ。これであの女に怯える必要は……」
いつの間にやら近づいてきていたテルメニスがこちらの腕をとろうと伸ばしてきた手を、反射的に避ける。
「触らないで下さいっ!」
「どうした、ターニャ。もうあいつには何の力も無い。遠慮する必要など……」
「誰も遠慮なんてしていませんっ! 私は、あなたのことが大嫌いなんですっ!」
「なっ」
なおもしつこく伸ばしてくる腕を手で打ち払ってから、ネシアの元に身を寄せる。
「ちょ、ちょっとターニャ? 落ち着いて……」
「いつもいつも、ネシア様と一緒に居るときに邪魔をしてきて、ネシア様のことを悪し様に言って!」
ネシアが気遣いのための手を肩においてくれる。
その暖かい手が、嬉しい。
「あなたがさも、私が恋人のように振る舞うせいで、私がどれだけいじめられたと思っているんですか! そしてそのたびに庇ってくれたのが、守ってくれたのがネシア様なんです!
あなたに抱かれるなんて、考えるだけでおぞましかったけど、将来ネシア様と正妃と側室という近しい間柄になるならそれも受け入れようと思ってた……。
なのに! 何でネシア様を追放だなんて出来るんですか!」
「お、俺は……」
「あ、あなた、そこまで私のことを……」
勢い任せで言ってしまったが、全て本心だ。後悔は無い。
「ごめんなさい、ネシア様。ずっと信じられなくて……こんな、こんな事になるなんて私……」
振り返って頭を下げるターニャの手を、ネシアがそっと包んでくれた。
「良いのよ、ターニャ。私だって、実際にこうなるまで信じて貰うのは無理だって諦めてたもの。それに……あそこまで私のために怒ってくれるのも、嬉しかったし」
ちら、と上目遣いで顔色をうかがってみれば、嬉しそうに紅潮したネシアの顔があった。
うん、これは珍しく綺麗より可愛いの方が強い顔だ。
「ふ、ふふふ、そうか……また貴様か、ネシア。純粋なターニャをたぶらかし、あくまでも俺の邪魔をすると言うのだなぁっ!」
「あなたはまだそんなことをっ」
良い気分も一瞬で台無しだ。
つい先ほどまで、大好きなネシアと共にあるために重要な『道具』であった王子殿下は、今や明確にターニャにとって敵となった。
「追放など生ぬるい。今ここでその首を刎ねてくれる! 囲め!」
テルメニスの命に動く、おそらくはネシアが抵抗した時のために配されていた、近衛兵達。
それぞれの顔には困惑が浮かんでいるが、動きにためらいは無い。職務に忠実な者たちである。
「ネシア様、下がって! 命に代えてもお守りします」
「大丈夫よ、ターニャ。彼がもう来てくれるから」
背に庇ったネシアの手が、再びターニャの肩に置かれた。
ああ、もう肩が幸せすぎる。
でも、彼が来てくれる、とは何だろう。
「殿下!」
テルメニスを呼ぶ声と共に、パーティ会場に駆け込んでくるのは、外を守っているはずの警備兵達。
「丁度良い。貴様らも」
「お逃げ下さいませ!」
テルメニスの言葉を遮ってでも、退避を促す言葉を発する警備兵。
「この学園に、上空から巨大な……あれは、空飛ぶ船が! 近づいております!」
「は?」
「まっすぐに近づいてきていて、矢も魔法もまるで通用しません! 何が目的かは不明ですが、一先ず御身の安全のために今は退避を!」
ターニャも、意味不明すぎる言葉に首を傾げたが、その耳にすぅっと息を吸うネシアの息づかいが聞こえ、そして
「超次元潜行艦、ヨグ=スォートス!」
ネシアの口から意味不明な言葉が並べられたと思ったら、ぴか、と辺りが白く輝いて、パーティ会場である講堂の壁の一角が消滅していた。
途端に、ただでさえ騒然とした状況だったパーティ会場は完璧にパニックに陥り、我先にと出口から出ようとする人々でごった返す。
無理も無い。その壁の向こう側。空に浮かぶのは真っ白い巨体。大きすぎるのと近すぎるのとで、壁の一角か崩れただけでは全体像がつかめない。
「こ、攻撃してきたのか! 殿下、お早く!」
「う、うむ、ターニャ! 早くこっちに来い!」
「大丈夫、ターニャ。あれは味方よ。周りにもう敵しか居ない私たちの唯一の味方」
相反する二つの言葉。どちらを信じるかなど考えるまでも無い。
そしてその白い巨体から、スッと光が差した。
さながら光の道のようなそれを通って下りてくるのは、先日見た男の子の姿。
今日は見慣れぬ、しかしいかにも格式張った雰囲気を持つ服を身に纏っている。
「シュート、さん?」
「ええ、お久しぶりですね、ターニャさん」
とん、と下りたってぺこりと一礼してみせる。
「この艦、ヨグ=スォートスこそが、今後はネシアさんの生活の場になります。こう言えば、少しは信頼してもらえますか?」
「これが……これがフネ?」
なんという大きさか。全体像が把握しきれないが、崩れた建物の隙間からうかがえるだけでもこの王都の城よりも大きいのでは無いか。
「ネシア、これも貴様の差し金か!」
「ええ、そうよ。これまでのあなたの勘違いやでっち上げと違って、これこそが正真正銘、私の差し金、私の協力者、橘修人と彼の超次元潜行艦ヨグ=スォートス!」
「ヨグソートス……」
自信満々に、テルメニスに言い切って見せたネシアが、ターニャに目を向けてくれる。
「ターニャ、この国の全てを捨てるつもり、ある?」
「……はい、あなたと一緒なら!」
差し出された手をしっかりと掴み返した。
「あ、あの女を捕らえろ! 王家への反逆と、貴族子女の誘拐だ!」
「はっ!」
王子の言葉に反応してか、シュートの小さいからだが、二人の前に立つ。
「やってしまって良いんですよね?」
ちらと振り返ってきたシュートにネシアが答える。
「ええ、あくまで彼らは命令に従ってるだけだから無力化程度、ね」
「了解。多連装思考誘導式光線砲、全門開放!」
途端、ガシャンガシャンと金属が軽くぶつかる音が響いて、白い巨体を覆う様に「目玉」が現れていた。
「ひっ」
一瞬余りの気色悪さに身を竦ませる。
ターニャには判らなかったが、それらは全てレーザー砲の発信レンズだった。
「一斉射、てぇっ!」
その「目玉」から一斉に光が飛び出し、さながら一つ一つが意思ある物のように飛び込んできて、近衛兵のふくらはぎを的確に射貫いていく。
「うっ」
「がっ」
「ぐあっ」
立っていることかなわず、次々に倒れ伏していく。
これが、あの巨大な船の力と言うことか。
「ふぅ、練習した甲斐はあったようだな」
「見事なもんねぇ」
「おのれぇ、貴様魔族の類いか!?」
「答える義務は無いなぁ?」
ターニャ達には背を向けたまま、腕を組んで見せる少年。
「こうなれば、俺自身の手で!」
「殿下、おやめ下さい、危のうございます!」
「黙れ、役立たずどもが! このままではターニャが連れ去られてしまうのがわからんのか!」
なにやら外から来ていた警備兵と押し問答しているテルメニス。それを見て軽く肩をすくめたシュートが、こちらに顔を向けた。
「さて、いまのうちです。お二人は艦の中へ。トラクタービーム、照射!」
フネから先ほどとは違って優しい光が伸びてきて、ターニャとネシアを包む。
「ぴょんっと、跳んで下さい。それで引っ張られますから」
シュートの言葉に頷いたネシアがこちらを見た。
「行くわよ、ターニャ」
「はいっ」
両足で踏み切れば、言われたとおり体が浮いて白銀の巨体に空いた穴へと、吸い込まれていく。
「ターニャ! 待て!」
あのいけ好かない男がそんなことを言っていたが、顔だけ振り向いてべぇーっと舌を出してやった。
VIPの安全を確保して、修人は首に巻かれている翻訳装置をカリカリと爪で擦る。
先日、ターニャと初めて会ったときに泥縄で作ったモノで、機能を考えれば破格の携帯性と言えるものだが、首に巻く形式なのがどうにも違和感を覚えさせる。
(多少大きくても、首に巻かない形式の奴を作らないとなぁ)
なんてことを考えながら、こちらを睨み付けている男へと視線を向けた。
「ターニャを返せ! そうすれば命までは取らないでおいてやる!」
話し合う価値すら無いな、と首を振る。
今までの展開は目の前で行われていたはずだ。よしんば自分がターニャ嬢を返したところで愛されないと言うことも判っていないらしい。
言葉を交わす意味を見いだせない以上、要件だけを手早く伝えるに限る。
「私たちに敵意を持たないわけがありませんし、国としてのメンツから、討伐命令ぐらいは当然出すでしょうが、実際に攻撃する時は相応の覚悟を持って行って下さい。でなければ」
予備動作無し、かけ声なしの不意打ちで多連装思考誘導式光線砲を四門打ち込む。
ぐねぐねとのたうつレーザービームが閃いて、テルメニスの両腕と両脚が胴から焼き切られた。焼かれている傷口は血を流さない。
「ぐがぁぁぁぁぁあああああ!」
「殿下!?」
「その王子様と似たような目に遭いますからね。それっ」
切り離された腕と脚に、引き続きレーザーを照射し、骨も残さずに焼き尽くした。
「ぎざ、ぎざ、ぎざまぁぁぁあああああ!」
四肢を無くして床に落っこちた王子が、芋虫のように蠢き、痛みで涙を流しながら、怒りに歪んだ表情を浮かべているのは、不気味と言っていいだろうが、修人には滑稽と映った。
「重ねて言っておきますが、これは警告です。形ばかりの討伐命令ならば見過ごしますが、本気で攻撃して来ようものなら、この国の王族全てを同じ姿にしてやりますからそのおつもりで」
あまりの事態に絶句して口をぱくぱくさせるだけの兵士達にそう言い放つと、修人もまたトラクタービームに乗って艦に戻った。
ぶっ壊した建物のことなど気にもとめず、ヨグ=スォートスは上昇していき大気圏を離脱。
再び周回衛星軌道上で待機していた。
「ネシア様は、最初から全てをご存じだったんですね」
その艦内、食堂にて。
食物生成装置では無く、ターニャがその手で入れた紅茶をみんなで飲みながら、ネシアの詳しい説明が行われていた。前世のことや、ゲーム……という概念は上手く伝えられなかったが、物語のシナリオで未来予知まがいのことをしていたことまで。
「重ね重ねごめんなさいね。あまり突飛な話だから、話すのもためらわれて」
「いえ、私も、今こうして巨大なフネの中にいなければ、確かに信じていたかは判りませんから」
そこで修人の方を向いてきた。
「では……シュートさんはそのニホン人の方を探し続けるんですね」
「あー、まぁ探し続けるというか、もう場所は判ってるんですよ、全員。今は、誰から声をかけようか、迎え入れても問題ないかを考えてる最中ですね」
「え、そうなの?」
ネシアが意外そうに目を見開く。
「この艦は異次元だとか異世界だとかそういったのに強いんです。どこか、異世界から入ってきた魂があれば、それを追いかけることが出来るぐらいには」
だからこそ、あなたを見つけられたんですしね。と続ければ、なるほどとネシアは頷いた。
「それじゃあ、次に仲間にする相手はもう決まってるの?」
「仲間にするというか……一応声をかけておく、程度ですかねぇ」
うーん、と軽く呻って紅茶を一口。うん、美味しい。
「なにそれ?」
「性格的に来て貰って良いんですけど、多分、彼はこの艦には来たがらないと思うんですよねぇ」
「彼? 男なの?」
興味があるらしいネシアのため、空中のディスプレイにこれまでに調べたプロフィールを浮かべる。
「空中に半透明の紙が……ネシア様の故郷の力は凄いんですね」
「い、いえ、地球でもこんなのはSF……物語の中ぐらいよ?」
どこか勘違いしているらしいターニャに一応訂正しておき、少々おぼつかない手つきで空中のディスプレイを目の前に持ってくるネシア。
なお、念のために記すが、ネシアが前世で知らなかっただけで、空中に浮かぶ操作パネルは2024年現在、初期型ながら既に実用化されている。
「名前はリューザ。転生特典なのか自前の訓練なのか、やたらめったら強くて、彼の住んでる辺りの魔物は大体彼に刈り尽くされてます」
「どこの勇者よ……」
「ええ、まさにそれでして。付近の人々からは勇者リューザと呼ばれてて、近隣の王侯貴族も注目してる、まさに理想的とも言える異世界転生勇者な訳です」
軽く肩をすくめて、また紅茶を口にする。
「たしかにこれじゃあ、外の方が居心地良いでしょうね」
「ただまぁ、低確率ですがただ単に質の高い生活を求めていて、そのためにやむを得ず戦っているという可能性も無いではないので」
その挙げ句声をかけなかったから逆恨み、というのは全力で避けたい。
今回のように、転生者救出に当たって、現地民と敵対する可能性が十分ある中で、無駄に敵を増やすのは愚策だ。
負けるとも思えないが。
「んじゃあ一緒にそいつにあいに行けばいいのね?」
「え」
「え?」
予想外の言葉にネシアと顔を見合わせてしまう。
「いや、僕一人で会いに行きますけど」
「じゃあ、私は何をすれば良いの?」
「……うーん、そうですねぇ」
特にやっていてほしいことは無い。修人としては、一人では寂しいからと同居人を増やしただけなのだ。
とはいえ、ワーカーホリック日本人。何もさせないのもそれはそれで気を使わせるか。
「ニャル、転生者一覧と、現在までの調査データ出して」
『イエス、キャプテン』
中空に出てくるのは、30名足らずの名簿と、添付されているフォルダの映像。
「僕は前世から乙女ゲームだとかは全く、少女漫画もさほど読んではいません。ですが、前にも述べたとおりこの世界は複数の作品世界が複合された物だと思えます」
「ええ、そう言ってたわね」
「ですから、ネシアさんが知ってるシナリオがこの中にあったら、そして転生者が今回のあなたのように窮地に陥る可能性があったら、いち早く教えてほしいんです」
「なるほど、りょーかい。ぱぱっとやっちゃうわ」
「いや、別にそこまで急がなくて良いです」
急がれたって何もやることがなくなるだけだ。
「ターニャさんがこの艦の中で退屈しないように、各種ツールの使い方も教えてあげて下さいね」
艦内設備はネシアにも先ほどざっと教えたばかりだが、前世での蓄積がある分だけ飲み込みは圧倒的に早い。いざとなればニャルにも聞けるだろう。
「ネシア・ルーン・トラヴェイン! 貴様との婚約を破棄し、国外追放処分とする!」
言葉を尽くせば、根気よく話し続ければ判ってくれると思っていた。
不本意ではあるが、自分はあの殿下に惚れられているらしいから、卒業後はネシアが正妃、自分が側室の立場でずっと一緒に居られる、なんて夢想もしていた。
「謹んで、それらの処分を受け入れますわ、殿下」
卒業パーティの最中。
多くの卒業生や来賓という観衆の中で、もはや辱めと言っても良いぐらいの扱いを受けていて。
こんな時でも、自分の憧れのあの人は凛々しく、美しかった。
「ネシア様……」
「だから、言ったでしょう。こうなるって」
この卒業までの間、あの怪しげな男の子に植え付けられた不安を取り除こうと、言葉を続けてきたが、自分の方が間違っていたというのか。
「ターニャ、もう大丈夫だ。これであの女に怯える必要は……」
いつの間にやら近づいてきていたテルメニスがこちらの腕をとろうと伸ばしてきた手を、反射的に避ける。
「触らないで下さいっ!」
「どうした、ターニャ。もうあいつには何の力も無い。遠慮する必要など……」
「誰も遠慮なんてしていませんっ! 私は、あなたのことが大嫌いなんですっ!」
「なっ」
なおもしつこく伸ばしてくる腕を手で打ち払ってから、ネシアの元に身を寄せる。
「ちょ、ちょっとターニャ? 落ち着いて……」
「いつもいつも、ネシア様と一緒に居るときに邪魔をしてきて、ネシア様のことを悪し様に言って!」
ネシアが気遣いのための手を肩においてくれる。
その暖かい手が、嬉しい。
「あなたがさも、私が恋人のように振る舞うせいで、私がどれだけいじめられたと思っているんですか! そしてそのたびに庇ってくれたのが、守ってくれたのがネシア様なんです!
あなたに抱かれるなんて、考えるだけでおぞましかったけど、将来ネシア様と正妃と側室という近しい間柄になるならそれも受け入れようと思ってた……。
なのに! 何でネシア様を追放だなんて出来るんですか!」
「お、俺は……」
「あ、あなた、そこまで私のことを……」
勢い任せで言ってしまったが、全て本心だ。後悔は無い。
「ごめんなさい、ネシア様。ずっと信じられなくて……こんな、こんな事になるなんて私……」
振り返って頭を下げるターニャの手を、ネシアがそっと包んでくれた。
「良いのよ、ターニャ。私だって、実際にこうなるまで信じて貰うのは無理だって諦めてたもの。それに……あそこまで私のために怒ってくれるのも、嬉しかったし」
ちら、と上目遣いで顔色をうかがってみれば、嬉しそうに紅潮したネシアの顔があった。
うん、これは珍しく綺麗より可愛いの方が強い顔だ。
「ふ、ふふふ、そうか……また貴様か、ネシア。純粋なターニャをたぶらかし、あくまでも俺の邪魔をすると言うのだなぁっ!」
「あなたはまだそんなことをっ」
良い気分も一瞬で台無しだ。
つい先ほどまで、大好きなネシアと共にあるために重要な『道具』であった王子殿下は、今や明確にターニャにとって敵となった。
「追放など生ぬるい。今ここでその首を刎ねてくれる! 囲め!」
テルメニスの命に動く、おそらくはネシアが抵抗した時のために配されていた、近衛兵達。
それぞれの顔には困惑が浮かんでいるが、動きにためらいは無い。職務に忠実な者たちである。
「ネシア様、下がって! 命に代えてもお守りします」
「大丈夫よ、ターニャ。彼がもう来てくれるから」
背に庇ったネシアの手が、再びターニャの肩に置かれた。
ああ、もう肩が幸せすぎる。
でも、彼が来てくれる、とは何だろう。
「殿下!」
テルメニスを呼ぶ声と共に、パーティ会場に駆け込んでくるのは、外を守っているはずの警備兵達。
「丁度良い。貴様らも」
「お逃げ下さいませ!」
テルメニスの言葉を遮ってでも、退避を促す言葉を発する警備兵。
「この学園に、上空から巨大な……あれは、空飛ぶ船が! 近づいております!」
「は?」
「まっすぐに近づいてきていて、矢も魔法もまるで通用しません! 何が目的かは不明ですが、一先ず御身の安全のために今は退避を!」
ターニャも、意味不明すぎる言葉に首を傾げたが、その耳にすぅっと息を吸うネシアの息づかいが聞こえ、そして
「超次元潜行艦、ヨグ=スォートス!」
ネシアの口から意味不明な言葉が並べられたと思ったら、ぴか、と辺りが白く輝いて、パーティ会場である講堂の壁の一角が消滅していた。
途端に、ただでさえ騒然とした状況だったパーティ会場は完璧にパニックに陥り、我先にと出口から出ようとする人々でごった返す。
無理も無い。その壁の向こう側。空に浮かぶのは真っ白い巨体。大きすぎるのと近すぎるのとで、壁の一角か崩れただけでは全体像がつかめない。
「こ、攻撃してきたのか! 殿下、お早く!」
「う、うむ、ターニャ! 早くこっちに来い!」
「大丈夫、ターニャ。あれは味方よ。周りにもう敵しか居ない私たちの唯一の味方」
相反する二つの言葉。どちらを信じるかなど考えるまでも無い。
そしてその白い巨体から、スッと光が差した。
さながら光の道のようなそれを通って下りてくるのは、先日見た男の子の姿。
今日は見慣れぬ、しかしいかにも格式張った雰囲気を持つ服を身に纏っている。
「シュート、さん?」
「ええ、お久しぶりですね、ターニャさん」
とん、と下りたってぺこりと一礼してみせる。
「この艦、ヨグ=スォートスこそが、今後はネシアさんの生活の場になります。こう言えば、少しは信頼してもらえますか?」
「これが……これがフネ?」
なんという大きさか。全体像が把握しきれないが、崩れた建物の隙間からうかがえるだけでもこの王都の城よりも大きいのでは無いか。
「ネシア、これも貴様の差し金か!」
「ええ、そうよ。これまでのあなたの勘違いやでっち上げと違って、これこそが正真正銘、私の差し金、私の協力者、橘修人と彼の超次元潜行艦ヨグ=スォートス!」
「ヨグソートス……」
自信満々に、テルメニスに言い切って見せたネシアが、ターニャに目を向けてくれる。
「ターニャ、この国の全てを捨てるつもり、ある?」
「……はい、あなたと一緒なら!」
差し出された手をしっかりと掴み返した。
「あ、あの女を捕らえろ! 王家への反逆と、貴族子女の誘拐だ!」
「はっ!」
王子の言葉に反応してか、シュートの小さいからだが、二人の前に立つ。
「やってしまって良いんですよね?」
ちらと振り返ってきたシュートにネシアが答える。
「ええ、あくまで彼らは命令に従ってるだけだから無力化程度、ね」
「了解。多連装思考誘導式光線砲、全門開放!」
途端、ガシャンガシャンと金属が軽くぶつかる音が響いて、白い巨体を覆う様に「目玉」が現れていた。
「ひっ」
一瞬余りの気色悪さに身を竦ませる。
ターニャには判らなかったが、それらは全てレーザー砲の発信レンズだった。
「一斉射、てぇっ!」
その「目玉」から一斉に光が飛び出し、さながら一つ一つが意思ある物のように飛び込んできて、近衛兵のふくらはぎを的確に射貫いていく。
「うっ」
「がっ」
「ぐあっ」
立っていることかなわず、次々に倒れ伏していく。
これが、あの巨大な船の力と言うことか。
「ふぅ、練習した甲斐はあったようだな」
「見事なもんねぇ」
「おのれぇ、貴様魔族の類いか!?」
「答える義務は無いなぁ?」
ターニャ達には背を向けたまま、腕を組んで見せる少年。
「こうなれば、俺自身の手で!」
「殿下、おやめ下さい、危のうございます!」
「黙れ、役立たずどもが! このままではターニャが連れ去られてしまうのがわからんのか!」
なにやら外から来ていた警備兵と押し問答しているテルメニス。それを見て軽く肩をすくめたシュートが、こちらに顔を向けた。
「さて、いまのうちです。お二人は艦の中へ。トラクタービーム、照射!」
フネから先ほどとは違って優しい光が伸びてきて、ターニャとネシアを包む。
「ぴょんっと、跳んで下さい。それで引っ張られますから」
シュートの言葉に頷いたネシアがこちらを見た。
「行くわよ、ターニャ」
「はいっ」
両足で踏み切れば、言われたとおり体が浮いて白銀の巨体に空いた穴へと、吸い込まれていく。
「ターニャ! 待て!」
あのいけ好かない男がそんなことを言っていたが、顔だけ振り向いてべぇーっと舌を出してやった。
VIPの安全を確保して、修人は首に巻かれている翻訳装置をカリカリと爪で擦る。
先日、ターニャと初めて会ったときに泥縄で作ったモノで、機能を考えれば破格の携帯性と言えるものだが、首に巻く形式なのがどうにも違和感を覚えさせる。
(多少大きくても、首に巻かない形式の奴を作らないとなぁ)
なんてことを考えながら、こちらを睨み付けている男へと視線を向けた。
「ターニャを返せ! そうすれば命までは取らないでおいてやる!」
話し合う価値すら無いな、と首を振る。
今までの展開は目の前で行われていたはずだ。よしんば自分がターニャ嬢を返したところで愛されないと言うことも判っていないらしい。
言葉を交わす意味を見いだせない以上、要件だけを手早く伝えるに限る。
「私たちに敵意を持たないわけがありませんし、国としてのメンツから、討伐命令ぐらいは当然出すでしょうが、実際に攻撃する時は相応の覚悟を持って行って下さい。でなければ」
予備動作無し、かけ声なしの不意打ちで多連装思考誘導式光線砲を四門打ち込む。
ぐねぐねとのたうつレーザービームが閃いて、テルメニスの両腕と両脚が胴から焼き切られた。焼かれている傷口は血を流さない。
「ぐがぁぁぁぁぁあああああ!」
「殿下!?」
「その王子様と似たような目に遭いますからね。それっ」
切り離された腕と脚に、引き続きレーザーを照射し、骨も残さずに焼き尽くした。
「ぎざ、ぎざ、ぎざまぁぁぁあああああ!」
四肢を無くして床に落っこちた王子が、芋虫のように蠢き、痛みで涙を流しながら、怒りに歪んだ表情を浮かべているのは、不気味と言っていいだろうが、修人には滑稽と映った。
「重ねて言っておきますが、これは警告です。形ばかりの討伐命令ならば見過ごしますが、本気で攻撃して来ようものなら、この国の王族全てを同じ姿にしてやりますからそのおつもりで」
あまりの事態に絶句して口をぱくぱくさせるだけの兵士達にそう言い放つと、修人もまたトラクタービームに乗って艦に戻った。
ぶっ壊した建物のことなど気にもとめず、ヨグ=スォートスは上昇していき大気圏を離脱。
再び周回衛星軌道上で待機していた。
「ネシア様は、最初から全てをご存じだったんですね」
その艦内、食堂にて。
食物生成装置では無く、ターニャがその手で入れた紅茶をみんなで飲みながら、ネシアの詳しい説明が行われていた。前世のことや、ゲーム……という概念は上手く伝えられなかったが、物語のシナリオで未来予知まがいのことをしていたことまで。
「重ね重ねごめんなさいね。あまり突飛な話だから、話すのもためらわれて」
「いえ、私も、今こうして巨大なフネの中にいなければ、確かに信じていたかは判りませんから」
そこで修人の方を向いてきた。
「では……シュートさんはそのニホン人の方を探し続けるんですね」
「あー、まぁ探し続けるというか、もう場所は判ってるんですよ、全員。今は、誰から声をかけようか、迎え入れても問題ないかを考えてる最中ですね」
「え、そうなの?」
ネシアが意外そうに目を見開く。
「この艦は異次元だとか異世界だとかそういったのに強いんです。どこか、異世界から入ってきた魂があれば、それを追いかけることが出来るぐらいには」
だからこそ、あなたを見つけられたんですしね。と続ければ、なるほどとネシアは頷いた。
「それじゃあ、次に仲間にする相手はもう決まってるの?」
「仲間にするというか……一応声をかけておく、程度ですかねぇ」
うーん、と軽く呻って紅茶を一口。うん、美味しい。
「なにそれ?」
「性格的に来て貰って良いんですけど、多分、彼はこの艦には来たがらないと思うんですよねぇ」
「彼? 男なの?」
興味があるらしいネシアのため、空中のディスプレイにこれまでに調べたプロフィールを浮かべる。
「空中に半透明の紙が……ネシア様の故郷の力は凄いんですね」
「い、いえ、地球でもこんなのはSF……物語の中ぐらいよ?」
どこか勘違いしているらしいターニャに一応訂正しておき、少々おぼつかない手つきで空中のディスプレイを目の前に持ってくるネシア。
なお、念のために記すが、ネシアが前世で知らなかっただけで、空中に浮かぶ操作パネルは2024年現在、初期型ながら既に実用化されている。
「名前はリューザ。転生特典なのか自前の訓練なのか、やたらめったら強くて、彼の住んでる辺りの魔物は大体彼に刈り尽くされてます」
「どこの勇者よ……」
「ええ、まさにそれでして。付近の人々からは勇者リューザと呼ばれてて、近隣の王侯貴族も注目してる、まさに理想的とも言える異世界転生勇者な訳です」
軽く肩をすくめて、また紅茶を口にする。
「たしかにこれじゃあ、外の方が居心地良いでしょうね」
「ただまぁ、低確率ですがただ単に質の高い生活を求めていて、そのためにやむを得ず戦っているという可能性も無いではないので」
その挙げ句声をかけなかったから逆恨み、というのは全力で避けたい。
今回のように、転生者救出に当たって、現地民と敵対する可能性が十分ある中で、無駄に敵を増やすのは愚策だ。
負けるとも思えないが。
「んじゃあ一緒にそいつにあいに行けばいいのね?」
「え」
「え?」
予想外の言葉にネシアと顔を見合わせてしまう。
「いや、僕一人で会いに行きますけど」
「じゃあ、私は何をすれば良いの?」
「……うーん、そうですねぇ」
特にやっていてほしいことは無い。修人としては、一人では寂しいからと同居人を増やしただけなのだ。
とはいえ、ワーカーホリック日本人。何もさせないのもそれはそれで気を使わせるか。
「ニャル、転生者一覧と、現在までの調査データ出して」
『イエス、キャプテン』
中空に出てくるのは、30名足らずの名簿と、添付されているフォルダの映像。
「僕は前世から乙女ゲームだとかは全く、少女漫画もさほど読んではいません。ですが、前にも述べたとおりこの世界は複数の作品世界が複合された物だと思えます」
「ええ、そう言ってたわね」
「ですから、ネシアさんが知ってるシナリオがこの中にあったら、そして転生者が今回のあなたのように窮地に陥る可能性があったら、いち早く教えてほしいんです」
「なるほど、りょーかい。ぱぱっとやっちゃうわ」
「いや、別にそこまで急がなくて良いです」
急がれたって何もやることがなくなるだけだ。
「ターニャさんがこの艦の中で退屈しないように、各種ツールの使い方も教えてあげて下さいね」
艦内設備はネシアにも先ほどざっと教えたばかりだが、前世での蓄積がある分だけ飲み込みは圧倒的に早い。いざとなればニャルにも聞けるだろう。
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「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
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彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
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「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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