GOOL IN LOVE

風波瞬雷

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5話

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 時間は夜の7時を回っていた。俺は新宿駅から程近い居酒屋の座敷で人を待っていた。
「おっ、今日のヒーローが先についてやがったか」
「急に呼び出して悪かったな。真」
 真は大学授業と部活の後に時間を作ってくれた。2人になった所でとりあえず乾杯をした。
 お通しが出る頃に続々と人が集まってきた。
「おっ、やってるじゃねえか」
「ヒデさん。来てくれたんですか」
「後輩が大活躍した後の祝いの席に行かない先輩がいるかよ」
 本当は陸と雄星も誘ったが二人はどうしても都合が付かずに来れなかった。
 しかし、その代わりに俺はとある人をゲストとして呼んでいた。
「和基君、真君、お待たせして悪かったね」
 店に来たのは虻坂店長だった。
 実は店に顔出した時に真の仲介で連絡先を教えていただけていた。陰ながら俺や真を父親のように社会人としてのアドバイスをしてくれていた。
 その言葉は重みだけでなく。どこか温かみを感じられる上に小さいことに腹を立てたり、くよくよしていた自分が器の小さい人間に思えていた。
 人生における恩人の1人と思えた。故にこの宴の席にもどうしても呼びたかった。
 しかし、予想外の出来事も同時に起こった。虻坂の後ろに付いてくるように女の子が二人付いて入ってきた。
瑠花と麻未が一緒だったのだ。
 俺は驚きのあまり、口の中の飲み物を吹き出しそうになった。すると不意に瑠花と目があった。
 しかし、彼女は直ぐに俺から目を反らす。虻坂さんが瑠花と麻未に座るように促すが、瑠花は帰ろうとする。
 しかし、そこは麻未がせっかくなんだからと半強制的に座らせた。しかも、丁度正面の位置に俺がいる場所に……
「よしじゃあ、和基のチームの勝利と活躍を祝して乾杯」
『乾杯』
 ヒデさんが音頭を取り、六人による宴の席が始まった。
 しかし、今日は俺が皆に対してお礼をする謝恩会であるお代は全て俺持ちで行くと決めていた。
 皆、己が食べた物を注文した。水炊きを中心に唐揚げ、枝豆、モツ煮、出し巻き卵などを酒と共に楽しんでくれた。
 相変わらず勢いで飲むヒデさんは相当出来上がっていたが、今日は虻坂さんという大人がいるおかげで酒を酌み交わし、話相手にもなってコントロールしてくれているので俺も真も気が楽であった。
 真は前回の来店時に接客してくれた麻未と会話を弾ませていた。同じ大学生という共通点から勉学のことに関してや真は趣味で音楽にも精通しているので音大に通う彼女と音楽ネタで会話の波長が合っていた。
 そうなると必然的に俺と瑠花の二人が余る形になった。
すると、不意にお互いの目があった。俺は緊張したが彼女と話したいと思っていたことがあった。
「今日は何で来てくれたんだ?」
「店長がどうしても来いって言うからよ。ご飯はあなたの奢りだって聞いてたし」
「そうか」
「でも、あなたのことは雑誌とかで少し拝見しました。高校生の時から注目されてた選手だったんですね」
「いや、その記事もある意味で本当のことは書いていない。ずっと、俺は自分の才能を疑ってこなかったが全国大会で得点王を取れたのも真や陸たちがお膳立てしてくれて取れた物で俺一人の力ではきっとプロにもなれなかったかもしれない」
「そうなんですね。ちょっと意外というか、初めてあなたの素顔を見れたかもしれません」
「あのさ、今日何でそんな堅苦しい喋り方なんだ?」
「別に店では会話を楽しませるのがキャバ嬢の仕事でもありますが、今はプライベートタイムなので」
「あ、そう」
 どうにも会話がスムーズにいかない。本当はこんな話をしたい訳では無く。彼女がはっきり俺に言ってくれた言葉が俺を変えてくれたとはっきりお礼を言いたかった。
 しかし、どこか俺の中での男としてのプライドが邪魔をして素直になれない自分がいた。
 そうこうしていると彼女の携帯に着信が入る。彼女はその内容に目を通すと速やかに返信を返した。
 すると、突然帰り支度を始め出した。その光景に虻坂と麻未も気付くと二人が彼女の下に歩みよる。
「瑠花ちゃん、今晩くらいはお相手をお休みしても」
「いえ、これも貴重な営業ですし、生計を立てる為なので」
「瑠花ちゃん、お金に困っているのは分かるけど、私たちに少しは助けを求めてほ……」
「これは、私の家庭の問題だから」
 麻未にきつい口調で返すと彼女はさっさと店を出てしまった。
 俺は彼女の二人への態度には疑問を抱いた。虻坂さんは心配した様子だし、麻未は凄く悲しそうな顔をしていた。
「どうにも、一筋縄ではいかないようだな」
「真?」
「ここは男を上げる時じゃないのか和基」
「ヒデさん」
 二人は特に多くは語らなかった。なぜなら表情と目から合図をしていることに俺自身も気付いていたからだ。
 俺は慌てて彼女の後を追った。瑠花は新宿駅の方向に歩いていた。猛ダッシュで追いかけて彼女に追いつくと俺は彼女の手首を掴んで逃げられないようにした。
「おい、ちょっと待てよ」
「何?」
「さっきの態度はねえんじゃねえの?」
「あなたには関係ないでしょ?」
「関係ねえよ。でも、それはお前もこの前は同じようなことして俺を怒らせたよな?」
「何? まだ根に持ってるの? ダッサ」
「いい加減にしろよお前。俺はお前に感謝してんだぞ」
「は? 言ってる意味が分かんないんだけど」
「だから、その」
 俺はつい勢いで口走ったが言葉の整理が出来ない状態で言ってしまったので「自分の過ちに君が気付かせてくれた」……いや「君にありがとうを言いたい」と素直に言うことが出来なかった。
 言葉に詰まっている間に瑠花は俺の手を振り解く。
「お願いだから、もう私に関わらないで」
「何でそんなに突っ張るんだよ」
 彼女は何も語らずにタクシーを捕まえて行ってしまった。考えれば考えるほど彼女のことが分からなくなる。
 仕方なく店に戻ると心配した虻坂が入り口前で待っていてくれた。
「瑠花ちゃんは何て?」
「いえ、もう関わるなって言われました」
「そうか、君たちにはきちんと話して置かないといけないね」
 俺は虻坂のその言葉を聞いて、彼女のことを知る良い機会だと思った。皆の所に戻るとヒデさんと真も交えた中で虻坂さんが彼女の話をしてくれた。
 瑠花は、表向きには高校卒業後に働いているとしているが本当は高校2年生の時から虻坂さんの店で働いていたのだ。
 この前、俺と真が来店した時は彼女の体裁も考えて嘘を付いていたそうだ。彼女のお母さんがPTSDで入院していることは知っていたがその理由は俺たちの想像をはるかに超える物であった。
 瑠花の父親は彼女が小学生の頃に事業に失敗し、その後は酒やギャンブルに溺れ、借金を抱えては夜逃げを繰り返していたそうだ。
 その上で父親は母親にも子供たちにも何度も暴力を振るった挙句に行方を晦ました。その後、借金の連帯保証人とされた母親は借金取りに追われ、気力と体力が限界に来ており、勤め先で倒れたのだ。
 以降は入院生活が続いており、瑠花はキャバクラで働きながら母親の入院費と妹の教育費などを1人で稼いでいたが、どんなに売り上げナンバー1のキャバ嬢でも1億に上る借金を返済するのは並大抵のことでは無かった。
 借金を返済しつつ母親の入院費と妹の教育費を賄うのは厳しい物があった。
妹は瑠花の努力の甲斐があって何とか高校に進学したが、就職のことを考えると大学や専門学校にも行かせてあげなくてはならない。
その為の貯金を作る為には枕営業を辞める訳にはいかず今日もおそらくはその相手の所にいるという。

その頃、瑠花は東京銀座の高級ホテルにて待ち合わせの相手を待っていた。
「瑠花ちゃん、待たせたね」
「いえ、田中さんもお勤めご苦労様です」
 この田中という男は民自党議員秘書を務める。20代にして大物と呼ばれる政治家の下で働いているが、仕事中のパワハラによるストレスを忘れる為に頻繁に瑠花に会っている。
 二人はホテル部屋に向かって行くが、彼女たちに気付かれないように背後を追いかける黒い影の存在があった。
 瑠花と田中はその影に気付くことなく部屋に入っていた。

 そんな中、俺は虻坂さんが話してくれた内容を頭の中に叩きこんでいた。
 すると、冷静に物事を考えれる真が言葉を発する。
「瑠花ちゃんはきっと俺たちが思っている以上に優しい子なんでしょうね」
「優しい?」
「言葉きついけど、自分は夢を叶える権利がないから頑張れってお前に遠回しにいったんだと思うぞ」
「そんな風には見えなかったけどな」
「いえ、麻未もそう思います。瑠花ちゃん親の反対を押し切って東京の音大に来て上手く行かない時に言ってくれました」
「夢を追えるのは幸せなことだ」
 間にヒデさんと虻坂さんがハモるように言った。
「奇遇ですね。店長さん」
「こちらこぞ」
 その反応を見て麻未は驚いた。
 実はその言葉は虻坂さんが瑠花に教えた言葉であり、昇進のことで悩んでいたヒデさんにも伝わっていた言葉であった。
 彼女は多くの人の支えになっていることがこの瞬間に分かった。彼女を助けて上げたい気持ちに俺はいつの間にか心が変わっていた。
 
― 銀座 ホテル ー

 ホテルでは瑠花は田中とのセックスを終えて全裸でベットの毛布に体を埋めていた。
「瑠花ちゃん、約束の60万」
「ありがとう。また辛くなったら何時でも来てね」
 田中は直ぐに着替えて帰って行った。彼には妻がいるので今行っていることは不倫だ。
 だから、泊はせずに残業したと嘘をついて自宅に帰っているそうだ。
 その事実を俺が知るのはこれよりずっと先のことであるが、この頃の彼女の心は暗闇の中に閉ざされたままであった。
 

― 新宿 ―

 22時を回る頃には謝恩会をお開きにして、俺は真と帰路に付いていた。
「まさか、あの女にあんな事情があったとはな」
「クス」
 真は不意に俺の言葉に笑った。
「何が可笑しいんだ?」
「いや、心配してるのに頑なに素直に名前で呼ばない所がやせ我慢してるようで面白いなって思って」
「そ、そんなじゃねえよ」
「瑠花ちゃんのことが気になるんだろ?」
「分からねえよ。でも、何ていうか、あいつの言葉には助けられたから」
「お前は大切な物があった方が選手として力を出せるのかもしれないな。しょうがない、お前の為にもうひと働きしてやるよ」
「どういう意味だよ」
「俺もJリーガーになる。お前と一緒にヴェルディーの一員としてな」
 突然の真の言葉に俺は一瞬頭が真っ白になった。
「俺と一緒? 言ってる意味が分からん」
「実は大学インカレの際にヴェルディー他、いろんなクラブスから去年オファーは貰ってたんだ。ただ、ヴェルディだけは在学中に気が向いたら契約を結びたいって唯一待ってくれてたんだ」
「そんなこと聞いてねえぞ」
「言ってねえもん。就職も大事だけど、瑠花ちゃんの言葉やお前がのこの前の試合見てたら、挑戦したくなってな」
「お前は、最高の相棒だ」
 俺は真と力強く拳を合わせた。
 数日後、大貫真が東京ヴェルディの特別指定選手および来季の加入内定させたという情報がクラブを通じて発表された。
 即戦力として第5節の栃木戦から早速、ボランチとして真はスタメンに抜擢された。
 パスセンスもあるが真は頭脳的なプレーと対人の強さのボール奪取がプロの世界でも遺憾なく発揮された。
 おかげでコンビを組む潮留キャプテンがより攻撃に集中できる布陣となった。
 真、菊池、畑の3枚のセンターラインが新戦力として台頭し、ヴェルディーの守備は以前とは比較にならないほど硬くなった。
 さらに3人ともフィードの精度も高く、一本のロングパスで俺はサイドと背後にボールを供給して貰えるようにもなったので得点機を演出しやすくなった。
第5節の栃木戦を3対1で勝利、第6節・岩手戦を1対0で勝利、第7節・町田戦を3対0で勝利し、リーグ戦4連勝を飾った。勝ち点も10までチームは5位まで順位を浮上させた。
 俺も第3節・大分戦のハットトリックの勢いのままに栃木戦は1対1からの勝ち越しゴールを挙げると、次節は0対0のロスタイムに均衡を破る先制ゴール、その次の試合は1対0でリードした後半に貴重な追加点とダメ押しの2得点を奪う。
 スタメン出場した4試合を7得点4アシストの活躍で一躍チームの主力へと躍り出た。
 その後、チームは安定した戦いを続けて4月の終わり、13節を終えた時点で7勝3敗3分けの勝ち点21まで積み上げ、昇格プレーオフ圏内6位をキープしていた。
 俺自身も第7節以降2試合ノーゴールが続いたが、10節・13節で1得点ずつ上げて、トータル9得点6アシストでチームを牽引した。
 しかし、この後に待っている苦難の連続が俺たちを襲うことになる
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