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4章・真意と挑戦篇

30話・それぞれの十字架~刻まれた意思(Act1)

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美歩はいつものように高校へ通学した。
電車に乗り、バスへ乗り換えて1時間ほどかけて学校に就く。
ただ、美歩は1年生の頃からの秀才であり、主席生徒な上に父親の影響力と学校の特質上、多少の遅刻は目をつぶられる。
しかし、美歩はルールなどにも厳格で生徒会長を務めるほどの逸材だ。交通障害以外で遅刻したことは一度もない。
今日もいつも通りに時間通りに通学した。

学校生活も黒夜を失ったショックこそはあったものの割り切るところはきちんと割り切って生活している。
生徒会長として誇り高く、茶道部の部長として信頼と威厳に満ちており、男子からは憧れと魅力的な存在として1日を過ごした。

今日は生徒会の会議日だった。
年を越すと3年生から2年生への引継ぎになるのでその下準備に大幅な時間を要するのがこの学校の特徴である。
会議等を終えた時には夜の7時を回っていた。
生徒会室の施錠を行うのも最後まで残って仕事のすることの多い美歩が行う。
この日も学校を発ったのは夜の7時30分を過ぎていた。

学校からバス停までは5分程度で下車後はすぐに電車に乗り換える。
しかし、電車を降りると家までは30分ほど歩かなくてはならない。
住宅街の道であるが夜は人通りが少ないので女の子が一人で歩くには危険なエリアではある。
そんな時、美歩の背後に黒い影が詰めていた。
異変を察知した美歩が早歩きになった瞬間、背後の人間が背後から襲い掛かる。
口を塞ぎ路地裏に引きずり込もうとする。
力が強くガタイがいい。

(何? この男?)

黒ジャンパーに黒帽子とマスクで顔が良く見えない。
美歩はどんどん路地裏に引きずり込まれていく。

その瞬間……

男は背後から押し出されるようにバランスを崩す。その場に美歩が倒れこむ。
美歩の目の前には黒スーツ姿の黒夜が立ちはだかった。

「女子高生を襲うとはいい趣味してんなお前」

全身黒に覆われた男はポケットナイフを懐から取り出した。
ガタイや風貌からみてチンピラレベルの奴だと黒夜は察した。
すぐさま黒夜にナイフを突き出してくる。

しかし、黒夜は軽やかな身のこなしで刃物を交わしてついてきた腕を脇に抑えてガードした。
男のナイフの持った右腕は自由が利かなくなる。
そして肘の稼働する向きとは逆に黒夜が腕を曲げようとした。

「ああーっ、いてぇえよ」

男はあまりの痛さに悲鳴を上げる。
近くの住宅の住民が異変から窓を開ける。
男は何とか黒夜の腕を振りほどいてその場を立ち退いた。
倒れた美歩に黒夜が手を差し伸べる。

「大丈夫かい?」
「はい。でも、どうしてここに?」
「あの男を尾行していたら、君の姿があったから」
「嘘ですね」
「嘘?」
「最近、後ろからつけられているのは気付いてましたけど気配が違いました。さっきの人とあなたの纏う雰囲気が違ってましたから」
「そうか」
「いや、違うというよりかは私はあなたを知っている気がする……」

美歩はじっと綺麗な瞳で黒夜を見つめた。
そこには何かを感じ取っているのではないかと黒夜は不安になった。

「私とあなたは先日初めて顔を合わせたんですよ。誰かと見間違いですよ」
「そうかもしれないです。けど、私は自分の感覚は信じるたちなので…」
「そうですか」
「あの家に寄りませんか。私の父に興味があると仰ってましたよね? ずっと、連絡をしようか悩んでましたけど、今日のお礼もしたいので……」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。父は偏見で物事を決める人ではありません」


■某ラブホテル

とあるラブホの一室ではチンピラが苦痛の表情を浮かべている。
そして、すぐさま手の甲をヒールで踏まれて大声の悲鳴と苦痛の表情を浮かべる。

「あんた、何失敗してるの?」
「男がついているなんて予想しなかったんだ」
「はあ? 言い訳のつもり」

罵倒と暴言を繰り返すのは莉乃だった。
莉乃は高級そうな私服を纏い、パンツが見えそうな短いスカート姿でチンピラに暴力を加える。

「頼む莉乃、もう一回だけもう一回だけチャンスをくれ」
「私が一番嫌いな生き物を教えてあげる。弱くて……うざくて……しつこい男……失せろ」

彼女は手をパンパンと叩くとガラの悪い男たちが部屋に入る。

「莉乃、誰だこいつら」
「私に何かあった時のボディーガードよ」
「う、嘘だろ。や、やめてくれ~」

男たちに連れられてチンピラは姿を消した。
莉乃は爪を噛みながら舌打ちした。

「あの女を匿う男にそんな強い男いたっけ?」

莉乃はじりじりと考えていると一人の男が脳裏に浮かんだ。
黒夜のことであった。
しかし、見た目的に喧嘩などは強そうに見えないし、その辺の会社員のような雰囲気の奴が美歩と関わる理由がないと考えていた。
しかし、頭の中のひっかりが消えない。


■美歩の自宅

家に帰った時はイザコザもあり、帰宅したのは9時前にだった。
美歩の母親の彩香さんが心配して玄関に掛けてくる。
彼女に会うのも黒夜も久しぶりだ。
何故なら、優夜として会って1年以上が経つからだ

「美歩ちゃん、遅いから心配したのよ」
「一応、今日は生徒会で遅くなるって言ったよ」
「でも……」

言葉を発しようとした時に黒夜の存在に気付いた。

「こちらのイケメンさんは」
「さっき、変な奴に絡まれたのを助けてくれたの。それで家まで一緒について来てもらったの。それに優夜の納骨堂で知り合って面識もあったの」
「そう。娘がご迷惑をおかけいたしました。

すると、奥から険しい表情で威厳に満ちた男性が出てきた。
美歩の父親の幸広だった。

「美歩。とりあえずお客さんに上がって貰いなさい」
「パパ」

躊躇の無い判断と言動は彼女の父親の特徴である。
しかし、怖さというよりは厳しさや正義感などという言葉がこの人には当てはまる。
茶の間に通されて一杯紅茶をいただいた。

「娘を助けてくれたみたいで本当にありがとう」
「いえ、たまたま通りかかっただけですから」
「見た感じ随分若いようだがいくつなんだい?」
「19歳です」
「娘と1歳差か! その割には大人っぽいというか風格があるというか」
「一応会社員やってますので」

黒夜は名刺を幸広に手渡した。
幸広は名刺の両面を返しては見て、返してを見てを繰り返した。

「企画系の仕事をしているんだね」
「はい」
「この会社とは経済界のパーティーで社長とはお会いしたことがある。名前は大塔さんと言ったかな?」
「はい」
「実に興味深い話をさせてもらったよ。人には生活環境や境遇の違いがある。水商売を貧乏人の金吊る商売だと思われたくない。女の子たちの笑顔が心を支える仕事であると伝えたいと話していたのを覚えているよ」
「水商売を否定はされないんですね」

それがこの人の特徴である。
ビジネスもそれぞれの信念を重んじる彼は今の時代に必要な存在ではあるが、過去の栄光や縦割り意識の強い財閥系の経済界のドンなどは彼を毛嫌いする要因でもある。

「あの、娘さんから伺ったのですが通っている高校の支援をされていると伺ったのですが」
「ああ、その話か。すまないがその話は娘の前では……」
「大丈夫よパパ。この人を連れてきたのはその話を聞かせてあげたくて、それにこの人はきっと仕事においてパパの助けになってくれるはずだから」

美歩の機転で空気が一変した。
すると一呼吸おいて父・幸広が言葉を発した。

「良いのか美歩。お前の辛い過去を話して」
「大丈夫。この人には話すべきだと思うから」
「そうか。分かった」

紅茶を一口飲んだ後に真剣な眼差しで幸広は話した。

「私が美歩の学校の支援をしたのは美歩の恋人が今年の7月に自殺したのがきっかけだった。あの学校は杉川財閥の令嬢が美歩と同じクラスであると聞いた時から不安はあった」
「不安?」
「有名進学校であるとはいえ、杉川財閥の一族や企業の癒着がここ数年一段と強くなっていると聞いた。それに美歩からもクラスを束ねて弱い存在を踏みつけにしているということも聞いていた。しかし、杉川財閥はいまだに経済会のトップに君臨するドンで成り上がりの私が声を上げるには当時は大きすぎると思い見て見ぬふりをした。娘が危険な目に遭わなければと……しかし、それが娘を苦しめる結果になったことを私は後悔した」
「何があったんですか?」
「美歩の彼氏・黒澤優夜君と距離を置く様に言ったのは私だったからだ。美歩はこの性格ゆえに私の言うことを聞いた。だが、彼が自殺した時から美歩の幸せの時間を私は止めてしまった。そして生徒会長を務めながら怒って生徒の苦しむ学校を運営する苦悩もぶつけられた。私は保守的になった自分の行動を心から悔いた」
「美歩さんは彼のことを本当に愛していたんですね」
「私にとって黒澤君は太陽のような存在でした。決して私を金持ちの娘としてはなく。茶道を好きな私、生徒会長としての私、日常の私をすべて見てくれた。今まで私の全てを好きになってくれたのは後にも先にも黒崎君……いや、優夜だけだったから」

彼女の眼には納骨堂で見た時と同じ涙が流れていた。
自分という存在を認めてほしい。
恐らくその思いを持つ者があの学校には集まっていた。
それは復讐した陽菜や冴優も同じだったのかもしれない。
ただ、そんな人間を駒のように弄び悪に導いているのが杉川莉乃であったのだと黒夜は初めて気付かされた。

「私は娘の為に出来ることを探した。そして自分に置き変えても考えた。所詮成り上がりだと馬鹿にされ続けて嫌がらせなどを受けた自分がしてあげられるのはそういう苦しい思いをしている子供救うこと心を悪に染めないことが私の責務だと思った。そして、私は自らのホテル未来を支えてくれる企業をパートナーとして探すために提携などをして力を付けた。しかし、それは同時に茨の道でもあった。杉川財閥はいじめの事実が明るみに出れば自分たちが失墜する。現に杉川財閥は政財界の裏の部分にも手を染めつつある。私は背水の陣の覚悟で一部の人間私利私欲の世の中を終わらせたいと思った」

その言葉に黒夜の胸は熱くなった。
感情移入して自分の目にもこみ上げてくるものがあった。
そして、己の死が愛という形で受け入れていてくれたことの喜びと重い十字架を背負わせてしまった後悔が同時にこみ上げてきた。

その時に黒夜は誓った。

「お父さん、私もあなたの力にならせていただけませんか?」
「私の力に?」
「はい。私はその死んだ恋人の仇を討つ……いや、彼の意志はきっとお父さんと同じだと思います。きっとこれ以上の犠牲も何より娘さんを守ってほしいと願っているはずです。それにさっきの美歩さんの襲った奴もその手の刺客かもしれません」
「何だと?」
「ですが、顔の幅を利かせている財閥です。今、正面からぶつかるのは分が悪いです。私に提案させていただきたいことがあります」


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