上 下
88 / 133
第14章 新たな出会い編

第88話 初恋の人には言えないこと

しおりを挟む
「佐々木……真由子……」

「えっ? 何で私の名前を知ってるの?」

 しまった。お驚きのあまりつい声に出してしまった。
 俺は焦った気持ちを何とか誤魔化そうとした。

「いっ……いや、そんなことよりも早く火傷をした指を冷やさないと!! さぁ、そこの水道の水で指を冷やそう!!」

「えっ? うん、わ、分かった……」

 佐々木は俺の言う事を素直に聞き入れ、水道の水で火傷をした部分を冷やしだした。そしてある程度、痛みが和らいだ後に、火傷で少し指の皮がめくれて赤くなっている傷口に家から持って来た消毒液をつけてやった。

「いっ、痛い!!」

 佐々木はとても痛そうな顔をしていたが、俺は『少しだけ我慢して。直ぐに痛みが和らぐから』と言いながら、佐々木の手を掴み傷口に絆創膏を巻くのであった。

「よし、これで大丈夫だと思うよ」

「あ、有難う……でも君、男子なのによく消毒液や絆創膏なんて持っていたわね?」

 佐々木は覗き込む様な感じで俺に聞いてきたので俺は少しドキッとしてしまったが、冷静を装いながら返事をする。

「う、うん……うちはよく家族でバーベキューをやるからさ……だいたい『火起こし』は火傷をしやすいから、こういう時はいつも消毒液や絆創膏などを用意しているんだよ……」

「へぇ……そうなんだぁ……」

 佐々木はとても感心した顔をしている。

「それよりも何で女子の君が火起こしをやっていたんだ? 顔に火傷でもしたら大変じゃないか?」

「うーん、そうなんだけど……私、料理苦手だし、包丁なんてほとんど触った事が無いし……だから男子が薪を取りに行っている間の火の見張り役でもしようかなと思って……でもその役もちゃんと出来ずに火傷までしちゃって君にまで迷惑をかけてしまって……」

 佐々木はそう言いながらうつむいてしまった。

「そんなに落ち込む事は無いさ!! 出来なくて当然だよ。男子が戻って来るまで俺が君の班の飯盒も見ておくから、君は同じ班の女子達の手伝いでもしてなよ? 料理が苦手なら食器の準備をしたり、料理器具を片付けたり、洗ったり、色々と出来る事はあると思うよ」

「あ、有難う……えっと……」

「ああ、俺は五十鈴隆って言うんだ。よろしくな」

「よろしく五十鈴君……そして助けてくれて本当にありがとね……」

 佐々木は笑顔で俺にそう言うと同じ班の女子のところへ行くのであった。

「はぁぁぁ……」

 佐々木が俺の前から去った瞬間、俺は大きなため息をついた。

 実の所、俺の心は尋常ではなかったのだ。
 今も心臓の鼓動が激しいくらいだ。

 こんなにも緊張したのはいつ以来だろうか?

 それくらい俺は佐々木との会話を緊張しながらしていたのだ。
 頑張って平静を装った『演技』をしていただけだ。

 まさかこの場面で佐々木に出会うとは思わなかったし、その出会い方が火傷をした佐々木を助けるなど、マジで想定外だ……

 俺がボーっとしていると後ろから誰かが声をかけてくる。


「五十鈴君……」

「えっ?」

 声の主は水井だった。
 そして彼女の表情はどう見てもムスッとしている。

「みっ、水井? どうかしたのか?」

「どうかしたのかじゃないわよ。今の子は知り合いなの? ずっと二人で仲良く話してたし、いつの間にか五十鈴君が今の子の班の飯盒の見張りまでやってるし……」

「い、いや、知り合いじゃないよ。今、知り合ったんだよ。今の子、佐々木さんって言うんだけど、ちょっと火傷しちゃってさ、それを俺がたまたま見ていたから手当てをしてあげてたんだ。飯盒の見張りはこの班の男子達が戻って来るまでということで俺から引き受けたんだよ」

 すると少し間を置いてから水井がこう言った。

「知ってるよ……」

「えっ、何を知ってるんだ?」

「あの子の名前が佐々木ってこと……それと……」

「それと?」

 水井は少し言いにくそうな表情をしながら少し悩んだみたいだが何か決意をした表情に変わり俺にこう言った。

「大きな声では言えないけど、あの佐々木さんは女子の間ではあまり評判が良くないの……見た目も少し派手だし、素行も悪いっていう噂があって……」

「そうなのか? でもうちのクラスの大塚や北川とは同じ中学で友達だと思うんだけど」

 俺が不思議そうな顔をしながら水井に言うと、水井は今度は少し困った表情になりながら話し出す。

「だから大きな声で言えないのよ。大塚さんと北川さんはクラスの中でもリーダー格だし、あの佐々木さんとも仲良しだし……もし私が今言ったことが彼女達に知られたら何されるか分からないし……」

 女子ってそういうものなのか……?
 それとも水井が考え過ぎる性格なのだろうか?

 そういえば『前の世界』で水井と付き合っている頃にこの子、少し神経質なのかな?と思ったことが多々あったが……

 いずれにしても、これも『前の世界』の話だが、大塚も北川も、そして佐々木も本当に良い子だったんだ。

 大塚は気は強いが誰にでも面倒見が良くて俺はとても仲良しだった。三年の時も同じクラスになったこともあり、ますます親しくなりお互いに色んなことを相談し合える間柄になっていた。悲しいかなお互いに恋愛感情までには発展しなかったが……

 唯一、大塚だけは高校を卒業してからも数年間はよく一緒に遊んだものだった。

 そして北川だが大塚や佐々木と一緒にいるから目立ってしまうだけで、実の所、結構地味な性格なんだ。おっとりしたしゃべり方で、将来良いお母さんになるタイプの子である。

 後で知ったことだが、俺が自己紹介をした時に『可愛い』と言ったのは実は北川だったらしい……まぁこれは大塚情報なんだけどな。

 最後に佐々木だが、言わずと知れた俺が人生で一番好きになった子だ。
 この事は『つねちゃん』には口が裂けても言えないことだが……

 そして俺は佐々木に想いを伝えられないまま彼女は中退してしまい俺の前から消えてしまった。

 本当に良い子なんだ。
 本当に優しい子なんだ。

 そして本当に俺は佐々木の事が大好きだったんだ……


「ちょっと京香、何してるの!? 早くこっちに戻って来てくれない!?」

 調理場の方から西口と田所が水井を呼んでいる。

 水井は何か言いたそうだったが、渋々西口達の所へ戻って行くのだった。

 そうこうしているうちに佐々木の班の男子達が戻って来たので、ようやく俺は自分の班の飯盒に集中することができたのであった。

 その時、俺が飯盒の前で火の調整をしている姿を少し離れた調理場から佐々木がじっと見つめていることなど気付くはずもなかった。



――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。

佐々木と久しぶりに会話ができた隆……
しかしかなり緊張の中であったみたいだが……

そして水井の『嫉妬』では?と思わせるような言動……
それに困惑する隆。

果たして隆達は今後どうなっていくのでしょう!?

どうぞ次回もお楽しみに。。。
しおりを挟む

処理中です...