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第16章 それぞれの恋路編
第108話 初恋の人がしてあげたかったこと
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【文化祭後の次の週の土曜日】
俺は今、『つねちゃん』の部屋で佐々木と共に勉強をしている。
先日の『文化祭』は無事に終わり、その時に『つねちゃん』が提案した『勉強会』が次の週から実行され、俺は今日が初めての勉強会……
佐々木は今日で三回目ということで部屋の中での動きが少し慣れた感じがして、俺は何だか悔しい気持ちになっていた。
でも長方形のテーブルの長い方に俺と佐々木が横並びに座り、正面に『つねちゃん』が座っているのだが、佐々木の座る位置が俺の身体にくっつきそうなくらいに近いので、それが気になり、悔しい気持ちはあっという間に消えてしまった。
佐々木はそんな事は気にせずに勉強をしている。
どちらかと言えば、『つねちゃん』の方が気にしているようだった。
「佐々木さん? もう少し隆君と離れて座った方が良いんじゃない? 狭くて勉強やりづらくない?」
『つねちゃん』は一応、表情を変えずに言ったが佐々木は笑顔で
「私は大丈夫ですよ。五十鈴君が狭くて勉強やりづらかったら少しだけ移動しますけど……五十鈴君、大丈夫よね?」
「えっ? ああ、大丈夫だよ……」
俺は佐々木にそう答える様に誘導された感があったが、思わずそう返事をしてしまった。
そして『つねちゃん』は「まぁ、二人がそれでいいなら別に構わないけど……」と無表情で言いながら勉強を再開するのであった。
俺は毎回、こんな状況で勉強をするのかと少し不安な気持ちになったのは言うまでもない。
夜七時を過ぎたところで『つねちゃん』が、もうそろそろ終わりにして、うちで夕飯を食べる様にすすめてくれたが、明日はバイトがあり、帰りも遅くなるといけないので俺達は帰る事にした。
先に佐々木が俺に「五十鈴君、また明日ね」と言いながら自転車に乗って帰って行くのを見送った後、『つねちゃん』が「駅まで送るわ」と言い、俺達は駅までの道のりを歩いている。
その道中『つねちゃん』は今日の勉強についての話や、先日の『文化祭』の話などを笑顔で話している。
そんな中、俺は『つねちゃん』にある質問をした。
「つねちゃんは数ヶ月前に知り合ったばかりの佐々木に対して何でそこまでお世話をするんだい?」
すると薄暗い夜道で表情がわかりにくい状態ではあったが、『つねちゃん』の表情が少し暗くなったのが何となく分かった。
そして少しの間をあけて『つねちゃん』は口を開く。
「そうね……佐々木さんが『幼稚園の先生』になりたいって言ってくれたことが凄く嬉しかったっていうのもあるけど……でも……でもそれは表向きの理由かな……」
「えっ、表向きの理由? 他に理由があるの?」
「うん、あるわ……『文化祭前』までは気付かなかったんだけど……あの『文化祭』で久しぶりに佐々木さんの顔を見た時……そしてお話をした時に、何で私が『遊園地』で会った時からあの子のことが気になっていたのかを……」
『つねちゃん』はそう言うと少しだけ顔をうつむける。そして……
「私、佐々木さんと初めて会った時に浩美ちゃんのことを思い出したの……隆君はどう思っているか分からないけど、佐々木さんって浩美ちゃんに雰囲気が似ているのよねぇ……」
「えっ、石田に……?」
『文化祭』で稲田が言っていたように『つねちゃん』も佐々木が石田に似ていると思っていたんだ。正直なところ俺も似ていると思ってはいたけど……まさか『つねちゃん』もそう思っていたとは……
「それでね、佐々木さんには申し訳無くて言えないけど、私は生前、浩美ちゃんに何もしてあげられなかったことを代わりに佐々木さんにしてあげたいっていう思いになってしまって……」
そういうことだったのか……でも……
「でっ、でもさ、つねちゃんは石田が生きている時には頻繁にお見舞いにも行ってたし、励ましたりもしてたじゃないか? だから……つねちゃんは石田に何もしてないってことは無いと俺は思うんだけど……」
「うん、そうかもしれないけど……でもね隆君……『高校生』の浩美ちゃんには何もしてあげれないんだよ……」
「そっ、それはそうだけど……仕方がないというか……!?」
『つねちゃん』が涙を拭き取るしぐさをしているのが分かった俺はそれ以上は何も言えなくなってしまった。しかし『つねちゃん』は引き続き話し出す。
「隆君のことが大好きだった浩美ちゃん……そんな大好きな人の『高校生』になった姿を見る事も、見せることもできなかった浩美ちゃん……それなのに、こんなおばさんになった先生は今でもこうして『高校生』になった隆君と一緒に歩いている。『幼稚園児』の時に先生に『結婚してくれ』と言ってくれた天使君が今もこうして私の傍にいてくれる……」
つねちゃん……
「私だけが幸せなのが本当に申し訳なくて……ウッ……そういう思いが私の心の奥底にずっとあったの。でも佐々木さんに出会って……浩美ちゃんと同じ雰囲気を持っている佐々木さんとお話したり、勉強を教えたりするとね、私の心が落ち着くというか……浩美ちゃんにしてあげたかったことができているというか……浩美ちゃんと一緒にいる感覚があって、浩美ちゃんに対しての後ろめたい気持ちが少しずつ少しずつ薄れていく私がいるの。だから佐々木さんのお世話をしている……それが本当の理由かな。でも隆君、お願いだから佐々木さんには今の話はしないでね……?」
「もっ、勿論……絶対に言わないよ。安心して、つねちゃん……」
「有難う……隆君……」
いつも俺と会う時の『つねちゃん』は笑顔で接してくれていた。
いつも優しい言葉をかけてくれていた。
いつも俺の事を気にかけてくれていた。
でも本当は『つねちゃん』だって心の中に石田に対する辛く悲しいことなど色々な想いがずっとあったんだ。俺だけが石田の事を忘れずに思っていた訳では無かった……
俺はそんな『つねちゃん』を愛おしく思い、そしてこの人とこれからもずっと一緒に笑い、苦しみ、悲しみ、そして一生守ってあげたいと思うのであった。
ヒュー
「寒っ……」
「今日は風が冷たいわねぇ? もう来月から十二月だし、もうそこまで冬がやって来ている感じがするわね? 隆君、風邪引かない様に気をつけてね?」
「うん、有難う……つねちゃんも気をつけてよ?」
「フフ、そうね。先生、おばさんだし、若い隆君よりも風邪引きやすいかもしれないもんね?」
「いっ、いや、別に俺はそんなつもりで言った訳じゃ……」
「ハハハ、冗談よ、冗談。あっ、そうだ。こないだの『迷路』の時と同じように駅まで手を繋ぎましょうよ? その方が温かいし……ねっ?」
俺は黙って頷き、そして手を差し出した。
その手を『つねちゃん』はギュッと握りしめてくれる。
『つねちゃん』の手の温もりが俺の身体全体に広がり先程の冬到来を感じさせる冷たい風が心地よく感じるのであった。
――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
隆や稲田と同じように『つねちゃん』も佐々木が石田の雰囲気に似ていると感じていた。
そして『つねちゃん』が佐々木に世話をやく理由が隆に切ない気持ちにさせたと同時に一生『つねちゃん』を守りたいという気持ちにさせるのだった。
これで『高校一年・それぞれの恋路編』は終了です。
次回から新章『高校二年生編』(一年生冬の回想場面有り)が始まります。
どうぞ次回もお楽しみに。
俺は今、『つねちゃん』の部屋で佐々木と共に勉強をしている。
先日の『文化祭』は無事に終わり、その時に『つねちゃん』が提案した『勉強会』が次の週から実行され、俺は今日が初めての勉強会……
佐々木は今日で三回目ということで部屋の中での動きが少し慣れた感じがして、俺は何だか悔しい気持ちになっていた。
でも長方形のテーブルの長い方に俺と佐々木が横並びに座り、正面に『つねちゃん』が座っているのだが、佐々木の座る位置が俺の身体にくっつきそうなくらいに近いので、それが気になり、悔しい気持ちはあっという間に消えてしまった。
佐々木はそんな事は気にせずに勉強をしている。
どちらかと言えば、『つねちゃん』の方が気にしているようだった。
「佐々木さん? もう少し隆君と離れて座った方が良いんじゃない? 狭くて勉強やりづらくない?」
『つねちゃん』は一応、表情を変えずに言ったが佐々木は笑顔で
「私は大丈夫ですよ。五十鈴君が狭くて勉強やりづらかったら少しだけ移動しますけど……五十鈴君、大丈夫よね?」
「えっ? ああ、大丈夫だよ……」
俺は佐々木にそう答える様に誘導された感があったが、思わずそう返事をしてしまった。
そして『つねちゃん』は「まぁ、二人がそれでいいなら別に構わないけど……」と無表情で言いながら勉強を再開するのであった。
俺は毎回、こんな状況で勉強をするのかと少し不安な気持ちになったのは言うまでもない。
夜七時を過ぎたところで『つねちゃん』が、もうそろそろ終わりにして、うちで夕飯を食べる様にすすめてくれたが、明日はバイトがあり、帰りも遅くなるといけないので俺達は帰る事にした。
先に佐々木が俺に「五十鈴君、また明日ね」と言いながら自転車に乗って帰って行くのを見送った後、『つねちゃん』が「駅まで送るわ」と言い、俺達は駅までの道のりを歩いている。
その道中『つねちゃん』は今日の勉強についての話や、先日の『文化祭』の話などを笑顔で話している。
そんな中、俺は『つねちゃん』にある質問をした。
「つねちゃんは数ヶ月前に知り合ったばかりの佐々木に対して何でそこまでお世話をするんだい?」
すると薄暗い夜道で表情がわかりにくい状態ではあったが、『つねちゃん』の表情が少し暗くなったのが何となく分かった。
そして少しの間をあけて『つねちゃん』は口を開く。
「そうね……佐々木さんが『幼稚園の先生』になりたいって言ってくれたことが凄く嬉しかったっていうのもあるけど……でも……でもそれは表向きの理由かな……」
「えっ、表向きの理由? 他に理由があるの?」
「うん、あるわ……『文化祭前』までは気付かなかったんだけど……あの『文化祭』で久しぶりに佐々木さんの顔を見た時……そしてお話をした時に、何で私が『遊園地』で会った時からあの子のことが気になっていたのかを……」
『つねちゃん』はそう言うと少しだけ顔をうつむける。そして……
「私、佐々木さんと初めて会った時に浩美ちゃんのことを思い出したの……隆君はどう思っているか分からないけど、佐々木さんって浩美ちゃんに雰囲気が似ているのよねぇ……」
「えっ、石田に……?」
『文化祭』で稲田が言っていたように『つねちゃん』も佐々木が石田に似ていると思っていたんだ。正直なところ俺も似ていると思ってはいたけど……まさか『つねちゃん』もそう思っていたとは……
「それでね、佐々木さんには申し訳無くて言えないけど、私は生前、浩美ちゃんに何もしてあげられなかったことを代わりに佐々木さんにしてあげたいっていう思いになってしまって……」
そういうことだったのか……でも……
「でっ、でもさ、つねちゃんは石田が生きている時には頻繁にお見舞いにも行ってたし、励ましたりもしてたじゃないか? だから……つねちゃんは石田に何もしてないってことは無いと俺は思うんだけど……」
「うん、そうかもしれないけど……でもね隆君……『高校生』の浩美ちゃんには何もしてあげれないんだよ……」
「そっ、それはそうだけど……仕方がないというか……!?」
『つねちゃん』が涙を拭き取るしぐさをしているのが分かった俺はそれ以上は何も言えなくなってしまった。しかし『つねちゃん』は引き続き話し出す。
「隆君のことが大好きだった浩美ちゃん……そんな大好きな人の『高校生』になった姿を見る事も、見せることもできなかった浩美ちゃん……それなのに、こんなおばさんになった先生は今でもこうして『高校生』になった隆君と一緒に歩いている。『幼稚園児』の時に先生に『結婚してくれ』と言ってくれた天使君が今もこうして私の傍にいてくれる……」
つねちゃん……
「私だけが幸せなのが本当に申し訳なくて……ウッ……そういう思いが私の心の奥底にずっとあったの。でも佐々木さんに出会って……浩美ちゃんと同じ雰囲気を持っている佐々木さんとお話したり、勉強を教えたりするとね、私の心が落ち着くというか……浩美ちゃんにしてあげたかったことができているというか……浩美ちゃんと一緒にいる感覚があって、浩美ちゃんに対しての後ろめたい気持ちが少しずつ少しずつ薄れていく私がいるの。だから佐々木さんのお世話をしている……それが本当の理由かな。でも隆君、お願いだから佐々木さんには今の話はしないでね……?」
「もっ、勿論……絶対に言わないよ。安心して、つねちゃん……」
「有難う……隆君……」
いつも俺と会う時の『つねちゃん』は笑顔で接してくれていた。
いつも優しい言葉をかけてくれていた。
いつも俺の事を気にかけてくれていた。
でも本当は『つねちゃん』だって心の中に石田に対する辛く悲しいことなど色々な想いがずっとあったんだ。俺だけが石田の事を忘れずに思っていた訳では無かった……
俺はそんな『つねちゃん』を愛おしく思い、そしてこの人とこれからもずっと一緒に笑い、苦しみ、悲しみ、そして一生守ってあげたいと思うのであった。
ヒュー
「寒っ……」
「今日は風が冷たいわねぇ? もう来月から十二月だし、もうそこまで冬がやって来ている感じがするわね? 隆君、風邪引かない様に気をつけてね?」
「うん、有難う……つねちゃんも気をつけてよ?」
「フフ、そうね。先生、おばさんだし、若い隆君よりも風邪引きやすいかもしれないもんね?」
「いっ、いや、別に俺はそんなつもりで言った訳じゃ……」
「ハハハ、冗談よ、冗談。あっ、そうだ。こないだの『迷路』の時と同じように駅まで手を繋ぎましょうよ? その方が温かいし……ねっ?」
俺は黙って頷き、そして手を差し出した。
その手を『つねちゃん』はギュッと握りしめてくれる。
『つねちゃん』の手の温もりが俺の身体全体に広がり先程の冬到来を感じさせる冷たい風が心地よく感じるのであった。
――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
隆や稲田と同じように『つねちゃん』も佐々木が石田の雰囲気に似ていると感じていた。
そして『つねちゃん』が佐々木に世話をやく理由が隆に切ない気持ちにさせたと同時に一生『つねちゃん』を守りたいという気持ちにさせるのだった。
これで『高校一年・それぞれの恋路編』は終了です。
次回から新章『高校二年生編』(一年生冬の回想場面有り)が始まります。
どうぞ次回もお楽しみに。
応援ありがとうございます!
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