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第6章 運動会編

第34話 目立ちたくないんだよ

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 スタートのピストルの音が鳴り、一斉に第一走者が走り出した。

 一組田尾君と三組山本君が予想通りの完璧なスタートダッシュをした。
 二組、四組にドンドン差をつけてロケットミサイルのような走りを見せる。

「さすが田尾君だわ……」

 思わず私が声に出してしまう程、田尾君の走りは凄かった。

 二人は抜きつ抜かれつの攻防で第三コーナーを抜けほぼ同時に第四コーナーを曲がろうとしている。
 
 第二走者の彼も平田君もどちらが先に来るのか分からないのでギリギリまで一位と二位のレーンの間に立って待っている。

 そして遂に田尾君の足が更に回転数を上げ山本君を振り切り先頭で彼にバトンを託した。

 彼が走り出してすぐに平田君も山本君からバトンを受け取り鬼の形相で走りだす。

 彼と平田君の差は一メートルも無いと思う。
 しかし平田君はその差を全然縮める事ができない。

「一体どうなっているんだ!? 五十鈴は克己より足は遅いはずなのに!!」

 三組アンカーの木口君が焦った口調で言っている。

 背後に平田君の圧力を感じているはずの彼だけど何故か穏やかな表情で走っているように見える。そして練習や個人200メートル走の時よりも断然速い。

 『本気を出す』って言っていたのはこういうことだったの……?
 っていうか、今まで彼は本気で走っていなかってことになるの?

 彼はドンドン加速していき平田君との差が少しずつ開いていく。

「なっ、何故だーっ!? くそーっ!!」

 平田君がそう叫びながら必死に追いかけるけど、彼に追いつくことは出来ず一番に彼が第三走者の大石君にバトンを渡すのだった。

「大石、任せたぞ!!」

「おーっ!!」

 第三走者の大石君は小一から彼とは友達だけど、色んなことで衝突し、よく言い争いになっていた。『前の世界』では殴り合いに発展する程に……またスポーツも何をやっても二人は同じレベルで、同じ過ぎて張り合いそしてまた喧嘩になる。

 でもいつの間にか仲直りをしていて普通に遊んでいる。結局お互いを認め合っている感じなのかな? 私と順子みたいなものかもしれない。

 でも『この世界』では二人が殴り合いをする程の喧嘩をしている姿は見た事が無い。

 たまに大石君が彼に挑発的なことを言っていることはあるけど、それを彼が軽くあしらっているような感じだ。この二人の関係までもが『この世界の未来』では微妙に違っている。

 その大石君が彼からバトンを託され必死に走りだす。
 三組の第三走者の岡本君も背は低いが田尾君並みに速い。

「ハァ……ハァ……ハァ……大石……頼むぞ……ハァ……ハァ……」

 彼は前かがみになった格好で両手で膝を押さえ、顔だけを上げて疲れ果てた表情で大石君を見ている。

「お、お疲れ様……」

 彼の後ろから私は声をかけた。

「ハァ……ハァ……ありがとう石田……ハァ……ハァ……」

「ううん。こちらこそ、約束守ってくれてありがとね」

 私が微笑みながらそう言うと、

「いや、まだだよ。一位にならないと……」

「フフ、そうだね……。それにしても五十鈴君って本当は足が村瀬君並みに速かったんだね? どうして今まで本気を出さなかったの?」

 私の問いかけにとても驚いた表情をする彼。
 そんな彼は一瞬何か考えた後、答えてくれた。

「俺さ、事情があってあまり目立ちたくないんだよ……」

「えっ?」

 イヤイヤイヤッ、今更『目立ちたくない』って言われても……
 前にも言ったけど君のやることなす事全てがとても目立っているのに……

 そしてそんな『この世界の君』のことを『前の世界の君』以上に大好きになってしまった私がここにいるのに……


 私が心の中で動揺している間に大石君は必死に走っている。
 大石君も必死だ。
 
「あんな真剣な顔の大石って初めて見るかも……」

 彼は嬉しそうにそう呟いていた。

 そして最終コーナーまで来たところでアンカー村瀬君が一位のレーンに立ち、大石君の帰りを待っている。

「大石、がんばれーっ!! あと少しだーっ!!」

 村瀬君も日頃は穏やかな性格だけどスポーツになると人が変わるところがある。

 そして遂に村瀬君の手にバトンが一番に渡った。

 村瀬君の本気モードの走りは凄かった。
 応援団も観客も唖然とするくらいの速さだ。
 案の定、村瀬君の走る姿を見ている新見さんの表情が『女の顔』になっている。
 これは運動会が終わった後の新見さんの話を聞かされるのが大変だわ……


 二位でバトンを受けた木口君も必死で走っているけど、差が縮まるどころか徐々に差が開いていく。

「嘘だろ!? 村瀬の奴、去年よりもめちゃくちゃ速くなってるじゃんかっ!!」

 木口君は想像以上の村瀬君の走りに驚きを隠せずに叫びながら走っているけど、半ば諦めたような表情にも見える。

 そんな木口君にまた『あの声』がする。

「こら――――――っ、達也、諦めるなーっ!! 気合い入れろ――――――っ!!」

 佐藤さんが少し諦めかけている木口君の様子に気付き、それを跳ねのけるために気合いを入れなおす声援をしたのだ。

 その声が木口君に届いたかどうかはわからないけど、木口君はそこから再びいつもの走りで村瀬君を追いかける。

 しかし今日の村瀬君にはおそらく誰も勝てないだろう……
 
 五、六年でもあいつに勝てる奴いるのか? と皆が思うような走りでスピードを落とすことなく弾丸のようにゴールを駆け抜けた。

 彼をはじめ田尾君、大石君も村瀬君に駆け寄り抱き合い喜びあう。
 田尾君なんかは念願の一位なので泣いていた。

 その四人の周りを囲み一緒に喜ぶ私達女子チーム……

 その様子を少し凹み気味で見ている三組の男子達……
 誰一人、先頭を走れなかった完全な負けであった。

 平田君は悔しさとは違う表情で彼の方をジッと見ている。

 そして木口君はすぐ佐藤さんに「めぐねぇ、ごめん……ごめんよ……お願いだから怒らないでくれよ……?」と言うと佐藤さんは、

「達也、ほんとあんたはバカね? 怒るわけないじゃない!! とても良い勝負だったし、あんた達もよく頑張ったと思うわ。ただ一組の隆君達があんた達よりも凄かったってことよ」

 そう答えている佐藤さんが私にはとてもカッコよく見えた。
 そしてそのカッコイイ佐藤さんの肩をポンと叩いて通り過ぎていく女子がいる。

「佐藤さん、さすがね。さすが次期部長だわ……」

 立花部長であった。

 立花部長はそう言い残すと大喜びをしている彼達のところに近づき、そして彼の前まで行くと微笑みながら私達が想像していなかった言葉を言い放つ。


「隆君、ほんと強くなったね……あなたがそんなに強くなっちゃったら、お姉ちゃんがかたきをとれないじゃない……」




――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございました。

遂に隆達はリレーで一位になった。
一緒に喜ぶ浩美達

そんな中、立花部長が隆に衝撃的なセリフを放った。

どうぞ次回もお楽しみに(^_-)-☆
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