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第8章 別れ編

第47話 それぞれの道

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 昭和五十六年二月

 三学期に入り市民会館での演劇も無事に終わり私達は安堵していた。
 因みに演劇に使われた脚本はあの田中君が書いたSFものである。
 
 一度落選した自分の脚本を彼は必死で書き直し、そして佐藤次期部長が「なんか悔しいけど今回は田中の脚本でやってみよう」ということになったのだ。
 
 結局、田中君は『ただのワガママ』だけではなく、とても努力家で負けず嫌い、そして多少の才能がある少年であったということだったのだ。

 私も一応、脚本を書いてみたけど自分自身でも分かるくらい面白くない内容だったので田中君の脚本が決まった時には心の中で喜んだ。

 ましてあの田中君がこれで少しは大人しくなると思うと尚更であったし、きっと彼も同じ気持ちだったと思う。



 五年生の佐藤さんや福田さん達は来月の卒業式に向けての練習があり忙しくしているけど、私達四年生は卒業式に出席することは出来ないので授業が終わると演劇部もしばらく休みという事で暇を持て余していた。

 私、彼、高山君、森重君、大石君、村瀬君、田尾君、浜口君、順子、久子の十名はグランド端にある大きなジャングルジムにそれぞれ好きな位置に腰をかけている。

「ところでみんな五年になったら何部に入るの?」

 珍しく大人しい浜口君が最初に口を開いた。

「えっ? ああ、俺は勿論、卓球部に入るぞ!! そして俺のサウスポーを唸らせて即、レギュラーになって中学に行っても卓球をやるつもりだ!!」

 森重君が自信たっぷりに言った。

「俺も森重と一緒に卓球部に入るよ。こないだから市民体育館に行って二人で練習しているんだけど、やっぱり卓球は楽しいよ。それに俺は団体競技が苦手だしね……」

 村瀬君が少し照れくさそうに話した。
 中学生になったら新見さんに告白されてもっと照れることを彼はまだ知らない。

「村瀬はどんなスポーツをやっても凄いのに勿体なくない?」

 浜口君が聞き返すと村瀬君は、

「凄くはないよ。ただ部活するなら楽しくやりたいじゃん!!」

「そうよね。私も部活は楽しくやりたいわ。だから私はお料理が好きだし五年生になっても家庭課部に残るつもりよ。そしてたくさん料理の勉強をして将来はお母さんみたいな女性になりたいの。そして……」

 そう久子が言いながら彼の方をチラッと見て顔を赤くしている。

「久子も足が速いから五年生になったら運動部に入ると思っていたわ」

 順子が少し驚いた口調で言うと久子が、

「でも運動が嫌いなわけじゃないから中学生になったら運動部に入るかもよ。お料理の勉強は家でもできると思うし……」

 ちなみに久子は中学ではテニス部に入部する。
 勿論、中学生の久子は今以上に男子ファンが増えるのは言うまでもない。

「そうよね。久子なら両立できると思うし、美人だし、きっと良いお嫁さんになれるわ!!」

 順子がそう言うと続けて今度は自分の事を話し出した。

「私は五、六年生になっても演劇を続けるわ。立花部長とまではいかないけど、あんな堂々とした演技をやれるようになりたいなぁ……ねっ、浩美っ?」

「えっ?」

 私は急に順子に振られて戸惑ったけど、ここがチャンスだと思い順子に隠していた自分の気持ちを話し出した。

「順子ごめん。実は私……五年生になったらバスケ部に入ろうと思ってるの……」

「え―――っ!? うそーっ!?」

 順子が目を大きくして驚いた。

「ごめんね、ずっと黙っていて……私、中学生になったらバレー部に入りたいの。でもうちの小学校はバレー部がないじゃない? だから前に五十鈴君には言ったことがあるんだけど、とりあえずバスケ部で体力とジャンプ力をつけようかなって思っていてさ。順子、今まで黙っていてほんと、ごめんね……」

「隆は知っていたんだ?」

 高山君が小声で彼に聞いている。

「え? ああ、うん……知ってたよ……」

 一瞬沈黙していた順子だったけど、直ぐに笑顔で話し出す。

「そっかぁ……浩美はバレーボールが好きだったんだね? 私、全然知らなかったなぁ……でも浩美ならバレーでもバスケでも活躍できると思うわ!! 私、応援するから!! でもさ、たまには私の演技の練習相手にはなってよね!?」

「う、うん、わかった!! いつでも言ってちょうだい!!」

 私は少し涙目になりながらも満面の笑みで順子に抱き着いた。
 順子も少し涙ぐんでいる。

 すると、浜口君が弱々しい声で順子に話しかけてくる。

「あ、あのぉ……岸本さん? ぼ、僕も演劇部に残るつもりだから……だから五年生になってもよろしくね?」

「えっ、ほんとに!? うわー、嬉しいわ!! 浜口君、有難う!! 凄く助かるわ!! 私ね、佐藤新部長も大好きだから私だけでも田中のわがままから守ってあげたいと思っていたの。でも浜口君がいてくれたらとても助かるわ!!」

「そ、そんなぁ……ぼ、僕はそんなに役には立たないと思うけどなぁ……それに田中君はちょっと苦手だしさぁ……」

「あの田中を苦手じゃない奴なんて誰もいないさ!!」

 彼がそう言うと全員大笑いをした。

 田中君のことをとても警戒している順子だけど、これから田中君とは何かとドラマがあることは今の順子は知らない。

「ところで隆と高山と大石は前から言っていた通りバスケ部に入るんだよな?」

 森重君が三人に聞いてきた。

「あぁ、勿論だ!! 俺はバスケ部に入るぜ。そして五年生からレギュラーになってやる!!」

 大石君が森重君と同じように自信たっぷりに言った。

 大石君には高校生と中学生の兄がいて、二人ともバスケ部に所属しており、いずれも身長は低いが名ガードでキャプテンをやっている。

 そういう環境で育っている大石君なので自分もお兄さん達と同じようにバスケが上手いと思い込んでいるところがある。

 森重君が今度は彼と高山君に再度聞き直す。

「大石に聞く必要はなかったな。で、隆と高山はどうすんだ?」

「そ、そりゃぁ、俺もバスケ部に入るさ!! 前にも言ったけど、背は低いけどスピードを生かしてお父さんみたいにガードのポジションで活躍したいんだ。演劇部もとても楽しかったし少し未練はあるけど、初めから決めていた通り俺はバスケ部に入るよ!!」

 力強い声で言っている彼に私はこれで五、六年も同じ部活で彼と一緒にいれる時間が増えると思うと心の中がはずんでいる。
 

「五十鈴君、バスケ部でもよろしくね?」

 私が笑顔でそう言うと、彼は、

「お、おぉぉ、よろしくな……」

「五十鈴君も足が速い方だし結構やれるんじゃないかな」

 順子が納得した顏でそう言うと、久子が必死の表情で彼に言う。

「わ、私、試合には絶対、応援に行くからね!?」

「あ、ありがとう寿……でも、直ぐにはレギュラーにはなれないと思うぞ……」

 彼は苦笑いをしながら答えてた。

「五十鈴が演劇部にいなくなるのは寂しいけど、でもやっぱりやりたい事をするほうがいいよね……」

 浜口君は半分寂しい、半分笑顔でそう言った。

「五十鈴君が体育館の中をちょこまか動き回ってる姿が目に浮かぶなぁ」

 私がそう言うとみんな納得した表情でクスクス笑いあった。

 彼が照れ臭そうにしていると先ほどから一人黙っていた高山君が真剣な顔で口を開く。『前の世界』と同じなら高山君はこう言うだろう……

「あ、あのさぁ隆……? ずっと考えていたんだけどさぁ……俺さぁ、あと一年だけ演劇部に残ろうかと思ってるんだよ……」

 やはりそうだった……





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お読みいただきありがとうございました。

立花部長達、六年生が卒業するまでもう少し……
そして浩美達は五年生になった時に入る部活名をそれぞれ言い合いしている。
そんな中、隆と一緒にバスケ部に入る約束をしていた高山がまさかの演劇部残留宣言をする。

果たして浩美以外の人達の反応は?
そして高山が演劇部に残ると決めた理由とは?

どうぞ次回もお楽しみに(^_-)-☆
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