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「……ジュンペイとは、こういう形になりたくなかった」
「俺もだよ」
昨日まではなんだかんだでバカばっかりやってたってのに、命を懸けた立ち回りをする羽目になるなんてな。サヤは物語みたいとか言ってたが……まったくその通りだ。
「……でも、命令だから」
ナナがスッと右腕を上げ、刺撃の体勢になった。
それにいつでも対処できるよう、僅かに下がる。
「……いく」
ナナが一歩踏み込み、俺の胸めがけ一撃必殺の刃が向かってくる。
俺はそれに合わせるように、
「ふっ!」
後方に跳んで回避する。
これが、俺の唯一の動作。つまり、俺は時間一杯まで攻撃を避け続ける。
玄関ドアをこじ開ける怪力の前では、接近戦は不利。得物を奪うどころか、時間稼ぎすら出来ないだろう。
全力で逃げる方法もあるが、これも無理。運動神経が平凡な俺では、すぐにスタミナが切れるだろうし、背を向けている状態であの投てきをされたら一溜まりもない。
後ろってのもミソだ。横や斜めだと間合いに入ってしまう危険性がある。それだけは回避しなくてはならない。
「……避けられた。でも」
「はっ!」
続けざまに来る二撃も同様の動きで捌く。再び、俺たちの間に距離ができる。
「……意外と、やる」
「どうも」
「……でもいずれは捉える」
「そりゃどうかな?」
ひたすら攻撃をかわす、一見無謀に思えるこの作戦。だけど、俺には幾つかの勝機がある。
まずは、ナナが俺にこの武器以外を使えない――肉弾戦ができないこと。
今朝サヤが、シガミとイキガミは無機物を壊すのは可だけど、人間に危害を加えるのは不可と言っていた。これは最大の利点で、打撃等で動きを封じられる可能性がなくなる上に、相手の攻撃方法は突き、狙いは俺の胸一点と決まっているから、距離さえ保てばどうにかなる。
二つ目は、武器の形状。
目の前で今も俺を襲っている剣は、胸を突き刺すことが目的なはずなのに、形が竹刀に近い。レイピアのような〝刺す〟に特化した武器なら攻撃姿勢も準じて動きやすくなるけど、これだと動作が大きくなっている。ナナは片手で操ることでそれを克服しようとしているけど、やはりその差は歴然だ。
そして最後は、この無限の空間。移動範囲が限られていると壁を気にしながら逃げないといけないけど、ここではひたすら下がることができる。間合いが大切なこの作戦には、最適な場所。
「……当たらない。これなら、どう」
休むことなく一回二回三回、連続の突きが繰り出される。俺に跳ぶ隙を与えないようにしてきた。
だが俺はリズム良く三度バックステップを踏む。
俺に有利な状況が三つ揃っているから、安心して右手を監視していられる。この状態を維持して、時間切れを待つ。
「順平さん、残りは五分ですよ! 頑張ってくださいですっ!」
サヤが並走するようにして声で後押ししてくれる。これは、相手がナナだからできることだ。
しかし、まだ五分もあるのか。最小限の動きで済んでるから疲労はないけど……このまますんなり終わってくれるだろうか……?
「……はっ」
「ほっ!」
鋭く、何度も突き出される切先を確実に避けていく。こうしている間に目と体が相手の動きに慣れてきて、随分楽になってきた。
「……ふっ」
また一本調子の攻撃が――
「うわっ!?」
突然リーチが伸びて、危うく先端がかすめるところだった。コイツ……同じ動作で踏み込む力だけを変えてきやがった。……ここからは、全身を視野に入れる必要があるな。
「ふぅ、危なかった」
余分に距離を取って胸を撫で下ろす。
あの武器……刺されたら一発で終わる。それは熟知しているけど、僅かでも触れた場合はどうだろうか? 普通の刃物のように斬れるのか、部分が消滅するのか。はたまた何事もなく素通りするのか。それがわからない以上、かすることすらできない。
「……素早い」
「こっちも命が懸かってるんでね!」
激しい突きの嵐に時折混ざる変化。その距離も余裕があったりギリギリだったりと予想がつかない。でも、すべて余分に後方に跳ぶことで対処する。
それの繰り返し。ただ一心不乱に、単純ではあるが失敗が許されない動作が続く。
「すごいですっ! 剣林を見事に避けきってます。この調子ですっ」
サヤの鼓舞する声が耳に入ってくる。
……だが、本当にそうなのだろうか?
後方に小さくステップをしながら思案する。
いくら攻撃が読める、動きやすいとはいえ、剣術武術の心得がない俺がここまで簡単に避け続けられるだろうか。我ながら、出来過ぎてはいないか。
もしかして……力をわざと抜いていて、いずれ仕留めるための布石? 実はこっそり俺を助けようとしてくれている?
いやそれはない。ナナの一挙一動は確実に急所を狙っているし、命令には従順なはず。なら、どうして……?
体を動かしなら五感を研ぎ澄ませ、相手の様子を探る。
((………………あれは……))
注視していると、ナナの額に大量の汗があった。
「…………はぁ、はぁ」
一層集中したおかげか、今まで感じなかったナナの荒い息も聞こえる。
どうなってるんだ? いくら攻撃側の負担が大きいとはいえ、平凡人間の俺が汗一つ掻いてないってのに。汗は演技では出せないし、この息遣い、小さいけど随分苦しそう。
もしや、本来の調子を出せていない? 隠してはいるが体調が悪くて――体調?
……そうか!
激しい動きと集中によって覚醒していた俺の脳はすぐに答えを導き出した。
ナナは、さっきのモヒカンさんたちと同じ状態に陥っているんだ。
今の俺は、普通の人間ですら苦しめる不幸を持っている。それが耐性のないイキガミにぶつかると……それ以上の負担になる。
はは、俺の不幸がこんな時に役立つとはな。
「俺もだよ」
昨日まではなんだかんだでバカばっかりやってたってのに、命を懸けた立ち回りをする羽目になるなんてな。サヤは物語みたいとか言ってたが……まったくその通りだ。
「……でも、命令だから」
ナナがスッと右腕を上げ、刺撃の体勢になった。
それにいつでも対処できるよう、僅かに下がる。
「……いく」
ナナが一歩踏み込み、俺の胸めがけ一撃必殺の刃が向かってくる。
俺はそれに合わせるように、
「ふっ!」
後方に跳んで回避する。
これが、俺の唯一の動作。つまり、俺は時間一杯まで攻撃を避け続ける。
玄関ドアをこじ開ける怪力の前では、接近戦は不利。得物を奪うどころか、時間稼ぎすら出来ないだろう。
全力で逃げる方法もあるが、これも無理。運動神経が平凡な俺では、すぐにスタミナが切れるだろうし、背を向けている状態であの投てきをされたら一溜まりもない。
後ろってのもミソだ。横や斜めだと間合いに入ってしまう危険性がある。それだけは回避しなくてはならない。
「……避けられた。でも」
「はっ!」
続けざまに来る二撃も同様の動きで捌く。再び、俺たちの間に距離ができる。
「……意外と、やる」
「どうも」
「……でもいずれは捉える」
「そりゃどうかな?」
ひたすら攻撃をかわす、一見無謀に思えるこの作戦。だけど、俺には幾つかの勝機がある。
まずは、ナナが俺にこの武器以外を使えない――肉弾戦ができないこと。
今朝サヤが、シガミとイキガミは無機物を壊すのは可だけど、人間に危害を加えるのは不可と言っていた。これは最大の利点で、打撃等で動きを封じられる可能性がなくなる上に、相手の攻撃方法は突き、狙いは俺の胸一点と決まっているから、距離さえ保てばどうにかなる。
二つ目は、武器の形状。
目の前で今も俺を襲っている剣は、胸を突き刺すことが目的なはずなのに、形が竹刀に近い。レイピアのような〝刺す〟に特化した武器なら攻撃姿勢も準じて動きやすくなるけど、これだと動作が大きくなっている。ナナは片手で操ることでそれを克服しようとしているけど、やはりその差は歴然だ。
そして最後は、この無限の空間。移動範囲が限られていると壁を気にしながら逃げないといけないけど、ここではひたすら下がることができる。間合いが大切なこの作戦には、最適な場所。
「……当たらない。これなら、どう」
休むことなく一回二回三回、連続の突きが繰り出される。俺に跳ぶ隙を与えないようにしてきた。
だが俺はリズム良く三度バックステップを踏む。
俺に有利な状況が三つ揃っているから、安心して右手を監視していられる。この状態を維持して、時間切れを待つ。
「順平さん、残りは五分ですよ! 頑張ってくださいですっ!」
サヤが並走するようにして声で後押ししてくれる。これは、相手がナナだからできることだ。
しかし、まだ五分もあるのか。最小限の動きで済んでるから疲労はないけど……このまますんなり終わってくれるだろうか……?
「……はっ」
「ほっ!」
鋭く、何度も突き出される切先を確実に避けていく。こうしている間に目と体が相手の動きに慣れてきて、随分楽になってきた。
「……ふっ」
また一本調子の攻撃が――
「うわっ!?」
突然リーチが伸びて、危うく先端がかすめるところだった。コイツ……同じ動作で踏み込む力だけを変えてきやがった。……ここからは、全身を視野に入れる必要があるな。
「ふぅ、危なかった」
余分に距離を取って胸を撫で下ろす。
あの武器……刺されたら一発で終わる。それは熟知しているけど、僅かでも触れた場合はどうだろうか? 普通の刃物のように斬れるのか、部分が消滅するのか。はたまた何事もなく素通りするのか。それがわからない以上、かすることすらできない。
「……素早い」
「こっちも命が懸かってるんでね!」
激しい突きの嵐に時折混ざる変化。その距離も余裕があったりギリギリだったりと予想がつかない。でも、すべて余分に後方に跳ぶことで対処する。
それの繰り返し。ただ一心不乱に、単純ではあるが失敗が許されない動作が続く。
「すごいですっ! 剣林を見事に避けきってます。この調子ですっ」
サヤの鼓舞する声が耳に入ってくる。
……だが、本当にそうなのだろうか?
後方に小さくステップをしながら思案する。
いくら攻撃が読める、動きやすいとはいえ、剣術武術の心得がない俺がここまで簡単に避け続けられるだろうか。我ながら、出来過ぎてはいないか。
もしかして……力をわざと抜いていて、いずれ仕留めるための布石? 実はこっそり俺を助けようとしてくれている?
いやそれはない。ナナの一挙一動は確実に急所を狙っているし、命令には従順なはず。なら、どうして……?
体を動かしなら五感を研ぎ澄ませ、相手の様子を探る。
((………………あれは……))
注視していると、ナナの額に大量の汗があった。
「…………はぁ、はぁ」
一層集中したおかげか、今まで感じなかったナナの荒い息も聞こえる。
どうなってるんだ? いくら攻撃側の負担が大きいとはいえ、平凡人間の俺が汗一つ掻いてないってのに。汗は演技では出せないし、この息遣い、小さいけど随分苦しそう。
もしや、本来の調子を出せていない? 隠してはいるが体調が悪くて――体調?
……そうか!
激しい動きと集中によって覚醒していた俺の脳はすぐに答えを導き出した。
ナナは、さっきのモヒカンさんたちと同じ状態に陥っているんだ。
今の俺は、普通の人間ですら苦しめる不幸を持っている。それが耐性のないイキガミにぶつかると……それ以上の負担になる。
はは、俺の不幸がこんな時に役立つとはな。
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