高坂くんは不幸だらけ

甘露煮ざらめ

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「……今ので決まったと思った」
「そうかい!」

 闘いの中で奇抜な動きまで習得しやがった。なんて適応能力してやがんだ。

「……でも、今度こそ。必ず決める」
「そう簡単にやらせないさ」
「……これが、時間を見ても、最後」

 と、不意に動きが止まり直立。そこから刃を持つ右手を、上体を捻り低くしながら左腰付近に持っていき左手は添える。それに合わせて左足を引き、完全に右半身を俺に向ける。いわゆる抜刀の構え。確かに、抜刀は最後にふさわしい奥義だ。
 だけど、腑に落ちない。
 何かの本で読んだけど、抜刀というものは鞘があって初めて成り立つ技。鞘の中で刃を走らせるようにして引き抜き神速を生み出すのだ。だが、ナナは要がない。これではただの斜めの斬撃と変わらないが……。距離があるから走りながらの攻撃になるだろうし、それだと発生自体も遅れる。さっぱりだ。

「……いくっ!」

 それ以上考える暇を与えてくれず、足裏に溜めた力を一瞬にして開放。弾丸の如き速さで近づいてくる。
 さっきと同じように腕の動きを見て跳ぶ以外に方法はない。
 尋常ではない接近速度に対し、脳が一瞬でそう判断する。俺も、この刹那に全てを注ぐ!

「……はぁっ!」

 地面に亀裂が入るほどの激しい踏み込み、ここから右腕が……僅かに動いた!
 俺は瞬時に反応し、ありったけの力で地面を後方に蹴った。タイミング、間も完璧だ。これなら問題はない――

「……まだ」

 腕は止まっていた。

「なっ!?」
「……はぁっ!!」

 ナナは踏み込んだ力のすべてを前方へ跳ぶために使用した。これは……フェイク!?
 空中を移動する俺の懐へ潜り込むようになり――ここでようやく右腕が始動。空間を切り裂くような一閃が胸に牙をむく。

 キラレル

 時が止まったような感覚の中、頭にその文字が浮かんだ。
 お仕舞なのか――

「順平さん!! 諦めちゃだめです!!」

 サヤの絶叫が時を動かした。そうだ、まだ、まだ抵抗はできる。
 一か八か……

「うおおおおおお!!」

 伸びきっていた膝をさらに伸ばし、無理やり右のつま先を地面に付けて蹴り、背面跳びのように体を精一杯、背骨が軋み折れる寸前までそる。
 視線を下にして行く末を見届けていると……コマ送りみたく刃が俺の胸に向かい……はためく上着を通過した。
 俺はまだ、生きている。

「ぐあぁ!?」

 だが姿勢を崩したまま地面に落ち、背中を強打。一時的に呼吸が出来なくなるが、こうしている余裕はない。すぐに立て直すべく上体を起こし――

「……残念」

 ………………。
 視界内には……。英雄が聖剣を地面に突きたてるように、両手で剣を下に向けるナナの姿があった。


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