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興味という名の品定め
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『昨日言ってた』ということは、自分のことをこの幸村という人物に話していたということなのだろう。
(どうりで…。知らない顔だと思った…)
自分の記憶違いでなくて安心した。自分が覚えていないだけで何処かで会ったことがあったのだろうか、と少し自信がなかったのだ。
(だって、あんなに普通に話し掛けてくるから…)
実のところ、自分の交友関係などはほぼ無いに等しい。特に高校で絞るとなるとクラスメイトでさえ話したことのない人物ばかりだった。流石に同じクラスの人物の顔と名前くらいは頭に入っているが、本当にそれだけだった。
敢えて深入りしないようにしている自覚はある。もう、思わぬ声を…心の囁きを聞いて憂鬱になどなりたくないから。
自分が臆病になっている自覚も勿論ある。けれど、何より普段から関係をあまり持たずにいる方が聞こえてきてしまった『本音』も重みが減るのは確かなのだ。
そんななので、校内で何かの拍子に出会ったことがあった人物がいたとしても、あまり覚えておける自信はなかった。
目の前で大空さんと笑顔で話している彼を見つめる。
それにしたって、随分と唐突だったのではないかと思う。向こうが話に聞いていて自分を知っていたとしても、こちらは全く面識も何もないのだから。自己紹介も何もなしに突然話し掛けてきたら普通は警戒するだろう。ただ、同じ学校の制服を着ていたので、そこまで不審には思わなかったけれど。
そんなことを考えている内に、部屋の奥から小さな犬がこちらに向かって、ててて…と軽い足取りで走り寄ってきた。そう、ランボーだ。
ランボーは足元まで来ると、咲夜の周りをぴょんぴょん跳ねながら回り始めた。どうやら喜んでくれているようだ。
「こんにちは、らんぼー」
咲夜はその場にしゃがみ込むと、ランボーの頭を優しく撫でた。すると、今度はその場にお座りをして尻尾を振りながら嬉しそうに撫でられるままでいる。『嬉しい』『また会えた』そんな気持ちが昨日と同様に伝わってくる。
そんなランボーの様子に咲夜は心が温かくなった。
本音を言ってしまうと、今日ここに来ることに少し躊躇いがあった。
確かに思わぬところで過去に出会った『子犬』と『おにいちゃん』に再会出来て嬉しかったし、懐かしさで一杯になったのは事実だ。それに、ランボーの様子を見ていれば、優しいおにいちゃんこと大空さんは、あの時の自分との約束を守り、ランボーを大切に育て、一緒に過ごしてくれていたことが分かる。それが何より嬉しかったし、あの時、この小さな命を守ることが出来て本当に良かったと心から思った。
でも、こうして喜んでくれているランボーには悪いけれど、一歩踏み込んで人との繋がりを増やしてしまうことに、どうしても抵抗を感じてしまう自分がいるのも事実なのだ。
「是非、遊びに来てよ。ランボーも喜ぶし」
その言葉に嘘はないのだろう。勿論、深い意味が無いことも解っている。
普通ならば、そんなに気負うようなことでもない筈だ。
でも、踏み込めば踏み込む程に…。親しくなればなる程に、表には見えない相手の心の本音を知ってしまった時、傷つく自分がいることを知っているから。
それが、何より…怖かった。
(…なのに、何で来ちゃったんだろう…)
ランボーと戯れながら会話に花を咲かせている二人をぼんやりと眺める。
まだ大空さんという人がどんな人物なのか、自分は知らない。けれど、彼のその明るい無邪気な笑顔に断れなかったというのが一番大きいのだと思う。自分には珍しいことだが、相手のペースに乗せられてしまったのだ。うっかり流されてしまったとも言える。
(勿論、動物に対して優しい心を持っている人だってことは知ってるけど…)
ちょうど十年くらい前。まだ小さな子犬だったランボーが飼い主から辛い仕打ちを受けていたことを知り、大空さんは『ごめんな。つらかったな…』とランボーに謝っていた。大空さんが悪い訳ではないのに。彼がランボーに謝ることなど何もない筈なのに…。
でも、きっと彼は同じ『人』として…。そんな酷いことをする『人間』を、どうか許して欲しいと、ランボーに謝罪したのだ。
そんな大空さんに。あの時、私は幼いながらに衝撃を受けていた。
それは綺麗ごとなんかじゃない、本当に彼の心からの謝罪だったから。
ひとつの小さな命の為にも心を痛ませてしまえる優しい心の持ち主。
だからこそ、託せた。この人なら大丈夫だって。『この子を大切にしてくれる』っていう確信があったから。
あの時は、傷跡が残る痛々しい身体を小さく震わせていたランボー。でも、今は、綺麗に手入れされたふわふわの尻尾を振って撫でられるままに気持ちよさそうにそれを受け入れている。
そんな健やかなランボーの様子に自然と笑みがこぼれた。
「ホントに、良かったね。らんぼー」
そう。此処へ来てしまったのは…。
そんなランボーと大空さんに少しばかり興味が湧いたからなのかも知れない。
(どうりで…。知らない顔だと思った…)
自分の記憶違いでなくて安心した。自分が覚えていないだけで何処かで会ったことがあったのだろうか、と少し自信がなかったのだ。
(だって、あんなに普通に話し掛けてくるから…)
実のところ、自分の交友関係などはほぼ無いに等しい。特に高校で絞るとなるとクラスメイトでさえ話したことのない人物ばかりだった。流石に同じクラスの人物の顔と名前くらいは頭に入っているが、本当にそれだけだった。
敢えて深入りしないようにしている自覚はある。もう、思わぬ声を…心の囁きを聞いて憂鬱になどなりたくないから。
自分が臆病になっている自覚も勿論ある。けれど、何より普段から関係をあまり持たずにいる方が聞こえてきてしまった『本音』も重みが減るのは確かなのだ。
そんななので、校内で何かの拍子に出会ったことがあった人物がいたとしても、あまり覚えておける自信はなかった。
目の前で大空さんと笑顔で話している彼を見つめる。
それにしたって、随分と唐突だったのではないかと思う。向こうが話に聞いていて自分を知っていたとしても、こちらは全く面識も何もないのだから。自己紹介も何もなしに突然話し掛けてきたら普通は警戒するだろう。ただ、同じ学校の制服を着ていたので、そこまで不審には思わなかったけれど。
そんなことを考えている内に、部屋の奥から小さな犬がこちらに向かって、ててて…と軽い足取りで走り寄ってきた。そう、ランボーだ。
ランボーは足元まで来ると、咲夜の周りをぴょんぴょん跳ねながら回り始めた。どうやら喜んでくれているようだ。
「こんにちは、らんぼー」
咲夜はその場にしゃがみ込むと、ランボーの頭を優しく撫でた。すると、今度はその場にお座りをして尻尾を振りながら嬉しそうに撫でられるままでいる。『嬉しい』『また会えた』そんな気持ちが昨日と同様に伝わってくる。
そんなランボーの様子に咲夜は心が温かくなった。
本音を言ってしまうと、今日ここに来ることに少し躊躇いがあった。
確かに思わぬところで過去に出会った『子犬』と『おにいちゃん』に再会出来て嬉しかったし、懐かしさで一杯になったのは事実だ。それに、ランボーの様子を見ていれば、優しいおにいちゃんこと大空さんは、あの時の自分との約束を守り、ランボーを大切に育て、一緒に過ごしてくれていたことが分かる。それが何より嬉しかったし、あの時、この小さな命を守ることが出来て本当に良かったと心から思った。
でも、こうして喜んでくれているランボーには悪いけれど、一歩踏み込んで人との繋がりを増やしてしまうことに、どうしても抵抗を感じてしまう自分がいるのも事実なのだ。
「是非、遊びに来てよ。ランボーも喜ぶし」
その言葉に嘘はないのだろう。勿論、深い意味が無いことも解っている。
普通ならば、そんなに気負うようなことでもない筈だ。
でも、踏み込めば踏み込む程に…。親しくなればなる程に、表には見えない相手の心の本音を知ってしまった時、傷つく自分がいることを知っているから。
それが、何より…怖かった。
(…なのに、何で来ちゃったんだろう…)
ランボーと戯れながら会話に花を咲かせている二人をぼんやりと眺める。
まだ大空さんという人がどんな人物なのか、自分は知らない。けれど、彼のその明るい無邪気な笑顔に断れなかったというのが一番大きいのだと思う。自分には珍しいことだが、相手のペースに乗せられてしまったのだ。うっかり流されてしまったとも言える。
(勿論、動物に対して優しい心を持っている人だってことは知ってるけど…)
ちょうど十年くらい前。まだ小さな子犬だったランボーが飼い主から辛い仕打ちを受けていたことを知り、大空さんは『ごめんな。つらかったな…』とランボーに謝っていた。大空さんが悪い訳ではないのに。彼がランボーに謝ることなど何もない筈なのに…。
でも、きっと彼は同じ『人』として…。そんな酷いことをする『人間』を、どうか許して欲しいと、ランボーに謝罪したのだ。
そんな大空さんに。あの時、私は幼いながらに衝撃を受けていた。
それは綺麗ごとなんかじゃない、本当に彼の心からの謝罪だったから。
ひとつの小さな命の為にも心を痛ませてしまえる優しい心の持ち主。
だからこそ、託せた。この人なら大丈夫だって。『この子を大切にしてくれる』っていう確信があったから。
あの時は、傷跡が残る痛々しい身体を小さく震わせていたランボー。でも、今は、綺麗に手入れされたふわふわの尻尾を振って撫でられるままに気持ちよさそうにそれを受け入れている。
そんな健やかなランボーの様子に自然と笑みがこぼれた。
「ホントに、良かったね。らんぼー」
そう。此処へ来てしまったのは…。
そんなランボーと大空さんに少しばかり興味が湧いたからなのかも知れない。
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