悪役王子~破滅を回避するため誠実に生きようと思います。

葉月

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第32話 sideレイラ

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「ハァー……」

 アメストリアはジュノス殿下のお陰で助かった。そして私も……。
 ことの経緯をエルザから聞いた時、なぜ? という疑問が真っ先に頭に浮かびましたわ。

 だって、彼は私が嫌いなはず。
 入学式の時にも彼の演説を私は妨害した。
 学内では彼を邪険に扱い、教室での居場所もジュノス殿下にはなかった。奪ったのは他ならぬ私自身。
 学内派閥アヴァンに彼が入りたがっていたことも知っておりましたが、私はそれを全力で阻止した。

 それだけではないわっ!

 彼からお誘いされたお茶会にも……返事すらせずにすっぽかしてしまったわ。
 それなのに……なぜジュノス殿下はエルザの話しを聞き、迷わず駆けつけて下さったの?
 意味がわかりませんわよっ!

 リグテリア帝国第三王子である彼と、アメストリアの第一王女である私は、生まれながらにして敵同士。
 もしも彼が独断でアメストリアに赴き、他国を救ったなど知られれば、自国でのお立場にも少なからず影響がでるはず。

 王子としての自覚が足りないと……。
 だって、彼はリグテリア帝国次期皇帝にもっとも近いと言われるお立場。そんな御方が単身アメストリアに乗り込み拘束されようものなら……帝国が転覆する恐れもあったはず。

 なのにどうしてですの?
 どうしてジュノス殿下は危険を犯してまで私をお救いに来られたというの?
 わかりませんわ。私にはジュノス殿下のお考えがまるでわからない。

 彼は身分やお立場を一切考えずに動いたと言うの?
 それとも何か裏があるのかしら?
 あってくれた方がまだましよ。
 これで何もなければ……ただのいい人じゃないっ!

 そんなのダメよ、絶対にたダメ!
 世界の支配者であり、悪の帝国を何れ牛耳るジュノス殿下には……悪でいてもらわないと私が困るもの!
 この怒りを、憎しみを誰にぶつければいいのよっ!

 お願いだから、あなたは絶対の悪でいて。これ以上、私に優しくしないで……あんなに無垢な笑顔を私に向けないで。

 あなたを……あなたを殺せなくなってしまうから。


 それは物心ついた時には芽生えていた。
 帝国を憎め、帝国王家は皆例外なく敵なのだと。

 それは一種の刷り込み教育だったのかも知れない。
 それでも、私達は帝国を恨むことで厳しい冬を何度も乗り越えてきた。

 お母様はよく幼い私に言っていた。
 国などなければこの世はどれほど素敵だったかと。
 皆が例外なく平等であり、国や人種など一切気にせずに手を差し伸べられたなら、世界はきっと優しさで溢れていただろうと。

 だけど、それは理想でしかない。
 私はお母様が大好きだったけど、その甘い理想論だけは大嫌いだったわ。

 だってそうでしょ?
 そんな理想では誰も救えないもの。理想で空腹に苦しむ人々を救えると言うの?
 冷たく凍えきった手を暖めることが出来ると言うの?

 いいえ、救うことができるのは強い信念と、長きに渡り鍛え上げた自分自身だけよ。

 だから私は剣を取った。

 お父様には女が剣を取ることに反対されたけど、それでも私は引く訳にはいかなかった。
 大好きだったお母様の理想を叶えるためには、強くなるしかなかったから。

 凄く矛盾しているでしょ?
 そんなことわかっているわ。

 なのに……彼は大好きだったお母様と同じことを口にした。
 剣を取るよりも話し合おうと、国家間を越えて心から話し合おうと。
 そうすることで、柵も蟠りも何もない世界が広がるのだと。

 あの時、私は何も言えなかった。
 威勢よく啖呵を切っておきながら、彼から目を背けてしまった。
 私は怖かったのよ。

 大好きだったお母様と同じ志しを持つ彼が恐ろしかった。
 憎めなくなる、恨めなくなる、誰と戦えばいいのかそれすらもわからなくなってしまう。
 私は怖かった。この広くて狭い世界で迷子になってしまうことが何より恐ろしかった。

 だけど、彼は恐れない。
 誰一人味方のいない教室で、酷い罵声を浴びせられても、決然と前を見据えている。
 豪胆? いいえ。それは覚悟を決められた意思持つ者の瞳。

 孤軍奮闘する彼に恐れるなという方が無理ですわ!

 それでも……私が彼を許すことはない。
 彼の理想も結局は口だけのもの。
 何かを変える時には辛くても剣を取らねばならぬ時がある。
 だが、彼は剣を取らずに変えてしまった。

 誰と争うこともなく、あの街のスラムを見事納めてみせた!
 正直震えましたわ。
 武器を取らずして常識を……世界をひっくり返してしまった彼に。

 それはとても小さな世界だったかも知れない。
 だけど、これまで誰にそんなことができたと言うの?
 やってのけたのは他ならぬ彼だけ。ジュノス殿下は確かに実行してみせた。

 彼は本当に……未だ誰も見たことのない丘の向こう側に行こうとしているの?
 お母様が願ったその先に……私も行けるの?

「ハァー……」

 私はどうすればいいのかしら?
 迷った時には昔からここにきてしまう。
 お母様が大好きだった花達の楽園。
 ここに来ると心が洗われますわ。

「綺麗な花だね」

「あっ……ジュノス殿下。あなたも花を愛でに? 意外ですわね」

 どど、どうして彼がここにいるのよっ!
 考えがまとまらないじゃない!

 優しげに微笑むお顔、サラサラの髪が風に靡く度に甘美な香りが流れ込んでくる。
 その香りに思わず吸い寄せられそうになる私は、まるでミツバチのようね。

 瞳が碧い……初めて知ったわ。
 これまで彼を見ないようにしていたから、瞳の色さえ知らなかったなんて……私は彼を知ろうともしないで敵視していたの……?
 愚行以外の何者でもなくてよ。

 それに、手が女性のように綺麗。
 私の剣ダコまみれの手とは正反対ね。
 王家の人間なのに、一度も剣を手に取ったことがないのかしら?

 愚問だったわね。

 彼は剣ではなく言葉で世界を変えようとする御方……そんなジュノス殿下が信念を曲げることなどないのでしょう。
 彼の武器はつるぎではなく言葉なのだから。
 彼の揺るぎない信念がそこに窺えますわ。

 私は絆されてしまったのかしら。ジュノス殿下にお母様のことを話してしまうなんて。
 彼を信用するべきかはまだわかならい。

 だけど、感謝くらいはしないとアメストリアの、ランフェスト家の恥だわ。

「ジュノス殿下……あの、これを」

「ん……これは?」

「白のダリアですわ。今回……あ、あなたがアメストリアを救って下さった……その……御礼ですわ」

 ここ、言葉で感謝を伝えるのはハードルが少しばかり高くてよ。
 花に思いを託すのは女のたしなみでしてよ!

「ありがとう……凄く嬉しいよ!」

 ひぃえっ!
 ちょっ、ちょっと、そんなに嬉しそうに微笑まないで下さるかしら。
 た、ただのお花なんです……から。

「え、ええ、まぁ……その、感謝くらいは当然ですわ!」

「俺も少し花を摘んでもいいかな?」

「ええ、構いませんわよ」

 ジュノス殿下はお花が余程お好きなようね。殿方にしては珍しいですわね。
 ふふ、少しお可愛らしいですわね。

「レイラの感謝に応えて、俺からはこの花を送るよ! 受け取って貰えるかな?」

「へ……っ!? か、カンパニュラ……」

 差し出されたカンパニュラと、初夏の到来を告げる風が花びらを舞い上げれば、再び甘美な香りが全身を包み込んでいきますわ。
 まるでこの世界に私と彼だけだと、花の女神フローラが告げてるかの如く。

 つい、受け取ってしまったカンパニュラ。
 その花言葉は誠実な愛・・・・。もしくは……思いを告げる・・・・・・

 な、謎がすべて解けましたわ。
 彼は……ジュノス殿下は……私を他の殿方に奪われたくなかったのですわっ!
 つまり……そういうことですのね。

 お立場を顧みず、私のために……誠実な愛を貫くためにここへ………。
 答えなければ、彼の真摯な気持ちに答えなければ失礼だわ。

 でも待って! 私と彼は敵なのですわよ!
 それをわかっていながら、禁断の愛を……。

 たたた、確かに、ここまで殿方に思われて嬉しくない女性はいませんわよ。ええ、ええいませんとも!
 でも敵なのよっ!

 ハッ!?
 だから……だからっ! 国家間をなくしたい!?
 世界を変えたいのは……つまり、私と結ばれたい一心でっ!!

 なんという不純な動機なの!
 でもっでもっ、愛は世界を変えるとも言いますわ!
 それに、これ程までに私を一途に思って下さる殿方に……今後出会える保証がどこにあると言いますの?
 女は愛されることこそが幸せと、お母様も仰っていたではありませんか!

「すす、少し考えるお時間をいたっ、頂きますわっ!」


 に、逃げてしまいましたわ。
 だってっ! すぐには決められませんもの!
 無茶よ! 幾らなんでもそんなの無茶だわっ!!

 ど、ドキドキが……胸の高鳴りが止まりませんわっ!
 これが……これがお母様がいつか仰っていた恋の病っ!?
 ひぃえっ!?
 わ、私が恋をしていると言うの?

 部屋に戻って考えなくては……彼との今後を。

「ん……レイラ様? この花瓶に挿しておいでのくたびれたカンパニュラは何ですか? 捨てときますよ」

「だめぇぇえええええええええええっ!?」

「ななな、何ですかっ!? いきなりそんな大声を出されたらびっくりするじゃありませんか!」

「ええ、エルザこそ……か、勝手に私の大切なカンパニュラを捨てないで下さるかしら!」

「……それは……申し訳ありません」


 ああ、明日……私はどんな顔で彼と会えばいいと言いますの?
 決して誰にも知られてはならない、彼と私だけの許されざる愛。

 過酷な道であるからこそ、恋は燃えるとも言いますわ!
 って、私何を考えているのよっ!
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