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42話 届けぇええ!

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 俺は6人目――最後の救出相手にもゆかりと同じように手紙と再生薬を持たせたメアちゃんを送り込み、同じように窓から顔を出す同郷の友人に向けて親指を突き立てた。

「よし、これで準備は整ったな。あとは騒ぎを立てて悪党共の注意を俺たちに引きつけ、女郎蛇のマムシをぶちのめすだけだ」

 そう、なにも300人以上のマムシの手下と真正面からドンパチかます必要なんてないのさ。
 俺がぶっ飛ばしてやりたいのは女郎蛇のマムシ、ただ一人だけなのだから。

 フィーネアがマムシを特定して居場所を突き止めたら、二人で迷わずマムシの元へ行き、手下のゴロツキ共が集まってくる前にぶっ倒して逃走するだけだ。

 逃走経路もちゃんとある。
 俺はモグラだからな。

 この街に巨大モグラが出現し、俺たちは地下を移動しここを去る。
 ま、その際また俺の仕業だとクソ国王にバレるだろうが、もう気にしない。

 どの道俺は金貨1万枚の借金を踏み倒している最中なんだ。
 1万も2万も3万も大した違いじゃない。
 取り立てれるものなら取ってみろってんだ!

 本気のかくれんぼをした俺を見つけ出すことなんて不可能だね。
 なんせ俺はダンジョンに住んでいるのだから。

 仮に見つかったとしても持ち合わせなんてないしな。

 それよりもフィーネアの奴は遅いな……潜入に手こずっているのかもしれないな。
 俺は道の端に身を寄せ、しばしの休息を取る。

「ムキュッゥウウ」
「メアちゃんも本当に頑張ってくれたな。ありがとうな」

 俺はメアちゃんを抱き上げて、そのモフモフに顔をゴシゴシ擦りつける。
 もう本当にたまらんな!
 お利口な上にモフモフでとても愛くるしい。

 メアちゃんがヴァッサーゴの言うような幻魔獣だなんてとても思えない。
 確かヴァッサーゴの話しだと――メアちゃんはその昔、多くの人々を震撼させるほど恐れられた存在だと言っていたが……とてもそんな風には見えない。

 もう俺はメアちゃんにメロメロだよ。
 何度も何度も頬ずりしてチューをして、ずっとこうしてメアちゃんと戯れていたい。

 俺がメアちゃんと悪代官のように「良いではないか良いではないか」とじゃれていると、どこからともなく爆発音みたいなのが聞こえてきた。

「ん? 一体なんだ……?」

 雷鳴のように遠くから響いてきたその音にびっくりして、俺とメアちゃんが同時にその方角へと顔を向ける。
 その方角からは狼煙のような黒い煙が立ち上っている。

 俺はメアちゃんを地面に降ろして立ち上がり、火事かな? と首を傾げていると、そこら中で客引きをしていたゴロツキたちが血相変えて煙の方角へと走り出していた。

 一瞬にして女郎街が物々しい雰囲気に包まれると、俺の側を駆け抜けるゴロツキが店番をしているゴロツキに声を張り上げた。

「襲撃だ! マムシの姐さんの所で襲撃があった! 今日は全店舗店じまいだ! 全員直ちに武装して女郎城に集まれ!!」
「えっ……!?」

 俺は自分の耳を疑った。
 瞬刻――目の前が霞み足元がフラつき、俺は壁に手を突き妙な汗が毛穴中から滲み出る。

 しばらくの間なにも考えられずにいると、しっかりしろと言うようにメアちゃんが肩に飛び乗り鳴いた。

「ムキュッゥゥウウウ!!」

 その鳴き声でハッとした俺はすぐさま不安を口にした。

「フィーネア……!?」

 そう、俺の脳裏に真っ先に浮かんだのはフィーネアのことだ。
 フィーネアは女郎蛇のマムシを特定するためと、居場所を突き止めるために今頃接触しているはずだ。

 それにあの煙がフィーネアのスキルによるものだとしたら……不味い。

 だけど……この騒ぎを起こしたのがフィーネアだと決まったわけじゃない。
 フィーネアとの作戦では逃げる手はずになっていた。
 賢いフィーネアがそんな無謀なことをするだろうか?

 俺に散々言っておいて、自分が無茶をするなんて……いや、だからこそ無茶をしでかしたのかもしれない。
 女郎蛇のマムシを前にしたら、また俺が怒りに我を忘れると心配した結果、一人で早まったことをしたのかもしれない。

 俺の心臓は早鐘のように鳴り響く。

 たった一人でやるなんて無茶だ!
 それに手下のゴロツキ共がマムシの元に向かっている。

「クソッ!」

 俺は思わず壁を殴りつけた。
 そしてすぐに走り出した。
 向かう先はもちろん煙が上がる建物。

 俺は走った、不安を振り払うように全力で駆けた。

「頼むから……頼むから別の誰かであってくれ」

 どうかフィーネアであってくれるなと、別の誰かの襲撃であってくれと、僅かな祈りを何度も口にした。

 だけど、その願いは虚しくも儚く散った。

 女郎城と呼ばれていた五重塔のような建物の周りには、大勢のゴロツキ共が集結して天を仰いでいる。
 俺の足は止まり、再び歩き出す足にはろくに力が入らず、頭上を見上げながらトボトボと歩みを進める。

 肩で息をして見上げる建物の最上部分にあたるテラスには、ボンテージ姿の女がボロボロになったフィーネアの首を掴み、掲げているのだ。

 敵を討ち取ったと手下のゴロツキ共に権威を示すように、勝ち誇った顔の女が俯瞰し睥睨する。
 その度に集まったゴロツキたちは一気喝采し、祭り事のように大騒ぎしている。

「フィーネア……なんで……」

 こぼれ落ちた言葉は男たちの声にかけ消され、遥頭上に見上げる女が稲光のような声を上げた。

「静まりなさい、豚どもっ! 愚かなる反逆者はわちきが仕留めた。お前たちは手を休めず欲にまみれた男どもから吐き出させるだけ金を吐き出させなさい! そしてわちきを真の女王へと導きなさい。わかったらさっさと働け豚どもっ!!」
「「「「うおぉぉおおおおおおおおおおおお!!」」」」

 女の理不尽な言葉に歓喜し興奮するこいつらは狂っている。
 いや……この街全体が狂っている。

 なんでこんな悪党が罰せられずにのうのうと生きていやがるんだよ!
 魔王を討伐する前にこの狂った街を……あのイカれた女を何とかしろよっ!!

 立ち尽くす俺は怒りで震えていた。同時にフィーネアを助けなければと思考を巡らせる。

 そうだ!
 今ここで俺がするべきことは己の非力さを嘆くことでも、立ち止まることでもない。

 捕まったフィーネアを助け出すことだ。
 その為に出来ることはなんだ?

 ミスフォーチュンで霊体化を購入して侵入し、あの中に入り込むか?
 いやダメだ。
 目の前の建物は高くでかい。

 フィーネアのいる最上階まで向かうには時間がかかりすぎる。
 その間にフィーネアが殺されるかもしれない。

 今しがたのフィーネアはここから見てもわかるほど一刻を争う状態だ。
 今すぐフィーネアの元へ行き、助けなければ。

 俺はゴロツキ共が引き返してくる中を駆け出して、前へと突き進んだ。
 ゴロツキ共は何事かと一斉に女郎城へと駆け出す俺へ振り返る。
 だけど俺は振り返らない。

 俺は女郎城入口付近で滑り込むように膝を折り両手を突いた。

 もちろん、ただ手を突いただけじゃない、スキル穴の書を使用した。
 スキル穴の書は瓜生にハメられて覚えさせられた穴を掘るだけというクソスキルだが。
 意外と使えるんだ。

 俺は心の中で唱えるように5秒数える。
 1――1秒目ですぐさま立ち上がり、来た道を全力で引き返す。

 2、3――3秒目で急ブレーキを掛けて足元から砂埃を巻き上げつつ踵を返す。
 そして助走距離を稼いだ俺はまた全力で駆け出す。

 4、5――5秒目を数えると同時に女が立っていたテラスを睨みつけ、勢いを殺さず大地を蹴り上げ飛び跳ねる。

 俺が勢いよく飛んだとほぼ同時に女郎城は凄まじい音を上げながら傾き、奈落の底へと沈みゆく。

 瞬間――俺の体は遥か上空を舞い、沈みゆく女郎城目掛けて綺麗な放物線を描いた。

「いっけぇぇええええええええええええええええっ!!」

 助走をつけて気合を叫び飛び込んだ俺の前に、先ほどまで女が立っていたテラスが落ちてくる。

 俺は無我夢中で手を伸ばした。

「届けぇぇええええええええええええええええええええっ!!」

 刹那――俺の体は何度も何度も強打し、鈍い痛みを全身に伴いながら激しく転がった。
 壁に体を強く打ち付け激突し、さらに無重力のような空間で俺は天井に背中を打ち付けた。

「ぐわぁっ……」

 女郎城が穴の底へたどり着いたのか、凄まじい音を立てると俺の体も重力によって床に叩きつけられる。

「痛っ!」

 全身に激痛が走り死ぬほど痛い。
 だけど弱音を吐いている場合じゃない。

 俺は起き上がりすぐに真っ暗な部屋を見渡した。
 そこには人影が四つある。
 四人とも俺同様、体を打ち付けたのだろう。床に倒れ込んでいる。

 一人はあの変態みたいなボンテージスーツの女、もう二人はよくわからんが血まみれの少女二名。
 そして、痛ましい姿のフィーネアだ。

 俺はフィーネアの元へと走り、声をかけることなくその体を抱き上げ背に担いだ。
 倒れ込むマムシらしき女を一瞥し、俺は飛び込んできたテラスがあった場所まで移動して下を確認する。

 どうやら五重塔のような建物は4階までがぺしゃんこに潰れているらしく、ここからでも外に出られそうだ。

 俺はフィーネアを担いだままそこから飛び出した。
 頭上を見上げると月明かりに照らされた大量のバカ面が薄らと見える。
 ゴロツキ共は穴の周囲を取り囲むように覗き込んでいる。

 俺は足元に居るメアちゃんに視線を落とし生存を確認すると、すぐに横穴を開けて移動を開始した。

 直後――穴の中に響き渡る金切り声。

「クソガキィィイイイイイイイイイイイイイッ!! 貴様の仕業かぁぁあああああああっ!!!」

 崩落した女郎城の屋根に佇み、月明かりに照らされたマムシが怒り狂っている。

 俺は逃げた。
 捕まったら殺されると直感し、分かれ穴を何個も何個も開けながら死ぬ物狂いで逃げ出した。


 これが女郎街――激闘の開幕だった。
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