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三章

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 繰り返した回数なんて覚えてない。それは豚共をしばき終わった後の、アルトスが二十三歳になる誕生日の日だった。朝食を済ませエールと片付けをした後、私はすぐにアルトスを追いかけた。どこに居るかは既に知っていた。

 何故って毎回この日、アルトスはイーライさんとお屋敷の後ろ、裏山のふもとで本を読んでいたから。折りたたみの椅子とテーブルを設置して、柔らかな日光をその身に浴びていた。

「アルトス!」

 やっぱり私服も良いなぁカッコいいなぁと飽きずに跳ねる鼓動を押さえ声をかけると、本から顔を上げたあの人は微笑んでくれた。

「どうした? 君も読書する?」

 見るとテーブルの上には三冊くらい本が積まれていて、イーライさんが立ち上がって私に席を譲ろうとしていた。

 その左眼には黒い眼帯。そう、例のアレである。影の解析ももうちょっとで終わる頃だった。そんなイーライさんに手で大丈夫ですと制して、私は思いきって口を開いた。

「本はいいの。今日はね、私がアルトスに昼食を作りたい。それと、勝負をして欲しいの」

「俺は構わないが……」

 反応を伺って、アルトスは綺麗な瞳を瞬かせた。そして予想通り、守護者が口を出した。

「エールを付けます。この条件を呑めなければ厨房に立つことを許可致しません」

 イーライさんの隠された本音はもう知っているのだ。アルトスが喜びそうなイベントは許可して貰えると信じていた。

「喜んで!」

 だから料理だってエールに色々手伝って貰おうと前向きに考えた。

「勝負の内容は?」

「それは私が作った料理を食べた後! 食後の運動ね。絶対に勝つから」

 指を突きつけて挑戦的に笑ってみると、アルトスも同じように笑ってくれた。

「わかった、楽しみにしているよ」

 ああ、カッコいい!

 ――毎回、私は全力でアルトスにぶつかっているつもりだった。だってまだアルトスの年齢は越えていないと思えたけど、この身体は随分と成長してしまっていたから。

 ……かわいい年下の女の子で居たかった。

 私の手には余って、アルトスの手には丁度よく収まるこの胸も、これ以上大きくならなくて良かった。だから色んなことを調べて、勉強と努力をしていたけど、いつでも終わりにして良かった。

 私はアルトスを信じていたの。イーライさんさえどうにか出来れば、尽くした分だけ心を寄せてくれると。

※※※

 ナイフとフォークが合わさる音がして、お皿の右側に揃えられた。

「君が作ったのはハーブティーとクレープだよね。美味しかった」

 食堂で食事を終えたアルトスが、真横で様子を伺っていた私の頬を優しく撫でてくれた。

 料理はどうやっても敵わないと途中で気付いた私は、急遽作戦を変更していたのだ。この日の為にこっそり栽培しておいた、ハーブにお湯を注いだだけのハーブティーと、イチゴとカスタードクリームをクレープ生地で巻いただけの簡単デザート。

 もっと趣向を凝らしたかったけど、料理を練習する暇も機会も無かったし、イーライさんやエールが作る料理は完璧だった。だから今までアルトスが口にしたことが無い、私が作ったんだってわかって貰える、私が作れるお菓子。エールから聞き出して辿り着いたのがこのクレープだった。

「あぅ……。お誕生日おめでとう、アルトス……」

「ありがとう」

 頬に添えられた親指がすりすり、思わず感じてしまった。アルトスの目元が柔らかく細まっていて、凄く幸せだった。

 ――そんな風に触られるとこの身体がどんな反応をするのか、まだよくわかっていないのだろうか。ううん、アルトスは優しいから、単純に喜ぶと思ってしてくれているんだろうな。

 そう考えながら、多分、物欲しそうな目で見つめていたからだと思う。手が離れて、アルトスは心配そうに尋ねてきた。

「そろそろ供給が必要なのかな、大丈夫?」

 もう慣れ親しんだ淫魔設定。実はこの時、裏の活動が忙しくて二日くらいアルトスと致していなかった。

「あ、ん、うぅ……、まだ大丈夫……。それより次は私と勝負して」

 肉欲を振り切って平静を保つのは大変だった。言葉の力、淫魔というなりきり設定も後押ししていたのかも知れない。

「いいよ。内容は?」

「……かくれんぼ」

「かくれんぼ?」

「そ、そう! 制限時間は二十分、私が隠れるからアルトスは探して。お屋敷の外で五分待っててくれる? その間に隠れます!」

 かくれんぼを選んだのは凝った道具や準備なんて必要ないし、アルトスが私を求めて探してくれるのが嬉しいから。

「うーん」

 唸ったアルトスは逆側に待機していたイーライさんに目配せした。

「お屋敷の一階、二階での活動を許可します。ただし地下への侵入は認めません」

「わかりました!」

 中々危険な魔術具が眠っていることも把握済みだったから、素直に受け入れた。そして私はようやくこの勝負で一番重要な部分を提示した。

「アルトス! この勝負の勝利報酬は“相手に一つだけ、どんな質問にも答えさせる”権利! これでお願い!」

「何でも良いの?」

「何でも!!」

 アルトスは視線を下げて少しだけ考える素振りをした。

「うん」

 そして立ち上がると私を見下ろして、何か閃いたように目を細めた。

「――いいよ。時計を用意するから少し待っててくれるかな」

 マズくない? これ。

 経験上もう知っていた。こういう時のアルトスは、勝負前に既に何かを企んでいる。負けそうな予感に、嫌な汗が背中を伝った。

 そして準備が整いお屋敷の外に出て、玄関前でチェーンが付いた小型の時計をイーライさんから配られた。時計にズレが無いことも確認してもらって、公平だった。

「エールは地下の入口前で待機、私は雑務をこなしていますが当然勝負に干渉致しません。いないものとして扱ってください。それでは――」

 私は気合いを入れて扉の取っ手に手を掛け。

「始め」

 余裕をアピールするようにゆっくりと玄関に入り、閉めた。

「私は勝つ!」

 そして慌てて駆け出す。実力でアルトスに勝ちたかったから、影に頼ることはしなかった。

 お屋敷の一階は厨房、食堂、居間に物置きと、大きな部屋で構成されていた。ドアをパカパカ開けながら廊下を走っていると、宣言どおりエールが地下の入口前に立っていた。

「エール!」

 手を振って、エールも振り返してくれた。

「可愛らしいお嬢さま、後三分ですよ」

「五分って短い!」

 外に聞こえないように階段を駆け上がった。二階には書斎、アルトスの寝室に客室、もとい私の部屋があり、隠れる物陰は少ない。

 でも。

「やっぱり隠れるのはあそこが良いなぁ……」

 時計を見ながら大義名分、アルトスの寝室に堂々と侵入を果たした。ドアを閉めて思いきり息を吸い込めば、幸せな気分に浸れた。

「ふふ、アルトスの良い匂い」

 アルトスからはいつも清潔な、シャボンの匂いがする。ついついベッドに引き寄せられて、枕を抱き締めた。

「うぅーん、はあ。耐えよう私、あと一分しか無い……」

 ぎゅうぎゅうしてから枕を元に戻し、周りを見回した。そして姿見の隣、クローゼットを開けて潜り込めそうな空間に喜んだ。そこにはアルトスの色んな服が掛かっていて、縦に積まれた収納箱にはインナーや下着とか寝間着が入っていた。もう当然テンションは上がるよね。

「一枚くらい無くなっても気付かないはず……」

 私はアルトスの下着を一枚握り締め、身体を丸めてクローゼットを閉めた。真っ暗になって影の体内を思い出したけど、アルトスの匂いが充満したこの空間に頬が緩んでいくのを感じた。

「ここ凄く良い……」

 夢中でアルトスの下着に頬擦りしてふにゃりと笑う私は、どう見ても変態だっただろう。

 勝負を忘れて長い間、鼻を鳴らしスンスン楽しんでいたら、寝室のドアが開く音がした。ひやりとして息が止まった。

「ザッと見て回って、後は寝室のみなんだが……」

 足音がクローゼット前を通過して……、ベッドが軋む音がした。

「疲れたし、ちょっと休もうかな」

 ――え、え!?

 驚いて時計を見ようとして、暗くて針が見えないことに気が付いた。やらかしてた。どれだけ耐えれば良いかわからなかった。でもここで慌てても仕方ないしで、また深呼吸で幸せな匂いを胸いっぱいに吸い込んだ……。アルトスの下着に頬擦りも、不可抗力だった。

「いや、そういえば一つ確認を忘れてたな」

 またベッドが軋む音がして、クローゼット前で足音が止まって。耳を澄ましていると……楽しそうな声が聞こえてきた。

「ね、袋のネズミさん。この場合さ」

 コツンと取っ手に手を掛ける音、キキィと音が、ゆっくりとクローゼットの扉が……! 外の光が差し込んできてええぇ。

 暗闇に慣れた目が自然と細まって、恐恐こわごわとそれを見つめてしまう。

「どっちの勝ちになるんだ?」

 開ききって、こちらに向けられた時計の――私はその瞬間を見ることが叶わなかった。針は制限時間二十分ピッタリ、秒針は既に三秒、四秒と止まることなく進み続けていた。

「え……!」

 制限時間内だったのか、外だったのか、判断できなかった。それはアルトスも同じだろう、こっちに文字盤を向けていたのだから。

「え、なんで、え?」

 そんなアルトスはしゃがみ込んで私と視線を合わせてきて。

「取り敢えず俺の下着は返して」

 ちょっと呆れ顔で私から下着を取り上げ、収納箱に放り込まれた。酷いよね、私の宝物になる筈だったのに。でもそれ以上に。

「アルトス……。もしかしてこれを狙ってたの?」

 私の目の前で時計をふりふり、得意げに微笑まれた。

「ね、どっち? どっちも負けかどっちも勝ちか、選ばせてあげる」

 こ、こいつ!!

 それは実質の勝利宣言でしょ。アルトスが本気で勝とうとしていたら、多分確実に私は見つかっていたのだ。そして報酬の“相手に一つだけ、どんな質問にも答えさせる”権利は私が欲しているもの。つまりアルトスは私が考えた勝負の根底を書き換え、上回った。悔しかった。

「どっちも勝ったことに、してください……」

 そう言って俯くと、アルトスは私の顎に手の甲を添えて視線を合わせてきた。その体温に、肌に、下腹部が疼いた。すると緑がかった茶色の瞳が、困ったように瞬いて。

「じゃあ俺が先に質問しても良いかな」

「ど、どうぞ……」

 その綺麗な瞳を見つめて、頬が徐々に火照るのを感じながら言葉を待った。

「君、今凄い顔してるよ。そんな顔を見てるとさ……、イジメたくなって俺が困るんだ」

 私の唇の上を、人差し指の横腹で擦ってきた。その甘い誘いに、息が上がって胸が苦しかった。

「“どうして欲しい?”」

 こんな、私だけが嬉しい質問で良いのだろうか。はぁはぁと、自覚するくらい呼吸を荒げてしまって、もう我慢できなかった。私の秘部は既に期待で潤っていた。

「き、キスして欲しい……。今すぐ私を抱いて欲しい……!」

 はしたなくクローゼットから身を乗り出して、アルトスに覆い被さるように飛びついた!

「アルトス、アルトスぅ!」

「うわ! ちょ、こら!」

 その首筋に吸い付いて、じかに吸い込んだアルトスの匂いにクラクラした。身体を擦り寄せ仰向けに倒れたアルトスに跨ると、時計を落としたその手を腰に回させて誘った。

「触って、イジメてぇ……!」

「わ、わかったから、ベッドまで我慢してくれると嬉しいな」

 困ったように笑うアルトスは腹筋だけで起き上がって、腰に手を添えたままベッドへエスコートしてくれた。二人で倒れ込んで、後ろから羽交い締めにされ、身体に手を這わされた。

「あ、あ、ぁんっ!」

 二日ぶりのアルトスの温もり。

 うなじに吸い付かれながら侍女服越し、腰、脇腹を辿って胸の尖端に指を埋められ、緩い快感のあまりの切なさに泣いた。

「あ、んん! アルトスぅ、切ないよぉ! 早く挿れて、挿れてぇ……!」

 涙を零しながら私は勝手に硬くなっていたアルトスのモノを露出させ、勝手にパンツを脱いでとろけた秘部の、一番奥まで一気に迎え入れた。

「ああぁ! きたぁ!」

 簡単に呑み込んで、電流が走ってすぐにイった。もう本当に、心の底からアルトスが欲しかった。

「あ、あ、ああ! きもち、いぃ……、アルトスぅ……ぁ、あん、あん!」

 この時は本物の淫魔顔負けだったかも知れない。腰を動かし懸命に息を吸い込んで中のモノを締め付けていると、アルトスの息を呑む音が聞こえた。

「ん、っ……! 驚いた。やっぱり唾液だけじゃ供給が足りてないのかな? そんな状態になるまで飢えてしまったってことだろう?」

 こっちに都合の良い解釈。心配そうに見つめる瞳に、普段は恥ずかしくなるはずなのに。

「動いてぇ……!」

 私は欲望のまま、熱に浮かされアルトスを求めた。私の良いところばかり責められる背面側位、耳元で囁かれる優しい言葉。喘ぎながら、こんな時間が永遠に続けばいいと思った。

「いく、いくいく、イくぅ……!」

 服を脱ぎ散らかしたベッドの上、シーツを握り締めて何度目かの絶頂。一緒に果てることをねだって、ねだり続けて、急に組み敷いてきたアルトスの瞳が揺れた。

「……そんなに俺の精液、欲しい?」

「ほしい、欲しいよぉ! アルトスぅ!!」

 泣いて、喚いて、あの人の気持ちを知らない私は、どれだけの負担を掛けていたんだろう。だってほら、いつもそんな風に悲しげに微笑んで。

「――ごめんね、後で唾液を頑張るよ」

 肌を合わせて優しく抱き締めてくれた。嬉しいはずなのに、無知な私はここまでしても変わらない貴方に泣いた。

「う、ううぅ! アルトス、私の質問に答えてぇ……!」

「いいよ、何?」

 アルトスは繋がったまま、額を合わせ私を見つめた。聞くのが怖かった、でも聞かなければならなかった。

「……私のこと、どう思ってる?」

「可愛いと思ってる」

 即答。

「違う! そうじゃ、なくて……!」

 私のこと  ? と聞きたかったの。でもそれは口に出せない。それでも私に対して気持ちがあるって確認を、何とかして引き出したかった。じゃないと私の心が死んでしまう。

 跳ねる鼓動に合わせて、汗が浮いた私の胸は揺れていた。アルトスは視線を彷徨わせて、何かを悩んでいるようだった。

「これくらいなら大丈夫、か……」

「え?」

 そう呟いて、息を吸い込んだアルトスは憂いを帯びた表情でこう言った。

「君からは凄くいい匂いがするんだ。何て表現すれば適当なのか……、花の香りって言うのかな」

 その手が脚の付け根を撫でてきて。

「俺はそれを……、凄く好ましいと思っている」

 言い終わって照れたように目を逸らした、私の素敵な王子様。自分の匂いなんてわからなかったけど、嬉しかった、嬉しかったの。

「よかったぁ……」

 感激して、誇らしくなって、ねだった。

「キス、して欲しい」

「飴がないと十分な唾液を出せる自信が無い」

「いいから……、して欲しい……」

「……わかった」

 優しく唇を合わされて、私は目を閉じ舌を絡めた。

 ちゃんとアルトスは私を見てくれている。あの豚とは違う。私だからこんな風に応えてくれて、大事にしてくれる。

 ――ねぇ、そうだよね? アルトス。

 儀式発動の日、響く絶叫がその思い出と心に影を落として。

「私の努力が足りないんだ……。でも……」

 もう少しだけ自信を得たいと試したあれが、私を本当の意味で変えた。

 まさかあんな感情をあの人に向ける日が来るなんて、思わなかった。
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