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第2部 呪いの館 救出編

3話

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 新しく現れた扉は3つある。

 だが最初に入るべきは、祭壇を背に右手側のドアだと思った。

 事件の真相を追うなら、殺された順番に調べた方がいいだろう。

 ドアを開ける。危険はない。

 彼は、きっとあそこにいる。迷いなく華は部屋の奥に歩みを進めた。

 ベッドとタンスのある場所へ辿り着く。華の予想通り、タンスと壁の隙間。そこに彼はいた。

 前回の儀式終了後に見せた凛々しい姿はすでに無く、狭い隙間に無理やり押し込められた死体の様に、瞬きしない無表情の男がいた。

 華は迷いを振り払うように頭を振って、あえて彼の前に立った。

「私が貴方達を解放する。だから協力して」

 目の前の幽霊に手を差し伸べた。

 次の瞬間には幽霊の顔が目の前に来ていた。憑かれる、と思った時には、既に華は息苦しさに崩れ落ちていた。



◇◇◇



 苦しいっ…。

 脳裏にフラッシュする光景があった。手に木の棒やナタを持った複数の男性に囲まれていた。中には鍬を持っている男もいる。

 それを振り上げて襲ってくる。湧き上がるのは、怒り。憎しみ。それ以上に心を占めるのは愛する人の安否。

 唐突に脳内に展開された光景が切り替わった。

 全体的に色褪せた映像だった。

 目の前に外国人の一組の男女。
 何となくこの青年の両親だとわかった。

 下からの視線で、子供の頃の記憶だとわかった。両親に頭を撫でられて、心がポカポカした。とても幸せだった。

 場面が切り替わる。
 更に映像は色褪せ全体的にモノクロームになった。

 先程の両親が棺の中に横になっている。あまりの悲しみに当時少年だった彼は、この頃の記憶があまりない。彼の中は空虚だった。

 また場面が変わる。
 モノトーンが突然鮮やかな色彩の映像に変わった。

 小さな女の子が彼に笑いかけていた。側にはもう少し年下の男の子もいる。
 一緒に遊んだり、勉強したり、時々ケンカしたり…日々が少しずつ少年の空虚を埋めていく…。

 場面が変わった。
 側には美しく成長した彼女がいた。

 周囲に家族らしき人達もいたが、彼の目には彼女しか映らない。
 彼女へ指輪をプレゼントした。喜び微笑む彼女の笑顔に、幸せが胸いっぱいに広がる。泣きたくなるほど幸せだった。

 また場面が変わった。
 彼の部屋だった。
 
 あのタンスと壁の隙間に身体を誰かに押し込まれている。もう力も入らない。意識が薄れていく…。

「ま…待って…思い出して。あの時何があったのか…!」

 青年の意識とリンクしていた華が、叫ぶ。

 幸せと絶望、癒し、喜び、そして再びの絶望。一気になだれこむ感情に飲み込まれそうだ。

 今体感したのは、前に勇輝が言っていた彼の生前の過去だ。

 でも、これだけじゃきっと駄目だ。

 勇輝が言っていたではないか。彼は惨劇の前からこの国の人間を憎んでいた。

 怜はそれが呪いの秘密かもしれないと言った。

 そして、桃に入っていた彼女は神社にいた死人を見て、あの時もこんな風に殺したのかと言っていた。

「何故、この国の人間が憎いの?あの時、誰を殺したの?」

 突如、周囲を闇が包んだ。
 
 ゆらゆら揺れるモヤの中で、何か見える光景があった。
 
 あの神社だ。少し幼い彼女と黒髪の青年がいた。側に彼女の弟と小さな女の子もいる。4人で楽しそうに笑いあっている。彼の心は嫉妬でいっぱいだった。

 場面が変わった。
 同じ神社だが、先程より年数が経っている。
 
 彼女と黒髪の彼が抱き合っていた。

 その指には彼が婚約した日にプレゼントした指輪がはまっていた。抱擁を解き彼女は涙を拭いて、黒髪の彼に微笑んだ。とても綺麗な笑顔だった。

 絶望と疑心暗鬼と憎しみが彼を包んだ。

 また場面が変わる。
 彼の部屋に剣で切り殺された死体が数体倒れていた。
 
 彼の身体も沢山の血が流れ、立っているのもやっとだった。

 そこに黒髪の青年が突然やって来た。

 顔面蒼白で必死で何か言ってるが、彼の耳には届かなかった。

 先程、村人のナタや鍬で攻撃されたせいか、何の音も聞こえないのだ。痛みはない。ただ両耳の辺りが燃えるように熱い。

 あぁ…黒の悪魔がとうとう彼女を奪いに来た。…殺さなければ。
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