1 / 638
1巻
1-1
プロローグ
「なるべく、優しく……善処する。が、暴走したらすまない。先に謝っておく」
彼はやや苦しげな表情でそう言う。
そして、初めての行為に逃げ腰になる俺にのしかかって、口付けをした。
え? え?
ソレって『優しくするつもりだけど、無理だからごめんね』っていう意訳では?
そう思うも彼に口腔内をなぞられ、擽られ、舌の付け根から吸い上げられる。その巧みな舌使いに翻弄され、俺の思考は蕩けていく。
何で、どうしてという気持ちとは裏腹に、身体はどんどん熱を持つ。戸惑いはあっという間に快感に塗り潰されて、口付けが止まると俺は彼にお強請りしていた。
「気持ちいい、アーク、もっとぉ」
「あぁ、ノアの気の済むまでしてあげるよ。それ以上のこともね」
微笑んで返されたその言葉に、俺は嬉しくなってアークに顔を寄せた。
いつの間にか全ての衣服は脱ぎ払われて、俺の白くて細い脚も露わになっていた。その中心をアークが優しく握ってくる。
「コレに触れたヤツはいるの?」
「やあん、いない、誰も。アークだけ」
そう彼に応える。だって今までずっと独りで慰めていたから。
「そう。よかった。これからも俺だけだよ」
アークは嬉しそうに言うと、俺の首筋にねっとりと舌を這わせながら握っていたソレを軽く扱き始める。
「ぁ、うん。アークだけぇ。あ、んんっ!」
先走りで濡れていたソレは彼の手であっという間に高められ、呆気なく精を吐き出した。
「気持ちいいね、ノア」
「ん、きもちい、もっと」
「いいよ、こっちも触ってあげるね」
俺は荒い息で、舌っ足らずになりながら、まだまだ収まらない熱にもっととせがむ。アークはゴクッと喉を鳴らして俺の後孔へ指を伸ばした。
初めて挿入される異物感に思わず身体を固くすると、優しく身体を撫でられ、宥められる。
やがてそれは気にならなくなり、気づけばアークの熱くて硬い剛直が後孔をぐちゅっと擦っていた。
「ふっ。ノアが誰に初めてを捧げたか、誰と性交してるのか、その瞳でよく見て、その身体に刻みこんで?」
そう言って獰猛に笑った彼に怯えて一瞬頭が冷えたけど、直後に襲った圧迫感とすさまじい快感に頭が沸騰して、俺は何も考えられなくなったのだった。
第一章 孤独な薬師の迷宮探索
先日、俺は失恋した。
ずっと前から好きだったあの人に、告白する前に。
あの人は、獣人国にあるこのアインの街に一年ほど前から住んで冒険者稼業をしていたが、最近冒険者を辞めたという噂を聞いた。
あの人はいつの間にか可愛い恋人を作ってデキ婚していたのだ。
相手は街で人気の雑貨店の跡取りだった。近頃見ないと思ったら、そういうことか。
俺の恋心は誰にも知られずに葬り去られた。
俺の名はノア。
しがない薬師で錬金術師。ついでに冒険者もやっていて、二足どころか三足のわらじを履く。
赤ん坊のときに拾って育ててくれた薬師で錬金術師のラグ爺さんの跡を継ぎ、錬金術師ポーションを販売する店を切り盛りしている。爺さんはこの街の生まれではなく、店舗兼自宅は俺を拾う少し前に借りたらしい。
俺の名前は、拾ったときに首から提げていたプレートに刻まれた『ノアズアーク』という言葉から取ったそうだ。
ノアは古代語で『自由』って意味。
ラグ爺さんは俺に色々教えてくれたけど、今更ながらその知識は異常だって分かったよ。古代語が分かるって、一体何者だったんだ? 自分のことは何も知らせず儚くなってしまって。
元々薬師の素質があったらしい俺は、物心がつく前から、ラグ爺さんにおんぶされた状態で薬の調合を眺めては覚えていったらしい。そしてしまいには、ラグ爺さんの使う錬金術も見よう見まねで使い出して、こりゃたまらんと慌てて魔力操作から教えこんだらしい。
うん。らしいって、ちびすぎて記憶にない。全て爺さんから聞いた話だ。
この世界、誰しも魔力はあるが、その身体に魔力を溜められる量は個人差があり、そこに魔法の得手不得手も加わると、魔法が使えない、もしくは使えても少しだけという者も一定数いる。
ちなみに薬師と錬金術師の調薬は何が違うのかというと、薬師は、様々な薬草を薬研ですり潰したり鍋で煮たりして抽出した成分に自分か魔石の魔力を注入して作る。
それに対して錬金術師は、素材をそのまま錬金術専用の魔法陣の中で分解させて融合する。最初から最後まで魔法で行うので、錬金術で生成されたものは錬成と言う。
薬師が調薬したものは『薬師ポーション』、錬金術師が錬成したものは『錬金術師ポーション』と呼んで区別されている。
薬師・錬金術師ポーションともに、初級・中級・上級ポーション、解毒ポーションがよく使われる。さらに、使う薬草や調薬する者の魔力の質や腕前で品質のランクが変わり、ランクはS、A、B、Cの順で、Sが最高、Cが最低。
ランクで回復の度合いが変わるが、初級はごく浅い切り傷や擦り傷に効果があり、中級は二、三センチくらいの深さの刺し傷や切り傷を治す。上級は骨が見えるくらい深い傷や骨折などを元に戻せる。
また解毒ポーションは等級がなく、品質のランクで効果が変わる。もちろん全ての毒に効くわけではない。
基本的にポーションは、外傷は直接患部に、毒を吸いこんだり口にしたりした場合は飲んで使う。
まあ、そんなもの(俺は主に錬金術師ポーション)を錬成して、販売しているわけだ。
さて、今日も今日とて俺は迷宮に潜る。薬草とその他の素材を求めて冒険者になったんだしな。
潜る前に冒険者ギルドに顔を出すと、扉を開けた途端、冒険者や職員達から視線を向けられた。
俺はいつも足首まである暗い緑色のローブを羽織り、ウサ耳のついた大きめのフードを目深に被って顔を隠すようにしている。
左側に一筋金色のメッシュが入った腰まであるまっすぐな黒髪に、銀色の切れ長の瞳を持ち、家にある鏡で見る限りそんなに顔立ちは悪くない……と思うが、モテたことはない。
たくさんの目を向けられて一瞬ドキッとするが、すぐに視線を外されてホッとする。
というのも俺は極度の人見知り。偏屈だったラグ爺さんは人付き合いをほとんどせず、俺も小さいときから引き篭もり生活だった。
おかげで表情筋が仕事をしなくなって、無口で無表情が当たり前。
加えてソロでAランクのため、威圧的だとか近寄りがたいとか陰口を叩かれてしまい、俺は自衛も兼ねてフードで顔を隠すようになったんだ。いい加減慣れたけどね。
『孤独の薬師』なんて、二つ名があるのも知っている。二つ名は、有名な冒険者に付けられる称号みたいな呼び名だけど、孤独ってなんだよ。確かに俺はソロだけど、好きで独りなんじゃねえ。
ただ、この冒険者ギルドではそんな悪感情を向けられず、居心地がいい。
そんなことを思いながら、俺は左の壁にあるクエストボードの依頼を眺める。
クエストボードには様々な依頼が冒険者ランクごとに貼り出されていて、自分のランクの上下一つまでは受けてもいい。
冒険者登録をすると貰える冒険者ギルドタグ。そこに記載される冒険者ランクは、初めはFランクで、駆け出しの初心者だ。そこから依頼を達成していくと、E、D、C、B、A、Sと一つずつランクが上がる。
ランクごとにタグの材質も変わって、俺のAランクタグは魔導銀。
ちなみに最高ランクのSはこの世界でも片手くらいしかおらず、そのタグは光の加減で虹色に輝くオリハルコン。超希少かつ高額で、鉱石の最高峰の硬度を誇り、魔法耐性もかなりある代物だ。
そんなSランクに次ぐAランクの俺だって大したものだと思う。
というわけで、俺はBからSまで受けられるが、Sランクの依頼なんてそうそうないし、それこそ災害級の魔物の討伐が来たら困る。
今回AにもBにも俺がやれそうな依頼はないな、と判断しながら奥のカウンターの受付に向かった。
「いらっしゃいませ、ノアさん。ご用件は何でしょうか?」
「これからしばらく迷宮に潜る。その間店を閉めるから、ギルドの在庫で不足しているポーション類があれば納品するよ」
「確認しますので少々お待ちください」
人見知りなので、会話が必要最低限になる。
しかしギルドの職員は気を悪くすることもなく、奥に確認しにいった。それをぼーっと見ていると、別の職員がメモ書きを持ってやってきた。
「ノアさん、ついででいいので、これらの素材を採ってきてもらえますか?」
そう言って俺にメモ書きを差し出す。
「ああ、いいよ。余裕があれば廻り道してもいいし。いつものヤツ?」
さっと目を通すと、職員は戸惑いがちに言う。
「それ以外にも少々……コレなんですが」
メモの一カ所をギルド職員が指差す。
「ああ、コレならボス部屋の階層にあったな。いいよ、久しぶりにボス戦しようと思ってたから」
確かに少々厄介なモノだったが、俺は何度もボスを倒した実績がある。
そもそも、この世界には魔力が存在し、それが一カ所にたくさん溜まり、長い年月をかけて凝り固まることがある。その凝り固まった魔力は、周辺を洞窟や塔など建物の形状の空間に造り変えて、その中に魔物を発生させる。
それを俺達は『迷宮』と呼ぶ。冒険者ギルドがその迷宮の入り口に門のような魔導具――魔石や魔力で動く道具――を設置し、迷宮から魔物が溢れないようにしていた。
凝り固まった魔力は大きな魔力を内包する魔石――迷宮の核となり、迷宮のどこかに隠されているという。
迷宮内に魔力がある限り、中の植物や地形は一定時間で再生し、魔物は復活するが、核を破壊すると迷宮は消えるらしい。今のところ誰もその核を見つけたことがないので嘘か真かは分からないけど。
迷宮内のボスは、倒すと何故か宝箱が残り、その中にアイテムが入っている。
他の魔物は、倒すと様々な素材に変化して消える。世間一般的にそれを『ドロップアイテム』と呼び、アイテムの種類や数は魔物ごとに異なり、価値のあるものが手に入るかどうかは運による。
そういうわけで、今回頼まれた素材も中々手に入らずに時間がかかる可能性もあるが、俺が即答すると、職員はあからさまにホッとした。
「助かります。よろしくお願いします」
そんなやり取りをしているうちに、奥に確認しにいっていた受付の職員が戻ってきた。
「お待たせいたしました。現在、初級ポーションと中級ポーション、解毒ポーションが少々心許ないので納品していただけると助かります」
「分かった。じゃあ各五〇ずつでいいか?」
「十分です。ありがとうございます」
俺は異空間収納鞄の中から、各種ポーションを取り出す。
この異空間収納鞄は特殊な魔法陣を組みこんだ魔石を使って作られていて、見た目にそぐわない容量があるのだ。
中々に貴重な物だが、錬金術師の俺になら材料さえあれば割と簡単に錬成できる。錬金術様々だが、売るアテがないので死蔵品になっているけどね。
また内緒だが、俺は、容量無制限、時間停止付き、生き物以外の大抵の物が収納可能な『異空間収納魔法』が使える。何もない空間に出入り口を作り、異空間収納鞄のように出し入れできるのだ。
これを使えるヤツは滅多にいないらしく、ラグ爺さんは人前で絶対に使うな、と口を酸っぱくして言っていた。いわく、国に知られれば生きた輸送車として死ぬまで利用されるだろうと。
それは確かにイヤだ。
だから俺は大事な物は異空間収納魔法、普段使いの物は異空間収納鞄に入れてバレないようにしている。まあ、取り出すときに異空間収納鞄を使うフリをして、異空間収納魔法を使うこともあるが。
「では料金は初級ポーションが一つ一五〇〇G、中級ポーションが二〇〇〇G、解毒ポーションが一〇〇〇Gで合計二二五〇〇〇Gですね」
俺は受付職員の言葉に頷き、金貨二二枚と銀貨五枚を受け取る。
ちなみに銀貨の下の銅貨は一〇〇Gで、鉄貨は一〇G。あと、俺は見たことはないけど、金貨の上は白貨、その上に黒貨があるそうだ。扱うのは豪商や貴族階級、国家予算くらいだろう。
貨幣は大量にあると重くて持ち歩くのが大変だが、ギルドタグがあれば現金で受け取らず、専用の魔導具にかざして入出、送金手続きができる。
このおかげでお金の盗難や紛失防止になって安心だ。本人の魔力と照合しているので、盗んだり拾ったりした他人のギルドタグでは反応もしない。
「じゃあ、これから迷宮に潜ってくるよ」
「行ってらっしゃい。お気を付けて、ノアさん」
こうして冒険者ギルドをあとにした。
俺は自分の名前の元になったプレートとギルドタグを通したネックレスを服の上から触る。ラグ爺さんが亡くなって六年経つ今も直らない癖。
独りを確かめるためか、独りじゃないことを確かめるためか。
チャリッと鳴った音にホッとして、しかし自分に付けられた二つ名を思い出して内心ムッとする。そしてそのまま、迷宮に憂さ晴らしをしにいく。
彼がデキ婚したのを知ったのは今から半月ほど前。
知った当初は、ずっと引き篭もってポーションなんかを錬成しまくっていた。作業に没頭している間は、彼のことを考えずにいられたから。
そして錬成しまくった結果、手持ちの素材の在庫が切れた。暇になれば否が応でも彼らの幸せそうな顔がちらついて胸がチクチク痛む。だから、このやるせない気持ちを晴らすために素材収集を兼ねて魔物を倒しまくるつもりだ。
八つ当たりされる迷宮の魔物には悪いが、俺の気が済むまで倒されてくれ。
さて、アインの街の迷宮の入り口に到着した。冒険者ギルドの職員が常時二人待機し、探索許可の条件を満たす冒険者かどうかの確認をする。
迷宮にも等級があり、この迷宮は上級者向け。
最低でもランクB以上のパーティーから探索許可が下りる。
そもそも『パーティー』は、冒険者ギルドに登録した複数人のグループで、そのランクは個人の平均ランクで決まる。例えば一人がCランクで、残りがAランクならパーティーランクはB。
ギルドタグにパーティーランクが追加で表記されるらしいが、パーティーなんて当然組んだことがないから詳しくは知らない。
本来なら俺みたいにソロで探索するのはあまり褒められたことではないが、Aランクかつ、個人でボスを何度も倒しているから、冒険者ギルドから素材収集を頼まれる。
今回もギルドタグを提示して少し言葉を交わしただけで、何の問題もなく迷宮に潜れた。
「お気を付けて」
「うん、ありがとう」
挨拶を交わして迷宮へ潜ると、最初の部屋の中央に、一メートルほどの長さの六角形の水晶をはめこんだ円柱状の台座が目に入った。
これは破壊・移動不可の転移装置だ。
迷宮の不思議で、一〇階層ごとにある転移魔法陣を使うと、この部屋に移動できる。さらに、ここから一度使った転移魔法陣に直接移動可能なのだ。
この水晶に触れて、行きたい転移魔法陣の階層を念じれば、一瞬で転移できる便利な装置だ。
俺は全部の転移魔法陣を使っているから、途中からでも行ける。ただ今回は素材収集があるから、部屋の奥の扉を潜って一階層から下に向かった。
一日、二日と順調に魔物を倒しながら素材収集をして三日目。
八つ当たり気味に魔物を倒しまくってるせいで、まだ一〇階層。
でも素材収集も兼ねているし、どうせ家に帰っても俺を待っている家族はいないから、気の済むまで迷宮に篭もる。それに、何日篭もっても困らないほどの食材が異空間収納魔法に収納してあるし。
今日は欲しい素材をすでに手に入れたので、早めにこの階層の安全地帯に移動して一泊することにした。
安全地帯とは、魔物の出現も侵入もない、一階層ごとにある一区画の広場のような場所。おかげで冒険者達は安心して休憩や野営ができる。
一〇階層ごとにある転移魔法陣もこの安全地帯にあるので、転移した途端に魔物に襲われた、なんて心配もなく安心だ。まあ、冒険者同士のいざこざはさすがに防げないから、そこは自衛なんだけど。
俺は目視と魔物に反応する『探索魔法』で周りに誰もいないことを確認すると、異空間収納魔法から魔導具のテントを出した。
このテントは俺が錬金術で錬成した特別なものだ。認識阻害の魔法と防音魔法、物理攻撃や魔法攻撃無効、さらには空間魔法を付与した魔石を使っている。
見た目は普通の一人用のテントだが、中は平屋の一軒家くらいの広さがあり、台所に寝室、トイレにお風呂、ポーション類の調薬や錬成用の作業部屋がある。魔力登録をした者以外は通れないようになっており、防犯もバッチリだ。
俺は誰もいない広場にテントを設置し、その側に異空間収納魔法から竈を出して地面に置く。魔法で火を熾して、竈に乗せた鉄網の上に小さい鍋を置き、そこに水魔法で水を入れた。
ある程度の料理は異空間収納魔法に収納しているから、今調理するのはスープくらいかな。
俺は異空間収納魔法から出した野菜をナイフでざく切りして鍋に入れ、途中でドロップした猪豚――二足歩行する猪豚――のブロック肉を角切りにして加える。
灰汁を取ってコンソメの素を加え、鍋の蓋を少しずらして乗せて火を弱くしてコトコト煮込む。このコンソメの素は一般的な調味料で、肉や野菜などを煮込んで作ったスープを旅人や冒険者が携帯しやすいように固形に加工したもので重宝している。
「この前冒険者ギルドに納品した分でも錬成するか」
必要な素材を選り分けながら考えるのはポーション類の販売経路のこと。
錬金術でそれなりに性能が高いポーションを作れるが、ラグ爺さんにしっかり教わったからか、薬師ポーションもそこら辺の薬師が調薬したものより性能がいいらしい。
だが、それを販売すると、今まで調薬していた薬師達の仕事がなくなってしまうからと、ラグ爺さんが薬師ギルドと生前契約した通り、販売経路の住み分けで錬金術師ポーションだけを冒険者ギルドに卸している。
もちろん、ウチの店でも販売するのは錬金術師ポーションのみ。
だからといって、調薬は禁止されてないので当然作る。無用な軋轢を生まないために売らないだけだ。おいコラそこ、屁理屈とか言うな。
もっとも街外れの寂れた店に買いに来る客なんて皆無だけどな。いつも開店休業状態。
……別にハブられているわけでは、ない……はず。
違うよな? え、もしかしてガチでハブられているのか? いやいや待て待て! でもそれだと、今まで遠巻きにされたり独りだったりしたのって説明がつきそ……ええ!?
なんてぐるぐると思考が巡り、ポーションを作れないまま、ハッと外の竈のスープの存在を思い出した。慌てて素材を異空間収納魔法に収納し、テントから出たら。
「やあ、こんにちは」
「――へ?」
竈の前に腰を下ろして、和やかにお玉でスープをかき混ぜている、銀髪金瞳で褐色の肌の美丈夫さんがいた。
いや、誰!? 「こんにちは」じゃねえよ! びびってテント内に戻りそうになったのは仕方ないだろう。
ていうか、俺! いくら考え事していたとはいえ、何で気づかなかった!? テントに付与した魔法がすごくても、普段の俺なら気配を察知するのに。
この人、何者だ?
そっとテントの中に戻ろうとしたら、美丈夫さんに一瞬で手首を掴まれる。
ひぇ。思わず身体を固くして動きが止まってしまった。
きっと俺がモテないのはこういうところもあるのだろう。
引き篭もりの俺は、初対面の人を前にすると顔が強張って、口数が少ないのを通り越して無口になる。わいわいがやがやと煩いのは頭の中だけ。身体が小さく震えている。
「あー、すまない。安全地帯に来たらいい匂いがしていて、見たら誰もいないのに鍋が火にかかっていて」
美丈夫さんは気まずそうに空いている方の手で頬を掻いた。そして手首を掴んでいる力をやんわりと緩めた。離してはくれないが。
「気配を探ったらテント内にいるのが分かったから、スープの番をしつつ、出てくるのを待っていたんだ」
「……それは、どうも」
スマン、人見知り発動中なので最低限しか話せない。
しかしそんな俺を気にした風もなく、美丈夫さんは続けた。
「あぁすまない。自己紹介が先だったな。俺はアルカンシエルという。長いし、アークとでも呼んでくれ」
名前、長っ。じゃあ、ありがたくアークさんと呼ばせてもらおう。
「ちなみにSランク冒険者だ」
あぁ、Sランク。どうりで察知できなかったわけだ。
たった一つの違いだが、AとSでは実力に大きな壁がある。機嫌を損ねでもしたら国の一つも滅ぼせる力があるという、そのSランク冒険者が目の前にいる不思議。それはともかく。
「……俺はノア、一応Aランクだ」
「ああ、だからこの迷宮に一人でも潜れるんだ。俺はこの街に昨日来たばかりでね、ここには今日潜ったので勝手が分からなくて、すまない」
「いや」
そっか、迷宮に潜っている間に街に来たなら、俺のことを知らなくて当然だな。それよりも人見知り発動中の俺の方が態度悪いわ。
「こちらこそ、その、悪い。俺、人見知りで」
「いや全然。俺も悪かった。初めてこの迷宮内で他の冒険者に会ったから、つい。じゃあ」
そう言ってアークさんは離れようとしたが、俺は何故か咄嗟に袖口を掴んでしまった。
「え?」
「ぁ」
「……」
「……」
お互い戸惑って何とも気まずい空気になった。いやいや頑張れ、俺!
「あの、スープ、食べます?」
「え、いや、だがいいのか?」
「煮込む間に調薬をと思って、鍋のこと忘れてて、助かったので」
「あぁいや、別に。ん? 調薬?」
アークさんが遠慮するから理由を告げると、怪訝な顔をされた。
「あ、俺、薬師で」
「え? Aランク冒険者なんだよな?」
「あー、本職が薬師で、冒険者は薬草とか素材を手に入れるため、やむを得ず?」
「……へえ……」
あなたにおすすめの小説
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい
歩人
ファンタジー
「地味な針仕事しかできない令嬢は要らない」——公爵家の嫡男にそう言い渡された伯爵令嬢ティナは、
裁縫道具だけを持って屋敷を出た。その翌週、社交界が凍りつく。王妃の夜会服も、公爵令嬢の舞踏会
ドレスも、第一王女の外交用ローブも——仕立てた職人が消えたのだ。しかもティナが十年かけて縫った
全てのドレスの裏地には、二重縫いで隠された署名が残されていて——。
辺境の小さな仕立て屋で穏やかに暮らすティナの元に、王都から使者がやってくる。
本の虫な転生赤ちゃんは血塗りの宰相の義愛娘~本の世界に入れる『ひみちゅのちから』でピンチの帝国を救ったら、冷酷パパに溺愛されてます
青空あかな
ファンタジー
ブラック企業に勤める本の虫でアラサーOLの星花は、突然水に突き落とされた衝撃を感じる。
藻掻くうちに、自分はなぜか赤ちゃんになっていることを理解する。
溺死寸前の彼女を助けたのは、冷徹な手腕により周囲から「血塗りの宰相」と恐れられるアイザック・リヴィエール公爵だった。
その後、熱に浮かされながら見た夢で前世を思い出し、星花は異世界の赤ちゃんに転生したことを自覚する。
目覚めた彼女は周囲の会話から、赤ちゃんの自分を川に落としたのは実の両親だと知って、強いショックを受けた。
前世の両親もいわゆる毒親であり、今世では「親」に愛されたかったと……。
リヴィエール公爵家の屋敷に連れて行かれると、星花にはとても貴重な聖属性の魔力があるとわかった。
アイザックに星花は「ステラ」と名付けられ彼の屋敷で暮らすようになる。
当のアイザックとはほとんど会わない塩対応だが、屋敷の善良な人たちに温かく育てられる。
そんなある日、精霊と冒険する絵本を読んだステラはその世界に入り込み、実際に精霊と冒険した。
ステラには「本の世界に入り込み、その本の知識や内容を実際に体験したように習得できる特別な力」があったのだ。
彼女はその力を使って、隣国との条約締結に関する通訳不在問題や皇帝陛下の病気を治す薬草探索など、様々な問題を解決する。
やがて、アイザックは最初は煩わしかったはずのステラの活躍と愛らしさを目の当たりにし、彼女を「娘として」大切に思うようになる。
これは赤ちゃんに転生した本好きアラサーの社畜OLが、前世の知識と本好きの力を活かして活躍した結果、冷徹な義父から溺愛される話である。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
