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第二章 出会いと別れは突然に
別れ
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日が登って少ししたころ、リリスの目の赤みはすっかりひいた。暖炉の火はとっくに消えていたが、もう一度火を起こすほどに寒くもない。火を使って朝食を作るわけでもないので暖炉はそのままにし、二人はそれぞれに軽い朝食をとった。
お互い持参していた保存食をただ黙々と食べる。男は食べる速度が速く、リリスが半分食べたころにはもう食べ終わっていた。ようやくリリスが食べ終わって身の回りを片付け始めると、男は自分の荷物を手に取り、ぽつりと告げた。
「俺はそろそろ行く」
「もう少しゆっくりしていけばいいのに……」
「すまない。今日中に山を越えなければならないから少し急ぐ」
思わず引きとめてしまったリリスに、男は少し困った顔をしながら言った。そういえば自分のせいで男は急がなければならなくなったのだと気付き、リリスは慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい、私を助けたばっかりに余計な時間を……!」
「気にしなくていい。もともとこの小屋で一晩を過ごすつもりだったから、一人よりは賑やかでよかった」
少しいたずらっぽい表情でそういわれ、リリスは苦笑いした。だが先程よりはだいぶ余裕もあったので、お役に立てたならと軽口でやり返す。その言葉に男がくすりと笑い、遅れてリリスも吹き出した。そうして二人で笑い合ったあと、男は短く別れを告げた。
「短い間だったがなかなか楽しかった。もう山賊には捕まるなよ。じゃあな」
「気をつけるわ、あなたも元気でね」
「ああ」
最後に交わした会話は当たり障りのないものだった。小屋から出て行く男を見送りながら、リリスは胸の奥から吹き出す感情をできるだけ心の中へと押し込めた。
(もっと話したかった、もっと一緒にいたかった、なんて思っちゃいけないよね。 それは私のわがままだもの)
彼は山賊に襲われていた旅人を助けた。その旅人が、たまたまリリスだっただけだ。それだけのことなのに、もう二度と男と言葉を交わせないのがひどく悲しかった。
きっと、彼の優しさは誰に対しても与えられるものなのだろう。 昨日リリスを撫でてくれた手も、与えてくれた数々の言葉も。そうして昨日の出来事を思い出していると、自分が言い忘れた言葉に気付く。
「私、助けてもらったお礼を言えないままだった……」
お礼を言う機会も名前を聞く機会もあったはずなのに、リリスにはどうしてもできなかった。お礼を言えば、きっと彼は優しい声音でリリスの欲しい言葉をくれるだろう。名前を問えば、もっと他のことも聞きたくなってしまうかもしれない。だから言えなかった。 すぐに別れてしまう人と深く関われば、一人に戻ったときにつらいだろうから。
できるかぎりの予防線を張っていたのに、それでもリリスは寂しいと思ってしまった。一人でいる山小屋が妙に広く感じる。どうしてこんなの自分は弱いのだろう。家を出たときに、もう人には頼らない、誰も信じないと決めた。ずっと一人でいようと決めたはずだった。自分には「魔法使い」になるための相手になってくれる人など絶対に現れないだろうし、一生サーシャ家には戻れない。それならば、一人で強く生きていこうと思ったのだ。
優しい人が現れても、縋りたくなってしまってはいけないのだ。人に頼らず、自分の力で未来を切り開いていかなくてはならない。
「しっかりしなきゃ!」
限りなく沈みかけた気分を振り払うように自分の頬をたたく。ふと外を見ると、日は随分と高く登っていた。今まで考えていたことを振り払うように勢いよくイスを立ち上がり、リリスは部屋の隅の荷物に手をかけた。そろそろ出発しないといけない時間だった。
「うん、今日もいい天気!」
今は空元気でもいい。目的地の魔法都市ヘパティカまではまだ遠い。何も考えず、わき目もふらずにせっせと半日歩いたら、夜になる前に次の街へと到着できるだろう。街についたら、さっさとご飯を食べて寝てしまおうと決意して、歩く速度を早める。
──そうすれば、きっと寂しい気持ちも、あの人のことも忘れられるはずだと思ったから。
お互い持参していた保存食をただ黙々と食べる。男は食べる速度が速く、リリスが半分食べたころにはもう食べ終わっていた。ようやくリリスが食べ終わって身の回りを片付け始めると、男は自分の荷物を手に取り、ぽつりと告げた。
「俺はそろそろ行く」
「もう少しゆっくりしていけばいいのに……」
「すまない。今日中に山を越えなければならないから少し急ぐ」
思わず引きとめてしまったリリスに、男は少し困った顔をしながら言った。そういえば自分のせいで男は急がなければならなくなったのだと気付き、リリスは慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい、私を助けたばっかりに余計な時間を……!」
「気にしなくていい。もともとこの小屋で一晩を過ごすつもりだったから、一人よりは賑やかでよかった」
少しいたずらっぽい表情でそういわれ、リリスは苦笑いした。だが先程よりはだいぶ余裕もあったので、お役に立てたならと軽口でやり返す。その言葉に男がくすりと笑い、遅れてリリスも吹き出した。そうして二人で笑い合ったあと、男は短く別れを告げた。
「短い間だったがなかなか楽しかった。もう山賊には捕まるなよ。じゃあな」
「気をつけるわ、あなたも元気でね」
「ああ」
最後に交わした会話は当たり障りのないものだった。小屋から出て行く男を見送りながら、リリスは胸の奥から吹き出す感情をできるだけ心の中へと押し込めた。
(もっと話したかった、もっと一緒にいたかった、なんて思っちゃいけないよね。 それは私のわがままだもの)
彼は山賊に襲われていた旅人を助けた。その旅人が、たまたまリリスだっただけだ。それだけのことなのに、もう二度と男と言葉を交わせないのがひどく悲しかった。
きっと、彼の優しさは誰に対しても与えられるものなのだろう。 昨日リリスを撫でてくれた手も、与えてくれた数々の言葉も。そうして昨日の出来事を思い出していると、自分が言い忘れた言葉に気付く。
「私、助けてもらったお礼を言えないままだった……」
お礼を言う機会も名前を聞く機会もあったはずなのに、リリスにはどうしてもできなかった。お礼を言えば、きっと彼は優しい声音でリリスの欲しい言葉をくれるだろう。名前を問えば、もっと他のことも聞きたくなってしまうかもしれない。だから言えなかった。 すぐに別れてしまう人と深く関われば、一人に戻ったときにつらいだろうから。
できるかぎりの予防線を張っていたのに、それでもリリスは寂しいと思ってしまった。一人でいる山小屋が妙に広く感じる。どうしてこんなの自分は弱いのだろう。家を出たときに、もう人には頼らない、誰も信じないと決めた。ずっと一人でいようと決めたはずだった。自分には「魔法使い」になるための相手になってくれる人など絶対に現れないだろうし、一生サーシャ家には戻れない。それならば、一人で強く生きていこうと思ったのだ。
優しい人が現れても、縋りたくなってしまってはいけないのだ。人に頼らず、自分の力で未来を切り開いていかなくてはならない。
「しっかりしなきゃ!」
限りなく沈みかけた気分を振り払うように自分の頬をたたく。ふと外を見ると、日は随分と高く登っていた。今まで考えていたことを振り払うように勢いよくイスを立ち上がり、リリスは部屋の隅の荷物に手をかけた。そろそろ出発しないといけない時間だった。
「うん、今日もいい天気!」
今は空元気でもいい。目的地の魔法都市ヘパティカまではまだ遠い。何も考えず、わき目もふらずにせっせと半日歩いたら、夜になる前に次の街へと到着できるだろう。街についたら、さっさとご飯を食べて寝てしまおうと決意して、歩く速度を早める。
──そうすれば、きっと寂しい気持ちも、あの人のことも忘れられるはずだと思ったから。
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