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天魔衆5

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「この度の働き、ご苦労だった」
清水門外の役宅の裏戸の縁側で、
長谷川平蔵はキセルの紫煙をくゆらしていた。
膝元には双伍がかしこまって、肩膝を立てて控えている。

「いえ、今回の手柄は沢村誠真殿の
 おかげでもあります。紙問屋千羽屋を
 張ってもらえたおかげで、<天魔衆>を
 長州屋に導くことができました」

「なるほどな。<天魔衆>も千羽屋が張り込まれている
 ことを悟って、長州屋を襲ったわけか」
平蔵はニヤリと笑う。とはいえ、たった一人で
<天魔衆>を捕縛するとは・・・。

「そういえば沢村誠真にしつこく訊かれたぞ。
 お前が何者かってな」
平蔵は少し面白がっているようだ。

「まあ、心配するな。沢村には言葉を濁しておいた。
 話せばお前がオレの命を狙ったことも話せばならんからな」

双伍は無言のまま、下を向いた。

「オレはもう気にはしておらんよ。
 お前はこれまでどおり、十手持ちとして
 働いてくれればいい」

「へい」 
双伍はそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がり、
裏戸から姿を消した。

<あじさい屋>の縁台で、双伍はいつものように
きつねうどんとめざしを食っていた。

「いらしゃいませ」
そこへお藤の声がする。双伍は振り返ると、
そこには沢村誠真が暖簾をくぐっているところだった。

「み、みたらし団子3本と茶頼む」
旦那、なにどもってんだ?
双伍は苦笑しながら、めざしをかじった。
沢村誠真は双伍の隣に座った。

「旦那、男同士で逢引きしてるみてえで、気持ち悪いんで」

「口の減らねぇ男だな」
沢村も苦笑する。

「親方に褒められたよ。オレの手柄だってな」

「そうですかい」

「お前が親方に進言してくれたんだろ?
 だがな、この借りはきっと返すぜ」

「旦那、オレは貸し借りなんて考えてねぇですぜ」

「勝手にしろ」
そこへお藤がみたらし団子と茶を、
盆に乗せて持ってきた。
沢村はさっそく、団子にかぶりつく。

「じゃあ、あっしはこれで。オヤジ、勘定ここに置いとくぜ」
双伍は縁台を立つと、出口に向かった。

双伍は暖簾をくぐり、外に出る刹那、沢村を振り返った。
みたらし団子3本をあっという間にたいらげ、
さらに団子を注文している。
みたらし団子を、お藤から受け取るたびに、
心なしか頬を赤らめている。

双伍はそんな沢村誠真の後姿を見ながら、
小さくつぶやいた。

「旦那・・・素直になりなせぇ」
双伍は苦笑いしながら、<あじさい屋>をあとにした・・・。

捕り物控え一 「天魔衆」 完
次話、「鬼神丸」へ続きます。
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