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金土豊、迷亭、山口秀亜樹

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28発目 陸上自衛隊立川駐屯地へ

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モーニング・フォッグのメンバーが向かっている、

陸上自衛隊立川駐屯地は、今いる幹線道路から北西の所に位置していた。

中央線から続く、青梅線の傍だ。

多摩川沿いの幹線道路を走り抜けて、仲田公園の辺りから北上する進路をとった。



幹線道路にはゾンビの群れが、点在していた。

だが、どのゾンビもあてもなくうろついているだけで、

相模原のフィールド、ショッピング・モール、

エチゼンヤ脱出、倉庫での戦いのように、統率したような動きは見られない。

たまに道路をうろつくゾンビは、

先頭を走る貫井源一郎のラウンドクルーザーが、跳ね飛ばしていく。

だが、他のゾンビは我関せずとでもいうかのように、無関心だ。

もっとも、ゾンビたちに関心するというような

感情があるかどうかは疑わしいが・・・。



坂原勇は、そんなゾンビの動きに対して、不審をいだいていた。

それは彼の後方を走るプリウスのハンドルを握る

坂原隆も同様だった。

坂原勇はスマホにハンドレスマイクを差し込むと、弟に連絡を取った。



『隆、気づいたか?』

それだけの坂原勇の言葉で、弟の隆はすぐに思い当たった。



「あの銀色のVITOだろ?」



『ああ、ダンボールが巨人のゾンビを倒すと、

  間もなく姿を消した』



「オレも、不審に思ってたところだ。

  もしかしてあのパラボナアンテナの付いた

  VITOに乗ってる連中は・・・」



『ゾンビをコントロールできるのかもしれない・・・』

坂原勇の口調には、確信に近い色が含まれている。



「兄貴もそう思うか?」

坂原勇それには答えず、自分の考えを言葉にした。



『とにかく立川の陸上自衛隊に行って、

  俺達がすこしでも手に入れた情報を伝えるしかない』



30分後、4台の車と1台のバイクは、

陸上自衛隊立川駐屯地の正面玄関に到着した。

格子状の鉄製の門扉は硬く閉められている。

金属製で格子状の、その鉄柵は決して高くはない。

2メートル強といったところか。

ゾンビの大群が押し寄せれば、容易に突破されてしまうのではないかと、

坂原勇は懸念した。

ましてや、もしまた、あの巨人ゾンビが現れれば、

ひとたまりもないのではないか?



その周囲の公道には、車道、歩道といわず、

おびただしい数の車が、雑多に駐車されていた。

車種も様々で、軽自動車から大型トラックまである。

おそらく、この立川駐屯地に、避難してきた人々の車に違いない。

ただ、どの車両も、駐車されてかなりの時間が経っているのか、

ボンネットや屋根に、土ぼこりが溜まったままだ。

それはこれらの車両が、長時間動かされていないと言う事を、物語っていた。



坂原たち、モーニング・フォッグのメンバーたちは、

しばらく周囲の様子を伺った。

夕闇が迫っていて、辺りは薄暗くなってはいたが、

視界をさえぎるほどではなかった。

目を凝らせば、ゾンビの数は多くは無いことがわかる。

それもあてもなくうろついているだけだ。

例のパラボナアンテナ付きの、銀色のVITOの姿もないようだ。

とはいえ、ゾンビたちを刺激しないように、

坂原勇はクラクションを鳴らすなどといった、無粋なことはしなかった。

なるべく音を立てずにフィアットを降りる。

念のため、ハイサクル次世代電動ガン、CQB―Rを肩に掛けて、

ショルダーホルスターに収められている、

ハイキャパ・ゴールドマッチのスライドを引いて、

BB弾をチャンバーに送ると、セーフティをかけて、

再びショルダーホルスターに収めた。



助手席に久保山一郎と運転席を代わると、立川駐屯地の正面の鉄柵に近づいた。

右手に3階建ての灰色の建物があるが、明かりはついていない。

鉄柵の向こうは、かなりの広さがあり、遠めにも数多くの張られたテントが見える。

テントの中には黄色やブルーのものもあるが、

そのほとんどが、オリーブドラブ色のものが圧倒的に多かった。

それらは自衛隊が提供したものなのだろう。



坂原勇が鉄柵に触れられるほどに近づくと、

突如として、陸上自衛官の門衛の姿が、数名現れた。

彼らは銃口を下げてはいるが、手には89式自動小銃を携えていた。

その一挙手一動乱れない、隊員の動きに驚きはしたが、

坂原勇は、彼らの構えている89式自動小銃に目をやって、苦笑を禁じえなかった。

なぜなら、かれらの89式小銃には、弾倉が差し込まれていなかったのだ。

それはつまり、実弾が込められていない事を意味する。

一般にはあまり知られていないが、

駐屯地を警備する自衛官の89式小銃には、実弾が込められていない。

これは、誤射などの事故を防ぐとともに、

自国民に実弾を込めた銃を向けるといった行為を

固く禁じられているためだ。

これでは単なる『警告』以上の効果は得られない。

では、駐屯地がテロ組織などに襲われたらどうするのか?

その時は、なんと110番して警察に援助を求めるという、

なんとも『軍隊』らしからぬ行動を取る決まりになっている。

憲法9条の弊害が、こんなところにもいびつな形で残っているのだ。



警戒の態勢を崩さない自衛隊員の中から、

一番年かさと思われる隊員が、89式小銃の銃口を下げて、前に進み出てきた。

年かさと言っても、一見、20代後半といったところか。



「キミたちは、ここへ救助を求めてきたのか?」

陽はかげり、ヘルメットの造る影で

顔形ははっきりしないが、声のトーンはしっかりしており、

この中のリーダーを任されている者だろうと、坂原勇は判断した。



「人員は何名だ?」

その自衛官が訊いてきた。



「成人男性7名、成人女性2名とその子供・・・

  6歳になる男の子が1名の計10人です」

それを聞くと、自衛官は無線で隠語を交えながら、

どこかへ命令許可を得ようとしているようだった。

しばらくのやり取りの後、その自衛官は答えた。



「感染者はいないんだな?

  念のために、駐屯地内で検査はさせてもらうが・・・。

  それと着替えなどの必需品以外は持ち込み禁止だ。

  車両は適当な場所に放置してもらうしかない」



坂原勇はそれを聞いて、少し血色ばんだ。

「オレ達はサバイバルゲームのチームで、

  あの車の中には電動ガンやガスガン、

  バッテリーにガスなどのパワーソース、

  それに大量のBB弾を積んで来てるんです。

  それをみすみすこんなところに、

  捨てていけって言うんですか?」



「規則なんだ。従ってもらう」

その隊員は、にべもなく言った。



今は周囲に散らばっているゾンビだが、

それが群れをなして襲ってきたら、どうするつもりなんだ?

実弾も入ってない小銃で戦えると思っているのか?

坂原勇は拳が白むほど、強く握り締めた。



その時だった。

自衛隊員たちの背後から、声がしたのは。



「いいんだ、彼らは。通してあげなさい、

  綾野陸曹長」



 声を潜めてはいるが、良く通る威厳のある声音。

そこに立っていたのは、上下自衛隊迷彩服に身を包み、

同じ陸自迷彩のキャップを被っている男だった。



「皆藤准陸尉!」

綾野と呼ばれた、リーダー格と思われた隊員は、

その場で皆藤と呼ばれた男に向かって敬礼した。

そして、明らかに緊張し、動揺していた。



「お言葉ですが、皆藤准陸尉、

  例外は認めるなとの上層部からの命令が・・・」



「彼らは優秀な兵士だ。後は、私が責任を持つ」

抗議の言葉は受け付けないといったニュアンスが、

皆藤の言葉に強く滲んでいた。



「優秀な兵士?」

綾野陸曹長の表情に怪訝な表情が浮かぶ。



その様子を、フィアットの車内から、

双眼鏡で見ていた久保山一郎がつぶやいていた。



「あの人、ショッピング・モールで会った人物だ」

双眼鏡をズームしながら、皆藤の襟章と胸元を注意深く見る。



「あの人、准陸尉だったのか・・・。それにあのバッジは・・・」

久保山一郎の目は、皆藤准陸尉の胸元にある、

月桂冠をあしらったダイアモンド―――それも金色の―――と

両翼のついたパラシュートを、型どったバッジに注がれていた。



「やっぱり間違いない。あのバッジは・・・」

 久保山が双眼鏡を手に、見入っているところで、

背後に停車しているトヨタ・ハイエースのドアが、荒々しく開けられた音がした。



「ダンボール!てめえ、ゲロは外で吐けと言っただろうが!」

丸川信也の怒声が聞こえる。

見ると、トヨタ・ハイエースから放り出された次郎が、

腰を曲げて、路面に吐瀉物を吐いている。



「あれが、優秀な兵士なんですか?」

路面に向けてゲロを吐き続けている次郎を見ながら、

呆れた表情を浮かべた綾野陸曹長は、懐疑的な視線を皆藤に向けて、

確認するようにつぶやいた。



皆藤は綾野の問いに何も答えず、かすかな微笑をしただけだった。
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