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金土豊、迷亭、山口秀亜樹

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42発目 ゾンビ・ウイルスの正体

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「被検体って、どういうことですか?

ダンボール・・・いや次郎に

何かの実験でもするつもりなんですか?

次郎はこんな奴ですが、

いままでに何度もオレ達を救ってくれた・・・」

荒ぶる坂原勇をなだめるように、

貫井源一郎が彼の肩に手を置いた。

その時には、メンバー全員が食事をやめて、

立ち上がっていた。

皆は抗議とも拒絶ともとれる視線を、

皆藤准陸尉に向けていた。

貫井源一郎が、

一歩前に進み出て皆藤に向けて言った。



「そういうことだ。皆藤さん。

オレ達は仲間を見捨てるようなことはしない。

今まで世話になっていてなんだが、

次郎を連れて行くことは断る。

それを強行するなら、あんたら自衛隊も

オレ達の敵になるってこどだ」



「ちょっと待ってください!

皆さん、誤解しています。

私の言い方がまずかったと思います。

我々は山田次郎さんに

危害を加えるつもりはありません。

ただ、なぜ彼だけが、

ゾンビ・ウイルスに感染していながら、

自我を保っているのか?

そのことを検証したいだけなのです」

皆藤准陸尉の言葉には、真摯さが感じ取れた。

モーニング・フォッグもメンバーたちは、

互いに顔を見合わせた。

一人ひとりの意思を確認するように、

坂原勇は視線を走らせた。



「それを約束してくれるなら、

オレ達も同意します。

ただ、メンバー全員が立ち会います」

坂原勇の答えに、

皆藤准陸尉もゆっくりとうなづく。



「勿論です。むしろ皆さんにも

いてほしいと考えています。

アメリカからのゾンビ・ウイルス関する、

情報の裏付けのためにも」



「情報の裏付けって、

さっき言われてたCDCからの情報ですか?」

久保山一郎が問い返した。



「詳しい話は、

ここの地下にある研究室に来てください」

皆藤准陸尉はそう言うと、

モーニング・フォッグのメンバーたちを導くように、

ドアへ向かった。メンバーたちは彼の後に続いた。

次郎も、3人の自衛隊員に囲まれながら、ついて行く。

ハナクソをほじりながら。

だが、その両目は澄んでいた。

その視線は先を行く坂原勇の背に向けられていた。

そして貫井源一郎、久保山一郎、丸川信也、

そしてララの背中へと、流れるように見つめていた。



次郎の脳裏に、

つい先程坂原勇が言った言葉が蘇る。



―――次郎はこんな奴ですが、

いままでに何度もオレ達を救ってくれた・・・



そして貫井源一郎の言葉も。



―――オレ達は仲間を見捨てるようなことはしない。

今まで世話になっていてなんだが、

次郎を連れて行くことは断る。

次郎の口元には、かすかな笑みが浮かんだ。



白いリノリウムの床に、複数の靴音が響く。

しばらくすると正面に

グレー色のエレベーターらしきものが見えた。

だがそれは普通のエレベーターではなかった。

その扉の隣の壁に、デジタル検知器のようなものがある。

綾野陸曹長はBDUの胸ポケットから、

一枚のカードを取り出すと、

その検知器にスキャニングさせた。

と同時に、エレベーターの扉が滑るように

スライドしながら開いた。

その室内は軽自動車が1台余裕で入るくらいの

広さがあった。全員が乗り込むと、自衛隊員の一人が、

タッチパネルのBF3を押した。

エレベーターは地下3階へと降りていった。

十秒足らずで、地下3階に到着した。



エレベーターから降りた

モーニング・フォッグのメンバーらは、

回りを見渡して驚愕の表情を隠せなかった。

皆藤は研究室と言っていたが、

それは正確な表現ではないことがわかった。

この建物の1フロア全体が敷地面積、

天井も10メートル近くある。

デスクやテーブルが整然と並べられ、

その上にはデスクトップやノート型のパソコン、

大型顕微鏡やビーカーやシャーレー、

試験管などの器具が乗っていた。

それに様々にファイリングされた書類が束ねられて、

数え切れない程ある収納庫に収められてあった。

そして少なくとも数十人の白衣を着た人々が、

あわただしく動いている。



これは研究室なんてものじゃない・・・

 研究室施設―――これはラボだ!

久保山一郎は、思わずうなった。



皆藤准陸尉と綾野陸曹長、

自衛隊員ら以外のメンバーたちが呆然としている所へ、

二人の白衣を着た人物が近づいてきた。

ひとりは初老に見える少し髪の薄くなった男で、

科学者らしい顔をしている。

もうひとりは彼とは一回り以上は若く見えた。

おそらく三十代後半といったところだろう。

彼らは皆藤准陸尉と綾野陸曹長に向かって敬礼した。

白衣を着ている研究者が、

敬礼をすると何ともいえない違和感があった。

皆藤は彼らを紹介した。



「お二人は、三宿駐屯地内にある、

自衛隊中央病院から来られた医官です。

こちらが飯村一等陸曹、

こちらの若い方が御子柴二等陸曹です」



皆藤准陸尉に紹介されたふたりの医官は、

モーニング・フォッグのメンバーらに会釈した。



「彼がそうですか?」

飯村医官が、山田次郎に視線を向けて言った。



「では、さっそく検査させてください」

二人の医官は、次郎たちをラボの一画に先導した。

そこには老人介護用寝台を連想させるような、

巨大で頑丈そうなベッドがあった。

ただ違和感があるのは、その周囲は夥しい数の、

医療機器に囲まれていることだった。

心電図やCTスキャン、レントゲン装置、

大きな液晶パネルが数個、それに放射線治療装置と

思われるものの他、それ以外にも、

見たこともないような機器もあった。



「では、上着を脱いで

 このベッドに横になってください」

飯村医官からそう言われて、

次郎は迷彩色のキャップとBDUの上着を取ると、

Tシャツ姿になってベッドに横たわった。

御子柴医官がタッチパネルを操作すると、

リクライニングが作動する。

次郎の上半身が斜めに立ち上がった。



「まず、採血をさせてもらいます」

御子柴医官はそう言うと、

次郎の左腕の静脈を

アルコールを含んだ脱脂綿で消毒し、

注射針を差し込んだ。

薬管内に血液が満たされていく。

その作業を終えると、

御子柴医官は次郎から摂取した血液サンプルを、

1滴ほど素早くスライドグラスの上に垂らし、

カバーグラスで挟み込むと、

顕微鏡のステージに乗せて対物レンズを近づけた。

そして接眼レンズに両目を近づける。



「間違いない。

  彼はゾンビ・ウイルスに感染している。

  飯村医官、これを見てください」

御子柴医官が場所を開けると、

飯村医官が交代して接眼レンズを覗いた。

彼は浅くうなづくと、顔を上げて次郎を再び見た。



「しかし、彼は自我を保っている・・・」

次郎はそんな飯村医官の視線を、

ハナクソをほじりながら、

死んだ目のような瞳で見返していた。



「あまり鼻をいじらないほうがいいですよ。

  そのうちもげますよ」

御子柴医官が妙に真剣な表情で小さくつぶやいた。

飯村医官とふたりで、次郎の心臓の位置に

心電図の端末を張りつける。

IPadほどの大きさのモニター画面に、

規則的な波形が映し出された。

その画面を見て、

飯村医官はいくばくか興奮した口調で言った。



「これは驚いた。脈も動いている。

  それに血圧も正常だ!これはもしかしたら、

  理論上は存在する『真の意味での不死の存在』

  なのかもしれん!.CDCからの情報は正しい可能性がある。

  次はいよいよ脳幹の検査だ。

  調べればそこではっきりする」

その飯村医官の興奮ぶりに触発されたのか、

周りで傍観していた他の医官が数名、

彼の手伝いをし始めた。

その飯村医官とともに数名に膨らんだ医官チームは、

あわただしく作業を続けている。

次郎の頭部に、数十本の脳波検査のための

端末を取り付けると、CTスキャンにかけた。

ベッドに固定された次郎は回転しながら、

斜めになり縦になり横になった。

10分程経過すると、

一通り検査は終わったようだった。

飯村医官は軽く呼吸が荒くなっており、

肩で息をしている。

他の医官たちも似たようなものだった。



その光景を静観していた皆藤准陸尉は、

まだ興奮冷めやらぬ飯村医官の背中に声をかけた。



「飯村医官、何かわかったのですか?」

皆藤の言葉に、口元にわずかにねじ上げながら、

飯村医官は言った。



「ええ、いろいろと貴重な事がわかりました。

  これから順を追って説明しますよ」

飯村医官はそう言うと、

モーニング・フォッグのメンバー達に姿勢を向けた。



「まずゾンビ・ウイルスですが、

  ウイルスというふうに名づけられていますが、

  実際にはナノバクテリアの一種ではないかとの報告が

  アメリカ疾病管理予防センター―――

  CDCから届いており、私も同意見です。

  なぜならウイルスは単独で増殖できませんが、

  バクテリアは栄養を捕食して繁殖します。

  このナノバクテリアは、感染者―――

  ゾンビの血液や唾液に含まれており、

  噛まれた箇所やその量、被害者の体重、

  免疫力によって個人差はあるようですが、

  おおむね十数秒から1分足らずで、

  完全に感染するようです」

飯村医官はそこで、

紙コップから一口水を含んで、喉を湿らせると説明を続けた。



「このバクテリアは体内に侵入すると、

  骨格―――カルシウムを食べて急速に増殖します。

  ですから、彼らは脆く、弱い衝撃でも

  倒されてしまうという弱点があるのです・・・

  そして真っ先に向かうのは脳です」

飯村医官の言葉に従い、

御子柴医官がコンピュータを操作して、

大きな液晶パネルに

人間の大脳の3DCGグラフィックを映し出した。

飯村医官は伸縮できるペンのようなものを伸ばして、

その画面を指し示しながら続けた。



「ナノバクテリアは大脳に達すると、

  一部を除いて、脳の働きを死滅させます。

  大脳のほとんどと小脳を機能させなくすることによって、

  心肺機能、循環器などの器官を停止させて、死に至らしめます。

  それと同時に、脳の一部から

  大量のノルアドレナリンと言うホルモンを

  大量に分泌させて、『攻撃性』を誘発させているのです。

  このノルアドレナリンは、適量であれば

  『やる気』や『向上心』などに

  作用する重要なものなのですが、

  大量に分泌されると危険です。

  このホルモンは『怒りのホルモン』や

  『ストレスホルモン』とも呼ばれ、

  極めて『凶暴』になり、

  他人に危害を及ぼす可能性が高くなります。

  おそらくゾンビ・ウイルスとは人間を死体にした上で、

  脳のホルモンを調節して、

  『凶暴性』『攻撃性』だけを増幅させた

  一種の生物兵器といえます」

飯村医官の説明が一通り終わると、

皆藤准陸尉が訊いた。



「では山田次郎さんの症状は

  どう説明するんです?彼は感染しながらも生きているし、

  自我も持っている。『凶暴』でもなく

  『攻撃的』でもない・・・」



飯村医官は、次郎の方をじっと見据えて言った。

「これは極めて稀なことですが、

  彼―――山田次郎さんには、

  ほんの少しの『向上心』さえ無いということが、

  彼がこのナノバクテリアに

  完全に支配されなかったことに、

  深く関係しているのではないかとしか

  理由は考えられません」



それを聞いて、坂原勇はあらためて訊ねた。

「・・・ということは、簡単に言うと、

  ダンボールにはこれっぽっちも、

  やる気や向上心が無いから、

  ゾンビにはなりきれなかったってことですか?」



「まあ、簡潔に言うとそうですね」

飯村医官は真面目な表情だ。

彼の説明を聞いたメンバーたちは、

次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。



「向上心が無いからゾンビになれないだと?

  こりゃあいい!次郎らしいわ!」

貫井源一郎は、

両目に涙を潤ませながら笑った。

その他のメンバーも呆れてものが言えないくらい

笑い転げた。

その光景を、ハナクソをほじりながら

次郎は無粋な表情で見つめていた。



何だよ。どいつもこいつも。

オレのこと心配してるのかと思ったら、

『やる気が無い』だの『向上心が無い」だのと

ディスりやがって・・・。

こんな大げさな装置使って何するかと思えば、

人の性格の恥部さらしただけじゃねえか!



その時、ハナクソをほじっていた

指が差し込まれたまま、

ポコン!という音がして次郎の鼻が取れた。



オレはゴリケル・ジャクソンかよ―――。
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