【コミカライズ企画進行中】ヒロインのシスコンお兄様は、悪役令嬢を溺愛してはいけません!

あきのみどり

文字の大きさ
101 / 192

100 懐かしい我が家?

しおりを挟む
 

 そうしてヘルムートが妹を放っておけず困り果て、そばに戻れぬグステルのことを胸が潰れるほどに心配していた、その頃。
 当のグステルはといえば──……。

 ふー……と漏れる、呆れのにじむ息。
 据わった目で彼女は言った。

「……趣味が……悪い……」

 その口の端に、不意にヤケクソ気味の笑みが乗る。呆れのあまり笑えてきたという空虚な表情だった。

「やれやれ、成金趣味ここに極まれり。これが懐かしい我が家かと思うと泣けてきます。ほほほ」
「…………気持ちはわかりますが……今はやめましょうか」

 思わず率直に感想を述べてしまった娘に、彼女の背後にいた青年がそれを即座に止める。
『エーファ』というのは、彼女の偽名。
 どこで誰が聞いているかもわからない、声を低くと訴えてくる若者を見てグステルはゼスチャーで謝りつつ……それにしたってと、たった今横目に見た広間と廊下の様子にはげっそりした。

 ここはメントライン家の邸。つまりはグステルは、現在ロイヒリンの手引きで実家に潜入中……なのだが。

 もうそこは、グステルの知っている邸でなかった。

 広間の天井には、天使と蝶が舞い、万花が踊る黄金の天井画。その下にはゴテゴテしたクリスタルのシャンデリア。床は当然のようにツルピカの大理石。敷かれた絨毯も高そうだ。
 廊下の壁紙はワインレッドで、大輪の薔薇が咲き乱れていた。黄金フレームの掃き出し窓には、色合いの主張が激しい小花柄のカーテンが下げられていて。壁には所狭しと名画とおぼしき風景画や肖像画の類いが並べられている。
 彫刻や飾り甲冑や武器類も呆れるくらいにたくさんあって。
 たった今通ってきた庭園は、造形はとても美しかったが……所々に設置してある黄金の女神像や天使像のオブジェは、本当に『これ……天罰が当たるんじゃ……』と心配になる程に俗っぽかった。

 なんという派手派手しい変貌か……とグステル。
 それに色合わせのセンスがとっぴ。華やかすぎて、どぎつくて、金ピカすぎて……。色々見ているだけで、グステルはドッと疲れた。
 まるで、財産があるということを、これでもかと見せつけられているようだ。
 懐かしさを打ち砕く実家の変わりようにグステルは呆れ、だんだんと腹も立ってきた。
 何より許せなかったのは、(センスはともかく)このゴージャスさにも関わらず、人目につくだろう表側以外の場所がひどい有様だったこと。
 使用人たちの使う区画の乱雑さはひどかった。
 客の入らない裏方の場所、作業部屋や通路は壁や床板も傷んでいて補修もされていない。
 掃除も行き届いておらず、不衛生な場所が多かった。

 昔の実家は、もっと品のよい内装で、裏方だって快適な環境だった。
 父はメントライン家の威厳を示すために邸にも格式を重んじたし、母も美しいものは好んだが、派手なものは周りに置かなかった。
 それに母は口うるさかったが、公爵邸の女主人として使用人たちの面倒はよく見ていた。
 邸の裏方も働くものたちが気持ちよく過ごせるように整えられていたし、母の手腕で厳しく管理されていた。
 それなのに。
 今では壊れた家具がそのまま。廊下の隅に蜘蛛の巣や埃がそのままになっている。使用人たちの、余裕のない暮らしぶりがうかがえた。
 ロイヒリンによると、最近のメントライン家は使用人の入れ替わりも激しいということだから、皆こんな環境に嫌気がさして出ていくのかもしれなかった。

「……」

 女主人が変わるだけでこうも変わってしまうものかと、グステルはため息。

(急がなくては……)
 

 ロイヒリンの一行から離れ、人目をかいくぐりつつ公爵邸の外を進んだグステルたちは、なんとか目当ての場所に辿り着いた。
 ここは公爵邸の裏口に近い内庭。
 高い植え込みに沿って進み、ある植え込みの奥を探ると……そこには公爵家の使用人用の制服が二着。一つは男性用で、もう一着は女性用のメイド服だった。
 もちろんこれは、グステルが潜入用にロイヒリンに手配を頼んだものである。
 彼女が引っ張り出したものを見て、青年が感嘆の声。

「よくこんなものを用意できましたね……」
「え? ああ、それは……公爵家お抱えの仕立て屋だって、街に店を構えてますからね」

 当然のように言って、グステルは着てきた町民風の服を脱ぎ、公爵家の女性使用人用のメイド服に袖を通し始める。
 グステルは、街の商店会に顔のきくロイヒリンを介し商店会内部のことも調べた。
 叔母グリゼルダに取引を横暴に切られ、ロイヒリンのように悔しい思いをしているものが他にもいるのではないかと思ったのだ。グステルは小さな声で言う。

「公爵邸の使用人用の制服を作っている仕立て屋も、以前の業者は叔母に仕立てが気に入らぬと難癖つけられて切られているんですよ。まあ要するに……叔母は公爵夫人母と付き合いのあった者たちが気に入らぬのでしょうね」

 家から夫人の匂いを消して、自分こそが公爵家の女主人と主張したのだろうとグステルは言って、それからニヤリと口の端を持ち上げる。

「当たり前ですが、公爵家の人々も商店会と取引をしなければ生きていけません。その中で、誰が公爵家に敵意があり、そして反対に好意があるかを調べると……結構色々なことがわかるものです」

 ふ、ふ、ふ……と、悪そうな顔で言うグステルに、青年は感心した様子で頷いた。

「なるほど、確かに。……時にエーファさん……」と、青年、ことエドガーは苦笑する。

「あなた、私の前で堂々と着替えるの、それはいいんですか?」

 グステルは目当ての制服を見つけるや否や服を脱ぎはじめた。彼のほうに背中を向けているとはいえ……。
 こんなことがあったともしヘルムートに知られたら、俺ぶっ殺されるんじゃ……と思ったエドガーは──多分正しい。

 しかし、青年の指摘にも。下着のみの綺麗な背中をエドガーに晒したグステルは、

「え? あ、お目汚しすみません」

 と、たった一言でことを流し、平然と着替えを終えて、脱いだ服をせっせと茂みの奥に隠そうとしている……。
 その目がエドガーに向いた。

「……というかエドガー坊ちゃんもお早くお召し替えを。見られては恥ずかしいですか? では! わたくしめは後ろを向いていますから、さ、お早く!」
「……ぐ……いえ、お、お気遣いなく」
 
 キパッと言われたことがエドガーのツボに入った。
 普通……恥ずかしがるならそっちでは? なんでこっちが見られて恥ずかしいと思うのだろうか……と。
 笑いを堪える青年は、なんだかこの状況が面白くなってしまって。そして、つい悪い癖が出る。
 彼に『気遣うな』と言われた娘は、彼が着替え終わるのをじっと待っている。その前で、悪戯心の働いたエドガーは、これ見よがしに服を脱いで、自慢の胸筋と腹筋をグステルに見せびらかしてみた。
 王都の娘たちには、彼の優れた容姿も手伝って、ちらりと覗かせるだけでうっとりされる、鍛え上げられた肉体だ、が──……。

「……」

 娘はいい感じに無表情。
 そればかりか、さっさと着替えてくれないかなぁ……なんてことを思っていそうな双眸には、一切の動揺がない。エドガーはついに噴き出した。

「ぐふっ……」
「え……ちょ……エドガー坊ちゃん真面目にやってください……なんですか急に笑い出して……怖い……」

 急にくぐもった音を口から出し、身を折った青年に。途端グステルは怖々と周囲に視線を走らせる。
 誰かに見つからないかと心配しているのだろう。その目は『あなたさっき、私に静かにしろって言いませんでしたっけ……』と、あからさまに責めている。

「いや、すみませんつい……。ええわかっています、もう大丈夫。約束はきちんと守りますから……」

 そう言いつつ背中をプルプルさせているエドガーに、グステルはとても胡散臭いものを感じた。

(……この坊ちゃん……本当に大丈夫かな……)

 力のある協力者が必要だが、危険な橋を渡るのにヴィム子供を巻き込むのは気が引けたゆえ彼に話を持ちかけたのだが……。
 やっぱり一人でくればよかったかな……と、グステルは、この同行者エドガーに一抹の不安を覚えた……。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

(本編完結)無表情の美形王子に婚約解消され、自由の身になりました! なのに、なんで、近づいてくるんですか?

水無月あん
恋愛
本編は完結してます。8/6より、番外編はじめました。よろしくお願いいたします。 私は、公爵令嬢のアリス。ピンク頭の女性を腕にぶら下げたルイス殿下に、婚約解消を告げられました。美形だけれど、無表情の婚約者が苦手だったので、婚約解消はありがたい! はれて自由の身になれて、うれしい! なのに、なぜ、近づいてくるんですか? 私に興味なかったですよね? 無表情すぎる、美形王子の本心は? こじらせ、ヤンデレ、執着っぽいものをつめた、ゆるゆるっとした設定です。お気軽に楽しんでいただければ、嬉しいです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

処理中です...