偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい。後日談

あきのみどり

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後日談

1-7

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 さて、とその娘は言った。
「というわけで、婚約公示期間ももうすぐ半分にさしかかろうかというところまで来てしまいましたね」
 そこで、と娘。
 目の前には、難しい顔で腕組みをしている黒い大きな人狼が無言で座っている。
「だというのに我々は失敗ばかり……このままでは不味いですよ!? 我等は急がねばなりません!」
「……」
 そこで男がはーと、長いため息を落とす。
 領都に帰還してきたかと思えば、行き成り目の前で演説し始めた娘にあきれたと言うのもあるが、そのため息はそれだけが理由ではないようだった。
「……もういい、もう俺は諦めた」
「!? ば、馬鹿な!! な、何ゆえ!?」
 その若干斜めを向いて弱音を吐き出した人狼にミリヤムが目を剥く。
 その恰好はやる気満々で、本日彼女は少し短めのメイド服を着てきたのだ。靴も走りやすいというブーツを新調した。背中には早起きして作った薄味の肉料理が厳重に梱包されて背負われている。
 そんな彼女は今日も追いかけまわす気満々だ。勿論、そこに座るギズルフの婚約者クローディアを。
 しかし──そんなミリヤムとは裏腹に、肝心なギズルフは背中を丸めて哀愁を漂わせる。
 ずんと暗いその背後には人魂を背負っているような気すらした。
「……もう俺は何年もクローディアとはこのこう着状態で来ている……そこには何の進展も無い。あいつはいつでも冷淡だ。もはやその気が無いのだろうよ……俺が何をやっても裏目に出る。どうやって扱えばいいのかももう俺には分からん」
「……まあ若様は、領主様気質で人に気遣い出来ませんからねえ」
 ミリヤムはしみじみと言ってからふと、首を傾げた。
「……もしかして……そもそもの情報が間違っているのでは……? クローディア様は本当にお肉がお好きなんでしょうか……」
 難しい顔で問うと、ギズルフがいじけたような顔で「そのはずだ」と返す。
「昔、茶会でクローディア本人が母上に言ったと──」と、ギズルフが言いかけたところでミリヤムが「はいはいはい来ましたよ!」としらっとした視線を彼によせる。
「!?」
「はいまた頂戴しました。その母親頼り発言」
「何だ!?」
 ギズルフはミリヤムを睨みがながら三角の耳を後ろにぺったりと倒した。が、ミリヤムは既に彼の話を聞いていない。
「迂闊でした……これはもしやリサーチ不足……しかし私がリサーチに行くと、クローディア嬢の取り巻きの方々に返り討ちに遭う確率大……しかしギズルフ様も聞き出し能力には著しく欠けている……うーん」
 ギズルフは人に配慮というものを殆どしない。
 領主の嫡男ということもあり、のびのびふんぞり返って育ってきた彼はその辺りの学習を置いてきぼりにして来たのだ。
 だが、“壊れ物”のように(人狼よりは)脆い人族のミリヤムと出会って、怯え、破壊魔の彼は最近少しだけ人に配慮するということを覚えつつあるようだった。
 彼の父辺境伯も、それを学ばせたくてミリヤムと彼が事あるごとにつるむのを許している節がある。
 その成果か……最近城中では、ギズルフが少し丁寧に物を扱うようになったともっぱらの評判なのだった。

 どうしたものかと難しい顔で押し黙っていた娘は、不意にそうだと手を打った。
「……若様、ここはちょっと……原点回帰してみませんか」
「? 原点回帰?」
 ミリヤムの言葉にギズルフがきょとんとする。
「ええ! そうと決まれば……さ! 善は急げです、行きますよ若様!!」
 ミリヤムは唐突に駆け出した。薄味の肉料理を背負ったまま。
「!? ど、何処へだ!?」
 一瞬ギョッとしたギズルフだったが、娘の姿が既に消えている事に気がつくと慌ててその後を追うのだった……

 * * *

 人狼令嬢クローディア嬢は思っていた。
(……最近あの変な娘がいないわ……)
 その変な娘とは、数日前まで、クローディアがふと気がつくと、その背後のどこかでこっそりこちらを窺っていた栗毛の娘の事だった。
 始めはそれが何者かわからなくて、(どうしてついてくるの……?)と彼女も首を傾げていた。
 けれどもクローディアは無視し続ければその内飽きるだろうと、当初はその娘を相手にしなかった。
 彼女はこの領都でも指折りの名家の娘である。純白の毛並みが美しい人狼で、巷でも評判の乙女だ。
 既に辺境伯の嫡男との婚姻も決まっていて、そんな彼女には色んな者が近づいてくる。それは貴族だったり、商人であったり、いかがわしそうな連中であったり。皆、辺境伯との繋がりを持ちたいのだろう。そういう意図が透けて見える輩をクローディアは相手にしないことにしていた。
 娘は如何にも弱そうな小柄な人族である。いざとなったら自分で追い払えるだろう、そう思っていた。
 しかし、そのうち友人達がその娘が、彼女の婚約者ギズルフ・シェリダンと仲睦まじげにしているところを見たと教えてくれた。もしかして、ギズルフがその娘といい仲なのではないかと。
 それを聞いたクローディアは困惑した。
 彼女は己の婚約者ギズルフに対して呆れているが、婚約を解消したいわけではなかった。
 彼と来たら、偉そうだし、己と会ってもちっとも落ち着かないし、物を壊すし、そうかと思うとすぐにどこかに走って行ってしまうし。二人で散歩している途中でいきなり警備の兵と取っ組み合いのぶつかり稽古を始めたこともある。
 クローディアに話しかけても話題はいつも武術か武具のことで。会話が長続きした事もなく、おまけに婚約者たる彼女に文の一つ、贈り物の一つもしたことがない。
 勿論辺境伯家からは色々なものが贈られてくる。しかしそれは大抵彼の母アデリナからの贈り物で、ギズルフ自身からクローディアに何かが贈られた事はなかった。

 しかし、そんな様相が最近少し奇妙な変化を見せた。
 どうしてだか、最近、ギズルフと辺境伯家のメイド(?)がクローディアの後ろを肉を持って追いかけて来るようになった。
 それが、例の変な娘なのだが……
 確かに、クローディアは肉料理が好きだ。しかし、突然鍋を持って、ましてや生肉などを持ってこられても困る、とクローディアは思っていた。
 しかも友人達はそのメイドがギズルフの浮気相手だとすっかり決め込んでいて。そんな疑惑の娘と連れだった己の婚約者から、たとえそれが好物だとしても物を受け取るのは怖かった。
 だいたい男性が婚約者に贈る物としてそれはふさわしいのか。何か違う、と眉をひそめるクローディア。
(はあ……ギズルフ様はいつも何かがずれていらっしゃる……)
 領都で度々行なわれる武術大会では、彼はいつも一、二を争う実力者で。その勇姿にはクローディアもとても心惹かれる。
 婚約が決まった時も嬉しかった。
 だが、実際その傍に上がってみると、彼はとんでもなくガサツな男だった。武器防具に対する扱いには精通していても、女性の扱いはからきしだった。
 そもそも地位がある彼は、誰でもその一言でついてくると思っている。
 こんな調子では──と、クローディアが不安になるのも当たり前だった。
 政略結婚だから仕方ないとは言え、きっと正式な婚姻後もこのようなぞんざいな扱いを受け続けるのだろう、と。
 その、意味の分からない娘の一件も不安に拍車をかける。
 そんな調子で愛人も沢山はべらすのかしらあの人は、と、思うと、とても今はギズルフににっこり微笑んでやる気にはなれない。
 クローディアは大きなため息をついた。
(政略結婚なんて……そんなものかしらね……)
 そうしてとぼとぼ街中を歩いてたクローディアは、ふと既に町が夕陽色であったことに気がついた。
 街の建物の向こうに沈んでいく夕日を見ながら、彼女はもう一度ため息をついた。背後では、友人の令嬢と供の者がそれを心配そうに見ている。

 ──と──……

 ぼんやりしていたクローディアの前に、突然黒い影が飛び出してきた。
「!?」
 クローディアは思わず手にしていた閉じた日傘を握り締めて身体を強張らせる。背後では供の者たちも驚いているようだった。
 ──……と、その漆黒の毛並みがクローディアの目の中に映る。
 その毛並みの持ち主──ぬっと体格のいいその男は、クローディアの事を憮然とした顔つきで見下ろしていた。
「……ギズルフ、様?」
 たった今思い浮かべていた男が急に現れたことに彼女は目を丸くした。
 と、唐突に何かがぬっと差し出された。
「え?」
 押し付けられるように己の手の内に握らされたそれにクローディアが視線を落す──と、男はその隙にぱっと身を翻して立ち去って行った。
「! ギズルフ様!?」
 慌てて呼ぶも、その素早い男の姿は既に消えている。クローディアは唖然とした。
「……なん、だったの……?」
「クローディア!」
「お、お嬢様大丈夫でございますか!?」
「……ええ」
 駆け寄ってきた者達に頷いて見せながら、クローディアはふと、その立ち去って行った男に押し付けられた物を見た。
「……これ……」
 それは一通の封筒だった。
 クローディアはその中から中身をそっと抜き取る。
 開いてみて、その目が吃驚したように瞬かれた。
「………………」
「ク、クローディア大丈夫? 何が書かれているの?」
 友人が案じるようにそれを覗き込む。と、クローディアがぽつりと言った。
「……ギズルフ様……こんなふうに、思ってくださっていたの……?」
「え?」
 怪訝そうな友人と供に、クローディアはしばらく沈黙して──それから顔を上げてにっこりと嬉しそうに微笑んだ。
「私……初めて……彼から恋文をもらったわ……!」

 ──と、クローディアが喜びの声をあげたのと同じ頃。その近くの路地裏では。
「こおらああ!!」
 ミリヤムが、その石造りの地面の上に手と膝をついてぜいぜい言っているギズルフに目を吊り上げて怒っていた。
「若様!! お花!! お花をお忘れです!! どうして急に飛び出していかれるのですか!! 折角領都の外の高原まで摘みに行った希少なこのお花を……恋文と共にお贈りする計画だったでしょ!? 何故落す!?」
 せっかく花言葉が「愛しています」というものをやっとの思いで探しだしたのに! と、ミリヤムは泥だらけの足で地団駄を踏んだ。
 二人はつい先程まで、領都の外にその花を摘みに出掛けていたのだ。ミリヤムが担いで行った肉料理は、二人のお弁当になった。

 ミリヤムはキッと、ギズルフを睨む。
「さ! 若様。今すぐ戻ってもう一度トライです!! さあ!! レッツエンジョイ!!」
「ちょ、馬鹿かお前は!! 無理……お、俺にはあれが精一杯だ!! もう一度俺にあの恥辱に耐えろというのか!? もうクローディアは俺の手紙を読んだかもしれないんだぞ!? そこへもう一度いけと!? む、無理だ!! あいつの前に行くと緊張して……あ、足が……」
 ギズルフは項垂れたままぶるぶるしている。
 だがミリヤムは首を振る。
「駄目。若様、駄目でございます!!」
「!?」
 その声量の大きさに、ギズルフがびくっとしてる。
 ミリヤムは垂れきったギズルフの三角の耳を持ち上げてその傍で言い募った。
「このお花を添えなければ、若様が今日野山を駆け回ってクローディア様の為に頑張られたことが、伝わらないではありませんか!!」
「う……」
 そんなことは、この私めも悲しすぎて悔しすぎて……と、ミリヤムは今度はギズルフを地面から引っ張り上げようとその腕を引く。勿論重すぎて無理だったが。
「さあ!! 行け!! 乙女の心をわしづかんでおいでなさい!!」
「……くっ……スパルタめ!! 貴様っ! 後で覚えていろよ!!」
 ミリヤムにぐいぐい押されたギズルフは、半ばぶちギレながら駆け出した。
 花を手に、もう一度、愛しの人狼嬢の下へ。

──その背を見送りながら、ミリヤムはその成長に涙していた。
「若様!! ファイト!!」




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