偏愛侍女は黒の人狼隊長を洗いたい。後日談

あきのみどり

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後日談

2-4

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 あのう、とその娘──ミリヤムの仕度を任されていた辺境伯家の使用人の人狼嬢は、ドアの隙間から、そこでにこにこしている青年に問いかけた。金の髪の青年は、そこで純白のドレスを引きずりながら閉じ込められた獣のように室内を行ったり来たりしている娘をほのぼのと見つめている。
 彼女は焦った。このままじゃ式に間に合わない。
 先程泣き喚き、化粧の崩れまくった花嫁には、もう一度それを施しなおさなくてはならなかった。
「それで……もうお支度しても大丈夫でしょうか……」
 世話係がおずおずと言うと、青年が振り返る。
「ああ、これはすみません。どうぞ」
 青年は微笑みながらそう言うが、肝心の花嫁は未だ青い顔で時折「……右が、左が……」「大爆笑……」などと呻きながら落ち着かぬ。
「……」
 世話係は困惑して、青年に助けを求めるように視線を上げる。
「ああ、大丈夫ですよ」
 青年はにっこりして、口元に手を添えて「ミリー」と花嫁を呼ぶ。
 途端、花嫁の足がびたりと止まり、世話係は──その大地の色の瞳が鮮烈な光を放ったような気がした。
「なんでしょうか!? ぼ、お父様!!」
 花嫁は青年の下へ、まるで飼い犬が主にするように、あっという間に駆けて来て。
 その顔を見つめる彼女に、世話係は不安になった。ヴォルデマー様大丈夫かしら……と。
「うん。あのね、どうしても落ち着かないっていうんなら、これをお仕事だと思ってみたら?」
「し、ごと……?」
「そう」と青年はにっこり微笑む。
「辺境伯家初の他種族の妻として、領都で伯と様々な種族の皆さんの架け橋になると決めたんだよね? これはその第一歩だよ、つまり君の仕事始めだよね?」
「……」
 青い顔の花嫁は、一瞬考え込むような素振りを見せて黙り込む。
「だったら立派に勤め上げなければ。式には辺境伯領の各方面の偉い方も来られているよ。これからお世話になる事もあるかもしれない。ちゃんとして、きちんと顔を覚えてもらわないとね」
「…………なるほど……」
 世話係が瞳を瞬く前で、娘はみるみる顔色を正常化させていく。
「かしこまりました、ぼっちゃ……お父様!! つまり、私めはこのドレスを洗濯物だと思えばいいわけですね!?」
「ん、意味が分からない」
「そうか……仕事だ、仕事だわ!! 私はこのドレスを洗いあがったばかりの洗濯物だと思い──丁寧にあしらえばいい訳ですね! それは大得意ですよ、私め!!」
 微笑む青年の前で花嫁は何故か勝ち誇っている。
「出来る……! 私め、洗濯物のエキスパート、ミリヤムにございます!! この純白のお洗濯物……お預かりいたしました!!」
「……」
 青年は、呆気に取られている世話係ににっこり微笑む。
「なんだか変な方向に行きましたけど、取りあえずこれで大丈夫です」
 ミリヤムは──また、乗せられやすい性質を発揮した。

 そうして──皆の心配と期待を余所に──ミリヤムは見事式をこなした。
 式の直前までがっちがちに緊張していた娘が教会の聖堂の中を堂々と歩き──転ばなかった事に皆目を丸くして驚いた。(一部残念がる。)
 ミリヤムは意気揚々とそこで待つヴォルデマーのもとへ歩いて行き──
 優しい瞳をしたその人狼の瞳と視線が合うと、野ばらが咲き開くように顔を綻ばせた。
 その手をとったヴォルデマーも心底嬉しそうに微笑んで。その様子には、イグナーツとルカス、アデリナも大いに涙を零していた。
 ついでに何故かローラントが泣いていて。「ミリーがお嫁に行っちゃう……」と、べそべそ毛皮を濡らす白豹少年に、「だ、大丈夫! きっとまたご飯作ってくれるよ!! ね!?」と……エメリヒが懸命に慰めていた。

「ふふふふふ……私め、本日も任務を完遂いたしましたよ!!」
 その夜。式後の宴も無事乗り切ったミリヤムは、悦に入っていた。
 綺麗なままそこに吊り下げられたそのドレスを見ながら、飾り一つ落さずに戻った事を、ミリヤムは仁王立ちして勝ち誇っている。
「ふふふ……染み一つなし……これなら洗濯も容易い……ふふふふふ……」
「ミリヤム」
 悪い顔で笑っていると、背後から声が掛かって。
 気がつくと、ミリヤムは背後から伸ばされた腕に抱きすくめられていた。
「ヴォルデマー様」
 己の頭の上にそっと乗せられた彼の顔を見上げてミリヤムがぱっと表情を明るくする。
「疲れてはいないか?」
「大丈夫でございます!」
 ミリヤムはヴォルデマーの方へ身を返すと、嬉しそうにその腕の中に収まった。
 そうしてそこでヴォルデマーの身体に鼻をくっつけたまま深く息をすう。
「はー……ヴォルデマー様の匂い大好きです……こうしていると疲れもふっとびます……」
 くんくんしている娘の様子に、ヴォルデマーが陶然としたため息を落とし、「そうか」と、微笑んだ。
 出会った頃の警戒した娘の事を思いだすと、それは信じられない進歩だった。
 ヴォルデマーは幸せな気持ちのまま、その髪に鼻先を落す。
 するとその愛しい香りが鼻に広がって、ヴォルデマーはつぶやいた。
「……妻になってくれて、ありがとう……ミリヤム」
 瞳を閉じてしみじみと言うと、ミリヤムが少しだけ瞳を見開いて、彼を見上げた。
「……」
 その言葉は感謝と愛情に満たされていて。ミリヤムは思わずじわりと涙ぐむ。
 ようやくここまで辿り着いたのかと思うと、今更のように式の感動が胸からあふれ出してきた。
「ああああ……しまったぁっ、もっとうっとり式の時間を過ごせばよかった……私め、仕事仕事と、意気揚々としすぎて……その余韻を味わうのをうっかりすっぱり……」
 何て勿体ないことを、と若干落ち込む娘に、ヴォルデマーは笑った。
「私も緊張してあまり楽しむ余裕はなかったぞ?」
「……そう、なんですか……?」
 きょとんとする娘に、ヴォルデマーは、ああ、と頷く。
 彼は、だから、と言いながらミリヤムを抱き上げた。
「?」
「今からは、しっかりと余韻に浸り、味わってもいいだろう?」
 瞳を瞬かせる娘に、ヴォルデマーは笑む。
「愛しているぞ、ミリヤム」
 彼がそう言って金の双眸で彼女の瞳を捉えると、娘の表情がほわりと和らぐ。
「わ……私も、です、ヴォルデマー様……」
 照れくさそうにそう言う娘の頬に口づけて。男は「駄目だな、」と言った。
「……へ? えっと……駄目、ですか?」
 ミリヤムが戸惑ってそう返すと、ヴォルデマーは微笑みながら言った。
「今日こそは、きちんと言ってもらうぞミリヤム。……あそこでな」
「へぇ……?」
 と──見せられた場所が──……そのゆったりした寝台であったことから──
 ミリヤムは一瞬息を止めて、真っ赤になり、叫んだ。
 いつもの様に、「ぎゃー!!」と。
 
 その辺境伯の城に響き渡るような叫び声に──
 しかし、本日は誰も駆けつけてこなかった。
 それぞれ、招かれた伯の城の中にいた面々は、やれやれと思いながら……その絶叫を聞いていたのだった。



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