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第2話
目が覚めたら辺りは薄暗かった。カーテンの隙間から、昨日と同じように月明かりが部屋の中を照らしているだけで、灯りを灯してくれてもいない。
起き上がって部屋を見回した。いつの間にかワゴンは無くなっている。落としたカップやスープボウルも。またこっそりと使用人が来て片づけていったようだ。
だが新しい食事は運ばれていない。ビリキーナは枕元の鈴を何度も鳴らした。だが誰も来ない。
「夕飯くらい用意しなさいよ!!!」
金切り声を上げて、トイレに向かう。あの不味い茶を一口しか飲んでいないが、それでもトイレには行きたくなるものだ。
そうして用を足してきたが、ワゴンはなかった。水すらない。ビリキーナは怒りも頂点に達して、扉に向かって、二度見した。
また扉が開いている。あれだけ叩いても開かなかったのに。
隙間からそっと外をうかがう。だがまたしても誰もいない。明かり一つついておらず、窓からの月明かりだけで照らされている。
おなかも空いて気の立っているビリキーナは、「食事を用意させる」という正当な理由があるから、と堂々と扉を押し開けた。
重くて両手で片方の扉を全身の力を掛けて押さないと開かなかったが、それでも扉は開いた。使用人達はあんなに簡単に開けているのに。もしかして彼女たちは物凄い力持ちなのかしら。そう思いながら部屋を出た。
結論から言って、どれだけ歩き回っても、誰にも会わなかった。同じ階にあるはずの両親の部屋もない。昨日と同じ状態だった。怖くなって、階段を降りることはしなかった。代わりに階段の上から「誰かいないの?」と叫んでみたが、まったく返答はなかった。
何が起きているのだろう。これは普通じゃない。
怖くなったビリキーナは部屋に戻る事にした。だが今度はどれだけ廊下を戻っても部屋が出てこない。
ビリキーナが疲れ果てて廊下に壁にもたれるように座り込んで、気が付くと部屋のベッドで寝ていた。全く昨日と同じように。もちろん食事のワゴンも置かれている。
「もう、何なの一体……」
昨日も歩き回ったし、結局食事は朝の一口だけだった。喉もカラカラだ。髪も体もべたつくが、それよりも食事を頂きたい。ビリキーナはワゴンに飛びついてクローシュを開けた。
昨日と同じ、スープとパン。それとティーポットとカップだけだ。それでも空腹に耐えられず、テーブルに置くとすぐにスープをスプーンですくって口に入れた。
「まずい……!!!」
全く味がない。何なら舌が痺れるような気もする。こんなものは食べられない。ビリキーナはまたスープボウルを扉に投げつけた。パンも固くて手でちぎれない。テーブルに叩きつけてみたら割れたのでかけらを口に含んだが、パッサパサのそれは口の中の水分を吸うだけ吸って、しかも不味いわ硬いわで食べられたものではない。
せめて茶だけでも、と思うが、やはり茶も渋すぎる。それでも喉がカラカラだったから何とかカップ半分は泣きながら飲んだ。
情けなくて涙が出る。なんで私がこんな扱いを受けなくてはいけないのか。ちょっと抜け出しただけじゃないか。しかも扉が開いていて、誰もいないから出たのだ。きちんと警備兵を立てないお父様が悪いのに、なんでこんな目にあわされるの?
使用人が開けないからカーテンは閉まったまま。その細い隙間から明るい日の光がさしているだけで、部屋は薄暗い。
どうせ何もやる事はないのだ。食事がくるまで寝てやる。
ビリキーナはベッドにもぐりこんだ。
夜になると扉が少しだけ開く。出たらまた、嫌がらせのような食事の罰が待っている。あの妙な現象もまた起きるかもしれない。頭ではそうわかっているのに、どうしてもビリキーナは外に出たくて仕方がなくなる。
そうして今夜も重い扉を開けたビリキーナは、今日も誰とも会う事もなく、どこにも自室以外の部屋もなく、そんなに長いはずのない廊下は、疲れ果てて倒れ込むまで続くのだった。
***
多分、5日目だろうとビリキーナは目覚めたばかりの頭で考える。
いつも通りワゴンが置いてある。昨日まで食事を投げていたが、もう限界だ。不味くても食べなければ死んでしまう。
ビリキーナはフラフラとベッドから起き上がり、ワゴンからスープ皿とパンをテーブルに移し、ソファに座って食べ始めた。
相変わらず味が全くしない。それでも水分も足りなくて体中が乾燥しているから、そんなスープでも飲むしかない。野菜も掬って口に入れる。ジャガイモであろうそれは、非常にえぐみが強かった。キャベツやニンジンで舌のしびれをごまかし、テーブルに打ち付けて割ったパンを浸して何とか食べる。
茶も相変わらず渋いが、これ以外に水がないのだ。飲むしかない。口の中のえぐみを消すためにも一気にカップをあおった。
幸いティーポットにはもう一杯分入っているので、それも飲み干す。
「食べたわよ……。夕飯はもっとましなものを持ってきてよね」
きっとこれまで食べなかったから、1日一回しか運ばれてこなかったのだろう。食べればきっと夕飯も来るに違いない。
だが、食後しばらくすると、強い腹痛に襲われた。いつもなら呼べば使用人が医者を呼んできてくれるが、いくら声を上げても誰も来ない。とうとう毒でも盛られたのだろうかと悲しくなり、泣きながらトイレにこもる。
幸いすぐに痛みは和らいだが、とうとう父親に殺されかけるまでになっているのかと愕然とした。
「こんなまずくてえぐい食事で死ぬなんて、なんてみじめな死に方なの……」
泣きながらベッドに戻る。
「この国は平和で食べ物がおいしい、というのが自慢の国なのに」
あんなにえぐいジャガイモなんて初めて食べた。あれではまるで
「……ジャガイモの毒?」
昔この国のジャガイモは食用ではなかった。それが食用になったのは、掘り出した芋を天日に当てないように聖女が指導したからだと、家庭教師から習った気がする。天日にあててしまうとジャガイモは毒を持ってしまうのだと。
「そういえばえぐかったわ。そんなジャガイモを使っているというの!?」
毒はあるが、よほどのことがなければジャガイモで死にはしない。嘔吐と腹痛程度で済んでしまう。
「殺そうというよりは、嫌がらせかしら」
確かジャガイモの毒は煮ても煮汁に出る事はないはずだ。ジャガイモだけ食べなければ問題ない。
「いいわよ。お父様が根を上げるまで、不味いスープで頑張るから!」
まだ少し痛い腹をかばいながら、いつしか眠りについてしまった。
夜になるといつの間にか部屋の外にいて、延々と廊下を歩いていた。部屋を出た記憶は全く内のにだ。驚愕したが、もう部屋をでてしまっている。仕方がないから階下にもおりてみたが、状況は変わらない。部屋はどこにもないし、誰にも会わない。疲れ果てて倒れ込むまで歩き続け、気が付くと自室で寝ている。
そして味のないスープと渋すぎる茶と硬いパンが1日に1回、部屋に届けられる。
もう日にちの感覚もない。梳かしてもらえない髪はバサバサでこんがらがって、あちこち引っ張られて痛い。梳かそうにも櫛がない。指で何とかほぐしているが、毎晩汗をかいているのでべたべたでどうしようもない。
スープのジャガイモは食べずに皿に置いておくと、それだけがテーブルに残った状態で次の朝に新しいスープがくる。だが最近は具が無くなってきた。ほんのり野菜の味がする気がする水でしかない。それに砕いたパンを付けて食べている。
空腹と寝すぎで頭が回らない。大きな声を出す気力もない。それなのに夜になると気が付けば廊下を歩いている。
「お願い、もう、許して」
誰にともなくビリキーナはつぶやいた。それでも状況は変わらない。
しばらくするとパンと茶しか来なくなった。空腹の余り、テーブルに残されているジャガイモをかじる。水分も抜けてカラカラだが、それでも食べ物だ。ガリガリとかじる。
ふと周りを見れば、閉じ込められた初めの頃に自分が零した具が、絨毯の上に転がっている。人参に小さくなったキャベツ。ビリキーナは飛びついて食べた。
多少腹は膨れたが、しばらくすると腹痛に襲われた。ベッドで丸くなって耐える。
その夜も、腹が痛いのにいつの間にか屋敷をさまよっていた。腹は痛いわ、足は歩きすぎて痛いわ、歩きたくないのに歩き続けているわで、ビリキーナはいつの間に泣いていた。
「もう許して、お願いだから、ゆるして」
誰にだかわからない言葉をつぶやきながら、ビリキーナは今日も歩く。
部屋に残っていたジャガイモを食べつくしても、スープは復活しなかった。パンと茶だけではもう限界だ。ベッドから立ち上がる体力もない。
このままでは死ぬしかない。ビリキーナはふらつく体で何とか、起き上がった。
今日も運ばれていたワゴンからパンと茶を取る。何度もテーブルに叩きつけて割ったパンを茶に浸して食べる。
風呂に入っていない体は臭いし、髪はぐちゃぐちゃだ。そしてつややかだった皮膚も水分不足でカサカサで、見える腕は骨と皮だ。
どうしてお父様はこんなになるまで私を放置しているのだろう。いくらなんでも愛娘にこの仕打ちはないのではないか。
ふと窓を見る。開けた事のないカーテン。もしかしたら、昼間なら外に誰かいるかもしれない。窓から外に出られるかもしれない。使用人はカーテンを横に動かして開けていた。そんな程度なら自分でもできるはずだ。むしろ今までなんでカーテンを開けなかったのか。
よろよろと歩き、窓にたどり着く。隙間からの光で外は昼間だろうと推察される。ビリキーナはカーテンを掴んで開けた。
外は夜だった。光は満月の光が差していたのだ。昼間だと思ったのにいつの間にか体内時計がくるっていたようだ。庭を見回すが、誰もいない。この時間に窓を開けて叫んでも誰にも気が付いてもらえないだろう。窓際に座り込んで、ビリキーナは涙を流した。
昼夜さえもうわからない。屋敷も静まり返っていて、誰の声も聞こえない。
「もういや……。こんなの、いや……」
少し前までこの国自慢の料理を当たり前のように食べていた。
ジャガイモだってこの大陸では誰も見向きもしなかったものを、この国だけが食用にすることが出来た。調理方法も含めて、それを広めたことで全土から感謝されている。
塩も香辛料も、この国の発祥だ。風呂に入る習慣だって。
「……聖女がこの国に伝えた……?」
家庭教師に習った。この国の貴族は、他国の人々との交流が盛んだ。その時に必ず食事の話になるから、歴史を覚えなくてはいけないからと。
そうだ。ジャガイモは聖女が、放置されているジャガイモの花畑を見つけて、食べられないと言われていたイモを日に当てなければ大丈夫と教えてくれたのだ。その調理方法も。
ジャガイモサラダに使うマヨネーズの作り方も彼女が教えてくれたはずだ。
山の魚も生息しない白い結晶が出来る湖から、塩を作り出したのも、香辛料と呼ばれるものを見つけて広めたのも、茶を発酵させるやり方も。すべて聖女たちが教えてくれた。
そしてそれらはこの国の輸出産業を支え、他国との交渉材料になり、平和をもたらした。
日照りが続いた年には井戸を作ったのも、水害で川が決壊して困っている時も、それらを防いでくれたのは。
「すべて聖人、聖女だった……? 彼らがいなかったら、この国は、いまだにこんなまずい食事をしていた可能性があったのかも」
それなのに自分は、現れた聖女をどうした?
「ちがうわ……。あの女が色目を使うから。そうよ、あの女はまだ何の役にも立ってないのに、王子だけじゃなくマテンツィオ様にも色目を使うから! 悪いのは聖女よ! そうよ、聖女なんていなくても、誰かがジャガイモの食べ方も、塩も思いついたわ。そりゃだいぶ食事にこだわる聖女が何人もいたらしいから、発展には寄与したのだろうけれど。それでもいなくても変わらないわ」
そんな程度のことで、こんなところに閉じ込められてたまるか。ビリキーナは立ち上がり、窓の外を見た。
「え……? だれ? 聖女?」
窓にはボサボサの髪で、汚れた服を着た、骨と皮の女が映っていた。それは最後に見た聖女の姿にそっくりで。
「やっぱりあんたのせいなのね! ちょっと! 死んだくせにしつこいのよ!!」
殴りかかった相手は、しかし窓で遮られて手を痛めただけだった。しかも相手も同じように向かってくる。もう一度、ひっぱたいてやろうと手を振り上げれば、相手も振り上げる。
「もしかして……?」
今更気が付いた。そこにいるのは聖女ではなく、窓に映った自分自身である事に。
ビリキーナは意地悪として、聖女の食事は水だけで煮た野菜スープと廃棄寸前のパンだけを出すように言った。そのスープを彼女の目の前で零し、床をなめろと、具は踏みつぶしてから、それを食べろと言って、本当に食べたその姿を笑い飛ばした。
どれだけ懇願されても、男たちは彼女を乱暴に扱った。ビリキーナもそれをみて大笑いしていた。
「同じことを、されているの……?」
乱暴はされていない。ただ毎日強制的に歩かされているだけだ。だがいつしか部屋履きはどこかへ行ってしまったし、足の裏の皮は向けて血まみれになっている。
「もしかして、聖女が何かしているの?」
死んでなお、力だけ残っているのか。だとしたらこれは、父親の仕業などではなく。
ふと窓に目を戻すと、骨と皮の自分の後ろに誰かがいる。ようやく誰か来てくれたのかと喜び勇んで振り向く寸前に気が付いた。
振り乱した長い髪、粗末なワンピース。自分と同じような骨と皮の者。自分がその体を清めて棺に入れた。
「イヤーーーーーーーーーーー!!」
ビリキーナの悲鳴が響き渡った。
起き上がって部屋を見回した。いつの間にかワゴンは無くなっている。落としたカップやスープボウルも。またこっそりと使用人が来て片づけていったようだ。
だが新しい食事は運ばれていない。ビリキーナは枕元の鈴を何度も鳴らした。だが誰も来ない。
「夕飯くらい用意しなさいよ!!!」
金切り声を上げて、トイレに向かう。あの不味い茶を一口しか飲んでいないが、それでもトイレには行きたくなるものだ。
そうして用を足してきたが、ワゴンはなかった。水すらない。ビリキーナは怒りも頂点に達して、扉に向かって、二度見した。
また扉が開いている。あれだけ叩いても開かなかったのに。
隙間からそっと外をうかがう。だがまたしても誰もいない。明かり一つついておらず、窓からの月明かりだけで照らされている。
おなかも空いて気の立っているビリキーナは、「食事を用意させる」という正当な理由があるから、と堂々と扉を押し開けた。
重くて両手で片方の扉を全身の力を掛けて押さないと開かなかったが、それでも扉は開いた。使用人達はあんなに簡単に開けているのに。もしかして彼女たちは物凄い力持ちなのかしら。そう思いながら部屋を出た。
結論から言って、どれだけ歩き回っても、誰にも会わなかった。同じ階にあるはずの両親の部屋もない。昨日と同じ状態だった。怖くなって、階段を降りることはしなかった。代わりに階段の上から「誰かいないの?」と叫んでみたが、まったく返答はなかった。
何が起きているのだろう。これは普通じゃない。
怖くなったビリキーナは部屋に戻る事にした。だが今度はどれだけ廊下を戻っても部屋が出てこない。
ビリキーナが疲れ果てて廊下に壁にもたれるように座り込んで、気が付くと部屋のベッドで寝ていた。全く昨日と同じように。もちろん食事のワゴンも置かれている。
「もう、何なの一体……」
昨日も歩き回ったし、結局食事は朝の一口だけだった。喉もカラカラだ。髪も体もべたつくが、それよりも食事を頂きたい。ビリキーナはワゴンに飛びついてクローシュを開けた。
昨日と同じ、スープとパン。それとティーポットとカップだけだ。それでも空腹に耐えられず、テーブルに置くとすぐにスープをスプーンですくって口に入れた。
「まずい……!!!」
全く味がない。何なら舌が痺れるような気もする。こんなものは食べられない。ビリキーナはまたスープボウルを扉に投げつけた。パンも固くて手でちぎれない。テーブルに叩きつけてみたら割れたのでかけらを口に含んだが、パッサパサのそれは口の中の水分を吸うだけ吸って、しかも不味いわ硬いわで食べられたものではない。
せめて茶だけでも、と思うが、やはり茶も渋すぎる。それでも喉がカラカラだったから何とかカップ半分は泣きながら飲んだ。
情けなくて涙が出る。なんで私がこんな扱いを受けなくてはいけないのか。ちょっと抜け出しただけじゃないか。しかも扉が開いていて、誰もいないから出たのだ。きちんと警備兵を立てないお父様が悪いのに、なんでこんな目にあわされるの?
使用人が開けないからカーテンは閉まったまま。その細い隙間から明るい日の光がさしているだけで、部屋は薄暗い。
どうせ何もやる事はないのだ。食事がくるまで寝てやる。
ビリキーナはベッドにもぐりこんだ。
夜になると扉が少しだけ開く。出たらまた、嫌がらせのような食事の罰が待っている。あの妙な現象もまた起きるかもしれない。頭ではそうわかっているのに、どうしてもビリキーナは外に出たくて仕方がなくなる。
そうして今夜も重い扉を開けたビリキーナは、今日も誰とも会う事もなく、どこにも自室以外の部屋もなく、そんなに長いはずのない廊下は、疲れ果てて倒れ込むまで続くのだった。
***
多分、5日目だろうとビリキーナは目覚めたばかりの頭で考える。
いつも通りワゴンが置いてある。昨日まで食事を投げていたが、もう限界だ。不味くても食べなければ死んでしまう。
ビリキーナはフラフラとベッドから起き上がり、ワゴンからスープ皿とパンをテーブルに移し、ソファに座って食べ始めた。
相変わらず味が全くしない。それでも水分も足りなくて体中が乾燥しているから、そんなスープでも飲むしかない。野菜も掬って口に入れる。ジャガイモであろうそれは、非常にえぐみが強かった。キャベツやニンジンで舌のしびれをごまかし、テーブルに打ち付けて割ったパンを浸して何とか食べる。
茶も相変わらず渋いが、これ以外に水がないのだ。飲むしかない。口の中のえぐみを消すためにも一気にカップをあおった。
幸いティーポットにはもう一杯分入っているので、それも飲み干す。
「食べたわよ……。夕飯はもっとましなものを持ってきてよね」
きっとこれまで食べなかったから、1日一回しか運ばれてこなかったのだろう。食べればきっと夕飯も来るに違いない。
だが、食後しばらくすると、強い腹痛に襲われた。いつもなら呼べば使用人が医者を呼んできてくれるが、いくら声を上げても誰も来ない。とうとう毒でも盛られたのだろうかと悲しくなり、泣きながらトイレにこもる。
幸いすぐに痛みは和らいだが、とうとう父親に殺されかけるまでになっているのかと愕然とした。
「こんなまずくてえぐい食事で死ぬなんて、なんてみじめな死に方なの……」
泣きながらベッドに戻る。
「この国は平和で食べ物がおいしい、というのが自慢の国なのに」
あんなにえぐいジャガイモなんて初めて食べた。あれではまるで
「……ジャガイモの毒?」
昔この国のジャガイモは食用ではなかった。それが食用になったのは、掘り出した芋を天日に当てないように聖女が指導したからだと、家庭教師から習った気がする。天日にあててしまうとジャガイモは毒を持ってしまうのだと。
「そういえばえぐかったわ。そんなジャガイモを使っているというの!?」
毒はあるが、よほどのことがなければジャガイモで死にはしない。嘔吐と腹痛程度で済んでしまう。
「殺そうというよりは、嫌がらせかしら」
確かジャガイモの毒は煮ても煮汁に出る事はないはずだ。ジャガイモだけ食べなければ問題ない。
「いいわよ。お父様が根を上げるまで、不味いスープで頑張るから!」
まだ少し痛い腹をかばいながら、いつしか眠りについてしまった。
夜になるといつの間にか部屋の外にいて、延々と廊下を歩いていた。部屋を出た記憶は全く内のにだ。驚愕したが、もう部屋をでてしまっている。仕方がないから階下にもおりてみたが、状況は変わらない。部屋はどこにもないし、誰にも会わない。疲れ果てて倒れ込むまで歩き続け、気が付くと自室で寝ている。
そして味のないスープと渋すぎる茶と硬いパンが1日に1回、部屋に届けられる。
もう日にちの感覚もない。梳かしてもらえない髪はバサバサでこんがらがって、あちこち引っ張られて痛い。梳かそうにも櫛がない。指で何とかほぐしているが、毎晩汗をかいているのでべたべたでどうしようもない。
スープのジャガイモは食べずに皿に置いておくと、それだけがテーブルに残った状態で次の朝に新しいスープがくる。だが最近は具が無くなってきた。ほんのり野菜の味がする気がする水でしかない。それに砕いたパンを付けて食べている。
空腹と寝すぎで頭が回らない。大きな声を出す気力もない。それなのに夜になると気が付けば廊下を歩いている。
「お願い、もう、許して」
誰にともなくビリキーナはつぶやいた。それでも状況は変わらない。
しばらくするとパンと茶しか来なくなった。空腹の余り、テーブルに残されているジャガイモをかじる。水分も抜けてカラカラだが、それでも食べ物だ。ガリガリとかじる。
ふと周りを見れば、閉じ込められた初めの頃に自分が零した具が、絨毯の上に転がっている。人参に小さくなったキャベツ。ビリキーナは飛びついて食べた。
多少腹は膨れたが、しばらくすると腹痛に襲われた。ベッドで丸くなって耐える。
その夜も、腹が痛いのにいつの間にか屋敷をさまよっていた。腹は痛いわ、足は歩きすぎて痛いわ、歩きたくないのに歩き続けているわで、ビリキーナはいつの間に泣いていた。
「もう許して、お願いだから、ゆるして」
誰にだかわからない言葉をつぶやきながら、ビリキーナは今日も歩く。
部屋に残っていたジャガイモを食べつくしても、スープは復活しなかった。パンと茶だけではもう限界だ。ベッドから立ち上がる体力もない。
このままでは死ぬしかない。ビリキーナはふらつく体で何とか、起き上がった。
今日も運ばれていたワゴンからパンと茶を取る。何度もテーブルに叩きつけて割ったパンを茶に浸して食べる。
風呂に入っていない体は臭いし、髪はぐちゃぐちゃだ。そしてつややかだった皮膚も水分不足でカサカサで、見える腕は骨と皮だ。
どうしてお父様はこんなになるまで私を放置しているのだろう。いくらなんでも愛娘にこの仕打ちはないのではないか。
ふと窓を見る。開けた事のないカーテン。もしかしたら、昼間なら外に誰かいるかもしれない。窓から外に出られるかもしれない。使用人はカーテンを横に動かして開けていた。そんな程度なら自分でもできるはずだ。むしろ今までなんでカーテンを開けなかったのか。
よろよろと歩き、窓にたどり着く。隙間からの光で外は昼間だろうと推察される。ビリキーナはカーテンを掴んで開けた。
外は夜だった。光は満月の光が差していたのだ。昼間だと思ったのにいつの間にか体内時計がくるっていたようだ。庭を見回すが、誰もいない。この時間に窓を開けて叫んでも誰にも気が付いてもらえないだろう。窓際に座り込んで、ビリキーナは涙を流した。
昼夜さえもうわからない。屋敷も静まり返っていて、誰の声も聞こえない。
「もういや……。こんなの、いや……」
少し前までこの国自慢の料理を当たり前のように食べていた。
ジャガイモだってこの大陸では誰も見向きもしなかったものを、この国だけが食用にすることが出来た。調理方法も含めて、それを広めたことで全土から感謝されている。
塩も香辛料も、この国の発祥だ。風呂に入る習慣だって。
「……聖女がこの国に伝えた……?」
家庭教師に習った。この国の貴族は、他国の人々との交流が盛んだ。その時に必ず食事の話になるから、歴史を覚えなくてはいけないからと。
そうだ。ジャガイモは聖女が、放置されているジャガイモの花畑を見つけて、食べられないと言われていたイモを日に当てなければ大丈夫と教えてくれたのだ。その調理方法も。
ジャガイモサラダに使うマヨネーズの作り方も彼女が教えてくれたはずだ。
山の魚も生息しない白い結晶が出来る湖から、塩を作り出したのも、香辛料と呼ばれるものを見つけて広めたのも、茶を発酵させるやり方も。すべて聖女たちが教えてくれた。
そしてそれらはこの国の輸出産業を支え、他国との交渉材料になり、平和をもたらした。
日照りが続いた年には井戸を作ったのも、水害で川が決壊して困っている時も、それらを防いでくれたのは。
「すべて聖人、聖女だった……? 彼らがいなかったら、この国は、いまだにこんなまずい食事をしていた可能性があったのかも」
それなのに自分は、現れた聖女をどうした?
「ちがうわ……。あの女が色目を使うから。そうよ、あの女はまだ何の役にも立ってないのに、王子だけじゃなくマテンツィオ様にも色目を使うから! 悪いのは聖女よ! そうよ、聖女なんていなくても、誰かがジャガイモの食べ方も、塩も思いついたわ。そりゃだいぶ食事にこだわる聖女が何人もいたらしいから、発展には寄与したのだろうけれど。それでもいなくても変わらないわ」
そんな程度のことで、こんなところに閉じ込められてたまるか。ビリキーナは立ち上がり、窓の外を見た。
「え……? だれ? 聖女?」
窓にはボサボサの髪で、汚れた服を着た、骨と皮の女が映っていた。それは最後に見た聖女の姿にそっくりで。
「やっぱりあんたのせいなのね! ちょっと! 死んだくせにしつこいのよ!!」
殴りかかった相手は、しかし窓で遮られて手を痛めただけだった。しかも相手も同じように向かってくる。もう一度、ひっぱたいてやろうと手を振り上げれば、相手も振り上げる。
「もしかして……?」
今更気が付いた。そこにいるのは聖女ではなく、窓に映った自分自身である事に。
ビリキーナは意地悪として、聖女の食事は水だけで煮た野菜スープと廃棄寸前のパンだけを出すように言った。そのスープを彼女の目の前で零し、床をなめろと、具は踏みつぶしてから、それを食べろと言って、本当に食べたその姿を笑い飛ばした。
どれだけ懇願されても、男たちは彼女を乱暴に扱った。ビリキーナもそれをみて大笑いしていた。
「同じことを、されているの……?」
乱暴はされていない。ただ毎日強制的に歩かされているだけだ。だがいつしか部屋履きはどこかへ行ってしまったし、足の裏の皮は向けて血まみれになっている。
「もしかして、聖女が何かしているの?」
死んでなお、力だけ残っているのか。だとしたらこれは、父親の仕業などではなく。
ふと窓に目を戻すと、骨と皮の自分の後ろに誰かがいる。ようやく誰か来てくれたのかと喜び勇んで振り向く寸前に気が付いた。
振り乱した長い髪、粗末なワンピース。自分と同じような骨と皮の者。自分がその体を清めて棺に入れた。
「イヤーーーーーーーーーーー!!」
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恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。
中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。
……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。