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第3話 マテンツィオ
マテンツィオは婚約者だったビリキーナを恨んでいた。アイツが余計な事を言わなければ、聖女不要論はただの愚痴で終わったのだ。
それをアイツがみんなを焚きつけるから! オレまで謹慎させられるはめになったじゃないか!
運良くも第2王子エリオットが絡んでいたことと、聖女の降臨が一部の者しか知らなかったおかげで謹慎程度で済んだ。とはいってももう家は継げないが。しかもあのビリキーナと結婚しなければならないという。全く面倒な女に引っかかってしまったものだ。
だがそれで貴族の身分を守れるのなら仕方がない。しばらくは屋敷でおとなしくしているとしよう。
そう思っておとなしく自室にこもっていた。親にもう一度勉強し直せと聖人・聖女の歴史書をドサっと渡され、毎日聖人・聖女1人ずつに関するレポート提出も義務付けられたのには辟易したが。いやいやながら本を読み、運ばれてくる食事を食べ、レポートにするためにメモを取る。疲れたら適当に寝て、とのんびり過ごしていたら、さらに勉強科目を増やされてしまったが。
そんな生活も3日目にして飽きた。部屋にこもっているなんて性に合わない。部屋の中で出来る運動はしてみたが、そんな程度では全く体を動かし足りない。夜中になったら部屋から抜け出してやろうと計画して、昼間はまじめにレポートに取り組んだ。
それを夕飯を運んできたメイドに渡し、部屋のテーブルにセットしてもらった食事を味わい、早めに就寝した。
夜中に目が覚めた。部屋が暗いから夜中だろう。それにあたりも静かだ。もう皆が寝ている時間に違いない。マテンツィオはベッドから起きだし、簡単に着替えた。
親には事件発覚直後から十分反省しているところを見せていたから、家の外には警備がいる者の、部屋の扉の外にはいない。玄関を出るのは無理だろうが、どこかの部屋から庭に出るくらいはできるだろう。そうして警備が薄いであろう林に出られれば、自由に走り回れるはずだ。
家から逃げ出すつもりはない。せっかく許されているのに、問題を起こしたら貴族の身分まではく奪されてしまうだろう。それは全く望まない。
マテンツィオはそっと扉を開けて廊下の様子をうかがった。─誰もいない。明かりも落とされているようで、月明かりが廊下を照らしているほの明るさしかなかった。
足音を忍ばせて、マテンツィオは部屋を出た。扉をそっと閉める。小さなパタンという音がして思わず辺りをうかがったが、誰かがくる気配はない。思わず詰めていた息をそっと吐きだし、マテンツィオは廊下を歩き始めた。
それにしても屋敷が静まり返っている。確かに夜中は使用人の多くも寝ているが、屋敷の中も定期的に警備が見回っているはずだ。だが耳が痛いほどに静まり返っている。
まあ自分もこんな夜中に一人で起きだしたことはほとんどないから、いつもこんな感じなのかもしれないが。
階段に差し掛かったので、さらに足音を忍ばせて階下を覗く。
誰もいない。父親はマテンツィオを信用し、すっかり安心しているようだ。そうだ、2階の使用人棟の端には外に出られる階段があったはずだ。あそこなら警備も手薄に違いない。
マテンツィオは階段を降り、普段は足を踏み入れることもない使用人棟に向かった。
結論から言えば、記憶していた場所には扉は無く、もちろん階段もなかった。幼少期にはなんどかそこから外へ抜け出したはずなのだが。知らないうちに閉鎖されてしまったようだ。
幾分がっかりしながら廊下を戻りながら、やはり1階に降りてどこかの部屋から外に出るか、とたどり着いた階段から下を覗く。
──誰かいる。
薄暗い玄関ホールに誰かがいる。大柄なソイツはきっと警備員だろう。あんなところにいられたらどうしようもない。戻るしかないか。チッ、と舌打ちをして、マテンツィオはそっと自分の部屋に戻るべく移動を始めた。
2階の廊下を足音を忍ばせて進み、もう少しで3階の階段、というところで、後ろに気配を感じた。この階は来客用の部屋の階で今日は使用していないはずだ。ならば使用人か先ほどの警備員か。どちらにしても見つかったか? と歩みは止めずに振り向いた。
デカイ男がこちらに来る。警備員か。しかもこちらに気が付いて走ってくる。捕まったら面倒だ、その前に自室に逃げ込まなくては。
マテンツィオは全力で階段まで走り、階段を上がった。だがもう少しで3階、というところで足を掴まれ、防御もできずに派手に転んで胸と顔を階段で打った。
「な、なにをする! 俺を誰だと思っているんだ!」
咄嗟にそう叫んで、痛む鼻と胸に手を当てながら振り返ろうとした。
だがその前に掴まれた足をそのまま持ち上げられる。あまりのことに思考が追い付かない。抵抗もできないまま、そのままグイと簡単に持ち上げられてしまった。風景がさかさまに見える。しかもここは階段で。手が階段に触れた感触でマテンツィオは我に返った。
「お、俺はマテンツィオだ! ここの息子だぞ! 手を放せ!」
自分を不審者だと思っての行動だろうと、マテンツィオはそう叫んだ。逆さづりになっているから大きな声は出なかったが、この静かな環境ならば十分な声量だ。
実際にそれで動きが止まった。やはり誤解されていた、とほっとした瞬間、ブン、と体を振られ、放り投げられた。
息と思考が止まる。フワリと浮いた感覚、そして急激に落ちる感覚。そしてドスンと背中から3階の床に落ちた。
「な、なにをする……!」
痛みに呻きながらもそう言えたのは、単なる反射だった。伯爵令息に何たる無礼を働くのか。お父様にだってこんなに乱暴にされた事はない。涙目で背中に手を当てて相手を睨む。
ぼんやりと月の明かりに照らされたその相手は、異様に大きかった。令息の嗜みとしてマテンツィオも剣術の指導を受けているが、伯爵家で雇っている警備兵にも騎士団にもこんなにでかいやつはいなかったように思う。自分が床に寝そべっていて見上げているからだけではない。訓練で這いつくばらされた事など何度もあるのだ。その角度から見る、自分よりも背の高い師匠よりも、さらに縦にも横にもデカイ。こんなのが警備兵にいたらすぐにわかる。
「お前は、誰だ!」
腰をかばいながらなんとか上半身を起こすと、相手が寄ってきた。ああ、謝りに来たな、と思ったのだが、マテンツィオは慌てて体をねじった。
ドスン!
自分が今までいた場所に相手のこぶしがめり込んでいる。
「ヒッ!」
薄闇の中、すぐ隣に太い腕が廊下に刺さっている。こんな太い腕、見たことがない。
そこから辿って行った顔は暗すぎて見えないが、ゴー、ボヒュー、と人間とは思えない呼吸音が聞こえる。これは、人間ではないのではないか? マテンツィオの全身から汗が吹き出す。
それと同時に男が廊下にめり込んでいるこぶしが引き抜かれた。そのままそのこぶしが横に払われ、マテンツィオの顔面を狙ってきた。
間一髪避けられたのは、運が良かっただけだ。なんとか避けたが代わりに風圧がマテンツィオを襲う。
「ヒィィィ!!」
恐怖のあまり痛みも忘れて、マテンツィオは四つん這いで逃げ出した。
こけつまろびつ逃げながら、マテンツィオは同じ階にある両親の部屋に逃げ込もうとしたが、どこにも扉がない。片側には窓が、反対側には壁が続いているだけだ。
そんなはずはと思うが、後ろからはドスンドスンという足音が聞こえている。確かめている暇はない。とりあえず突き当りにある自室のドアは見えている。あそこまで逃げられれば、部屋に入れれば、鍵を掛ければ助かる!
それだけを考えてひたすら廊下を走った。こんなに長いはずがない廊下を、何も考えずに走った。止まればあの大男につかまってしまう!
ゼイゼイと息を切らしながらなんとか自室の前までたどり着いた。これで助かる! とマテンツィオは扉の取っ手を押した。だが開かない。え? と思いながら何度も押すが、ガチャガチャという音だけがして扉はびくともしない。押してダメなら引いてみろばかりに引いても開かない。いやこの扉は部屋側に開くのだから引いても開かないのは当然だけど、と頭の片隅で考える。でも押しても開かない。どうなっているんだ!!
扉をドンドンと叩き、「開けてくれ!」と怒鳴るも開かない。その間にもドスンドスンという足音は近づく。これはダメだ、どうしてかわからないが開かない。ここにいたら追いつかれる、と振り向こうとしたと同時に、後頭部を大きな手がつかみ、そのまま目の前の扉に顔面を叩きつけられた。
「ウッ……!」
衝撃で意識が飛びかける。崩れ落ちる体を、後頭部を掴んでいる頭が支えている状態になり、そのまま何度も扉に叩きつけられ、マテンツィオは意識を失った。
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