9 / 10
魔窟編
エピローグ
しおりを挟む
「ヒャッハー!踊れるぜ!!!」
「こらこら」
白衣の男が、白髪赤目の少女をなだめる。
結果として、魔窟は無事に制圧された。魔窟の魔力が尽きてしまったことに文句を言う軍人も居たが、地下から上がってきたマルル達の姿を見ると誰も、何も言わなくなった。…主にジュリアのせいで。
「帰ったぞ」
「おかえりなさい、そしてお疲れ様、詠次君」
「ほら見ろよこれ!」
ジュリアが自慢げに真っ白な手足を見せる。
「おおー…。良かったやん。すまんね迷惑かけて」
「別にいいんだよそんなの!お互い様お互い様」
「ところで、どこに行っていたのですか」
ヴィレーが問いかける。粗方答えの察しが付いているような表情だ。
「ああ。死んだ傭兵達の葬式に行っていた」
「そうですか。因みにデータ的には今回は並程度の死者だったようです。ハプニングも含めて中々良好な結果ですね」
「まじ?葬式って結構面倒くさくね?よう耐えれるわあんなん」
「ああ、そね」
詠次が笑いながら曖昧に返す。やっぱり彼らと付き合っていると命の重みが軽くなるような気がして怖いな、と彼は思った。
もしかして、マルルの丁寧語はこれのためなのか…?
本能的に、彼らから距離を取っているのか…?
そんな考えがふと彼の頭を掠めたが気にしないことにした。彼はビニール袋を持って、マルルの部屋へと向かった。
「はっはい!誰でしょうか」
「俺ぞ。俺俺」
「…」
「おーい」
「はい、俺さんですね。詐欺は犯罪ですよ」
「何を言うか」
「入っていいよ」
変な冗談を言いつつ、マルルは詠次を部屋の中へ入れる。彼女にしては珍しく遅く起きたようで、布団がめちゃくちゃになっていた。換気扇が回してあり、いつもの火薬の匂いもしない。彼女らしからぬ部屋だった。
「魔法使いさんとサブレさんからお前にプレゼントだってよ」
「やった」
詠次は袋から中身を取り出す。サブレから二人へのお礼はお菓子、まさかのチョコサブレだった。自分の名前を意識してのことだろうか。
ローズ…あの時の魔法使いからは、マルル宛にペンダントが送られてきた。片面は彼女、もう片方はマルルだった。友達だよ的な意味なのだろう。
「なるほど。彼女はローズって言うんやね」
「私、実は最初、あの人苦手だった…」
「そうかぁ。自分はあんま関わっとらんけんなあ。どうやばかったの?」
「なんか…すごく、責任転嫁してる気がして。ほら、自分は悪くないー的な」
「あーね!喋り方とか、癖でそうなる人はよう見るけど、進んで話しかけたくはないよな」
「でも、いい人だった」
「…そか。良かったな、いい人と巡り会えて。今度連絡先でも繋げたれ。気軽に話せる人間はいくらあってもええから…」
「ということで聞いてきて?」
「俺任せかい!」
「じゃ、俺は戻るからな」
しばらくの話の後、詠次はそう言ってドアに手を掛ける。
しかし、マルルはそこで立ち上がり、彼のもう片方の手を掴んだ。
「ん?どした?」
「まだ、私に言わなくちゃいけないことが残ってる」
マルルは真剣な表情で詠次を見つめた。
「…ごめんなさい、か?」
「ちゃんと言ってよ!!」
詠次はドキリとした。
「地下に降りて来なかったあの時、私本当に心配したんだよ!!なんで何も言わずにそんなことするの!ねえ!!」
彼女の目が段々と潤い、声が揺れていく。今の彼女は自分の気持ちを彼にぶつけることで精一杯だった。
「…」
彼は一挙に押し寄せる責任感を感じていた。途中で事件があったとはいえ、あんなつまらない喧嘩のせいでマルル、そして他の人間にも被害を与えてしまった。それなのに、自分は今まで何も感じていなかった。マルルが起こるのも当たり前だし、当然自分はこの失態を詫びなければならない。
「…すまないね」
「今回は俺と…いや、俺の馬鹿な行為が事態を悪くした。そのせいで二人が死にかけ、お前にも辛い思いをかけてしまった。
…本当に、申し訳ない」
詠次は彼女に頭を下げた。その直後、彼は全身に体温を感じた。
「本当に、寂しかったんだよ…」
嗚咽しながら詠次を抱きしめる彼女。彼女は幸せだった。彼が自分を大切にしてくれている、その証拠さえあればそれで十分だった。今生きて一緒に居られる幸福を、魔窟で抱擁を躱されたあの時の分も含めて、一緒に分かち合っていたかった。
詠次もまた彼女を気にかけていたが、それは彼女の心の傷が出来たかどうかの不安が主だった。歪な対人関係、殺意、そして人の死。これらによって、人間年齢にしてまだ二十歳にもなっていない彼女が、一生癒えない精神的な傷を付けられるかもしれない、ということを心配していた。だが彼女の抱擁を見ると、感情を表現するという点で心が健全に育っている、そんな気がして、少し不安が取り除かれるような気がしたのだ。そんな彼の安堵が、彼女を抱きしめ返した。
いつもより遅めに作られた朝食の匂いが、彼女らの家全体を包みこんでいた。
「こらこら」
白衣の男が、白髪赤目の少女をなだめる。
結果として、魔窟は無事に制圧された。魔窟の魔力が尽きてしまったことに文句を言う軍人も居たが、地下から上がってきたマルル達の姿を見ると誰も、何も言わなくなった。…主にジュリアのせいで。
「帰ったぞ」
「おかえりなさい、そしてお疲れ様、詠次君」
「ほら見ろよこれ!」
ジュリアが自慢げに真っ白な手足を見せる。
「おおー…。良かったやん。すまんね迷惑かけて」
「別にいいんだよそんなの!お互い様お互い様」
「ところで、どこに行っていたのですか」
ヴィレーが問いかける。粗方答えの察しが付いているような表情だ。
「ああ。死んだ傭兵達の葬式に行っていた」
「そうですか。因みにデータ的には今回は並程度の死者だったようです。ハプニングも含めて中々良好な結果ですね」
「まじ?葬式って結構面倒くさくね?よう耐えれるわあんなん」
「ああ、そね」
詠次が笑いながら曖昧に返す。やっぱり彼らと付き合っていると命の重みが軽くなるような気がして怖いな、と彼は思った。
もしかして、マルルの丁寧語はこれのためなのか…?
本能的に、彼らから距離を取っているのか…?
そんな考えがふと彼の頭を掠めたが気にしないことにした。彼はビニール袋を持って、マルルの部屋へと向かった。
「はっはい!誰でしょうか」
「俺ぞ。俺俺」
「…」
「おーい」
「はい、俺さんですね。詐欺は犯罪ですよ」
「何を言うか」
「入っていいよ」
変な冗談を言いつつ、マルルは詠次を部屋の中へ入れる。彼女にしては珍しく遅く起きたようで、布団がめちゃくちゃになっていた。換気扇が回してあり、いつもの火薬の匂いもしない。彼女らしからぬ部屋だった。
「魔法使いさんとサブレさんからお前にプレゼントだってよ」
「やった」
詠次は袋から中身を取り出す。サブレから二人へのお礼はお菓子、まさかのチョコサブレだった。自分の名前を意識してのことだろうか。
ローズ…あの時の魔法使いからは、マルル宛にペンダントが送られてきた。片面は彼女、もう片方はマルルだった。友達だよ的な意味なのだろう。
「なるほど。彼女はローズって言うんやね」
「私、実は最初、あの人苦手だった…」
「そうかぁ。自分はあんま関わっとらんけんなあ。どうやばかったの?」
「なんか…すごく、責任転嫁してる気がして。ほら、自分は悪くないー的な」
「あーね!喋り方とか、癖でそうなる人はよう見るけど、進んで話しかけたくはないよな」
「でも、いい人だった」
「…そか。良かったな、いい人と巡り会えて。今度連絡先でも繋げたれ。気軽に話せる人間はいくらあってもええから…」
「ということで聞いてきて?」
「俺任せかい!」
「じゃ、俺は戻るからな」
しばらくの話の後、詠次はそう言ってドアに手を掛ける。
しかし、マルルはそこで立ち上がり、彼のもう片方の手を掴んだ。
「ん?どした?」
「まだ、私に言わなくちゃいけないことが残ってる」
マルルは真剣な表情で詠次を見つめた。
「…ごめんなさい、か?」
「ちゃんと言ってよ!!」
詠次はドキリとした。
「地下に降りて来なかったあの時、私本当に心配したんだよ!!なんで何も言わずにそんなことするの!ねえ!!」
彼女の目が段々と潤い、声が揺れていく。今の彼女は自分の気持ちを彼にぶつけることで精一杯だった。
「…」
彼は一挙に押し寄せる責任感を感じていた。途中で事件があったとはいえ、あんなつまらない喧嘩のせいでマルル、そして他の人間にも被害を与えてしまった。それなのに、自分は今まで何も感じていなかった。マルルが起こるのも当たり前だし、当然自分はこの失態を詫びなければならない。
「…すまないね」
「今回は俺と…いや、俺の馬鹿な行為が事態を悪くした。そのせいで二人が死にかけ、お前にも辛い思いをかけてしまった。
…本当に、申し訳ない」
詠次は彼女に頭を下げた。その直後、彼は全身に体温を感じた。
「本当に、寂しかったんだよ…」
嗚咽しながら詠次を抱きしめる彼女。彼女は幸せだった。彼が自分を大切にしてくれている、その証拠さえあればそれで十分だった。今生きて一緒に居られる幸福を、魔窟で抱擁を躱されたあの時の分も含めて、一緒に分かち合っていたかった。
詠次もまた彼女を気にかけていたが、それは彼女の心の傷が出来たかどうかの不安が主だった。歪な対人関係、殺意、そして人の死。これらによって、人間年齢にしてまだ二十歳にもなっていない彼女が、一生癒えない精神的な傷を付けられるかもしれない、ということを心配していた。だが彼女の抱擁を見ると、感情を表現するという点で心が健全に育っている、そんな気がして、少し不安が取り除かれるような気がしたのだ。そんな彼の安堵が、彼女を抱きしめ返した。
いつもより遅めに作られた朝食の匂いが、彼女らの家全体を包みこんでいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる