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第五章 さけび
(6) 最後のチャンス
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やがて応急処置が済み、女性は安心した様子でわたしたち全員を見回すと、深々とお辞儀してから穏やかな声で言った。
「本当にありがとうございました。何とお礼を申し上げたらいいやら」
「いえこちらこそ。念の為病院には早いうちに行って下さいね。何かあってからでは遅いので」
椿が、物腰やわらかく接する。
女性はお腹をさすりながら、おもむろに呟いた。
「そうね、そうします。折角宿ってくれた命だもの。最後のチャンスを絶対無駄にはしないわ」
「最後のチャンス?」
美樹が不思議そうに尋ねる。
妊婦さんはさすっている手を止めると、ゆっくりと顔を上げた。
「そう。私は過去に二回流産をしているの。もうダメかなと思っていたんだけど、でもこうして神様が再びチャンスをくれた。
だから、絶対にこの子を産んでみせる。そう決めたの」
「すごい!」
美樹が咄嗟に叫ぶ。
先を越されたものの、わたしも同じ気持ちだった。
椿がその場にそっとしゃがみ込むと、大きなお腹に向けてそっと囁いた。
「それなら、尚更気をつけないと。この子が元気にこの世に生まれてくるかどうかは、お母さんにかかっているんだから」
「はい、気をつけます」
妊婦さんは反省したように、ぺこりと頭を下げた。
いえいえ、と小さく礼をすると、椿は立ち上がって手を二回ゆっくりと打ち、おもむろに目を閉じる。
そのまま何秒か祈った後で、妊婦さんに優しく声をかけた。
「神様は、きっと見守ってくれます。それを信じて、頑張って下さいね」
「なんか、本物の巫女みたいだな」
後ろから、野薔薇が茶々を入れる。
それを聞くなり、むきになって椿は叫んだ。
「みたい、じゃなくて、本物です!」
どこからか笑い声が聞こえてくる。
わたしたちの笑顔に包まれて、気づけば妊婦さんもクスクス笑っていた。
やがて、彼女はタクシーを呼んで帰っていった。
乗り込む時、運転手に指示した場所は、近くの産婦人科だった。
知らないうちに、空は夕焼け色に染まっていた。
薄暗くなった境内で、わたしたちはそれぞれ好きな飲み物を飲みながら談笑する。
ここでふと思い立って、みんなに提案してみた。
「はいはい! 今日会った妊婦さんに、何か力になれるようなことがしたいです!」
「力になれること、か……」
みんなはじっと互いを見つめ合う。
やがて、早百合をスタートに、何人かが呟き出した。
「私たちができる、力になれることって……」
「そりゃやっぱり……」
「歌、かな」
最後に出た意見に、わたしは笑顔で同意する。
「そう! わたしたちの演奏を、プレゼントしてあげようよ。きっと喜んでくれるよ」
他のみんなも、やがて全員が頷いてくれた。
でも、問題は……。
「どうやって伝えようか」
野薔薇の言う通りだった。
女性は去り際に、現在産婦人科に入院していると言っていた。
病院で歌うことが、果たしてできるのだろうか。
しばらく悩んでいると、梢が小さな声で提案した。
「明日、病院に相談してみましょう。もしかしたらうまくいくかもしれないので」
梢の声はいつものように小さいながら、なぜか自信に満ちた口調だったから、わたしたちは彼女に従うことにした。
遠くの方で、カラスが切なく鳴き声を上げた。
「本当にありがとうございました。何とお礼を申し上げたらいいやら」
「いえこちらこそ。念の為病院には早いうちに行って下さいね。何かあってからでは遅いので」
椿が、物腰やわらかく接する。
女性はお腹をさすりながら、おもむろに呟いた。
「そうね、そうします。折角宿ってくれた命だもの。最後のチャンスを絶対無駄にはしないわ」
「最後のチャンス?」
美樹が不思議そうに尋ねる。
妊婦さんはさすっている手を止めると、ゆっくりと顔を上げた。
「そう。私は過去に二回流産をしているの。もうダメかなと思っていたんだけど、でもこうして神様が再びチャンスをくれた。
だから、絶対にこの子を産んでみせる。そう決めたの」
「すごい!」
美樹が咄嗟に叫ぶ。
先を越されたものの、わたしも同じ気持ちだった。
椿がその場にそっとしゃがみ込むと、大きなお腹に向けてそっと囁いた。
「それなら、尚更気をつけないと。この子が元気にこの世に生まれてくるかどうかは、お母さんにかかっているんだから」
「はい、気をつけます」
妊婦さんは反省したように、ぺこりと頭を下げた。
いえいえ、と小さく礼をすると、椿は立ち上がって手を二回ゆっくりと打ち、おもむろに目を閉じる。
そのまま何秒か祈った後で、妊婦さんに優しく声をかけた。
「神様は、きっと見守ってくれます。それを信じて、頑張って下さいね」
「なんか、本物の巫女みたいだな」
後ろから、野薔薇が茶々を入れる。
それを聞くなり、むきになって椿は叫んだ。
「みたい、じゃなくて、本物です!」
どこからか笑い声が聞こえてくる。
わたしたちの笑顔に包まれて、気づけば妊婦さんもクスクス笑っていた。
やがて、彼女はタクシーを呼んで帰っていった。
乗り込む時、運転手に指示した場所は、近くの産婦人科だった。
知らないうちに、空は夕焼け色に染まっていた。
薄暗くなった境内で、わたしたちはそれぞれ好きな飲み物を飲みながら談笑する。
ここでふと思い立って、みんなに提案してみた。
「はいはい! 今日会った妊婦さんに、何か力になれるようなことがしたいです!」
「力になれること、か……」
みんなはじっと互いを見つめ合う。
やがて、早百合をスタートに、何人かが呟き出した。
「私たちができる、力になれることって……」
「そりゃやっぱり……」
「歌、かな」
最後に出た意見に、わたしは笑顔で同意する。
「そう! わたしたちの演奏を、プレゼントしてあげようよ。きっと喜んでくれるよ」
他のみんなも、やがて全員が頷いてくれた。
でも、問題は……。
「どうやって伝えようか」
野薔薇の言う通りだった。
女性は去り際に、現在産婦人科に入院していると言っていた。
病院で歌うことが、果たしてできるのだろうか。
しばらく悩んでいると、梢が小さな声で提案した。
「明日、病院に相談してみましょう。もしかしたらうまくいくかもしれないので」
梢の声はいつものように小さいながら、なぜか自信に満ちた口調だったから、わたしたちは彼女に従うことにした。
遠くの方で、カラスが切なく鳴き声を上げた。
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