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第六章 さわり
(8) 空が落ちてくる
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翌日、空港に到着すると、早百合たちが心配そうに近くまで駆け寄ってきた。
あれから少し冷静になったわたしは、あまり自分のことでみんなを煩わせたくなかったから、あえてとても元気そうに振る舞った。
その思惑通り、みんな少し安心した顔つきになって元の場所に戻っていく。
それとなく観察していると、どうやら本番を前にして全員がだいぶ打ち解け合ったようだ。
良かった、と心の中で安堵しながら、わたしは遠くからその様子を黙って見つめていた。
飛行機の中でも、電車の中でも、鎌倉のホテルの中でも、特段みんなの関係に変化はなかった。
時にじゃれ合い、時におやつを取り合って、まるで明日のことなんか忘れて単に旅行に来ているみたいだ。
ただ一つ、わたしに対する態度だけは少しばかり気になった。
別に仲間外れにされているわけではないけれど、何となく腫れ物に触るような感じで接してくる。
恐らくみんななりの気遣いなんだろうけど、今のわたしの心には少しだけ痛みを感じた。
やがて夜が明けて、いよいよコンテスト当日になった。
ホールの手前で受付を済ませ、エントランス中をぐるりと見回す。
恐らく全国各地から来たに違いない、多種多様な参加者たちを見て、改めて今いる場所の重みを実感した。
廊下を進んで控室に入ると、他にも何組かのグループが準備やメイクなどをしていた。
軽く挨拶をして、自分たちも各自準備に取り掛かる。
そうしてみんなの用意が整ったのを見計らって、わたしは廊下の邪魔にならない場所に全員を連れだす。
そして前から考えていたセリフを、ゆっくりと噛みしめるように伝えた。
「みんな。今まで本当にありがとう。音楽を始めて最初の頃は、一体どうなるのかいつも不安だったけど、こうやって仲間も増えて、今日、こんな大きな舞台で歌えることになりました。たとえどんな結果になっても、きっとわたしは今日のことをずっと忘れないはず。
絶対、最後まで歌い切ろうね」
わたしが差し出した右手に、椿、梢、野薔薇、美樹、そして早百合の手が重なる。
思いを一つに、いざ予選の場へと向かった。
「いよいよ決勝、か」
タイムスケジュールを見ながら野薔薇が呟く。
その言葉に、誰かがゆっくりとつばを飲み込んだ。
予選で精一杯の演奏をしたわたしたちは、見事決勝進出の十組に入ることができた。
菫さんが聞いたら、驚きのあまり踊りながら歌いだすかもしれない。
考え出したら実際にあり得そうだなと思って、誰にも見られないようそっと噴き出してみる。
次の演奏は四時少し前からみたいだ。
もしかしたら、これが六人で歌う最後の機会になるかもしれない。
イヤだ、と思ったところで、時間は無情にも刻一刻と迫ってくる。
そして、十分前。
スタッフの人が順番を伝えに来た。
学生らしく元気な声と笑顔で挨拶し、誰よりも早くドアの近くまで向かう。
そして、そのまま控室の方に振り返ると、精一杯気持ちを奮い立たせながら叫んだ。
「……さあ、行こう!」
何時間か前に立っていた舞台に、これから再び立つ。
決勝だからといって、何も怖いことなんてない。
さっきみたいに、いつも通り並んで、いつも通りみんなで音を合わせて、いつも通り礼をする。
たったそれだけのこと。
そのはずなのに、なぜか身体中の至る所からイヤな汗が湧き出てくる。
きっとこれが、よく噂に聞く、本番に潜むという魔物の仕業なんだろうか。
肩の震えがどうしても止まらなくて、早百合の方を見る。
早百合はすぐにそれに気づいて、そっと背中をさすってくれた。
それだけで、いくらかは安心できた。
「頑張ろうね」
「うん」
これ以上のやり取りは、今のわたしたちにはいらなかった。
影アナの紹介で、袖の方から並んで登場する。
観客の数は、さっきよりもかなり増えていた。
目印の位置で立ち止まり、前を向いてそっと唇を舐める。
全員の礼に、パラパラと拍手が湧き起こった。
早百合の合図でわたし以外の全員が一音ずつ声を出す。
そして会場に透明なハーモニーがこだました瞬間、いよいよ最後のステージが幕を開けた。
始めに聞こえてくるのは椿のビートボックスと、野薔薇のベース。
ノリのいい二人のリズムに合わせて、コーラス隊が音を重ねる。
その後、早百合がそっと歌詞を被せる。
遅れてわたしが主旋律を乗せれば、六人の音楽の完成だ。
段々とタイミングが迫ってくる。
ここまで来て、絶対に逃すもんか!
その時だった。
今まで綺麗にハモっていたみんなの歌声に、微かにノイズが混じる。
だんだん色んな音が歪んで耳障りな不協和音になっていく。
額から大粒の汗が零れてメイクを汚した。
観客がどんどん渦の中に飲み込まれていく。
喉が思うように震えない。
真上から射すライトがどんどん強くなっていく。
ぱちっと音を立てて、脳内にある何かが切れたような気がした。
一向に入ってこないわたしのことを心配そうに見ているメンバーたちを横目に、意識はどんどん遠のいていく。
そして、次の瞬間世界が恐ろしい勢いで傾き、後頭部が堅い物に思い切り打ち付けられた。
誰かの甲高い叫び声を耳にしながら、とうとう意識の線が完全に切れた。
あれから少し冷静になったわたしは、あまり自分のことでみんなを煩わせたくなかったから、あえてとても元気そうに振る舞った。
その思惑通り、みんな少し安心した顔つきになって元の場所に戻っていく。
それとなく観察していると、どうやら本番を前にして全員がだいぶ打ち解け合ったようだ。
良かった、と心の中で安堵しながら、わたしは遠くからその様子を黙って見つめていた。
飛行機の中でも、電車の中でも、鎌倉のホテルの中でも、特段みんなの関係に変化はなかった。
時にじゃれ合い、時におやつを取り合って、まるで明日のことなんか忘れて単に旅行に来ているみたいだ。
ただ一つ、わたしに対する態度だけは少しばかり気になった。
別に仲間外れにされているわけではないけれど、何となく腫れ物に触るような感じで接してくる。
恐らくみんななりの気遣いなんだろうけど、今のわたしの心には少しだけ痛みを感じた。
やがて夜が明けて、いよいよコンテスト当日になった。
ホールの手前で受付を済ませ、エントランス中をぐるりと見回す。
恐らく全国各地から来たに違いない、多種多様な参加者たちを見て、改めて今いる場所の重みを実感した。
廊下を進んで控室に入ると、他にも何組かのグループが準備やメイクなどをしていた。
軽く挨拶をして、自分たちも各自準備に取り掛かる。
そうしてみんなの用意が整ったのを見計らって、わたしは廊下の邪魔にならない場所に全員を連れだす。
そして前から考えていたセリフを、ゆっくりと噛みしめるように伝えた。
「みんな。今まで本当にありがとう。音楽を始めて最初の頃は、一体どうなるのかいつも不安だったけど、こうやって仲間も増えて、今日、こんな大きな舞台で歌えることになりました。たとえどんな結果になっても、きっとわたしは今日のことをずっと忘れないはず。
絶対、最後まで歌い切ろうね」
わたしが差し出した右手に、椿、梢、野薔薇、美樹、そして早百合の手が重なる。
思いを一つに、いざ予選の場へと向かった。
「いよいよ決勝、か」
タイムスケジュールを見ながら野薔薇が呟く。
その言葉に、誰かがゆっくりとつばを飲み込んだ。
予選で精一杯の演奏をしたわたしたちは、見事決勝進出の十組に入ることができた。
菫さんが聞いたら、驚きのあまり踊りながら歌いだすかもしれない。
考え出したら実際にあり得そうだなと思って、誰にも見られないようそっと噴き出してみる。
次の演奏は四時少し前からみたいだ。
もしかしたら、これが六人で歌う最後の機会になるかもしれない。
イヤだ、と思ったところで、時間は無情にも刻一刻と迫ってくる。
そして、十分前。
スタッフの人が順番を伝えに来た。
学生らしく元気な声と笑顔で挨拶し、誰よりも早くドアの近くまで向かう。
そして、そのまま控室の方に振り返ると、精一杯気持ちを奮い立たせながら叫んだ。
「……さあ、行こう!」
何時間か前に立っていた舞台に、これから再び立つ。
決勝だからといって、何も怖いことなんてない。
さっきみたいに、いつも通り並んで、いつも通りみんなで音を合わせて、いつも通り礼をする。
たったそれだけのこと。
そのはずなのに、なぜか身体中の至る所からイヤな汗が湧き出てくる。
きっとこれが、よく噂に聞く、本番に潜むという魔物の仕業なんだろうか。
肩の震えがどうしても止まらなくて、早百合の方を見る。
早百合はすぐにそれに気づいて、そっと背中をさすってくれた。
それだけで、いくらかは安心できた。
「頑張ろうね」
「うん」
これ以上のやり取りは、今のわたしたちにはいらなかった。
影アナの紹介で、袖の方から並んで登場する。
観客の数は、さっきよりもかなり増えていた。
目印の位置で立ち止まり、前を向いてそっと唇を舐める。
全員の礼に、パラパラと拍手が湧き起こった。
早百合の合図でわたし以外の全員が一音ずつ声を出す。
そして会場に透明なハーモニーがこだました瞬間、いよいよ最後のステージが幕を開けた。
始めに聞こえてくるのは椿のビートボックスと、野薔薇のベース。
ノリのいい二人のリズムに合わせて、コーラス隊が音を重ねる。
その後、早百合がそっと歌詞を被せる。
遅れてわたしが主旋律を乗せれば、六人の音楽の完成だ。
段々とタイミングが迫ってくる。
ここまで来て、絶対に逃すもんか!
その時だった。
今まで綺麗にハモっていたみんなの歌声に、微かにノイズが混じる。
だんだん色んな音が歪んで耳障りな不協和音になっていく。
額から大粒の汗が零れてメイクを汚した。
観客がどんどん渦の中に飲み込まれていく。
喉が思うように震えない。
真上から射すライトがどんどん強くなっていく。
ぱちっと音を立てて、脳内にある何かが切れたような気がした。
一向に入ってこないわたしのことを心配そうに見ているメンバーたちを横目に、意識はどんどん遠のいていく。
そして、次の瞬間世界が恐ろしい勢いで傾き、後頭部が堅い物に思い切り打ち付けられた。
誰かの甲高い叫び声を耳にしながら、とうとう意識の線が完全に切れた。
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