空気清浄機が

一話しかないよ

ドラマみたいにナースコールが院内に鳴り響いたり、
焦った看護婦が仮眠してた先生を起こしたりすることってそんなに多くなくて、
あの人そろそろあぶないなぁって人がナースコールを押すし
私たちは励ましたり痛み止めを打ってあげたりしながら朝を迎える。


86歳の斎藤さんは1年前はまだ「昔はもっと重いものが持てたんだけどなぁ」と語るガリガリだったけど、
もう骨と皮みたいになってしまって、息をするのでさえ大変そうだ。
その夜は、斎藤さんが息を吐くごとに空気清浄機の「ニオイ」のランプがついて
耳障りな機械音をごうごうと響かせるものだから
感染症対策に導入されたのに電源を切られることになった。
よくないでしょう？「臭い」って言われてるみたいで。

次の日の昼頃には斎藤さんには人工呼吸器がつけられ家族が呼ばれた。
おばあちゃんが「マスクを着けたまま別れるのはいやだ」と言い、家族も悩みながらも同意した。
私は病室の窓を全開にし、祈るような気持ちで空気清浄機の電源を入れた。
幸いにしてすさまじい音を立てたのは最初だけで、後は静かに仕事を全うしてくれた。


なんとなくその空気清浄機くんは整形外科に移動されることになった。


整形外科は比較的若者が多い。なぜなら持病があればそちらの科の担当になることが多いからだ。
結果的に健康あふれるケガ人が集まってしまうのだ。
くだんの空気清浄機が置かれた部屋には吉田くんという21歳のややアホよりの大学生がいた。

アホの吉田は酔っ払ってなぜかお堂のお地蔵様を盗もうとして、
よせばいいのに両腕で抱え持ち上げて、右足の平に落とした。
そりゃあ見事な複雑骨折で、手術の上ボトルを2本入れるはめになった。
「お地蔵さんは二度と盗まない」と武勇伝のように語っているが、まず盗めてない。

「なんかニオイのランプが消えないんですけど」とナースセンターに吉田がやってきた。
窓を開けて空気を入れ替えるとしばらく大人しくなるが、
しばらくするとやっぱりランプがついてしまう。
吉田は笑いながらも少し傷ついてそうだったので
整形外科のナースは「今日は電源を切っておいて明日修理の人を呼ぶね」と優しく言ったらしい。

次の日、吉田は死んだ。いや正確には死ななかった。
庭の花壇に入り込みスズメバチに刺された吉田はアナフラキーショックで心臓が一度止まった。
病院内でよかった。アホを見ていた人がいて良かった。
武勇伝をまた一つふやした吉田は、
「コーラの一気飲みをしようとして大量に嘔吐」事件も起こしたがその後無事退院出来たらしい。


一つまた一つとその空気清浄機は”死の匂いに反応する”という伝説を増やし
めでたく「呪いの空気清浄機」と呼ばれるようになった。


そんな結構な空気清浄機を最終的にもらい受けたのが私。
元値が20万もするので、買い替えに伴う廃棄で「私も欲しい」「私も」と奪い合いになり
平等なじゃんけんな結果、私のパーが王者に輝いたのだ。
こうして彼と同棲中の家賃12万のマンションに場違いに立派な空気清浄機くんはやってきた。

ある日の夕方、家に帰ると空気清浄機の電源が切れていた。
「なんかずっとランプがついて五月蠅いから消したんだ」と彼氏は言った。
ドキッとして恐る恐る電源をいれる。いつも通りの起動から静かに仕事を始めた。
なんだびっくりさせるじゃない。私は上機嫌で空気清浄機くんをなでた。
「大丈夫みたいよ」
「そう？すごい音だったよ」
一安心した私はお風呂に向かった。
彼は今日は早上がりなので、こういう日はお風呂を洗って、湯を貯めておいてくれる。
湯船につかりながら深呼吸すると「今日もよく働いたなぁ」と思う。

ふと、心がざわめいた。
「ランプがついた時、他に誰かいたんじゃないだろうか」
確かめておかねばいけない。
至福の時間を早々に終了させ、居間でＴＶを見ていた彼氏に聞いた。
「いや、誰も来なかったよ」
そもそも早上がりとはいえ帰宅は18時、それから私の帰宅まで来客の来る時間帯ではない。
心配しすぎかもしれない。

そう思っていた、ベッドの隙間から片方だけのピアスを発見するまでは。


あぁ私はこのピアスの持ち主を知っているなぁ。
その夜、寝息を立てた彼氏の手でスマホのロックを解いた。
今までなぁなぁに流してきた謎がパズルのように合致していった。
なるほど、私は明日彼女に会う。辻褄も合う。
”呪い”じゃなくて”予言”のほうがこの空気清浄機には似合うようだ。

「どうして男じゃなく女を殺しちゃうのかしらね」

空気清浄機が突然大きな音を立て、私は「なるほど」と呟いた。