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7月16日
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酷いくらい真っ白な部屋のなか。ポツリ、と状況も呑み込めずただ椅子に括り付けられている。椅子もロープも目の前の机も、果ては私の衣類まで全て白で統一されていた。瞼の裏で星が瞬き、吐き気がする。
唯一の黒は机上の標本。名も知らぬ大きな虫が釘や木の板で磔にされている。長い触角に複数の毛が生えた脚。底の見えぬ黒い瞳は角度を変えれば、翅の色同様に蒼や紫、深緑へと姿を変えていく。
好奇心で私の猫を殺す。百万回まではまだ程遠いから赦してくれるだろうか。標本の鍵穴に片翼の蛾があしらわれたアンティークな鍵を差し込む。カチリ。錠が開き、得も言われぬ背徳感に生唾を飲む。ぶよぶよの気色悪い手足を懸命に動かしてなんとか這い出ようとする。気持ち悪い。きもちわるい。キモチワルイ。キモチワルイキモチワルイキモチワルイ!
気がつけば、鈍く光るナイフでその虫を滅多刺しにしていた。その時の快感と言ったら! 言葉で表現できないほどの悦楽! 愛し愛され、抱き締め合い、性器を愛撫し合い、自由を拘束され、首を絞められながら死とともに迎える絶頂よりも格段に気持ちがいい。たまに上がる悲鳴がよけいに楽しいのだ。私の分までたくさん痛めつけられて。私の罪まで精算して。私の生まで謳歌して。窓闇色の血が服に飛び散る。花のような甘さが香る。クリスマスローズ、ダチュラ、ジギタリス。あとは、なんだ。わからない。分からないけれど、楽しい。
「オトギリソウ」
オトギリソウ。ああ、そうだ。それだ。ちょうどあの花のように、この大きな虫は触角の先に花粉のような大きいナニカをつけているんだ。気持ち悪いほどこの上ない。早く死んでくれないか。ハーブの香りが強くなっていく。きっとこいつが死ねば、私はここから出られる。この匂いも消える。さっさと死ね。美しかった闇色の瞳はだんだんと濁って、鮮やかなあおたちを映さない。憎らしい。じゃあ、もう用事がないのと同じだ。早く死んでくれ。無駄に時間と血をかけやがって。
震える指先に女性の手が重なる。あ、昨晩のお客様。
「手、震えてますけど……大丈夫ですか? 声、ビックリしちゃいましたよね。私たちもなんで大丈夫ですよ。店員さんだけじゃないです」
氷のように冷たく取り付く島もない声。違う。実際はもっと暖かで柔らかで。
「そんな風に話しかけてくれる人がいるもんか。お前はただ、金と酸素を貪るだけの場所だけが嵩む家畜以下の存在なんだ」
ちがう。ちがうんだ。私は、わたしはただ。
「きみの代わりにいっぱい傷ついてあげたよ。だから、ぼくも傷つけていいよね? だって、不公平だものね? じゃあ、」
いただきます。そう言って大きな白いグミのような翅虫が私の足を食い尽くした。痛みは無い。恐怖だけ。大丈夫。これは夢。これは夢だから。死なないから。目を開けてしまえば、起きられるから。今日は友人の家に泊まっているし、何かあれば助けてくれるはず。
起きるって、どうやって?
背筋が凍る。私は今、目を開けて、起きていて。でも、夢の中だから、起きてしまえば、現実に戻れるわけで。あれ、でも。でも。でも。
思考が巡り廻っている間にもう胸元付近まで口が近づいていた。こわい。助けて。おねがい。これで死ぬのはやだ。もっと愛されたいよ。いっぱい遺したいよ。やりたいことだって全然できてない。みんなに謝罪も感謝もなにも言えてないのに。こんなとこで死ぬなんて冗談じゃない。
「ごめんなさい。ゆるしてください。わがままばかりでごめんなさい。いきててごめんなさい。なにもしていなくてごめんなさい。らくしてばかりでごめんなさい。ひがいしゃぶってごめんなさい」
「むしだけはやだ」
プレイリストから流れるドラムに意識が浮上する。午前の四時前。まだ眠気はある。薬が変わってから寝てばかりな気もするが、明日も暑い。体力を温存しておかなければ。あくびを最後に意識が幕を閉じていく。
唯一の黒は机上の標本。名も知らぬ大きな虫が釘や木の板で磔にされている。長い触角に複数の毛が生えた脚。底の見えぬ黒い瞳は角度を変えれば、翅の色同様に蒼や紫、深緑へと姿を変えていく。
好奇心で私の猫を殺す。百万回まではまだ程遠いから赦してくれるだろうか。標本の鍵穴に片翼の蛾があしらわれたアンティークな鍵を差し込む。カチリ。錠が開き、得も言われぬ背徳感に生唾を飲む。ぶよぶよの気色悪い手足を懸命に動かしてなんとか這い出ようとする。気持ち悪い。きもちわるい。キモチワルイ。キモチワルイキモチワルイキモチワルイ!
気がつけば、鈍く光るナイフでその虫を滅多刺しにしていた。その時の快感と言ったら! 言葉で表現できないほどの悦楽! 愛し愛され、抱き締め合い、性器を愛撫し合い、自由を拘束され、首を絞められながら死とともに迎える絶頂よりも格段に気持ちがいい。たまに上がる悲鳴がよけいに楽しいのだ。私の分までたくさん痛めつけられて。私の罪まで精算して。私の生まで謳歌して。窓闇色の血が服に飛び散る。花のような甘さが香る。クリスマスローズ、ダチュラ、ジギタリス。あとは、なんだ。わからない。分からないけれど、楽しい。
「オトギリソウ」
オトギリソウ。ああ、そうだ。それだ。ちょうどあの花のように、この大きな虫は触角の先に花粉のような大きいナニカをつけているんだ。気持ち悪いほどこの上ない。早く死んでくれないか。ハーブの香りが強くなっていく。きっとこいつが死ねば、私はここから出られる。この匂いも消える。さっさと死ね。美しかった闇色の瞳はだんだんと濁って、鮮やかなあおたちを映さない。憎らしい。じゃあ、もう用事がないのと同じだ。早く死んでくれ。無駄に時間と血をかけやがって。
震える指先に女性の手が重なる。あ、昨晩のお客様。
「手、震えてますけど……大丈夫ですか? 声、ビックリしちゃいましたよね。私たちもなんで大丈夫ですよ。店員さんだけじゃないです」
氷のように冷たく取り付く島もない声。違う。実際はもっと暖かで柔らかで。
「そんな風に話しかけてくれる人がいるもんか。お前はただ、金と酸素を貪るだけの場所だけが嵩む家畜以下の存在なんだ」
ちがう。ちがうんだ。私は、わたしはただ。
「きみの代わりにいっぱい傷ついてあげたよ。だから、ぼくも傷つけていいよね? だって、不公平だものね? じゃあ、」
いただきます。そう言って大きな白いグミのような翅虫が私の足を食い尽くした。痛みは無い。恐怖だけ。大丈夫。これは夢。これは夢だから。死なないから。目を開けてしまえば、起きられるから。今日は友人の家に泊まっているし、何かあれば助けてくれるはず。
起きるって、どうやって?
背筋が凍る。私は今、目を開けて、起きていて。でも、夢の中だから、起きてしまえば、現実に戻れるわけで。あれ、でも。でも。でも。
思考が巡り廻っている間にもう胸元付近まで口が近づいていた。こわい。助けて。おねがい。これで死ぬのはやだ。もっと愛されたいよ。いっぱい遺したいよ。やりたいことだって全然できてない。みんなに謝罪も感謝もなにも言えてないのに。こんなとこで死ぬなんて冗談じゃない。
「ごめんなさい。ゆるしてください。わがままばかりでごめんなさい。いきててごめんなさい。なにもしていなくてごめんなさい。らくしてばかりでごめんなさい。ひがいしゃぶってごめんなさい」
「むしだけはやだ」
プレイリストから流れるドラムに意識が浮上する。午前の四時前。まだ眠気はある。薬が変わってから寝てばかりな気もするが、明日も暑い。体力を温存しておかなければ。あくびを最後に意識が幕を閉じていく。
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