百合が散った日

夢ノ瀬 日和

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百合が散った日

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 高架下で彼女は笑った。電車の声で聞こえなかったけど、ずいぶんと寂しいことを言ったことだけは分かる気がする。僕は彼女に聞こえないように叫んだ。

「さよなら、なんて言うなよ」

 路地裏でノラネコたちがたむろしていた。彼女はネコが好きだった。僕の方がよっぽど彼女のことを愛しているのに。

 大通りはいつもどおりの賑やかさ。今ではこの五月蝿さも煩わしい。僕は足早に大通りを過ぎていく。もう二度とここを歩きたくない。

 うだるような熱さの中でスーツを着た人たちが忙しなく歩いていく。僕もいつかああなるのか。憂鬱になってしまう。

 駅前では無名のシンガーが大きな音で騒ぎ立てる。どうせ、こんな奴らも吐いて捨てられる。なら、博打みたいなことをせずに安定した生活を送ればいいのに。自分で矛盾していることに気づいて吐き気がした。

 彼女とよく来た公園はとても静かで涙が出そうだ。僕のなにが悪かったんだろう。彼女に酷いことを言うときもあった。彼女の嫌がることをしたときもあった。彼女と大きなケンカをするときもあった。でも、その度に謝って、理解し合って、手を取り合ってきたはずなのに。とても幸せだったはずなのに。そう思っていたのは僕だけだったのか。手の甲に落ちた雨を滲んだ視界でみつけて、僕は慌てて家に帰った。

 家にはもう彼女の跡はない。本当に「さよなら」なんだ。もう戻れない。二人で眠るには狭かったシングルベッドは一人で寝るには寒すぎた。しばらく使っていなかったゴムが所在なさげに淋しく転がっている。一人むなしい夕方に二十前半の大学生がベッドの下で泣きわめく。こういうところが嫌だったのかな。答えなんて返ってくるわけがなかった。

 夢は都合が良すぎる。でも今は、これくらいがちょうどいい。彼女と駄弁って、ふいにキスして、抱き合って、押し倒されて……またキスをして。愛してるとか歯の浮くようなセリフをひたすら囁きあって。お互いの胸に紅く小さな華を咲かせるのが僕たち二人のお約束だった。可愛らしいリップ音をたてて痕を残していく。満足気に痕の上をなぞる彼女が今でも焼きついて忘れられない。忘れたくない。綺麗で、愛らしくて、ミダらな笑顔がもう見られないなんて……――。

 いつの間にか、僕は夢から醒めてまた泣いていた。
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