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4.慰めにもならない
ハロルドの呻き声混じりの怒声が遠のいていく。騙したのかという彼にアメリーは何も答えなかった。答えられなかったのだろう。啜り泣く彼女を慰める声は聞こえてこない。カリオスはそんな婚約者を無視して、私へ声高に告げた。
「慰めだと? そんなつもりはない!」
何をそんな必死にと思わないでもないが、どうやら彼には彼なりに何か意図があるらしい。
けれど、それって私に関係があるのでしょうか?
「そもそも、許すとは何のことを指しているのですか」
「何のことって……」
私には分からなかった。彼は何に謝っているのか、本当に意味が分からない。
謝罪を必要としていない人間への謝罪など、大概が自分への慰め行為だと私は知っている。だから、きっとそうなのだろうと思って言えば、カリオスはそんなつもりは無いと言う。ということは彼は本当に何かを許してほしがっているわけだ。どちらにせよ、私には必要の無い謝罪で。
「お言葉ですが、皆様私のことを忌み嫌っていましたよね。時折アメリー様に許可をいただきカリオス様にご挨拶をした時なども、無愛想で醜く、役にも立たない馬鹿な女だと嗤っておられたと記憶しています」
「それは……」
「そんな女が聖女だったから、だからなんだというのです?」
そりゃあ、聖女の奇跡が無くなってしまったことは困るだろう。アメリーに嘘をつかれていたことに傷付くだろうし、こんな女が聖女であったことに嫌悪感を抱くだろう。けれど、それだけだ。それ以上に何かが変わることはない。今までのような大怪我を前提としたような無茶ができなくなるだけだ。
私という人間は変わらず生きて、近いうちに死ぬ。私はただ、聖女の奇跡が無くなってしまったにも関わらずそのことを知らずに無謀の果てに死ぬ人間が居るのは嫌だなと思って、だからこうして彼女の嘘を暴いただけだ。だから今までのように無茶をしていたら死んでしまいますよと伝えたかった。聖女としての力を使わぬと決めた私など、彼らにとっては今までと変わらず無価値で不気味な女でしかない。
「機械が無ければ満足に動くことができない、目も見えず、食事も楽しめず、心などとうに空っぽで、記憶も穴だらけ。子供を孕むこともできなくなった醜いだけの女ですよ。そんな女に、第一王子である貴方が何を謝っているのですか。貴方の頭は意味も無く下げられるべきものではないでしょう」
「シオン様」
「これは卑下ではありません。事実を述べているだけですよ、エスタ」
言葉に詰まっているカリオスへ喋る中、エスタは咎めるように名を呼んだ。彼はよく私が私を卑下していると言っては私を叱るのだけれど、私は一度も自分を卑下したことはない。彼が卑下と捉えているのは全て事実でしかないことばかりで、彼の中では私という存在への何かしらのフィルターがかかっているようだった。
ともかく、今は静かに。エスタはもごもごと文句を告げたが、すぐに沈黙した。彼は私に厳しいようで甘いのだ。
「王族の言葉は貴方が思っているよりも重いのです。ましてや貴方は第一王子。貴方の前に居るのはただの離宮住まいの女だと理解してください」
「だっ……だが、君は僕の婚約者だ! 対等な関係であるはずだ!」
「元婚約者ですよ、カリオス様。貴方は私ではなくアメリー様を選び、彼女こそ自分の隣に相応しいと宣言なさったではありませんか。貴方から捨てられた私はもはや何の価値も持たぬ、名家の娘でしかありません」
貴方と私が対等な関係であるはずがないでしょう。
彼は一体何を言っているのだといよいよ私は本気で心配になる。
彼はきっとアメリーに裏切られたショックで気が迷っているのだ。そうでなければ、今まで散々私という人間を貶すことを厭わなかった彼がこんなにも取り乱すはずがない。それは違うんだなどと、意味の分からないことを言ったりはしないのだ。
「安心してください。貴方は何も変わりません。私は貴方にとって価値の無い醜いだけの女。貴方はこれからもアメリー様と共に生きていき、幸せを享受する立場です。その幸せに私は一切関係が無いし、貴方が私に関わる必要は無いでしょう」
「違うんだシオン、僕は君のことを……」
「私も、貴方に関わる気は一切ありません。離宮で従者たちと短い余生を過ごします。死体は彼らに処理していただきます。荷物も彼らに全て与えます。皆様は私のことなど今まで通りお嗤いになりながら生きてください」
幸せとは人それぞれだ。彼のそれに私は関係無く、私の幸せに彼は関係無い。
私たちは婚約破棄を宣言されたあの日からその程度の関係に落ちぶれたのだ。
「ですから、カリオス様が謝ることは何もありません。無意味な謝罪はおやめください」
慰めでないと言うのであれば、彼に謝られる筋合いは私には無い。その事実をしっかりと告げて、だからもう取り乱すのはやめてくれないだろうかと、そればかりを考えた。
先ほどからアメリーの啜り泣きが意識を割くのだ。婚約者なのだから早く彼女のそばへ行ってあげた方がいいのではないのだろうかと考えずにはいられない。私は婚約者として彼にそんな優しさを受けたことはないが、アメリーは随分と愛されているようだったから、きっとカリオスはすぐにでもそうすると思っていたのだが、何故か彼はそうしない。
それどころか、彼は食い下がってきた。
「君の払った代償は全て僕らのせいだ!」
「……それは違うのでは。払っていたのは私の勝手です」
「いいや、僕らは君という聖女を随分とつらい目に合わせていたはずだ!」
「シオン様、もはや聞く価値も無いと思われますが」
「エスタ。我慢してください」
エスタがもはや隠す気の無い舌打ちをしながら私に申告してくるけれど、第一王子の言葉を無視することはできない。してはいけない。正直私も彼の言っていることの殆どの意味が分からなかったが、そうですね……? と首を傾げて続きを促すことにする。
「僕は君を幸せにしたいんだ、シオン! 婚約者にしてやる、だから僕を許してくれ」
「……?」
「僕に、チャンスをくれないか。今までつらい思いをさせた分、君を慰めてやれるのは僕だけだろう?」
「……??」
ええと。つまりどういうことだ? 幸せ。私を、彼が? 慰めるために? 婚約者に。私を。つらい思い。私が。
口角がひくりと動く。空っぽの心がざわざわと落ち着かない。聞きたくないと脳裏で誰かが叫ぶ。代償を要求する声とは違う、幼い女の声だ。私はよく分からなくて、その女の声に「そうですか」と頷いた。相変わらずカリオスは何か言っているようだがぐちゃぐちゃと音が歪んで上手く聞こえない。どうして聞きたくないのだろうと考えてみても、その理由に思い至ることはできなかった。
エスタが何やら怒鳴りながら私の手からするりと抜け出していって、ハッと意識を取り戻す。途端に音も鮮明になって、エスタがカリオスに怒鳴りつけているのが分かった。腹から出す怒鳴り声が耳に痛いくらいに響いている。
怒りっぽい彼を放置してしまった私が悪かった。
彼が何に怒ったのかは分からないけれど、ちゃんと彼を止められるようにと意識していたのに。
「エスタ、戻りなさい」
少し痛む頭を無視して彼を呼び付ける。決して大きな声ではなかったが、彼にはこれだけで十分なのを知っている。
数秒後には私の手をエスタが控えめに取った。失敗した自覚があるのか、すみませんと素直に謝って。
「な、何を……シオン、そいつはなんなんだ!」
「手を出しましたか」
「いいえ」
聖女に誓って。嫌味っぽく言うエスタの手を一度だけパチンと叩いて、溜息を吐く。この感じだとカリオスを怒鳴ってしまったこと自体は悪いことだとは思っていないようだった。
賢いのに、彼は一度我慢が効かない所まで行ってしまうと自身の考えを真っ直ぐに持ち続けるところがある。良いところでもあり、反省点でもあるだろう。帰ったら叱ってもらわなければ。
「カリオス様、どうか寛大なお心で従者の無礼をお許しください。私のために怒ってくれたのでしょう」
「! あ、あぁ、君がそこまでいうのなら、許すとも!」
頭を下げてみせればカリオスはあっさりと許した。少し意外に思う。許してもらえなければ、相応の対価を払うつもりだったのだけれど。まぁ許してもらえたのならば一連の非礼は忘れることにする。覚えていたって私の幸せにはならないからだ。
「しかしカリオス様、申し上げます」
「なんだ、シオン」
「貴方の婚約者はアメリー様であり、私ではありません。私はつらくありません。慰めも不要です。先ほども申しましたように、私たちはお互いの幸せに不要でしょう。要らぬ気遣いは、どうぞお辞めくださいね」
私は引き攣っていた口角をどうにか緩めながら彼らに気味悪いなどと言われ続けてきた笑みを浮かべる。
やはり、カリオスは気の迷いに溺れているのだ。そう思えば笑うのは難しくなかった。
「もしも私を本当に幸せにしたいと思っているのであれば、どうか私の幸せを壊すようなことだけはしないでください」
結局のところ私が望むのはそれだけだ。
今まで失ってきたものに見合うほどの幸せかは分からない。けれど、あの死場所だけが私の居場所なのだから。
アメリーの啜り泣きが大きく聞こえるほどの沈黙に包まれた場は随分と重苦しい。そんな中でエスタが笑いながら「俺は貴女の幸せに必要ですか」と聞いてきて、それがなんだか甘えている声色だったので、なんだかんだ従者たちのことを愛している私は迷い無く頷くのだ。
空気を読め、と彼が他の従者に叱られていたのを思い出す。今世話係の彼女が居たら同じように彼と私を叱ったんだろうか。
腕を引かれる。帰りましょうシオン様、と。
どうしてこんなにも皆が黙りこくっているのか、どうしてカリオスはか細い呼吸を繰り返しているのか、どうしてヴィスキーは小さく乾いた笑い声を漏らしているのか、それは分からないけれど。ともかく、全部私には関係無いことだろうから。
そうですね。もう、良いでしょう。
「カリオス様、お誕生日おめでとうございます。これからもアメリー様とお幸せに。幸多からんことを」
身を翻して、今度こそ私はエスタに手を引かれるままに歩き出す。
誰も私を止めはしなかった。それで良かった。これ以上下らない時間を過ごせるほど、私には時間が残っていないのだから。
「慰めだと? そんなつもりはない!」
何をそんな必死にと思わないでもないが、どうやら彼には彼なりに何か意図があるらしい。
けれど、それって私に関係があるのでしょうか?
「そもそも、許すとは何のことを指しているのですか」
「何のことって……」
私には分からなかった。彼は何に謝っているのか、本当に意味が分からない。
謝罪を必要としていない人間への謝罪など、大概が自分への慰め行為だと私は知っている。だから、きっとそうなのだろうと思って言えば、カリオスはそんなつもりは無いと言う。ということは彼は本当に何かを許してほしがっているわけだ。どちらにせよ、私には必要の無い謝罪で。
「お言葉ですが、皆様私のことを忌み嫌っていましたよね。時折アメリー様に許可をいただきカリオス様にご挨拶をした時なども、無愛想で醜く、役にも立たない馬鹿な女だと嗤っておられたと記憶しています」
「それは……」
「そんな女が聖女だったから、だからなんだというのです?」
そりゃあ、聖女の奇跡が無くなってしまったことは困るだろう。アメリーに嘘をつかれていたことに傷付くだろうし、こんな女が聖女であったことに嫌悪感を抱くだろう。けれど、それだけだ。それ以上に何かが変わることはない。今までのような大怪我を前提としたような無茶ができなくなるだけだ。
私という人間は変わらず生きて、近いうちに死ぬ。私はただ、聖女の奇跡が無くなってしまったにも関わらずそのことを知らずに無謀の果てに死ぬ人間が居るのは嫌だなと思って、だからこうして彼女の嘘を暴いただけだ。だから今までのように無茶をしていたら死んでしまいますよと伝えたかった。聖女としての力を使わぬと決めた私など、彼らにとっては今までと変わらず無価値で不気味な女でしかない。
「機械が無ければ満足に動くことができない、目も見えず、食事も楽しめず、心などとうに空っぽで、記憶も穴だらけ。子供を孕むこともできなくなった醜いだけの女ですよ。そんな女に、第一王子である貴方が何を謝っているのですか。貴方の頭は意味も無く下げられるべきものではないでしょう」
「シオン様」
「これは卑下ではありません。事実を述べているだけですよ、エスタ」
言葉に詰まっているカリオスへ喋る中、エスタは咎めるように名を呼んだ。彼はよく私が私を卑下していると言っては私を叱るのだけれど、私は一度も自分を卑下したことはない。彼が卑下と捉えているのは全て事実でしかないことばかりで、彼の中では私という存在への何かしらのフィルターがかかっているようだった。
ともかく、今は静かに。エスタはもごもごと文句を告げたが、すぐに沈黙した。彼は私に厳しいようで甘いのだ。
「王族の言葉は貴方が思っているよりも重いのです。ましてや貴方は第一王子。貴方の前に居るのはただの離宮住まいの女だと理解してください」
「だっ……だが、君は僕の婚約者だ! 対等な関係であるはずだ!」
「元婚約者ですよ、カリオス様。貴方は私ではなくアメリー様を選び、彼女こそ自分の隣に相応しいと宣言なさったではありませんか。貴方から捨てられた私はもはや何の価値も持たぬ、名家の娘でしかありません」
貴方と私が対等な関係であるはずがないでしょう。
彼は一体何を言っているのだといよいよ私は本気で心配になる。
彼はきっとアメリーに裏切られたショックで気が迷っているのだ。そうでなければ、今まで散々私という人間を貶すことを厭わなかった彼がこんなにも取り乱すはずがない。それは違うんだなどと、意味の分からないことを言ったりはしないのだ。
「安心してください。貴方は何も変わりません。私は貴方にとって価値の無い醜いだけの女。貴方はこれからもアメリー様と共に生きていき、幸せを享受する立場です。その幸せに私は一切関係が無いし、貴方が私に関わる必要は無いでしょう」
「違うんだシオン、僕は君のことを……」
「私も、貴方に関わる気は一切ありません。離宮で従者たちと短い余生を過ごします。死体は彼らに処理していただきます。荷物も彼らに全て与えます。皆様は私のことなど今まで通りお嗤いになりながら生きてください」
幸せとは人それぞれだ。彼のそれに私は関係無く、私の幸せに彼は関係無い。
私たちは婚約破棄を宣言されたあの日からその程度の関係に落ちぶれたのだ。
「ですから、カリオス様が謝ることは何もありません。無意味な謝罪はおやめください」
慰めでないと言うのであれば、彼に謝られる筋合いは私には無い。その事実をしっかりと告げて、だからもう取り乱すのはやめてくれないだろうかと、そればかりを考えた。
先ほどからアメリーの啜り泣きが意識を割くのだ。婚約者なのだから早く彼女のそばへ行ってあげた方がいいのではないのだろうかと考えずにはいられない。私は婚約者として彼にそんな優しさを受けたことはないが、アメリーは随分と愛されているようだったから、きっとカリオスはすぐにでもそうすると思っていたのだが、何故か彼はそうしない。
それどころか、彼は食い下がってきた。
「君の払った代償は全て僕らのせいだ!」
「……それは違うのでは。払っていたのは私の勝手です」
「いいや、僕らは君という聖女を随分とつらい目に合わせていたはずだ!」
「シオン様、もはや聞く価値も無いと思われますが」
「エスタ。我慢してください」
エスタがもはや隠す気の無い舌打ちをしながら私に申告してくるけれど、第一王子の言葉を無視することはできない。してはいけない。正直私も彼の言っていることの殆どの意味が分からなかったが、そうですね……? と首を傾げて続きを促すことにする。
「僕は君を幸せにしたいんだ、シオン! 婚約者にしてやる、だから僕を許してくれ」
「……?」
「僕に、チャンスをくれないか。今までつらい思いをさせた分、君を慰めてやれるのは僕だけだろう?」
「……??」
ええと。つまりどういうことだ? 幸せ。私を、彼が? 慰めるために? 婚約者に。私を。つらい思い。私が。
口角がひくりと動く。空っぽの心がざわざわと落ち着かない。聞きたくないと脳裏で誰かが叫ぶ。代償を要求する声とは違う、幼い女の声だ。私はよく分からなくて、その女の声に「そうですか」と頷いた。相変わらずカリオスは何か言っているようだがぐちゃぐちゃと音が歪んで上手く聞こえない。どうして聞きたくないのだろうと考えてみても、その理由に思い至ることはできなかった。
エスタが何やら怒鳴りながら私の手からするりと抜け出していって、ハッと意識を取り戻す。途端に音も鮮明になって、エスタがカリオスに怒鳴りつけているのが分かった。腹から出す怒鳴り声が耳に痛いくらいに響いている。
怒りっぽい彼を放置してしまった私が悪かった。
彼が何に怒ったのかは分からないけれど、ちゃんと彼を止められるようにと意識していたのに。
「エスタ、戻りなさい」
少し痛む頭を無視して彼を呼び付ける。決して大きな声ではなかったが、彼にはこれだけで十分なのを知っている。
数秒後には私の手をエスタが控えめに取った。失敗した自覚があるのか、すみませんと素直に謝って。
「な、何を……シオン、そいつはなんなんだ!」
「手を出しましたか」
「いいえ」
聖女に誓って。嫌味っぽく言うエスタの手を一度だけパチンと叩いて、溜息を吐く。この感じだとカリオスを怒鳴ってしまったこと自体は悪いことだとは思っていないようだった。
賢いのに、彼は一度我慢が効かない所まで行ってしまうと自身の考えを真っ直ぐに持ち続けるところがある。良いところでもあり、反省点でもあるだろう。帰ったら叱ってもらわなければ。
「カリオス様、どうか寛大なお心で従者の無礼をお許しください。私のために怒ってくれたのでしょう」
「! あ、あぁ、君がそこまでいうのなら、許すとも!」
頭を下げてみせればカリオスはあっさりと許した。少し意外に思う。許してもらえなければ、相応の対価を払うつもりだったのだけれど。まぁ許してもらえたのならば一連の非礼は忘れることにする。覚えていたって私の幸せにはならないからだ。
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やはり、カリオスは気の迷いに溺れているのだ。そう思えば笑うのは難しくなかった。
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アメリーの啜り泣きが大きく聞こえるほどの沈黙に包まれた場は随分と重苦しい。そんな中でエスタが笑いながら「俺は貴女の幸せに必要ですか」と聞いてきて、それがなんだか甘えている声色だったので、なんだかんだ従者たちのことを愛している私は迷い無く頷くのだ。
空気を読め、と彼が他の従者に叱られていたのを思い出す。今世話係の彼女が居たら同じように彼と私を叱ったんだろうか。
腕を引かれる。帰りましょうシオン様、と。
どうしてこんなにも皆が黙りこくっているのか、どうしてカリオスはか細い呼吸を繰り返しているのか、どうしてヴィスキーは小さく乾いた笑い声を漏らしているのか、それは分からないけれど。ともかく、全部私には関係無いことだろうから。
そうですね。もう、良いでしょう。
「カリオス様、お誕生日おめでとうございます。これからもアメリー様とお幸せに。幸多からんことを」
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