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8.黒衣を脱いで
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時は少し遡り、リネとシオンの着替えの時間。
ヴェールを取り払い、なされるがままのシオンのドレスを脱がしながら、露わになった彼女の背中にリネは眉を寄せずにはいられなかった。何重にもなる痛々しい鞭の痕は今後彼女が死ぬ時まで消えないということを、まざまざと見せつけられてしまうからだった。
「つらければ一人でも着替えられますよ、リネ。貴女が傷付く必要はありません」
見えていないからこそ些細な音をよく拾うようになったシオンには、リネの呼吸が一瞬乱れたことなど隠されるまでもなく分かることだった。彼女にとってリネは大切な理解者であり、良き友人である。背の傷を彼女はもう受け入れてしまっているが、リネがそうでないのは理解していたので、であれば無理をさせたいわけではないシオンは辞めても良いのだと提案する他になかった。リネが頷いたことは、ただの一度も無いけれど。
此度も当然のようにリネは首を振った。いいえ、と、静かな声で。
「私たちにとってもこの傷は罪の証なのです。目を逸らすことなど、誰一人として許されるべきではございません」
首を傾げて心の底から分からないという顔をする自分のいっとう大切な主人に、リネは口元だけの笑顔を浮かべることしかできなかった。元々希薄だった喜怒哀楽を失って久しい彼女の表情は、意識して動かさなければ滅多に動かない。
こうして分かりませんという顔をするのは、彼女にとってリネが感じている罪の意識というのを少しでも軽くしたいからだろう。自分が少しも分かっていない罪で苦しむリネのことを理解しようとして、けれど感情を上手く理解できないから、いつもいつも困ったような顔をするのだ。
「きっと、私たちが勝手に抱いているだけでしょう。それでも、私たちは……」
「……リネ?」
烏滸がましい言葉を口にしようとして唇を噛む。シオンは不自然に途切れた言葉の先を待っていたようだったが、話す気が無いと気付くと気にしたそぶりもなくじっとリネに体を預けた。ドレスを綺麗に畳み終えたリネは、自分の気が緩んでいると自戒しながら彼女用に仕立てたワンピースを手に取り、シオンの体に通していく。
黒色のシンプルすぎず派手すぎずのロングワンピースはシオンが重いと思わない程度に軽く仕上げられていて、最低限に施された装飾が可愛らしい。決して外に出したって恥ずかしくはない。幼い頃からシオンに仕えているリネは、彼女の両親よりもよっぽど母親のような感情をもって、彼女のことを愛していた。
だからこそ、機械に挟まったりしないようにと四肢を取り外した彼女の体はあまりにも小さくて軽く、いつだって自分が許せない。
シオンの体は、たとえどれほど傷付いていても美しいままだ。けれど、その弱さは日に日に増していく。体力が明らかに減り、免疫力が落ち、内臓の動き自体が加速度的に衰えていくのだ。息を切らさぬように一日を過ごすのが難しくなるほどに。
彼女の体は白い肌も美しさもそのままに、ただ生きる力だけを失っていった。寿命を代償に払い続けた結果だと言うシオンが、半年には完全に生きるための機能を停止するだろう体を受け入れて生きている以上、リネがどうこう言うべきではないのは十分に理解している。
間違っても、それでも貴女を助けたかったなどと烏滸がましいことを口にするべきではなかった。
「これからは、皆と一緒に余生を生きていくんですね」
ふとこぼれ落ちたシオンの言葉は、特別感情の込められたものではなかった。ただぼんやりと事実を確認しているような声に、リネはどうしようもなく泣いてしまいと思う。そんなことできるはずもないし、するつもりも無いが。
「そうでございますね。シオン様はもう何も失わずとも良いのです。本当に、お疲れ様でございました」
「自分の幸せのために誉ある血筋の方々への献身を絶った身です。もうアディシアの名は名乗れないかもしれませんね」
「……ここにいる限り、シオン様はシオン様でございますから」
「ふふ。ありがとう」
否定しきれないことをリネは口惜しく思った。シオンがそれを当たり前のように受け入れてしまうのは彼女がそういう教育を受けたからで、そういう教育を施したのは他でもないアディシア家の人間たちだったから、気休めでもそんなことはないと言えなかった。
「リネはずっと、私に優しかったですね」
膝をついて胸元のリボンを整えていたリネの頬に触れながら、シオンは眉を下げる。合うことのない白い瞳を見上げたリネは、彼女の不器用で小さな微笑みに見覚えがあった。
ああ、と思う。
それは、リネが初めて彼女に会った日のものとそっくりだった。
────────────────────
「正式に第一王子の婚約者として王宮で過ごすようにと報せが届いた。しっかりと教育はしておいたが、一人で向かわせるには幼い。お前が従者としてしっかり見張っておけ」
「かしこまりました、旦那様」
「フェルリードの奴らはいけすかないが、取り入っておいて損は無いからな」
元々はシオンの父であるベイルに仕えていたリネがシオンの従者として選ばれたのは、リネが最も従順で職務に励んでいたからだった。与えられた仕事を完璧にこなし、使用人同士の下らない雑談に興じることもなく、ただただ指示に従うだけの機械だと揶揄されていたリネがきっと丁度良かったのだろう。
リネはベイルに仕えている身であったのでシオンのことをあまり知らなかった。彼女が居るのは家族が過ごす屋敷ではなく、ベイルが仕事のために使用する別邸であったので、そもそも会う機会というのが全く無かったのである。
当時二十三歳だったリネは子供があまり好きではなかったし、仕事さえこなしていれば生活するには十分すぎるほどの給金を得られるからという理由だけでベイルに仕えていたので、まさか子守りを命じられるなんてという気持ちもあった。王宮に行くからには今までよりも給金を増やすと言われても、たった一人で子供に仕えるというのに躊躇いが無かったわけではない。
それでも頷いてしまった以上仕方あるまいと、リネは幼いシオンと共に王宮へ赴くこととなった。
出立の日、リネは二人分の荷物を纏めて、アディシア家本邸前で馬車の待ち番をしていた。シオンは見た目を整えるのに時間を要するからとまだ出てこない。王宮という、ただの平民出身の自分には想像もできなかった世界への緊張もあって昨夜はあまり眠れず、欠伸を噛み殺しながらぼうっと庭先を眺めては首を振って気を引き締めるということを何度か繰り返した。
「アディシア様ですな。娘様を王宮へお運びするよう依頼された者です。契約書を待ち人に見せるようにと」
それから数十分後、カラカラと訪れた馬車が目前で止まり、馬の縄を引いた男がそう言った。いそいそと取り出された紙面にはアディシアの印と現王の印がしっかりとあるため、彼を信頼するようにということに他ならない。万が一にも誘拐目的の馬車に乗らないようにと気を使ったのだろうなと思うと、苦笑いを浮かべてしまいそうだった。
「確かに確認いたしました。もう暫しお待ちを」
「かしこまりました。お荷物はお積みになりますか」
「そういたします。くれぐれも丁重にお願いいたしますね」
男は心得ているとばかりに威張って頷くと、二人分の荷物を馬車へと積みだす。くれぐれも丁重に、という言葉通りの動きだった。
馬車が到着しても尚現れぬ主人たちに首を傾げながら、リネは積まれていく荷物を眺める。リネの持ち物など本当に必要最低限なもので、そのどれもが王宮の場に相応しいとは言えないような、脆くて安い代物ばかりだ。それを王宮に持ち込むなど許されるのだろうかと時間潰し程度に考えていた。
そうして荷物を積み終わり待つこと二十分。ようやく開かれた玄関扉から一人で階段を下ってくる少女に、リネは目を見張る。
「お待たせしてすみません。既に準備は済んでいるのですね。ありがとうございます」
「い、いいえ、この程度のことは。従者として当たり前のことですので」
十歳の少女だった。黒い髪と白い肌、顔立ちも十分に可愛らしい。黒いドレスもよく似合っている。子供らしくはつらつな子か、或いはベイルの子らしくプライド高い子が来るだろうと思っていたので、控えめな微笑みだけを浮かべて丁寧に対応する幼い子供に、少しばかり返事が遅れてしまった。
本当に黒いんだな、とは男の独り言だった。純粋な感想をこぼしてしまったようで、なんら悪意が込められているものではない。
リネはすっかり慣れてしまっていたのでなんら驚きはしなかったが、確かに、今から王宮へ赴くというのに黒一色のドレスを身に纏うのはあまり良いとは言えない。ましてや第一王子の婚約者であるならば尚更。それが許されているのは、一概に彼女がアディシア家の娘であるためだ。
アディシア家は代々黒魔術を得意とする家系である。人を呪うための魔法の殆どはアディシア家から生まれたと言われているほどで、黒魔術という名前もアディシア家の者は皆黒衣を好むことから付けられた名称なのだ。そうなれば当然彼女も黒衣を纏うだろう。
恐らくは、婚約者として迎えるにあたりベイルたちが条件として呑ませでもしたのだろう。地位ある者はこういう些細なようでいて重要だと考えることに関してやたらと拘ることがあると、他でもないベイルから学んだリネは推測する。
「行きましょう」
シオンは誰の見送りも待たずにさっさと馬車に乗り込んでしまい、てっきり家族総出で見送りに出てくるものだと思っていたリネは「よろしいのですか」と問うた。彼女は変わらず微笑みを浮かべたまま、良いのですとそれだけ。
そう言われてしまってはリネが留める必要は無い。男に指示を出して、早速出発することになった。
馬車の中は静かであった。シオンは何も言わず、口元を笑みの形にしたままじっと前を見つめている。窓の外を見るでもなく。まるで人形のような彼女に妙な違和感をリネが感じたのはこの時だった。
あまりにも、感情が読めなかったのだ。これから十歳にして結婚を前提とした男と会うのだというのに、戸惑いも恐怖も不安も期待も、およそ抱きそうだと思われる感情らしきものを少しも感じられない。人形のようなとは言ったが、それどころではない、これではまるで本当に人形になってしまったかのような、そんな胸のざわめきがどうしてか拭えなかった。ただ何も理解できていないだけかとも思ったが、それにしては彼女は十分に賢いようだった。
リネは普段、無駄口を他者と叩いたりしない。ましてや子供相手に口を開いたりなど。
それでも口を開いたのは、なんとなく彼女が怖かったからだ。本当に人だろうかと、半分以上年下の子供一人に馬鹿真面目に考えてしまった。
「緊張など、なさいませんか」
そんなリネの言葉に反応して、シオンはその瞳をじっとリネへと向ける。紅い瞳は全く熱を感じさせなかった。
「私はお父様たちにしっかりと育てられています。緊張する理由がありません」
「そ、うですね。申し訳ありません、ですぎたことを」
「いいえ。私のことなんか気にしていただけると思わなくて、驚いてしまいました」
「……? 従者として、当然のことなのでは」
リネは思わずと口に出してしまった。直後に、しまったと顔色を悪くするがシオンは特に気分を害するわけでもなく、変わらぬ表情のまま「そういうものでしょうか」と首を傾げる。それから、何かを思い出したように頷いた。
「そうですね。けれど、私にはそんな気を使う必要はありませんよ」
少しだけ困ったような顔をして、シオンは笑う。
「私は国のための、王族のための傀儡です。カリオス様のそばで彼の傀儡として生き、死んでいくための女ですから、私個人のことなどは誰にとってもどうでもいいことなんです」
「は、」
「貴女は、私に優しすぎます」
小さな少女はそう言って、リネの手を取った。すぐに理解する。彼女はそれを当然とする教育を徹底的に受けてきたのだ。そうであれと望まれて、自分というものをこれっぽっちも愛していない。
リネは一般的な家庭から育った女だ。恋人もおらず、子供もいない。親戚の子供の世話を見ていたことはあるが、今のシオンほどの子供たちは皆年相応にはしゃいだり、シャイな子はこっそり二人で遊びたがったり、その程度のものだった。リネはベイルのことをよく知っているつもりだ。彼は完璧主義で、しかし、妻のことを愛している。息子のことも大事にしていて、別邸にいる日もよく家族の話をしていた。少し難儀なところはあるしそもそも身内以外を下に見ているフシはあったが、家族に対してはその分良き父であるのだろうなと考えて、これまでを過ごしていた。
妻がくれた物だと見せられた物を棚にしっかりしまった記憶がある。
息子が魔術を学びたいのだそうだと自慢げに話していたのを覚えている。
今日は家族と共に過ごすと、別邸での仕事を切り上げた日があることも覚えている。
娘のことを口にして愛しんでいた記憶が無いことに、この時リネは思い知った。
精々が、教育は順調に進んでいると溜息混じりに吐き出すくらいで、娘が何をした、何をくれたなど、そんなことは一度も。
「優しい、わけでは」
リネは彼女が控えめに繋いでくれた手を見下ろして、服で隠されているだけのそれに気付く。小さなみみず腫れ。まだ新しい赤く腫れた細い傷のいくつかが、細い少女の手首にはあった。
「これは」
もはや冷静ではなかった。そもそも子供は苦手だが、決して嫌いではないのだ。
人形のようで怖いなどと思ってしまったことを後悔する。
まさか、これから仕えていく主人が、こんな扱いを受けているとは思わずに。
「家を出る前に、お父様から最後のお勉強を。常に微笑みを絶やすなと言われました。それが最も美しいからだと」
できているでしょうか、と言うシオンに何を言えばいいのか分からなかった。先ほどまでただ綺麗だ、可愛らしいだと感じていた微笑みが、どうしようもなく嫌なものに思えて、けれど彼女の受けてきた教育はそれを是とし、そんな彼女しか認めてこなかったのだろう。
易々と否定するには彼女はあまりにもまっすぐで、それを当たり前としていた。
「……私は、シオン様が笑いたい時に笑う方が、もっと綺麗ではないかと」
ぼそりとこぼしながら、リネはシオンの手元を整える。手首が晒されたりしないように内側の紐をよく引いて、そのまま傷など無かったことになってしまえと思わずにはいられなかった。
リネの言葉を聞き取ったのだろうシオンは少しだけ眉を上げて、それから、少しだけ目を閉じた。
「ふふ」
小さな笑い声を漏らしたシオンに、整え終えたリネは視線を向ける。その機械的なくせに綺麗であることに違いはない笑顔を見てやろうという、自虐的な考えもあってのことだった。しかし意に反して、シオンは困ったように眉を下げたまま口角を歪めた微笑みを浮かべていて。
「リネは、優しいんですね」
笑いたい時もわからないんです、と。幼い少女はこぼすのだった。
────────────────────
「……シオン様、動作の方はいかがでしょうか」
ワンピースに皺などができないよう丁寧に扱いながら義肢をつけて、リネはそう言った。シオンは何度か足を振ったり手を握ったりして動作を確認すると、
「完璧です」
と手を差し出す。
「もう動かれますか。もう少し休まられても構いませんよ」
「ジーヌたちが作ってくれた料理が冷めてしまいます」
「……承知いたしました。お足元にお気を付けください」
少しでも体力を使っているのだから休んでほしい、というリネの言外の言葉をあえて聞かぬふりをするシオンに、リネは苦笑混じりに応えるのだった。義肢がしっかり動いていることに安堵しながら、何も見えない彼女が少しでも不安にならぬよう努めて丁寧に案内することとする。
扉を押し開けて、廊下を歩きながらリネは思い返していた。
ふと思い出してしまったあの日、その後の自分はシオンに何度か受けた教育に反するようなことを教えようとした。笑いたい時に笑って良いこと、つらい時に泣いて良いこと、そんな当たり前のことを。けれどそれは全部シオンにとっては想像もしていなかった非常識で、ただ彼女を怖がらせるだけだった。今でも後悔している。
王宮に来てからのシオンは変わらなかった。虐げられても、全く平気だと思い込んでいる。自分はそういうものだとすっかり信じ込んでいて、カリオスへ愛情が芽生えた時も、こんなのははしたないことだと自罰的に考えていた。
だから聖女なんていう理不尽を甘んじていたのだが、それもようやく終わったのだ。
彼女の言った通りアディシアの名は名乗れなくなるかもしれない。聖女という奇跡のことは知らないまでも、なんであれ国のために奉仕するよう育てたはずの娘がすっかり出来損ないになってしまったとあれば、彼らの反応は想像に容易い。
終わったというのに、まだ失うものがある。
そんな風に考え込んでいる内に、二人はすんなりと食堂前まで到着してしまった。
「到着いたしました、食堂でございます」
「今日も美味しそう」
すん、と匂いを嗅いでシオンは言う。確かに、彼女のために調整された食卓から香るのはいつだって美味しそうな匂いだった。口角を上げる彼女を見て、リネは後ろ暗い思考をどうにか隅に追いやることにした。そもそも、感傷に浸ったところで食事は美味くはならないのだ。ジーヌに叱られてしまうのは避けたい。
後ろからだらだらと歩いて来ているマリスにも、なんて顔してんだと揶揄われてはたまったものじゃなかった。
「では参りましょう。お席まで案内いたします」
扉を開けてリネはシオンの手を引いた。エスタたちがこっちを見て各々の反応を示す。
それで良い。それがきっと、今彼女に必要なものだ。
あまりにもだらしないマリスを無言で叱りながら、リネはそう自分に言い聞かせるのだった。
ヴェールを取り払い、なされるがままのシオンのドレスを脱がしながら、露わになった彼女の背中にリネは眉を寄せずにはいられなかった。何重にもなる痛々しい鞭の痕は今後彼女が死ぬ時まで消えないということを、まざまざと見せつけられてしまうからだった。
「つらければ一人でも着替えられますよ、リネ。貴女が傷付く必要はありません」
見えていないからこそ些細な音をよく拾うようになったシオンには、リネの呼吸が一瞬乱れたことなど隠されるまでもなく分かることだった。彼女にとってリネは大切な理解者であり、良き友人である。背の傷を彼女はもう受け入れてしまっているが、リネがそうでないのは理解していたので、であれば無理をさせたいわけではないシオンは辞めても良いのだと提案する他になかった。リネが頷いたことは、ただの一度も無いけれど。
此度も当然のようにリネは首を振った。いいえ、と、静かな声で。
「私たちにとってもこの傷は罪の証なのです。目を逸らすことなど、誰一人として許されるべきではございません」
首を傾げて心の底から分からないという顔をする自分のいっとう大切な主人に、リネは口元だけの笑顔を浮かべることしかできなかった。元々希薄だった喜怒哀楽を失って久しい彼女の表情は、意識して動かさなければ滅多に動かない。
こうして分かりませんという顔をするのは、彼女にとってリネが感じている罪の意識というのを少しでも軽くしたいからだろう。自分が少しも分かっていない罪で苦しむリネのことを理解しようとして、けれど感情を上手く理解できないから、いつもいつも困ったような顔をするのだ。
「きっと、私たちが勝手に抱いているだけでしょう。それでも、私たちは……」
「……リネ?」
烏滸がましい言葉を口にしようとして唇を噛む。シオンは不自然に途切れた言葉の先を待っていたようだったが、話す気が無いと気付くと気にしたそぶりもなくじっとリネに体を預けた。ドレスを綺麗に畳み終えたリネは、自分の気が緩んでいると自戒しながら彼女用に仕立てたワンピースを手に取り、シオンの体に通していく。
黒色のシンプルすぎず派手すぎずのロングワンピースはシオンが重いと思わない程度に軽く仕上げられていて、最低限に施された装飾が可愛らしい。決して外に出したって恥ずかしくはない。幼い頃からシオンに仕えているリネは、彼女の両親よりもよっぽど母親のような感情をもって、彼女のことを愛していた。
だからこそ、機械に挟まったりしないようにと四肢を取り外した彼女の体はあまりにも小さくて軽く、いつだって自分が許せない。
シオンの体は、たとえどれほど傷付いていても美しいままだ。けれど、その弱さは日に日に増していく。体力が明らかに減り、免疫力が落ち、内臓の動き自体が加速度的に衰えていくのだ。息を切らさぬように一日を過ごすのが難しくなるほどに。
彼女の体は白い肌も美しさもそのままに、ただ生きる力だけを失っていった。寿命を代償に払い続けた結果だと言うシオンが、半年には完全に生きるための機能を停止するだろう体を受け入れて生きている以上、リネがどうこう言うべきではないのは十分に理解している。
間違っても、それでも貴女を助けたかったなどと烏滸がましいことを口にするべきではなかった。
「これからは、皆と一緒に余生を生きていくんですね」
ふとこぼれ落ちたシオンの言葉は、特別感情の込められたものではなかった。ただぼんやりと事実を確認しているような声に、リネはどうしようもなく泣いてしまいと思う。そんなことできるはずもないし、するつもりも無いが。
「そうでございますね。シオン様はもう何も失わずとも良いのです。本当に、お疲れ様でございました」
「自分の幸せのために誉ある血筋の方々への献身を絶った身です。もうアディシアの名は名乗れないかもしれませんね」
「……ここにいる限り、シオン様はシオン様でございますから」
「ふふ。ありがとう」
否定しきれないことをリネは口惜しく思った。シオンがそれを当たり前のように受け入れてしまうのは彼女がそういう教育を受けたからで、そういう教育を施したのは他でもないアディシア家の人間たちだったから、気休めでもそんなことはないと言えなかった。
「リネはずっと、私に優しかったですね」
膝をついて胸元のリボンを整えていたリネの頬に触れながら、シオンは眉を下げる。合うことのない白い瞳を見上げたリネは、彼女の不器用で小さな微笑みに見覚えがあった。
ああ、と思う。
それは、リネが初めて彼女に会った日のものとそっくりだった。
────────────────────
「正式に第一王子の婚約者として王宮で過ごすようにと報せが届いた。しっかりと教育はしておいたが、一人で向かわせるには幼い。お前が従者としてしっかり見張っておけ」
「かしこまりました、旦那様」
「フェルリードの奴らはいけすかないが、取り入っておいて損は無いからな」
元々はシオンの父であるベイルに仕えていたリネがシオンの従者として選ばれたのは、リネが最も従順で職務に励んでいたからだった。与えられた仕事を完璧にこなし、使用人同士の下らない雑談に興じることもなく、ただただ指示に従うだけの機械だと揶揄されていたリネがきっと丁度良かったのだろう。
リネはベイルに仕えている身であったのでシオンのことをあまり知らなかった。彼女が居るのは家族が過ごす屋敷ではなく、ベイルが仕事のために使用する別邸であったので、そもそも会う機会というのが全く無かったのである。
当時二十三歳だったリネは子供があまり好きではなかったし、仕事さえこなしていれば生活するには十分すぎるほどの給金を得られるからという理由だけでベイルに仕えていたので、まさか子守りを命じられるなんてという気持ちもあった。王宮に行くからには今までよりも給金を増やすと言われても、たった一人で子供に仕えるというのに躊躇いが無かったわけではない。
それでも頷いてしまった以上仕方あるまいと、リネは幼いシオンと共に王宮へ赴くこととなった。
出立の日、リネは二人分の荷物を纏めて、アディシア家本邸前で馬車の待ち番をしていた。シオンは見た目を整えるのに時間を要するからとまだ出てこない。王宮という、ただの平民出身の自分には想像もできなかった世界への緊張もあって昨夜はあまり眠れず、欠伸を噛み殺しながらぼうっと庭先を眺めては首を振って気を引き締めるということを何度か繰り返した。
「アディシア様ですな。娘様を王宮へお運びするよう依頼された者です。契約書を待ち人に見せるようにと」
それから数十分後、カラカラと訪れた馬車が目前で止まり、馬の縄を引いた男がそう言った。いそいそと取り出された紙面にはアディシアの印と現王の印がしっかりとあるため、彼を信頼するようにということに他ならない。万が一にも誘拐目的の馬車に乗らないようにと気を使ったのだろうなと思うと、苦笑いを浮かべてしまいそうだった。
「確かに確認いたしました。もう暫しお待ちを」
「かしこまりました。お荷物はお積みになりますか」
「そういたします。くれぐれも丁重にお願いいたしますね」
男は心得ているとばかりに威張って頷くと、二人分の荷物を馬車へと積みだす。くれぐれも丁重に、という言葉通りの動きだった。
馬車が到着しても尚現れぬ主人たちに首を傾げながら、リネは積まれていく荷物を眺める。リネの持ち物など本当に必要最低限なもので、そのどれもが王宮の場に相応しいとは言えないような、脆くて安い代物ばかりだ。それを王宮に持ち込むなど許されるのだろうかと時間潰し程度に考えていた。
そうして荷物を積み終わり待つこと二十分。ようやく開かれた玄関扉から一人で階段を下ってくる少女に、リネは目を見張る。
「お待たせしてすみません。既に準備は済んでいるのですね。ありがとうございます」
「い、いいえ、この程度のことは。従者として当たり前のことですので」
十歳の少女だった。黒い髪と白い肌、顔立ちも十分に可愛らしい。黒いドレスもよく似合っている。子供らしくはつらつな子か、或いはベイルの子らしくプライド高い子が来るだろうと思っていたので、控えめな微笑みだけを浮かべて丁寧に対応する幼い子供に、少しばかり返事が遅れてしまった。
本当に黒いんだな、とは男の独り言だった。純粋な感想をこぼしてしまったようで、なんら悪意が込められているものではない。
リネはすっかり慣れてしまっていたのでなんら驚きはしなかったが、確かに、今から王宮へ赴くというのに黒一色のドレスを身に纏うのはあまり良いとは言えない。ましてや第一王子の婚約者であるならば尚更。それが許されているのは、一概に彼女がアディシア家の娘であるためだ。
アディシア家は代々黒魔術を得意とする家系である。人を呪うための魔法の殆どはアディシア家から生まれたと言われているほどで、黒魔術という名前もアディシア家の者は皆黒衣を好むことから付けられた名称なのだ。そうなれば当然彼女も黒衣を纏うだろう。
恐らくは、婚約者として迎えるにあたりベイルたちが条件として呑ませでもしたのだろう。地位ある者はこういう些細なようでいて重要だと考えることに関してやたらと拘ることがあると、他でもないベイルから学んだリネは推測する。
「行きましょう」
シオンは誰の見送りも待たずにさっさと馬車に乗り込んでしまい、てっきり家族総出で見送りに出てくるものだと思っていたリネは「よろしいのですか」と問うた。彼女は変わらず微笑みを浮かべたまま、良いのですとそれだけ。
そう言われてしまってはリネが留める必要は無い。男に指示を出して、早速出発することになった。
馬車の中は静かであった。シオンは何も言わず、口元を笑みの形にしたままじっと前を見つめている。窓の外を見るでもなく。まるで人形のような彼女に妙な違和感をリネが感じたのはこの時だった。
あまりにも、感情が読めなかったのだ。これから十歳にして結婚を前提とした男と会うのだというのに、戸惑いも恐怖も不安も期待も、およそ抱きそうだと思われる感情らしきものを少しも感じられない。人形のようなとは言ったが、それどころではない、これではまるで本当に人形になってしまったかのような、そんな胸のざわめきがどうしてか拭えなかった。ただ何も理解できていないだけかとも思ったが、それにしては彼女は十分に賢いようだった。
リネは普段、無駄口を他者と叩いたりしない。ましてや子供相手に口を開いたりなど。
それでも口を開いたのは、なんとなく彼女が怖かったからだ。本当に人だろうかと、半分以上年下の子供一人に馬鹿真面目に考えてしまった。
「緊張など、なさいませんか」
そんなリネの言葉に反応して、シオンはその瞳をじっとリネへと向ける。紅い瞳は全く熱を感じさせなかった。
「私はお父様たちにしっかりと育てられています。緊張する理由がありません」
「そ、うですね。申し訳ありません、ですぎたことを」
「いいえ。私のことなんか気にしていただけると思わなくて、驚いてしまいました」
「……? 従者として、当然のことなのでは」
リネは思わずと口に出してしまった。直後に、しまったと顔色を悪くするがシオンは特に気分を害するわけでもなく、変わらぬ表情のまま「そういうものでしょうか」と首を傾げる。それから、何かを思い出したように頷いた。
「そうですね。けれど、私にはそんな気を使う必要はありませんよ」
少しだけ困ったような顔をして、シオンは笑う。
「私は国のための、王族のための傀儡です。カリオス様のそばで彼の傀儡として生き、死んでいくための女ですから、私個人のことなどは誰にとってもどうでもいいことなんです」
「は、」
「貴女は、私に優しすぎます」
小さな少女はそう言って、リネの手を取った。すぐに理解する。彼女はそれを当然とする教育を徹底的に受けてきたのだ。そうであれと望まれて、自分というものをこれっぽっちも愛していない。
リネは一般的な家庭から育った女だ。恋人もおらず、子供もいない。親戚の子供の世話を見ていたことはあるが、今のシオンほどの子供たちは皆年相応にはしゃいだり、シャイな子はこっそり二人で遊びたがったり、その程度のものだった。リネはベイルのことをよく知っているつもりだ。彼は完璧主義で、しかし、妻のことを愛している。息子のことも大事にしていて、別邸にいる日もよく家族の話をしていた。少し難儀なところはあるしそもそも身内以外を下に見ているフシはあったが、家族に対してはその分良き父であるのだろうなと考えて、これまでを過ごしていた。
妻がくれた物だと見せられた物を棚にしっかりしまった記憶がある。
息子が魔術を学びたいのだそうだと自慢げに話していたのを覚えている。
今日は家族と共に過ごすと、別邸での仕事を切り上げた日があることも覚えている。
娘のことを口にして愛しんでいた記憶が無いことに、この時リネは思い知った。
精々が、教育は順調に進んでいると溜息混じりに吐き出すくらいで、娘が何をした、何をくれたなど、そんなことは一度も。
「優しい、わけでは」
リネは彼女が控えめに繋いでくれた手を見下ろして、服で隠されているだけのそれに気付く。小さなみみず腫れ。まだ新しい赤く腫れた細い傷のいくつかが、細い少女の手首にはあった。
「これは」
もはや冷静ではなかった。そもそも子供は苦手だが、決して嫌いではないのだ。
人形のようで怖いなどと思ってしまったことを後悔する。
まさか、これから仕えていく主人が、こんな扱いを受けているとは思わずに。
「家を出る前に、お父様から最後のお勉強を。常に微笑みを絶やすなと言われました。それが最も美しいからだと」
できているでしょうか、と言うシオンに何を言えばいいのか分からなかった。先ほどまでただ綺麗だ、可愛らしいだと感じていた微笑みが、どうしようもなく嫌なものに思えて、けれど彼女の受けてきた教育はそれを是とし、そんな彼女しか認めてこなかったのだろう。
易々と否定するには彼女はあまりにもまっすぐで、それを当たり前としていた。
「……私は、シオン様が笑いたい時に笑う方が、もっと綺麗ではないかと」
ぼそりとこぼしながら、リネはシオンの手元を整える。手首が晒されたりしないように内側の紐をよく引いて、そのまま傷など無かったことになってしまえと思わずにはいられなかった。
リネの言葉を聞き取ったのだろうシオンは少しだけ眉を上げて、それから、少しだけ目を閉じた。
「ふふ」
小さな笑い声を漏らしたシオンに、整え終えたリネは視線を向ける。その機械的なくせに綺麗であることに違いはない笑顔を見てやろうという、自虐的な考えもあってのことだった。しかし意に反して、シオンは困ったように眉を下げたまま口角を歪めた微笑みを浮かべていて。
「リネは、優しいんですね」
笑いたい時もわからないんです、と。幼い少女はこぼすのだった。
────────────────────
「……シオン様、動作の方はいかがでしょうか」
ワンピースに皺などができないよう丁寧に扱いながら義肢をつけて、リネはそう言った。シオンは何度か足を振ったり手を握ったりして動作を確認すると、
「完璧です」
と手を差し出す。
「もう動かれますか。もう少し休まられても構いませんよ」
「ジーヌたちが作ってくれた料理が冷めてしまいます」
「……承知いたしました。お足元にお気を付けください」
少しでも体力を使っているのだから休んでほしい、というリネの言外の言葉をあえて聞かぬふりをするシオンに、リネは苦笑混じりに応えるのだった。義肢がしっかり動いていることに安堵しながら、何も見えない彼女が少しでも不安にならぬよう努めて丁寧に案内することとする。
扉を押し開けて、廊下を歩きながらリネは思い返していた。
ふと思い出してしまったあの日、その後の自分はシオンに何度か受けた教育に反するようなことを教えようとした。笑いたい時に笑って良いこと、つらい時に泣いて良いこと、そんな当たり前のことを。けれどそれは全部シオンにとっては想像もしていなかった非常識で、ただ彼女を怖がらせるだけだった。今でも後悔している。
王宮に来てからのシオンは変わらなかった。虐げられても、全く平気だと思い込んでいる。自分はそういうものだとすっかり信じ込んでいて、カリオスへ愛情が芽生えた時も、こんなのははしたないことだと自罰的に考えていた。
だから聖女なんていう理不尽を甘んじていたのだが、それもようやく終わったのだ。
彼女の言った通りアディシアの名は名乗れなくなるかもしれない。聖女という奇跡のことは知らないまでも、なんであれ国のために奉仕するよう育てたはずの娘がすっかり出来損ないになってしまったとあれば、彼らの反応は想像に容易い。
終わったというのに、まだ失うものがある。
そんな風に考え込んでいる内に、二人はすんなりと食堂前まで到着してしまった。
「到着いたしました、食堂でございます」
「今日も美味しそう」
すん、と匂いを嗅いでシオンは言う。確かに、彼女のために調整された食卓から香るのはいつだって美味しそうな匂いだった。口角を上げる彼女を見て、リネは後ろ暗い思考をどうにか隅に追いやることにした。そもそも、感傷に浸ったところで食事は美味くはならないのだ。ジーヌに叱られてしまうのは避けたい。
後ろからだらだらと歩いて来ているマリスにも、なんて顔してんだと揶揄われてはたまったものじゃなかった。
「では参りましょう。お席まで案内いたします」
扉を開けてリネはシオンの手を引いた。エスタたちがこっちを見て各々の反応を示す。
それで良い。それがきっと、今彼女に必要なものだ。
あまりにもだらしないマリスを無言で叱りながら、リネはそう自分に言い聞かせるのだった。
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