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第三話 闇の隙間 二、呪いの首
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あれは、ぼくが高校に入ってすぐ――今の高校より偏差値が低くて、けっこうすさんでるとこだったけど――同じクラスに純っていう友達がいた。やせて背が高くて大人びた感じで、譲葉と雰囲気がちょっと似てたかな。机が隣だったせいで、よく話すうちに仲良くなった。ぼくは小さいころから人づきあいが悪くていつも孤立してたから、友達は彼だけだった。
いや、そう思いたいけど、実はもう一人いた。そいつとは最初はほとんど口もきかなかったけど、ぼくが純と付き合い始めると、向こうからやたらと寄ってきて、あれやこれや会話に割って入ったりした。そのうち、どうもぼくらに混ざりたいんだとわかった。
そいつは叶(かなえ)といってね。おしゃれで金髪の派手なギャルっぽい女で、なんで陰気なぼくに近づくのかと思ったら、そのうちどうもぼくじゃなくて、純のことが目的だとわかった。
まあこの世で一番かわいいとはいえ、陰キャを絵に描いたようなぼくと違って、純はイケメンてわけじゃなくても、当りが柔らかくてとっつきやすい感じだったから、もしかしたら女子にひそかに人気あったかもしれない。
叶は、純攻略にはぼくが最短距離といわんばかりに、放課後も部室に来て――あ、ぼくそこでは彫塑部にいて、彫刻やってたんだ。もう二度とやらないけどね。死んでもやる気ない。百億もらってもごめんだ。
それはいいとして、叶の奴、やたら部室に押しかけてはぼくの隣に座って、ほんとに興味があったのかもしれないけど、彫刻についてあれこれ質問攻めにしたあげく、自分をモデルにしてくれ、と言ってきた。彼女は明るい系の美人だったし、それは構わないからOKしたけど、あの態度じゃ、普通ならぼくに気があるんじゃないか、って誤解するよ。
あ、それは全然ないから。もう三人でいればわかるから。叶の純を見る目は尋常じゃないし、これだけかわいいぼくの方なんか、ろくに見ないし。
といって純が気づいてたかっていうと、あいつそういうとこかなり鈍感だったから、それはなかったと思う。いっぺん「叶ちゃんって、どう思う?」って聞いたら、「あー、かわいいね」って完全に一般論こいて終わりだったから、こりゃわかってないな、と確信した。
でも、だからってこれで二人がお互い意識しあったところで、やっぱり結局は最悪の結果になったろうけど。それでも、そのほうが現実に起きたあれに比べたら、ほんとに何千倍もマシだったよ。何千倍も。
叶の首から頭の彫刻は、かなり気合いれて作った。コンクールに出す気満々だったし、モデルから承諾も得た。出来栄えは、ぼくとは思えないほど素晴らしいもんで、といって美しさは本人を超えるほどじゃなく、要するに彼女にはえらく気に入られたから、まあ成功だったよ。
彼女のほうも成功に近づいていて――そのころは、向こうからぼくに本心を打ち明けてたから、ぼくは応援してたし、純とうまくいくように、わざと二人きりにしてやるとか、できるだけ協力してやった。
それで夏休み前日の放課後、ついに叶は純を校舎裏に呼び出して告った。メールが来ないんで、これはダメだったのかと思ったら、すぐ「うちに来てくれ」と来た。
とたんにヤバい予感がして――ぼくのが当たるのは知ってるよね――、すぐに彼女の家に走った。
チャリですぐ行ける距離だった。住宅街の並びにある一戸建ての二階家で、呼び鈴を押しても返事がない。ドアはあいたんで、かまわず入った。嫌な予感はますます強くなって頭痛レベルだ。ここまで強いのは初めてで恐ろしかったけど、それ以上に叶が気がかりだった。
彼女の部屋は二階の奥だ。名前を呼びながら階段をあがったけど、誰もいないようだった。
いや、実はいた。部屋に入ると、向かいの壁際に一人。縄で縛られてさるぐつわをかまされ、壁にもたれて座り込み、ぐったりしている。
「純……!」
近づこうとして、止まった。右の窓際にもう一人。金色の髪を振り乱し、ぎょろ目をむいた叶。その手にナイフを握り、猫背になって窓を背に仁王立ちしている。外は、とうに暮れて青黒い闇だ。畳に黒いハンマーが転がってて、その周りに赤いものが点々と散っているのに気づいて、はっと見ると、純の額にも黒い何かがある。
「そんなに強く殴ってないから。応急処置もしたから」
叶がぼくをにらみつけて言った。こんな恐ろしい顔も、ドスのきいた声も初めてだった。ぼくは驚きでしばらく固まっていた。それを知ったように、叶は口元を吊り上げて言った。
「ぜんぶ、あんたのせいよ」
皮肉のこもった言い方だった。
「純くんね、ほかに好きな子がいるって。聞いたら、笑っちゃうわ」とナイフをこっちに向けて、吐き捨てるように言った。「あんたよ、止透(やみすき)一郎!」
これでわかるように、ぼくの闇介(やみすけ)って苗字は、本名のもじりなんだ。
それはともかく、ぼくがどれだけショックだったか。純が、じつはこのぼくに恋心を抱いていたなんて。そりゃ、この容姿だから、そういうことはたまにはあるよ。たまに、っていうのは謙遜でもなんでもなくて、ぼくは雰囲気が暗くて怖いらしいから、基本誰も近寄らないんだけど、それでも話しかける猛者がいないわけじゃない、って意味で。
だけど、純がまさかそうだとは、そのときまで夢にも思わなかった。ぼくも実はその方面に関しては、かなり鈍感なんだろうね。
「まったく、なんでよりによって、あんたなのよ!」
叶はいらいらと続けた。
「セーラー服で髪にピンまでつけた、気持ち悪い女装男に、なんであたしが負けるの?! ありえないじゃん!」
「ま、待って、叶……」
ちがう、ぼくの方は、彼に対してそんな感情ないから。
そう言おうとしても、言葉が続かない。それは、叶の様子が明らかにまともじゃなかったから。聞く耳もつ感じは皆無。何かにとり憑かれているとしか思えない。
いや違う。
こいつ、元からこうだったんだ。
ぼくは、とんでもないヤンデレとつきあってしまったんだ。
「純くんをあたしから奪おうったって、そうはいかない!」
叶はそう言って彼のところへ行き、しゃがんで喉元に刃をあてた。そして恐怖におびえるぼくにあざけりの目を向ける。
「おい、やめろよ!」
思わず叫ぶと、叶は悪魔の笑みで、純の首筋を少し切りつけた。赤い筋が走り、彼は目をひらいてうめきをあげた。
「殺すなら、ぼくを殺せよ!」
ぼくは怒鳴った。
「純はなにも悪くない、そうだろ? ぼくが、このかわいさとキュートさで、彼のハートをわしづかみにしたんだ! そうだ、みんなぼくが悪い! だから、ほら、やれよ! やってみろよ!」と両手を上に、にぎにぎしてあおる。「どうだ、できないだろ、このバカ女!」
叶が立ち上がってこっちに歩きだすと、ぼくは階段を駆け下りて台所へこもった。ここは民家には珍しく、台所にドアがあって鍵がかかった。「あけろ、この変態!」と敵がガチャガチャやるあいだに、ぼくは背負っていたカバンから、それを取り出した。
鉄なべに湯沸かし器から出した熱湯をためたとき、叶がドアをハンマーで割って、裂け目に手を入れて鍵を回した。バクンとあけ、「ぶっ殺してやる!」とナイフをかざして入ったせつな、ぼくはそれを鍋に入れた。その彫刻の首は根元が熱湯に浸かり、叶はたちまちナイフを放ると、自分の首を両手で押さえてのけぞり、「ぎゃあああ! あつううい!」と叫んであおむけに倒れて、のたうちまわった。
うちを出るとき、悪い予感のままに、もしものために叶の彫刻を持ってきた。それには呪いがかけてある。もともと彼女の髪を少しもらって埋め込んであり、あとは古本屋で買った呪いの書に従って(ぼくは昔からオカルトマニアで、書店や通販でその手のアイテムをいくつも集めていた)、彫刻を依り代にする呪文をかけた。藁人形と同じで、これに何かすれば、対象の人間にも同じことが起きる。彫刻の首を熱したから、叶の首にも同じく熱波が来たわけだ。
(これで気絶でもしてくれればいい。あとのことは、それから考えよう)
そう思い、とりあえず首を鍋から上げたとき、ぼくはあるものを見つけて、背筋が一気に凍りついた。首の底から、白い液体がだらだらと漏れて、湯面にしたたっている。
思い出した。これを作るとき、リアルさ追求が乗じて(彼女の地毛を使ったのも、それ)、しっとり感を出そうとした。それで、でかい蝋の塊をくりぬいて頭蓋骨にして、その上に石こうを塗っていったんだ。それも低温で簡単に溶けちまう奴で、それがいま、首の隙間からぜんぶ抜け出ちゃったんだ。
つまりね。
この首にはいま、頭蓋骨がないんだよ……。
ぼくがはっと顔をあげると、今までに見たこともない、ものすごい怪物が目の前に迫っていた。叶の首から上がただの肉の袋になって、胸にでろんと長く垂れ下がり、先端には金髪がタコの触手みたいにざわっと固まって垂れている。いっけん指サックを逆さにした感じ。
ただ、そこには目と口の穴があいていて、彼女がぼくに雪崩れこむとき、そこから二つの目玉がぽろっと出て、ぼくの胸に転がった。そのままあおむけに倒れたぼくの顔に、口の穴から血まみれのぐっちょりしたでかい塊が、べたっと降りた。脳みそだった。
そのとき、口がもう舌もないのになぜか、はっきりと言葉を発した。それは地獄の底から湧き上がる読経のようだった。
「や・み・す・け……!」
ぼくは絶叫して、彼女を後ろに放り投げた。化け物は窓から往来へ飛び出し、そこかしこから悲鳴があがった。ぼくは気を失い、叶はそのまま路上で死んだ。
ぼくはこのとき、闇の隙間に落ちた。
わかったろ。
ぼくは、予感のままにした行いで、人を殺してしまった。それも、あまりにも酷すぎるやり方で。
……わかってる、譲葉ならそう言うと思ってた。確かに、すべては叶の自業自得さ。でも、だからって、あそこまで無残に殺していいのか?
ぼくが呪いを使ったせいで、あんなことになった。でも使わなければ、純もぼくも殺されて、叶は捕まって終わりだった。それは運命だとしても、ぼくには耐えられない。だから、どんな手を使ってでも純を助けた。
純とは、このあと、疎遠になって終わったよ。好きになってくれる相手を振るのはつらいから、ちょうどよかったけど。
そして運命は、結果的にぼくをこんな奴にした。それ以来、ぼくはやたら霊や妖怪のたぐいが見えるようになって、そういう霊的な事件と遭遇することが多くなった。それでもう開き直って、叶に最後に言われた「やみすけ」を名乗ることにしたんだ。ぼくの変な苗字の由来は、そういうことさ。
いや、そう思いたいけど、実はもう一人いた。そいつとは最初はほとんど口もきかなかったけど、ぼくが純と付き合い始めると、向こうからやたらと寄ってきて、あれやこれや会話に割って入ったりした。そのうち、どうもぼくらに混ざりたいんだとわかった。
そいつは叶(かなえ)といってね。おしゃれで金髪の派手なギャルっぽい女で、なんで陰気なぼくに近づくのかと思ったら、そのうちどうもぼくじゃなくて、純のことが目的だとわかった。
まあこの世で一番かわいいとはいえ、陰キャを絵に描いたようなぼくと違って、純はイケメンてわけじゃなくても、当りが柔らかくてとっつきやすい感じだったから、もしかしたら女子にひそかに人気あったかもしれない。
叶は、純攻略にはぼくが最短距離といわんばかりに、放課後も部室に来て――あ、ぼくそこでは彫塑部にいて、彫刻やってたんだ。もう二度とやらないけどね。死んでもやる気ない。百億もらってもごめんだ。
それはいいとして、叶の奴、やたら部室に押しかけてはぼくの隣に座って、ほんとに興味があったのかもしれないけど、彫刻についてあれこれ質問攻めにしたあげく、自分をモデルにしてくれ、と言ってきた。彼女は明るい系の美人だったし、それは構わないからOKしたけど、あの態度じゃ、普通ならぼくに気があるんじゃないか、って誤解するよ。
あ、それは全然ないから。もう三人でいればわかるから。叶の純を見る目は尋常じゃないし、これだけかわいいぼくの方なんか、ろくに見ないし。
といって純が気づいてたかっていうと、あいつそういうとこかなり鈍感だったから、それはなかったと思う。いっぺん「叶ちゃんって、どう思う?」って聞いたら、「あー、かわいいね」って完全に一般論こいて終わりだったから、こりゃわかってないな、と確信した。
でも、だからってこれで二人がお互い意識しあったところで、やっぱり結局は最悪の結果になったろうけど。それでも、そのほうが現実に起きたあれに比べたら、ほんとに何千倍もマシだったよ。何千倍も。
叶の首から頭の彫刻は、かなり気合いれて作った。コンクールに出す気満々だったし、モデルから承諾も得た。出来栄えは、ぼくとは思えないほど素晴らしいもんで、といって美しさは本人を超えるほどじゃなく、要するに彼女にはえらく気に入られたから、まあ成功だったよ。
彼女のほうも成功に近づいていて――そのころは、向こうからぼくに本心を打ち明けてたから、ぼくは応援してたし、純とうまくいくように、わざと二人きりにしてやるとか、できるだけ協力してやった。
それで夏休み前日の放課後、ついに叶は純を校舎裏に呼び出して告った。メールが来ないんで、これはダメだったのかと思ったら、すぐ「うちに来てくれ」と来た。
とたんにヤバい予感がして――ぼくのが当たるのは知ってるよね――、すぐに彼女の家に走った。
チャリですぐ行ける距離だった。住宅街の並びにある一戸建ての二階家で、呼び鈴を押しても返事がない。ドアはあいたんで、かまわず入った。嫌な予感はますます強くなって頭痛レベルだ。ここまで強いのは初めてで恐ろしかったけど、それ以上に叶が気がかりだった。
彼女の部屋は二階の奥だ。名前を呼びながら階段をあがったけど、誰もいないようだった。
いや、実はいた。部屋に入ると、向かいの壁際に一人。縄で縛られてさるぐつわをかまされ、壁にもたれて座り込み、ぐったりしている。
「純……!」
近づこうとして、止まった。右の窓際にもう一人。金色の髪を振り乱し、ぎょろ目をむいた叶。その手にナイフを握り、猫背になって窓を背に仁王立ちしている。外は、とうに暮れて青黒い闇だ。畳に黒いハンマーが転がってて、その周りに赤いものが点々と散っているのに気づいて、はっと見ると、純の額にも黒い何かがある。
「そんなに強く殴ってないから。応急処置もしたから」
叶がぼくをにらみつけて言った。こんな恐ろしい顔も、ドスのきいた声も初めてだった。ぼくは驚きでしばらく固まっていた。それを知ったように、叶は口元を吊り上げて言った。
「ぜんぶ、あんたのせいよ」
皮肉のこもった言い方だった。
「純くんね、ほかに好きな子がいるって。聞いたら、笑っちゃうわ」とナイフをこっちに向けて、吐き捨てるように言った。「あんたよ、止透(やみすき)一郎!」
これでわかるように、ぼくの闇介(やみすけ)って苗字は、本名のもじりなんだ。
それはともかく、ぼくがどれだけショックだったか。純が、じつはこのぼくに恋心を抱いていたなんて。そりゃ、この容姿だから、そういうことはたまにはあるよ。たまに、っていうのは謙遜でもなんでもなくて、ぼくは雰囲気が暗くて怖いらしいから、基本誰も近寄らないんだけど、それでも話しかける猛者がいないわけじゃない、って意味で。
だけど、純がまさかそうだとは、そのときまで夢にも思わなかった。ぼくも実はその方面に関しては、かなり鈍感なんだろうね。
「まったく、なんでよりによって、あんたなのよ!」
叶はいらいらと続けた。
「セーラー服で髪にピンまでつけた、気持ち悪い女装男に、なんであたしが負けるの?! ありえないじゃん!」
「ま、待って、叶……」
ちがう、ぼくの方は、彼に対してそんな感情ないから。
そう言おうとしても、言葉が続かない。それは、叶の様子が明らかにまともじゃなかったから。聞く耳もつ感じは皆無。何かにとり憑かれているとしか思えない。
いや違う。
こいつ、元からこうだったんだ。
ぼくは、とんでもないヤンデレとつきあってしまったんだ。
「純くんをあたしから奪おうったって、そうはいかない!」
叶はそう言って彼のところへ行き、しゃがんで喉元に刃をあてた。そして恐怖におびえるぼくにあざけりの目を向ける。
「おい、やめろよ!」
思わず叫ぶと、叶は悪魔の笑みで、純の首筋を少し切りつけた。赤い筋が走り、彼は目をひらいてうめきをあげた。
「殺すなら、ぼくを殺せよ!」
ぼくは怒鳴った。
「純はなにも悪くない、そうだろ? ぼくが、このかわいさとキュートさで、彼のハートをわしづかみにしたんだ! そうだ、みんなぼくが悪い! だから、ほら、やれよ! やってみろよ!」と両手を上に、にぎにぎしてあおる。「どうだ、できないだろ、このバカ女!」
叶が立ち上がってこっちに歩きだすと、ぼくは階段を駆け下りて台所へこもった。ここは民家には珍しく、台所にドアがあって鍵がかかった。「あけろ、この変態!」と敵がガチャガチャやるあいだに、ぼくは背負っていたカバンから、それを取り出した。
鉄なべに湯沸かし器から出した熱湯をためたとき、叶がドアをハンマーで割って、裂け目に手を入れて鍵を回した。バクンとあけ、「ぶっ殺してやる!」とナイフをかざして入ったせつな、ぼくはそれを鍋に入れた。その彫刻の首は根元が熱湯に浸かり、叶はたちまちナイフを放ると、自分の首を両手で押さえてのけぞり、「ぎゃあああ! あつううい!」と叫んであおむけに倒れて、のたうちまわった。
うちを出るとき、悪い予感のままに、もしものために叶の彫刻を持ってきた。それには呪いがかけてある。もともと彼女の髪を少しもらって埋め込んであり、あとは古本屋で買った呪いの書に従って(ぼくは昔からオカルトマニアで、書店や通販でその手のアイテムをいくつも集めていた)、彫刻を依り代にする呪文をかけた。藁人形と同じで、これに何かすれば、対象の人間にも同じことが起きる。彫刻の首を熱したから、叶の首にも同じく熱波が来たわけだ。
(これで気絶でもしてくれればいい。あとのことは、それから考えよう)
そう思い、とりあえず首を鍋から上げたとき、ぼくはあるものを見つけて、背筋が一気に凍りついた。首の底から、白い液体がだらだらと漏れて、湯面にしたたっている。
思い出した。これを作るとき、リアルさ追求が乗じて(彼女の地毛を使ったのも、それ)、しっとり感を出そうとした。それで、でかい蝋の塊をくりぬいて頭蓋骨にして、その上に石こうを塗っていったんだ。それも低温で簡単に溶けちまう奴で、それがいま、首の隙間からぜんぶ抜け出ちゃったんだ。
つまりね。
この首にはいま、頭蓋骨がないんだよ……。
ぼくがはっと顔をあげると、今までに見たこともない、ものすごい怪物が目の前に迫っていた。叶の首から上がただの肉の袋になって、胸にでろんと長く垂れ下がり、先端には金髪がタコの触手みたいにざわっと固まって垂れている。いっけん指サックを逆さにした感じ。
ただ、そこには目と口の穴があいていて、彼女がぼくに雪崩れこむとき、そこから二つの目玉がぽろっと出て、ぼくの胸に転がった。そのままあおむけに倒れたぼくの顔に、口の穴から血まみれのぐっちょりしたでかい塊が、べたっと降りた。脳みそだった。
そのとき、口がもう舌もないのになぜか、はっきりと言葉を発した。それは地獄の底から湧き上がる読経のようだった。
「や・み・す・け……!」
ぼくは絶叫して、彼女を後ろに放り投げた。化け物は窓から往来へ飛び出し、そこかしこから悲鳴があがった。ぼくは気を失い、叶はそのまま路上で死んだ。
ぼくはこのとき、闇の隙間に落ちた。
わかったろ。
ぼくは、予感のままにした行いで、人を殺してしまった。それも、あまりにも酷すぎるやり方で。
……わかってる、譲葉ならそう言うと思ってた。確かに、すべては叶の自業自得さ。でも、だからって、あそこまで無残に殺していいのか?
ぼくが呪いを使ったせいで、あんなことになった。でも使わなければ、純もぼくも殺されて、叶は捕まって終わりだった。それは運命だとしても、ぼくには耐えられない。だから、どんな手を使ってでも純を助けた。
純とは、このあと、疎遠になって終わったよ。好きになってくれる相手を振るのはつらいから、ちょうどよかったけど。
そして運命は、結果的にぼくをこんな奴にした。それ以来、ぼくはやたら霊や妖怪のたぐいが見えるようになって、そういう霊的な事件と遭遇することが多くなった。それでもう開き直って、叶に最後に言われた「やみすけ」を名乗ることにしたんだ。ぼくの変な苗字の由来は、そういうことさ。
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