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 とはいえ、初めて自分の手から餌を食べてくれた感動は大きかった。咲子は、その夜夫に、初めて猫の話をした。どうせ馬鹿にされるだろうとは思ったが、
この喜びを誰かに伝えたかったのだ。
「野良猫に餌付けなんか止めとけや」
 案の定夫は、顔をしかめた。
「ペットが欲しいんやったら、ちゃんとしたのを飼えばええやん。典之も家を出たことやし」
(そういうことやないんやけどなあ……)
 夫の言うことも、もっともだ。だが咲子は、理解してくれない彼にもどかしさを感じた。きっと生まれてから、ずっと野良だったのだろう、過剰に人間を警戒していた、あの猫。そんな猫が、人間の手から餌を食べるまでに心を許してくれたことが、咲子はたまらなく嬉しかったのである。
(これだけ慣れてくれたら、いつかうちの猫になってくれるかもしれへんで)
 咲子は、想像を膨らませた。そうしたら、まずは綺麗に洗ってやろう。それから膝に乗せてやり、たくさん撫でてやって……。
 そうや、と咲子は思った。それなら、まず名前を付けてやらねば。何がいいだろうか。
 洋風な名前は、合わない気がした。だが、『ブチ』ではありきたりすぎる。人間の名も考えたが、そもそもオスかメスかも分からない。どこか楽しい気分であれこれと考えを巡らせながら、咲子はその夜眠りについたのだった。

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