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10.記憶

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 2011年3月11日。
 東北に大きな震災があった。

 幸い俺の家族は全員無事。ただ家には住んでいられず、祖父母の家に避難することになった。
 祖父母の家は埼玉で、夏休みなどに何度も行っている馴染みの場所だ。
 余震はあっても大きくはないし、電気も計画停電が何度かあっただけ。被災者の中では、かなり恵まれた環境にいた自覚はあった。

 それでも、どれだけ小さくても地震は恐ろしい。逃げなくてはと思うのに、身体が固まる。
 テレビは震災の報道ばかり。徐々に通常の番組も復活したが、気を紛らわすために見ていても頻繁にけたたましいアラートが鳴り響き、地震速報で画面が埋まる。
 
 これからどうなるのか。いつ家に帰れるのか。帰れないのか。

「家族みんな無事で良かったね」「もっと大変な思いしてる人がたくさんいるんだから」
 何度もかけられた励ましの言葉。それは8歳だった俺にだって十分わかっていた。
 わかっていたけど。

「りょーちゃん! アニメやってるよ!」

 仏間の隅でぼんやりと座り込んでいると、2歳上の姉が飛び込んできた。
 またどうせ地震速報で中断されると思うと見る気にならなかったが、ムリヤリ引きずられて行った。
 
『魔法少女☆スノードロップ』

 居間のテレビでは、ちょうどタイトルコールが流れたところだった。
 タイトルだけは知っていた。でも俺は女の子向けのアニメなんて恥ずかしいと思っていた年頃。姉だって普段は「幼稚園の子が見るやつでしょ?」なんて鼻で笑っていた。

 そんな姉がテレビの目の前に座り、食い入るように見ている。時折笑って、埼玉に来てからずっと白かった顔に赤味が差した。
 夜の闇の中に敵が現れ、主人公のまひろがスノードロップに変身する。姉の目が輝き出す。
 それは俺がもっと小さかった頃、幼稚園児だった姉が魔法少女ごっこをしているときに見た顔だった。

 スノードロップが敵を倒し、変身を解除しようとした――

『あなたは……だれ?』

 大きな青い満月の前に、長い髪をなびかせたシルエットが現れる。
 青い宝石のような瞳が、スノードロップを映し出した。

『僕はずっと、君を待っていた』

 吸い込まれそうな神秘的な声が耳に響く。
 意識が飛んで、その瞬間だけ俺はそこにいなかった。どこか遠くの世界へ、連れて行かれてしまったようだ。

 ブルームーン。
 その日から、俺の世界は青く染まった。
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