異世界で吟遊詩人のパトロンになりました

水都(みなと)

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11-1.パトロン

 その日の夜、俺は街に出た。

 兄さんと話して思い知った。やっぱり、ノアのことを忘れられない。

 俺はノアの歌声に惚れ込んだんだ。裏で何をしていようが関係ない。
 普通の客として応援して、ファンとしての一線を超えなければいいだけだ。

 今日どこで演奏するか聞いていなかったが、どこかの酒場にはいるだろう。
 そう思って酒場に向かおうとしたものの、どうにも足が進まない。
 少し進んでは引き返し、また進んではわき道に逸れる。遠くから酒場を覗き、ノアが見えないとホッとする。

 そんなことをしながら、ウロウロと夜の街を歩き回っていた。
 ある一軒の酒場の前で、声が外にまで聞こえてくる。もしかしたら、ノアが来ているのかもしれない。

 そう思った瞬間、逃げるように踵を返した。心臓が鷲掴みにされたように苦しい。

 ……今日はダメだ。帰ろう。
 どんな顔してあいつに会えばいいのか、どうしてもわからない。

 人通りの少ない路地を選んで歩いた。
「吟遊詩人が来てるらしいぞ!」「いやあ、今日もキレイだったな」
なんて客の声すら聞きたくなかった。

 明日また来よう。あさってでもいい。そのうち、きっと……

「――っ!」

 寂れた宿屋の前に、2人の人影が見えた。
 太った男に腕を絡ませているのは、長い銀髪。

 考えるよりも、動く方が早かった。
 咄嗟にノアの腕を掴み、強引に引っ張り走り去る。

「おい!」と太い声が聞こえてきたが、構わず走り続けた。
 掴んだ腕は振り解かれることもなく、俺の後に足音が続く。

 なにしてるんだ、俺!


 しばらく走ったところで、身体が限界を迎えた。
 男が追って来ていないことを確認して、建物の陰に身を隠す。

 火事場の馬鹿力で走れたのか、ホッとした途端に息が切れる。ぜえぜえと肩で息をした。

「大丈夫ですか?」

 顔を上げると、ノアがブロンズの筒を差し出していた。

「水です。よろしければ」

 いらない、と意地を張っていられる状況ではなかった。
 受け取った水筒の水を一気に煽る。冷たい水に、火照りきった胃が冷やされる。

 ひと息ついて、濡れた唇をぬぐった。

「ありがとう……あと、なんか、ごめん」
「いえいえ、なかなかおもしろい経験をさせていただきましたよ。まじめな方だと思っていたのに、意外と大胆なんですね。フレディ」

 水筒を腰に下げたノアは、なぜか楽しげだった。

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