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「兄上、俺の話を聞いてください」

 眉一つ動かさず、羽ペンを書類に走らせている。
 また無視だ。しかし、出て行けと言われないのだから話してもいいんだろう。

「この前は、勝手なことをして悪かったと思ってる。でも俺が引きこもりを脱却し、こうして変われたのはあの吟遊詩人の……ノアのお陰なんだ。俺は彼に出会って励まされ応援したくて、その気持ちで立ち直れた。何もしていないのに家の金だけ使ってパトロン気取りなんて、恥ずべきことには変わりない。けど、貴族の遊びじゃなくて本気であいつを支援したい。だから……」
「ならば、騎士団に入れ」

 ようやく答えた兄上は、ペンを置いて俺を見た。

「部屋から出て見た目を整えれば立ち直ったと言えるのか。お前の性根は叩き直してやる必要がある。屋敷にいてはリュシアンやノーマンたちがお前を甘やかすからな。騎士団に入って、今度こそ騎士の称号を胸に帰ってくることができれば好きにしろ」
「でも俺は」
「遊び歩く元気はあるというのに、貴族の訓練程度もできないというのか?」
 
 貴族の子息は成人までの数年間、修行として王国騎士団に入ることになっている。
 とはいえ、一般からの騎士志望とは違い貴族は嗜み程度の訓練しか課せられない。それでも俺は半年も持たず、団長に匙を投げられた。

 家に戻った俺は兄上に殴られ、屋敷から追い出された。最終的に、兄さんが間に入ってくれたお蔭でなんとかなったが。
 あの日々にまた戻るなんて絶対に嫌だ。でも承諾すれば、この外出禁止は解かれるかもしれない。

 最後に一度だけ、ノアに会える。その為だったら、なんだってできる。

「わかりました。騎士団には入団するから、それまでの間は外出を許可してほしい」

 絞り出した言葉に、兄上が鼻で笑う。

「あれほど嫌がっていたのに、あの旅芸人風情に会うためならば何でもするということか。そこまで入れ上げているとは、ここまで世間知らずにしてしまったのは私にも責任があるな」

 兄上が立ち上がって、俺の前にやって来る。迫りくる兄上の陰に飲み込まれ、背中がゾクリと震えた。

「旅芸人が本当に芸だけをやっていると思っているのか。ああいう下賤の者は裏で……」
「知ってる! そんなこと」

 俺の答えに兄上が僅かに目を見開く。
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