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第8話 サイラス
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翌日、昼過ぎのティータイムにサイラスはやって来た。
堀が深く、揉み上げから続く顎髭を蓄え、でっぷりとした体格のサイラスは、常に相手を値踏みするような目をしている。これでは、リゼルではなくとも「見下されてる」と思ってしまいそうだ。
応接室にお通しし、向かい合う。思えば、完全に2人きりの場で会うのは初めてかもしれない。私は執事長にそばにいるようにとお願いしていたが
「キミは他にも仕事があるだろう。下がりたまえ」
「ですが、奥様が……」
「キミは兄上の執事だろう。なぜ義姉上のお伺いを立てる必要がある。婿に行ったとはいえ、私は歴としたこの家の血筋だ。私に逆らうほどの執事がいるとは、恐れ入る」
そこまで言われては言い返せず、執事は一礼して私を気遣う視線を向けてから出て行った。やれやれと、サイラスはこれ見よがしに肩を竦める。
「もう少し執事の教育をした方がいい。兄上がいなくなった故、舐められているのではないか? やはり夫人が伯爵家を取り仕切るのは難しいようですな。私が代わりに使用人たちの教育をしてもよいが」
「ご心配いただき、ありがとうございます。ですが、皆私たちのために精一杯やってくれています」
鼻を鳴らし、不機嫌を隠そうともせずサイラスは足を組んだ。別にこんな文句を言うために来たわけでもないだろう。いや、文句を言うためにだけでもくるか。この人ならば。
「ところで」
サイラスは顎髭を撫でた。
「最近リゼルの様子はどうだね?」
サイラスにはリゼルと同い年の息子・アルフレッドがいる。リゼルが悪役令息として登場するラノベの真のヒーローだ。リゼルのイトコになる。
アルフレッドが幼い頃から神童と呼ばれていることは私も聞いている。何度か会ったことがあるが、後妻の私にも優しく丁寧に接してくれて、利発そうで屈託がなくまさに良いところのお坊ちゃまという感じだ。なぜこの嫌味っぽいサイラスからあんな子が生まれるのか不思議だ。
そんなアルフレッドはサイラスにとって自慢の息子で、いつも「我が息子は神童だ」と吹聴していた。実際そうなのだから文句のつけようがない。
リゼルとも仲良くしてくれようとしていたが、元々癇癪持ちだったリゼルの方がアルフレッドを寄せ付けず、ほぼ疎遠の状態だ。
サイラスが本当にリゼルを心配して聞いているわけではないことは承知の上で、私は微笑を浮かべる。
「お蔭さまで、徐々に元気を取り戻しております」
「父親が亡くなったというのに、もう元気だと? 義姉上もどれほど憔悴しきっているかと思えば、血色が良いではないか。未亡人となったというのに、なんと薄情な。兄上が不憫だ」
「いつまでも悲しんでいては、あの人も安心して天へと召されませんから」
確かに私は葬儀でも涙を流しもしなかった。夫が亡くなったことはショックだったが、元々金目当ての結婚だ。
その後、前世の記憶を取り戻しそちらに気を取られて悲しむ暇もなかった。それが薄情に見えたと言われても、否定はできない。
「しかし、リゼルが元気になったのは義姉上のお陰ですかな?」
サイラスは口髭の被さった唇の端を吊り上げた。
「最近、義姉上はリゼルに料理を作ったり勉強を教えていると聞いたが」
「お恥ずかしながら、今までは自分のことに精一杯で、リゼルに目を掛けてやれませんでしたので」
「とはいえ、少々やりすぎではないのか? 貴族の夫人が料理や勉強を教えるなど聞いたことがない。それは使用人や家庭教師の仕事だ」
昔の私ならば貴族のプライドとして家事などやらなかったし、それはロゼッタである私の母も同じだった。前世の母を手本にしてきていたが、それは上流階級の人間としては異様なことに映るだろう。
「ですが、母親としてあの子のためにできることをしてあげたいのです」
「義姉上は知らないかもしれぬが、伯爵夫人という立場で家事や育児に手を出すなど品位がない。特に女が勉強を教えるなど。みっともないと噂になるのは義姉上だけではないのですぞ」
「あの子は幼い頃に実母を亡くし、父まで亡くなり、深く傷ついているのです。できる限りあの子に寄り添ってやりたいと思うのは、悪いことなのでしょうか」
「外聞が悪い。父が息子に勉学を教えるならともかく、母が息子の面倒を見るなど」
言いたいことはそれだったか。人の口に戸は立てられない。私がリゼルのために料理や勉強をしていることがサイラスの耳に入るほどには、貴族の間で噂になっているようだ。
「サイラス様にご迷惑をお掛けして、大変申し訳ございません」
「そこでどうだ。リゼルを寄宿学校にやっては?」
突然の提案だった。貴族の子は家庭教師を付けるか寄宿学校で生活するかどちらかだ。そういえば、原作のリゼルの数少ない過去話として寄宿学校に行っていたと書いてあった気がする。でも、なぜ急に。
「兄上を亡くしたこの屋敷の環境は、リゼルにとっても良いものとは思えぬ。寄宿学校に入れば、どんな甘ったれでも厳しく躾けられ立派に成長する。私の知人に優秀な寄宿学校の教師がいてな。そこに口利きしてやろう」
「お、お待ちください。リゼルを寄宿学校にやる気はありません。あの子はまだ家族と共にいるべきです」
「家族?」
サイラスが鼻で笑う。
「リゼルの本当の家族はもういない。義姉上、あなたは所詮は他人だ。婚姻当時はリゼルに無関心だったではないか。そこまでしてリゼルを手放したくないと言うのは、どういうことかね?」
そこを突かれると痛いが、あの頃の私と今の私は違うんですと説明して理解してもらえるはずがない。
でも今の私はリゼルを断罪させないという使命がある。あの子にもっと愛情を注いでやりたい。
「リゼルは家庭教師と上手くやっていけず、勉強も遅れているのです。寄宿学校に入ってもついていけないかと」
「リゼルが読み書きもロクにできないということは聞いている。うちのアルフレッドは読み書き計算などとうにマスターしておる。これも私の躾と優秀な家庭教師がいてこその成果だ。しかし、この屋敷にはまともな躾ができる者さえいない。リゼルのためにも、一刻も早く寄宿学校へ行かせるべきだ」
サイラスが本気でリゼルのことを案じてくれているわけがない。なぜ私から引き離そうとするのか、真意がわからなかった。
「それに、だ。リゼルがいれば、義姉上の責務も果たせないだろう」
「私の責務、ですか?」
「兄上が亡くなってからというもの、1度も社交界に顔を出していないようではないか。貴族の夫人にとって社交界との繋がりが家を守る大切な責務。今までは喪に服していたと言い訳がついたが、これ以上はあらぬ噂を立てられる。伯爵家の品位を保つのも、夫人としての役割ではないのかね?」
以前の私は頻繁に開催される社交界パーティーが大好きだった。夫を伴って、場合によっては1人でも参加して本物の貴族になれた喜びで浮かれていた。
今となっては、何が楽しかったのかさっぱりわからない。お互いの自慢話や誰かの噂話や悪口に花を咲かせ、飽きもせず悪趣味な毎日を繰り返していた。そんな暇があるならば、今は少しでもリゼルの傍にいたい。
しかし、社交界の場に顔を出すのも貴族の仕事だというのは事実。あまり顔を出していないと、影で何を言われているかわかったものではない。
「……わかりました。社交界には出席いたします。ですが、リゼルは寄宿学校に入れず私が面倒を見ます」
「まだそんなことを。話によれば、リゼルの癇癪に義姉上もほとほと困らせられているのであろう。これは義弟として義姉上を思って言っているのだ。忘れ形見と言えば聞こえがいいが、継子を愛せるはずがない。早く手放してしまった方が――」
「あの子は私の息子です!」
聞いていられず、サイラスの言葉を遮ってしまった。これ以上何も言わせないように強い視線を送ると、サイラスのこめかみに青筋が立った。
「義姉上のためを思って言っているというのがわからぬか! 気分を害した」
サイラスが立ち上がりドアを勢いよく開けると、待機していた執事たちが驚いて取り囲む。が、執事たちの制止を追い払った。
じろりとした目が私に向けられる。
「このような継母に教育されるとは、リゼルの将来が楽しみだ。さぞや立派な伯爵となれるのだろうからな」
ドスドスと床が抜けるほどの足音を立ててサイラスが去って行った。全身の力が抜けて、ソファーへと沈み込む。
元々嫌味っぽい人ではあったし、婚約時から後妻である私を歓迎しているとは言い難かった。
しかし、あそこまで直接的に対峙したのは初めてのことで心身ともに疲れが襲う。
「母上?」
ひょこっと顔を出したのは、愛すべき私の息子だ。私の元に駆け寄ると、心配そうに見上げてくる。
「叔父上が来ていたんだろう? 何か言われたか?」
「なんでもないわ。リゼルのことをとても心配していただいただけよ」
「……ウソだ」
リゼルが唇を尖らせた。そんな可愛らしい顔を見れば、疲れも吹き飛ぶ。
「叔父上が俺を心配するわけないじゃないか。叔父上は俺に会うと嫌なことばかり言うんだ。だから会わないように逃げ回ってた」
「それは懸命だわ。叔父様の話はあまり……リゼルが聞くものじゃないから」
「でも、傍にいればよかった。叔父上が母上のことまでいじめるなんて」
「っ、聞いていたの?」
「聞いてない。でも母上、悲しい顔してる」
リゼルが小さな手を私の頬に当てた。暖かい。その宝石のようなふたつの瞳に私が映っていた。
「次、叔父上が来たら俺がギッタギタにしてやるから!」
「叔父様にそんなことを言ってはダメよ、リゼル。お母様は大丈夫だから」
本当は『そうよ! ギッタギタにしてちょうだい!』と思っていたが、そんなことは母親として言えるわけはない。
夫がいなくなった今、伯爵家としての仕事は実質サイラスが代行している。まだ後を継げない年齢のリゼルに代わって本当は私がその役を担うはずだったが「夫人に仕事などできない」と、取り上げられている状態だ。
ムカつくが無下にはできない。サイラスはそんな存在だ。
ふと見ると、心配そうな顔をしていたはずのリゼルが目に憎しみが宿っている。ラノベの挿絵で何度か見た悪役令息のリゼルの表情に似ている。これはいけない。
「リゼル、おやつはまだでしょう? 今日はお母様と一緒に作りましょうか」
明るい声でそう言うと、リゼルは顔を輝かせた。
「本当!? 俺、リンゴ煮とクリームの乗ったプティング、それからアーモンドのビスケットが食べたい!」
「お夕食が食べられなくなるから、どれかひとつにしましょうね」
「えー……」
リゼルの手を引いて厨房へと向かう。私はこうして、リゼルと普通の親子でいたいだけだ。
堀が深く、揉み上げから続く顎髭を蓄え、でっぷりとした体格のサイラスは、常に相手を値踏みするような目をしている。これでは、リゼルではなくとも「見下されてる」と思ってしまいそうだ。
応接室にお通しし、向かい合う。思えば、完全に2人きりの場で会うのは初めてかもしれない。私は執事長にそばにいるようにとお願いしていたが
「キミは他にも仕事があるだろう。下がりたまえ」
「ですが、奥様が……」
「キミは兄上の執事だろう。なぜ義姉上のお伺いを立てる必要がある。婿に行ったとはいえ、私は歴としたこの家の血筋だ。私に逆らうほどの執事がいるとは、恐れ入る」
そこまで言われては言い返せず、執事は一礼して私を気遣う視線を向けてから出て行った。やれやれと、サイラスはこれ見よがしに肩を竦める。
「もう少し執事の教育をした方がいい。兄上がいなくなった故、舐められているのではないか? やはり夫人が伯爵家を取り仕切るのは難しいようですな。私が代わりに使用人たちの教育をしてもよいが」
「ご心配いただき、ありがとうございます。ですが、皆私たちのために精一杯やってくれています」
鼻を鳴らし、不機嫌を隠そうともせずサイラスは足を組んだ。別にこんな文句を言うために来たわけでもないだろう。いや、文句を言うためにだけでもくるか。この人ならば。
「ところで」
サイラスは顎髭を撫でた。
「最近リゼルの様子はどうだね?」
サイラスにはリゼルと同い年の息子・アルフレッドがいる。リゼルが悪役令息として登場するラノベの真のヒーローだ。リゼルのイトコになる。
アルフレッドが幼い頃から神童と呼ばれていることは私も聞いている。何度か会ったことがあるが、後妻の私にも優しく丁寧に接してくれて、利発そうで屈託がなくまさに良いところのお坊ちゃまという感じだ。なぜこの嫌味っぽいサイラスからあんな子が生まれるのか不思議だ。
そんなアルフレッドはサイラスにとって自慢の息子で、いつも「我が息子は神童だ」と吹聴していた。実際そうなのだから文句のつけようがない。
リゼルとも仲良くしてくれようとしていたが、元々癇癪持ちだったリゼルの方がアルフレッドを寄せ付けず、ほぼ疎遠の状態だ。
サイラスが本当にリゼルを心配して聞いているわけではないことは承知の上で、私は微笑を浮かべる。
「お蔭さまで、徐々に元気を取り戻しております」
「父親が亡くなったというのに、もう元気だと? 義姉上もどれほど憔悴しきっているかと思えば、血色が良いではないか。未亡人となったというのに、なんと薄情な。兄上が不憫だ」
「いつまでも悲しんでいては、あの人も安心して天へと召されませんから」
確かに私は葬儀でも涙を流しもしなかった。夫が亡くなったことはショックだったが、元々金目当ての結婚だ。
その後、前世の記憶を取り戻しそちらに気を取られて悲しむ暇もなかった。それが薄情に見えたと言われても、否定はできない。
「しかし、リゼルが元気になったのは義姉上のお陰ですかな?」
サイラスは口髭の被さった唇の端を吊り上げた。
「最近、義姉上はリゼルに料理を作ったり勉強を教えていると聞いたが」
「お恥ずかしながら、今までは自分のことに精一杯で、リゼルに目を掛けてやれませんでしたので」
「とはいえ、少々やりすぎではないのか? 貴族の夫人が料理や勉強を教えるなど聞いたことがない。それは使用人や家庭教師の仕事だ」
昔の私ならば貴族のプライドとして家事などやらなかったし、それはロゼッタである私の母も同じだった。前世の母を手本にしてきていたが、それは上流階級の人間としては異様なことに映るだろう。
「ですが、母親としてあの子のためにできることをしてあげたいのです」
「義姉上は知らないかもしれぬが、伯爵夫人という立場で家事や育児に手を出すなど品位がない。特に女が勉強を教えるなど。みっともないと噂になるのは義姉上だけではないのですぞ」
「あの子は幼い頃に実母を亡くし、父まで亡くなり、深く傷ついているのです。できる限りあの子に寄り添ってやりたいと思うのは、悪いことなのでしょうか」
「外聞が悪い。父が息子に勉学を教えるならともかく、母が息子の面倒を見るなど」
言いたいことはそれだったか。人の口に戸は立てられない。私がリゼルのために料理や勉強をしていることがサイラスの耳に入るほどには、貴族の間で噂になっているようだ。
「サイラス様にご迷惑をお掛けして、大変申し訳ございません」
「そこでどうだ。リゼルを寄宿学校にやっては?」
突然の提案だった。貴族の子は家庭教師を付けるか寄宿学校で生活するかどちらかだ。そういえば、原作のリゼルの数少ない過去話として寄宿学校に行っていたと書いてあった気がする。でも、なぜ急に。
「兄上を亡くしたこの屋敷の環境は、リゼルにとっても良いものとは思えぬ。寄宿学校に入れば、どんな甘ったれでも厳しく躾けられ立派に成長する。私の知人に優秀な寄宿学校の教師がいてな。そこに口利きしてやろう」
「お、お待ちください。リゼルを寄宿学校にやる気はありません。あの子はまだ家族と共にいるべきです」
「家族?」
サイラスが鼻で笑う。
「リゼルの本当の家族はもういない。義姉上、あなたは所詮は他人だ。婚姻当時はリゼルに無関心だったではないか。そこまでしてリゼルを手放したくないと言うのは、どういうことかね?」
そこを突かれると痛いが、あの頃の私と今の私は違うんですと説明して理解してもらえるはずがない。
でも今の私はリゼルを断罪させないという使命がある。あの子にもっと愛情を注いでやりたい。
「リゼルは家庭教師と上手くやっていけず、勉強も遅れているのです。寄宿学校に入ってもついていけないかと」
「リゼルが読み書きもロクにできないということは聞いている。うちのアルフレッドは読み書き計算などとうにマスターしておる。これも私の躾と優秀な家庭教師がいてこその成果だ。しかし、この屋敷にはまともな躾ができる者さえいない。リゼルのためにも、一刻も早く寄宿学校へ行かせるべきだ」
サイラスが本気でリゼルのことを案じてくれているわけがない。なぜ私から引き離そうとするのか、真意がわからなかった。
「それに、だ。リゼルがいれば、義姉上の責務も果たせないだろう」
「私の責務、ですか?」
「兄上が亡くなってからというもの、1度も社交界に顔を出していないようではないか。貴族の夫人にとって社交界との繋がりが家を守る大切な責務。今までは喪に服していたと言い訳がついたが、これ以上はあらぬ噂を立てられる。伯爵家の品位を保つのも、夫人としての役割ではないのかね?」
以前の私は頻繁に開催される社交界パーティーが大好きだった。夫を伴って、場合によっては1人でも参加して本物の貴族になれた喜びで浮かれていた。
今となっては、何が楽しかったのかさっぱりわからない。お互いの自慢話や誰かの噂話や悪口に花を咲かせ、飽きもせず悪趣味な毎日を繰り返していた。そんな暇があるならば、今は少しでもリゼルの傍にいたい。
しかし、社交界の場に顔を出すのも貴族の仕事だというのは事実。あまり顔を出していないと、影で何を言われているかわかったものではない。
「……わかりました。社交界には出席いたします。ですが、リゼルは寄宿学校に入れず私が面倒を見ます」
「まだそんなことを。話によれば、リゼルの癇癪に義姉上もほとほと困らせられているのであろう。これは義弟として義姉上を思って言っているのだ。忘れ形見と言えば聞こえがいいが、継子を愛せるはずがない。早く手放してしまった方が――」
「あの子は私の息子です!」
聞いていられず、サイラスの言葉を遮ってしまった。これ以上何も言わせないように強い視線を送ると、サイラスのこめかみに青筋が立った。
「義姉上のためを思って言っているというのがわからぬか! 気分を害した」
サイラスが立ち上がりドアを勢いよく開けると、待機していた執事たちが驚いて取り囲む。が、執事たちの制止を追い払った。
じろりとした目が私に向けられる。
「このような継母に教育されるとは、リゼルの将来が楽しみだ。さぞや立派な伯爵となれるのだろうからな」
ドスドスと床が抜けるほどの足音を立ててサイラスが去って行った。全身の力が抜けて、ソファーへと沈み込む。
元々嫌味っぽい人ではあったし、婚約時から後妻である私を歓迎しているとは言い難かった。
しかし、あそこまで直接的に対峙したのは初めてのことで心身ともに疲れが襲う。
「母上?」
ひょこっと顔を出したのは、愛すべき私の息子だ。私の元に駆け寄ると、心配そうに見上げてくる。
「叔父上が来ていたんだろう? 何か言われたか?」
「なんでもないわ。リゼルのことをとても心配していただいただけよ」
「……ウソだ」
リゼルが唇を尖らせた。そんな可愛らしい顔を見れば、疲れも吹き飛ぶ。
「叔父上が俺を心配するわけないじゃないか。叔父上は俺に会うと嫌なことばかり言うんだ。だから会わないように逃げ回ってた」
「それは懸命だわ。叔父様の話はあまり……リゼルが聞くものじゃないから」
「でも、傍にいればよかった。叔父上が母上のことまでいじめるなんて」
「っ、聞いていたの?」
「聞いてない。でも母上、悲しい顔してる」
リゼルが小さな手を私の頬に当てた。暖かい。その宝石のようなふたつの瞳に私が映っていた。
「次、叔父上が来たら俺がギッタギタにしてやるから!」
「叔父様にそんなことを言ってはダメよ、リゼル。お母様は大丈夫だから」
本当は『そうよ! ギッタギタにしてちょうだい!』と思っていたが、そんなことは母親として言えるわけはない。
夫がいなくなった今、伯爵家としての仕事は実質サイラスが代行している。まだ後を継げない年齢のリゼルに代わって本当は私がその役を担うはずだったが「夫人に仕事などできない」と、取り上げられている状態だ。
ムカつくが無下にはできない。サイラスはそんな存在だ。
ふと見ると、心配そうな顔をしていたはずのリゼルが目に憎しみが宿っている。ラノベの挿絵で何度か見た悪役令息のリゼルの表情に似ている。これはいけない。
「リゼル、おやつはまだでしょう? 今日はお母様と一緒に作りましょうか」
明るい声でそう言うと、リゼルは顔を輝かせた。
「本当!? 俺、リンゴ煮とクリームの乗ったプティング、それからアーモンドのビスケットが食べたい!」
「お夕食が食べられなくなるから、どれかひとつにしましょうね」
「えー……」
リゼルの手を引いて厨房へと向かう。私はこうして、リゼルと普通の親子でいたいだけだ。
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