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勇者開始

銀狼

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 馬車から見える場所に開けた場所があったので村人に使用の確認をしたうえで使わしてもらう。



 素人剣術だが上段からの振り下ろし、下段からの切り上げ、突き、切り払いと一通り振るってみる。

 技術も何もないが凄い速度だ。



 地面に転がる小石を数個持って少しだけ上に放り投げる。しばらくして、重力に負けて落ちてきたので集中を高める。

 落ちてくる速度がすごくゆっくりに見えた。一人だけ違う世界にいるようでそれぞれの石に複数回切り付けて粉々にすることさえできた。



 次に、かなりの小石を同じように上に放り投げた。自分の視界に入っていないものでも位置が手に取るようにわかる。

 先ほどと同じように切り付け、地面に落ちるころには全て粉々になって降り落ちる。



 これは、すごいな。そう思っていると後ろから声がかかる。



「体を動かしたいのであれば付きあおう」



 振り返ると

 170cmくらいはありそうな体躯に装飾入りの立派な鎧を身に着け、背に盾と剣を背負った女性騎士、レイア・フォン・ヴァルキアがそこに立っていた。



 燃えるような赤髪に同色の左目、そして、雪をイメージさせる白色の右目。それらが対照的で一種の幻想的な雰囲気さえ与えている。





「ああ、レイア殿か。ありがとう。少しだけ付きあってくれるか?体の動きに合わせて君の動きも慣れさせたいから怪我をしない程度に全力を出してもらえると助かる。」



「わかった。それと貴殿のが立場は上、敬称は不要だ。」



「そうか。ではレイア、よろしく頼む。」



 レイアはどうやら片手剣を獲物とするようだ。左手の盾を体の前に置きつつ、右手の剣を切っ先をこちらに向けた状態で頭上に構えた。

 小声で聞きなれない何かを唱え、その直後体が淡く光り出した。報告書にあったがあれが防御魔法だろう。



 こちらを警戒しているのかじりじりと距離を詰めてくる。

 そう思っていると、突如、こちらに駆けだした。



 速い。だが、目で追えるし体も追いつく。

 流れるような動きでレイアが連撃を打ち込んでくるが、身体能力任せにそれらを捌いていく。

 しかし、砂を蹴り上げて目つぶしを仕掛けてきたりと騎士という単語でイメージしていたものよりも戦闘スタイルが泥臭い。



 数十合打ち合っただろうか、相手が引くような姿勢を見せたので追いかけ、かなり力を入れて打ち込んだ。

 相手は盾を滑り込ませ対応するもかなりの衝撃だったのか苦悶の表情を浮かべている。



 相手が体勢を崩したので今度はこちらから仕掛けていこうと上段で攻撃を振り下ろす。しかしその瞬間、盾をこちらに投げつけ、視界を遮ってきた。

 こちらは少し驚いたこともあり、中途半端な力での攻撃となってしまう。



 それに対しレイアは瞬時に剣を斜めに構え、こちらの上段切りに添わせるように刃を滑らせた。受け流され、空を切った俺の剣。そして、無防備に晒した俺の首元を狙い相手の剣が向かってくる



 通常ならこれでこちらの負けだろう。しかし、勇者ボディは伊達じゃない

 無理な体勢を力任せに強引に修正し、鋭く剣を振り上げた。弾き飛ばされる相手の剣

 そしてそのまま首筋に剣を当てると相手が降参の意を示した。



「さすが……だな」

「いや、あれはほぼ負けだったよ。身体能力頼りみたいなもんだし。ところで参考として聞きたいんだけど、レイアはこの国でどれくらいの強さなんだろう?」



「純粋な剣術による戦闘であれば近衛騎士団長に次ぐ強さだ。相手が魔法を使ってくる状況であれば魔眼による補正もあるのでどうかはわからないが。」

「なるほど。ありがとう。」



 若干安心した。勇者が負けそうになった相手は実は一般兵レベルでしたって落ちだったらこの先生きていく自信がなくなる。



 しかし、この人ただ素っ気ないだけで受け答えはしっかりしてくれるしただ口数が少ないだけなのかもしれないな。



 というより懐いてくれていた前の会社の後輩に雰囲気が凄く似ている。

 あいつも女性にしてはえらく身長が高いうえに無表情だったから最初は凄く冷たい印象だったんだよな。



 けど、実際関わってみると口下手かつ感情を表に出すのも苦手、その上困っててもこっちが言うまで助けを求めないという隠れポンコツなのが分かった。

 ついほっとけなくて、世話を焼いてるうちに頭撫でたり、説教したりと世間でいう妹のように接してしまったし。まあどこまでいっても顔面の表情筋は常にボイコット状態だったが。



 おっと、いかんいかん。思考が逸れた。



「それじゃあ、体も暖まってきたところだしサクラのところに荷物が準備できたか聞きに行くか。」

「その必要はない。私が荷物を預かり、そのために呼びに来た。案内役の村人も準備ができていると聞いている」



「あー。そうなのか。じゃあいこう」

 おいおい。それは先に言ってくれ。案内役の人も待ってたんだろうし。と、そこら辺の空気の読めなさもあいつにそっくりだと若干苦笑と共に親近感が湧いてくる。





 レイアは無言で頷き先導を始める

 少し歩くと立っている村人が見えてきた。



「勇者様でしょうか。私が最初に魔物を見つけましたのでその地点までご案内させていただきます。」



「ありがとうございます。よろしくお願いします」



 案内役の村人が森の中に入っていく。1時間ほど歩くと小高い丘がありそこに登っていく。



「あそこに洞窟があるのが見えるでしょうか。私は目がよく、たまたまあの洞窟から狼が出てくるのが見えたんです。

 ここらへんで狼なんてめったに見かけないので珍しいなとは思いつつ、その日はそのまま村へ帰って酒のつまみがてら他の奴に話をしたんです。まさかそんな強力な魔物とは思いもかけず」



「なるほど、わかりました。ここからは私の仕事です。危険があるといけないので村に戻っていてください。」



 村人を村に戻し、洞窟に向かって進む。そして、洞窟に着くと荷物にあったたいまつを片手に中へと入った。

 本当に勇者ボディは万能で夜目もある程度効いており、レイアに急な地面の凹凸を伝えながら進んでいく。



 かなり歩いただろうか。目の前に日の光のようなものが見えてきた。そこへ進むと崖に囲まれた広間のような場所にたどり着く。

 周りをみるとかなりの高さまで崖が続いているようだ。足場のような場所がところどころにはあるものの、その崖は険しく切り立っており、まるで檻に囚われてしまったようにも錯覚する。



 ここはなんなんだろう。そう思っていると崖を飛び跳ねるようにして影が降りてくる。敵性生物の接近を聖剣が感覚で伝えてきた。



「レイア!!来たぞ」



 白銀の毛並みを持った馬ほどの大きさの狼が地面に降り立つ。

 警戒しているようで唸りながらこちらに殺意を放っている。



 そして、こちらも迂闊に飛び掛かることはせず、臨戦態勢のまま相手の動きを観察しているので、一時的な膠着状態に陥った。



 これは楽勝とはいかなそうだ。ピリつくようなプレッシャーがその強さを否応なしに伝えてくる。



 このままじゃ埒が明かないと思い。一瞬レイアに視線を投げる。彼女も同じように考えていたのか無言で頷いたので駆け出し相手に攻撃を仕掛けた。



 初手でしかけた俺の攻撃は相手に軽やかに躱され、続いて放たれたレイアの突きは硬質な音と共にその毛皮に弾かれた。

 それでも若干よろめかせることができたようで相手は反撃もせず、大きく距離を取った。



 同じ光景が何度も繰り返される。俺の攻撃は技術不足から直線的な攻撃になりがちであるために全て回避され、レイアの攻撃は決め手に欠ける。これじゃジリ貧だな。



 しかし、相手も致命打には程遠い無いものの多少のダメージを受け、かなりいら立っているようで最初に増して殺気だっている。



 同じようにまた攻撃を仕掛けようとした瞬間、相手が咆哮を上げた。

 音自体の大きさに地形の反響が加わり、一瞬体が硬直する。聴覚の敏感さが裏目に出た。

 そしてその隙を見逃さないよう銀狼は弾丸のような速度でレイアに接近し、その巨体と硬さを活かした体当たりを行う。



 レイアは、その攻撃をなんとか盾で防ぐものの、衝撃に耐えられず凄まじい勢いで壁に吹っ飛ばされてしまった。

 盾は大きく陥没し、ぶつかった壁は大きな亀裂が入っている。そして、その余波で洞窟の入り口も落石で塞がれてしまう。

 彼女は気を失っているのか額から血を流したまま立ち上がってこない。



 仲間が傷つけられて激高した俺は銀狼の方に駆けだし、連撃をしかけた。しかし、そのどれもが難なく回避されてしまう。



 くそっ!全く当たらない!?どうすればいい!?

 レイアの怪我の具合もわからない。早く薬で治療しないとまずいかもしれないのに



 焦燥感が身を焦がす。ダメだ!こんな時こそ冷静になれ!!焦ってする仕事はろくなことになってこなかっただろうが



 一度距離を取り、深呼吸。冷静になった頭で相手を観察した。

 どうやら相手は聖剣を最も警戒しているようで、よく見ると俺ではなく聖剣の方に強く視線を向けている。

 そうか、それなら…これでどうだ!?



 俺は聖剣を全力で投擲、それと同時に相手に向かって駆けだした。

 投げられた聖剣は相手の意表を多少突いたようだが、簡単に回避され、壁に突き立つ。そして、丸腰の俺を見て銀狼が突っ込んでくる。



 激突の直前、俺は聖剣を強く意識しながら叫ぶ。

「来い!!」



 すると、聖剣は粒子化し俺の手元に瞬間移動した。相手の動きが目に見えて鈍る。

 しかし、既に勢いを止められる間合いではない。体を捩りなんとか身を逸らそうとする銀狼に向け、俺は全力で聖剣を突き立てた。



 一瞬強い感触があるが、すぐにそれを貫通する。銀狼は激しくのたうち回るも、明らかな致命傷に徐々に動きが無くなっていった。



「終わった……のか?そうだ!レイア!治療をしないと」



 レイアの側に寄り、手持ちの荷物から薬を取り出す。そして口に含ませると体が微かに発光し腫れあがっていた打撲の跡などがみるみる治っていく。



「…………ん。終わったのか?」

「ああ。何とか倒したよ」



 凄まじい効き目だ。完全回復とはいかないが、少なくとも意識は戻ったようでよかった。

 これはサクラにお礼を言わないとな



 しばらく時間を置いてレイアの回復を待ち、なんとか歩けるほどまで回復したようなので立ち上がる。

 しかしその時、遠くから微かに鳴き声が聞こえた。音はどうやら岩陰からしているようだ。聖剣から

敵性体の反応は感じられないものの慎重に近づき覗き込んだ。



 すると、銀の毛並みをした子犬ほどの狼がこちらに目を向けすり寄ってきた。敵意は全く無いようでむしろ強く体をこすりつけてくる



 なるほど、あの銀狼は子供を守りたかっただけってことか。恐らく殺すべきなのかもしれないが、こちらに敵意を向けていない動物を殺すのは気が咎める。それに母親を殺めたという罪悪感も多少なりともあるし。



「どうした?何をしている?」

「子供がいたようだ。正直殺すべきだとは思うが迷っている。どうしたらいいと思う?」

「村人の要望は果たした。その先のことはあなたの自由だ」



「殺さなくてもいいかな?」

「好きにすればいい。実際まだそいつ自体は人を襲っていないのだしな。それに先ほどの生体を倒せる貴方ならば何かあった時に対処できるのだろう?」

「そうか。少し心が軽くなったよ。ありがとう」



 まあ連れていくわけにもいかないだろうしここに放置するほかないか。

 とりあえずレイアも薬を飲んだとはいえ休息が必要だろうしすぐに村に戻ろう。



「来た道は落石に塞がれてしまったみたいだしこの崖を上がっていくほかないみたいだな。申し訳ないけど俺の背に乗ってもらっていいかな」



「すまんが頼む」



「いいさ。体につかまっていてくれ」



 そして俺は、崖の足場を渡るように登って外へ出ると、レイアを背に負ったまま森の中を駆け抜けた。

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