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王都への帰還

姉妹愛は宝石の如く

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 あれからまた日が経った。



 午前は剣闘士の試合を見つつ自分ならどう動くかを同時にイメージする。

 その後、昼食を食べてから午前の復習も兼ねた戦闘訓練を魔法も組み合わせながら行う。

 そして、鍛錬が終わるとアインとパトロールという名の散歩をし、大通りの商店街の人と話す。

 最期に、裏通りに入って孤児院に行く。



 というのが俺の毎日のルーティンになっていた。



 そして、今日は生誕祭当日だ。

 とんでもない数の人が王都の外からも集まってきている。

 正直、ここまでの規模とは思わなかった。



 確かに、この人込みの中を子供だけで進むのは至難の業だろう。押し合い、押され合い、前世の大規模な祭りとなんら遜色ない。



 ちなみに、この屋敷で祭りに参加するのは俺とアオイだけだ。



 レイアは珍しく貴族の行事に出かけている。

 生誕祭の運営は王族と大貴族の連名で行われるため主賓としてどうしても出席する必要があるようだった。



 そして、サクラとカエデは獣人ゆえの不参加

 アインは歩くだけで人を傷つけかねないのでお留守番だ。



 アオイも姉が行かないなら自分も行かないと最初は言っていた。しかし、カエデが行くように言い聞かせ、それでアオイも行くことになった。



 その時の光景を思い出す。









「お姉ちゃんが行かないなら私も行かない」



「アオイは行ってきていいのよ」



「いやだ。行かない」



 カエデは苦笑するような優しい笑みになると言い聞かせるように話しかけた。



「私が本当は祭りに行きたいのに、でも行けない。

 貴方はそれを気にして行かないと言ってくれるのでしょう? 

 自分も本当は行きたいのに。

 でもいいのよ、貴方は行って」



「でも……お姉ちゃんが」



「いいの。私は貴方の話を聞ければ楽しめるわ。

 だから、貴方は祭りをしっかりと見て、聞いて、感じてきて?

 そして後で私に教えて頂戴。それで私も祭りを楽しむことができるわ。

 貴方は我慢しなくていいの。昔は私が行けないところは貴方も行けなかった。

 でも今は違うわ。私以外に守る人がいる。だから、その幸運をどうか無駄にしないで」



「……うん。わかった」



 行きたい妹の気持ちを気遣う姉と、行けない姉の気持ちを気遣う妹



 この姉妹は本当にお互いのことが好きなのだろう。



 その姉妹愛はまるで宝石のように輝いて見えた。



 









 そして当日。今日の俺は小さなお姫様のナイト役だ。



 はぐれないようにアオイと手をつなぐと祭りで賑わう大通りへと歩き出した。





 レイアの屋敷は貴族達の住まう区画に位置しているようで祭り客はほとんどいない。

 だが、少し歩くと人ごみが壁のようになっていた。

 その奥を見ると屋台やら出し物が見える。



 アオイを見る。背丈が足りないようで何も見えないようだ。精一杯背伸びしているがあまり意味はないだろう。



 とりあえず、肩車をするため腰を落とす。

 そして、アオイに指示して肩に足を掛けさせると立ち上がった。



 視界が高くなって見えるようになったのか、いつもはしっかり者のこの少女も年相応にはしゃいでいる。



 通りを流れに沿って歩いていく。

 串焼き、甘味、飲み物、雑貨、占い、挙句の果てには武器屋などたくさんの店に寄っては気に入ったものを買っていく。

 最初、アオイはお金を出そうとしたが、今日はアインの代わりのパトロールだから経費は俺持ちだと伝えた。



「でも、パトロールじゃないよ。お祭り楽しんでるだけなのに。」



 本当にまじめでいい子だ。微笑ましくなる。



「いいんだよ、こういう時は。姉ちゃんの分まで楽しむんだろ?最近よく食べるようになってきたんだからあのペースじゃ財布が足りないぜ?」



 そういうとレディによく食べるは禁句だったようで頭をポカポカ叩いてくる。

 まあよく食べるようになってきたのは事実だし体つきもよくなってきた。

 おっと、変な意味じゃないぞ?



 以前は姉妹二人で切り詰めていたからだろう。どちらかというとやせ細っていた。

 でも、最近は平均的な太さまで戻ってきている。

 姉妹はその美しさを取り戻しつつあり、まさに美少女と言えるようになった。



「もう。そんなこと言う勇者様は嫌い!……でも、ありがとう」



「今日一日はアオイだけの騎士なんだ。何なりとお申し付けください。お姫様。

 そのすべてを叶えて御覧に入れます」



「うむ。しっかり頼むぞ」



 冗談を言い合うとどちらともなく噴き出した。

 子供は気遣いなんかしなくていい。

 守れる人がいるならば、別に無理に大人になる必要はないのだから。



 屋台を回っていると商店街の人に会うことが多々あった。どうやら、普段は店舗でやっている人も一時的に屋台を借りて人の多いところまで出店しに来る人が多いようだ。



「おっ!勇者様じゃあないですか。今日の串焼きは絶品だよ?食べてかないか」



「串屋のおっちゃんか。じゃあそれぞれ二本ずつくれ」



「毎度あり!またアインと来てくれよな」



「俺はこの店に一体いくら貢がされるんだろう」



「ははっ!勇者様は太っ腹だから助かるぜ。おっとお嬢ちゃんにもサービスだ」







「あら、勇者様じゃないの。今日の野菜は珍しい物ばかりよ。ぜひ見てってね」



「八百屋の姉さんか。じゃあこの歩きながら齧れそうなやつくれよ」



「毎度あり!ちゃんと野菜食べなきゃだめよ?」



「俺のおかんかよ」



「イケメンの健康は私が守らないとね!!今日は小さなお姫様がいるようだしサービスしとくわ」



 毎日のように商店街にアインと繰り出しているだけあって、かなり知り合いは増えた。



 ただ、アオイは知らない人の前ではあまりしゃべらない。

 姉妹だけで生きていた処世術のようなものだと知っているので別に何かを言うつもりはないが、少しでも知り合いと呼べるような人が増えて欲しい。

 老婆心ながらそう思う。















 大体の店を歩いただろうか。そろそろ日も落ちてきてお酒や夜のイベントのような大人向けの時間となるようだ。



 アオイは今日はとても楽しそうにはしゃぎ、子供らしい笑い声を響かせていた。



 コインを消したり、帽子の中から鳥が出てくるマジックを見た時

 綿菓子のような綺麗で、美味しいお菓子を食べた時

 腕相撲大会で優勝したやつが誰でもかかってこいと言った目の前に俺がいた時

 金魚すくいのようなもので振る速度が速すぎて使う前に俺が網を破った時





 大通りを黙って歩く。

 少しウトウトとし出したので肩車ではなくおんぶの位置に移動させた。

 すると眠そうな声で話しかけられる。



「……ねえ、勇者様。今日すごく楽しかったね」



「ああ」



「……初めて見るものがいっぱいだった。」



「ああ」



「……お姉ちゃんにもお祭り見せてあげたかったな」



「ああ」



 そこまで言うと背中から寝息のような音が聞こえる。



「姉に祭りを見せたいか…………」



 暗くなりつつある空を見上げる。

 太陽の光に隠れていた星達が少しずつ姿を見せ始めていた。



 子供の時間は終わった。

 どうやら、大人が動き出す時間が近づいているようだ。

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