人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

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三章 -変わる関係-

氷室 誠 三章③

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 翌日、気づいたら寝てしまっていたらしい。

 カーテンから差し込む太陽の光で目が覚めた。変な姿勢で寝ていたからだろう、体の節々が痛くて、凝りを解すために伸びをしながら、視線に気づいた。


「あれ?起きてたんだ」


 そちらに目を向けると透が自分の腕に顔を乗せた状態でこちらを見ていた。何が楽しいのか上機嫌そうに。


「なに?なんか顔についてる?」


「目と鼻と口がついてるよ」


「あれ?寝てるうちに眉毛どっか落としたかな」


「あははっ。ごめん、眉毛もちゃんと付いてる」


 朝から機嫌が良さそうで何よりだ。朝の弱い俺としては、とても羨ましい。


「ごめんね、昨日寝ちゃって」


「いいさ。結局俺も寝てたしな」


「ほんとにごめん」


 その顔を見ればわざとじゃないことはわかる。それに、別に怒るほどのことでもないしな。 


「ほんとに気にしなくていい。可愛い寝顔も堪能させてもらったし」


「…………待ち受けにしてくれるなら、写真撮ってもいいんだよ?」


「嫉妬した男どもに夜道で刺されそうだから遠慮しとくよ」


「そっか、残念。でも、お詫びに美味しい朝ごはん作るから食べてって。ね?」


「あー。じゃあ」
 

 そうするかな。そう答えようとした時、ポケットでスマホが連続して振動した。画面を見ると、相手は友達の健だった。


「ごめん、電話だ。もしもし?」


≪おい、誠。お前、どこいんの?≫


「え、なんで?」


≪なんでって。今日、隆の家に九時集合だったろうが。やるんだろ?桃鉄百年戦争≫


「やべっ。忘れてた」


≪おいおい。相変わらずマイペースなやつだな。とりあえず、すぐ来いよ。じゃあな≫


「あっ切れた」

 
 ツー、ツーとなる電話の音が電話が切れたことを伝えてくる。しかし、完全に忘れてた。
 というか、予定外の出来事で意識から飛んでいた。


「ごめん。友達との予定忘れてたから――」


 そこには、まるで風船のように頬を膨らませた透が上目遣いでこちらを睨みつけていた。
 俺は、特に悪いことをしたわけでは無いのに何故か口ごもってしまう。


「ごめん」


「友達の家に遊びに行くんだ。すごく、うん、とっても楽しそうだね。私なんて、高校生になってから一度も行ったことないのに。ほんと!羨ましい」


 なぜ俺は責められているのだろう。しかし、藪蛇をつくわけにもいかないのでとりあえず謝ることにする。


「いや、ほんとにごめんって」


「…………ううん。もとはと言えば、私の方が後の約束なんだし、仕方ないよね」


 怒っているようだった彼女は、急に諦めたような、寂しそうな笑顔をした後、こちらの背中を押し出すようにして玄関の方に連れて行く。
 

「ほら、遅くなっちゃうよ。相手待たせてるんだし早くいかなきゃ。そう言えば、私も洗濯とか色々としなきゃいけないしさ。一人暮らしって意外と忙しいんだから」

 
「え、ちょっと」


 まくし立てるような勢いでそう言いながら、早くいけといった様子で強く押される。
 そして、玄関に着くと、学校で見るような優しい笑顔で笑った。


「高校生の夏休みだもん。楽しまなきゃ損だよ。………………バイバイ」

 
 昨日とはまるで違う、とても、穏やかで、慈愛に満ちた笑顔で彼女は手を振った。


「ああ、じゃあ」


 そう言って俺は彼女に背を向ける。そして、ドアノブを握ろうとして、止まった。


「どうしたの?」


 やっぱり、何かスッキリしない。だから、もう一度振り返って言った。




「…………友達の家行くの羨ましいって言ってたよな?」


「え?あ、うん、言ったかも?」


 もしかしたら勢いでそう言っていただけかもしれない。少し、戸惑ったような風で彼女はそう答えるが、中途半端に出した言葉はもう引き戻せない。


「よかったらだけど。どっかでウチくる?」


「……………………」


「透?」


「行く!絶対に、行く。今すぐ行く」

 
 しばらくの無言の後、急に勢いづいた彼女は密着するような距離まで近づき興奮した様子でそう言ってきた。


「いや、ちょっと待った。今すぐは無理だって、また連絡するから。ほら、スマホ出して」

 
 差し出されたスマホを操作して連絡先を交換する。一ヶ月隣の席ではあったが、特に連絡する用事もなかったので別に交換はしていなかった。


「じゃあ、今日は帰るよ。また、連絡するから」


 彼女は、両手でスマホを持ち、しばらく画面を見つめた後、先ほどまでの穏やかな物とは違う、子供のような笑顔で笑った。


「待ってるから。絶対に連絡してね?」


「ああ。それと、昨日の晩飯ありがとう。じゃあ、また」


「うん。また、ね」






 アパートの階段に自分の靴が当たる音が一つずつ響く。


 誘った理由はよく分からない。それに、友達の多い彼女が本当に友達の家に行ったことがないのかも。

 でも、あの生活感の無い家と、寂しそうな笑顔。それが頭から離れなくなってつい、言ってしまった。

 



「まぁ、言っちまったもんは仕方ない。というかそれより、泊まる連絡するの忘れてたからそっちのが気になってきた」


 ヘルメットを被るとそれまで周囲を取り囲んでいた蝉の声が少し遠くになったように感じる。
 
 夏休みの始まりは、母さんの小言からだな。そう思いつつ、アクセルを吹かす。

「あれ?俺ってそもそもなんで来たんだったっけ」

 とぼけたことを抜かす俺に、照りつける太陽は、暑さ以外は教えてくれそうになかった。
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