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四章 -近づく関係-
蓮見 透 四章①
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翌朝、いつもの時間に目が覚める。これまでとは違う意味での眠りの浅さに我ながら子供だなと苦笑する。
「ふふっ。まるで、遠足前の小学生だよね」
だが、二度寝するわけにもいかないので、まだ若干残る眠気を吹き飛ばす意味も込めてシャワーを浴びにいく。
少し甘めの香りのするボディシャンプーを手に取ると、丁寧に体を洗う。
そして、それを洗い流しながらこの後にすることを考えていく。
昨日のうちにお土産は既に買ってあるし、服も準備してある。恐らく、時間的には余裕だろう。
「お土産ははずれの無い物を選んだし大丈夫だよね」
浴室を出ると肌のケアを念入りにしつつ、いつもはあまり使わないヘアアイロンも使いながら髪を整えていく。
さらに、準備をしておいた服を着た後、メイクに時間をかけた。
そして、最後に唇にルージュを塗り、鏡の前で笑顔を作る。
「よし!いい感じかな。でも、少し早すぎたか」
待ち合わせまではまだまだ時間がある。何をしようかと考えている時、ふとスマホが目に入ったのでメッセージを見返す。
彼が家に来た日から、数日ではあるが毎日連絡を取り合っていた。
返信は素っ気ない物だったけれど、それが彼らしい。何気ない一言で一喜一憂して、色の付いた毎日。
それは、以前に比べればとても贅沢な日々だと思う。
「どんどん欲張りになっちゃうよね…………早く、会いたいな」
彼の家族に会うことに不安はある。だけど、それ以上に彼に近づけるのが嬉しかった。
何度も飽きずに、その変わらない文字の羅列を見返しているうちに、時間は過ぎていった。
◆◆◆◆◆
ふと気づくと、ちょうど良いくらいの時間になっていた。
数度鏡を見返し、変なところがないかチェックする。
「行ってきます」
あまり出番は無いものの、お気に入りのヒールサンダルを履き、玄関に置いておいた麦わら帽子を被ると扉を開けた。
雲一つ無い夏の空は、自分の心を写しているかのように澄み渡っていて、上げた足は軽やかに進んでいった。
足元から入り込んでくる風が少し新鮮だ。
以前、制服姿の時に下から視線を向けられていることに気づいてからは、登校時は必ずスパッツを着るようにしている。
それに、特段不便も無いのでプライベートでもスカートではなくパンツばかりを選択していた。
「皆にもったいないって言われても、ずっと着てこなかったのに。どうなるかわからないもんだなぁ」
昔を思い出しながら、つい独り言が漏れる。
当然、彼が迎えに来てくれると言ってくれたのはとても嬉しかった。だけど、何も下に履かずにスカート姿でバイクに乗るのは難しいので断った。
今日は初めて家に遊びに行く日。可愛いと思って貰えることのほうがずっと大事だったから。
恋する乙女は複雑だな。私は、つば広の帽子を目深に被り、周りから顔を隠しつつも、そう思った。
◆◆◆◆◆
バスから降りた後、日陰になった公園のベンチに座っていると、彼がだるそうに歩いてくるのが見える。
だが、駆け寄りそうになった瞬間、Tシャツに短パン、とてもラフな格好に少し意地悪をしたくなる。
私は、朝からオシャレしてきたのに、さすがにそれは無いだろうと思って。
相手にバレないようにゆっくり近づく。そして、メッセージに簡潔に言葉をのせるとほっぺの横に指を構えた。
そして、予想通り指が突き刺さり、変な顔をしている彼を見て、自分がやったことなのに吹き出してしまう。
「痛い。公務執行妨害で逮捕するぞ」
無表情で、彼がそう言ってくる。Tシャツに短パンの警察なんて見たことない。
「ふふっ。警察官じゃないでしょ?」
「夏休み中は自宅警察官なんだ」
どうやら、彼の中ではクビにならないからという理由だけで警備員を勝手に警察官にランクアップさせたらしい。下らなすぎる考えになおさら笑えてきて、つい私もボケに乗ってしまう。
「何それ。でも、それなら捕まらないといけないね」
「ああ。署で話を聞かせてもらおうか。アイスでも食べながら」
暑さに負けつつある彼の頭の中はアイス一色になっているようだ。私は、本音が顔を出してきてしまっている彼の姿が我慢できず、声を出して笑った。
「あははっ。そこはかつ丼じゃないんだね」
「今時の警察はアイスなんだよ。というより、家行こう。暑い」
もはや本音を隠す気も無くなったのか、自分で出したボケを雑に片付けて彼が歩き出す。
「そうだね」
二人で連れ立って歩く。
期待していたわけでは無かった。でもやっぱり、何も言ってくれなかったなと残念に思いながら俯いていると帽子越しに声がした。
「涼し気な格好だな。いつも制服だったから、なんか、新鮮に感じる」
彼の心が見え、私の姿を見てドキッとしてくれたのが伝わってきてとても嬉しく思う。
でも、欲張りな私は、彼の口から直接聞きたくて、尋ねた。
「…………似合う?」
「ああ。すごい似合ってる」
彼が、何というかは分かっていた。
しかし、改めて耳から入ってきたその言葉は、脳が蕩けそうなほどとても狂おしいものだった。
「そっか。それなら、よかった」
息も上手く吐きだせなくなるくらい胸が満たされる。
「月並みな言葉しか言えなくて悪いな」
「ううん、いいの。それこそ、そう思ってくれるだけで。それだけで、いいの」
今は、それで。
私達の距離はゆっくりではあるものの確かに近づいている。
だから、今はそれでいい。そうやって、近づいていけばきっと、二人の関係は何処かで交わるはずだから。
「そうか?」
「うん」
もっと近づきたい、触れ合いたい。その気持ちを何とか抑えながら答える。進んだ距離を台無しにするわけにはいかないと思って。
「ほら、あそこに見えるのが俺の家。ほんと、普通の家だけどな」
そのまま、二人で歩いてくると、視界に見たことのあるバイクが見えてくる。
そして、その隣には彼のものではない車と自転車が置いてあり、家族に会うのだということを改めて私に思い出させた。
「あれが、誠くんの家か。……………やっぱり緊張するね」
私は、うまくやれるだろうか。彼の家族には好かれたい。
それこそ、この先、もっと親密な関係になろうとするには避けては通れないことだ。
だから、失敗は許されない。絶対に。何があっても。
しかし、そうやって自分を追い込む私に、彼は淡々とした声で、語りかけてきた。
「大丈夫だよ。むしろ、うちの家族にブチ切れないかの方が心配なくらいだ」
相変わらずの無表情に、いつもと変わらない平坦な口調。でもそれは、どこか優し気で、私のざわついた心を静かに宥めてくれているようだった。
「そうかな?」
私は、自分というものにあまり自信がない。取り繕わねば、綺麗に飾り付けねば、人に好かれない。そう思ってしまう。
「ああ。たぶん、うちの家族の方は心配しなくていい」
たぶんと言いながらも、断言するような力強い口調で彼は言った。
「どうして、そう思うの?」
彼の家に行くことが決まって、とても嬉しかった。だけど、それと同じくらいに不安で、怖かった。
もし、私を受け入れてくれなかったらどうしよう。もし、彼の前で嘘の自分を演じなくてはいけなくなったらどうしようと。
だからこそ、その力強い彼の言葉に縋るように聞いた。
「うちの家族はなんだかんだ似た物同士なところあるからさ」
それは、答えというには少しずれた言葉だっただろう。
でも、彼の温かい心が、私の暗い部分も含めて肯定してくれるその心が、緩やかに流れ込んできて、私のじめついた気弱な心を優しく解きほぐしてくれた。
自分のままでいいんだ、それで大丈夫なんだとでも言うように。
「………………誠君がそう思うなら安心だね」
彼は、ずるい。いつも、ずるい。ほんと、ずるい。私と違って、人の心なんて読めないはずなのに、自分自身ですらわからない、本当に求めていることをこれでもかというほどに伝えてくれる。
「俺の言葉にどれだけ信ぴょう性があるかわからないけどな」
理屈なんてなくっていい。だって、誠君がそういうだけで、こんなにも勇気が貰えるのだから。
「ううん。私の中では、それが何よりも確かなものだから」
すぐに揺れ動いてしまう私を、まるで羅針盤のように方向を示して未来へと連れて行ってくれる。
「そうか?物好きだな。まぁせっかく来たんだ。せめてアイスくらいは食べてけよ」
「ありがとう」
玄関の扉を開け中に入った彼の背中を見ながら、ついに私は未知の世界に足を踏みいれる。
だけど、さっきまで感じていた恐怖は一切無かった。
「ふふっ。まるで、遠足前の小学生だよね」
だが、二度寝するわけにもいかないので、まだ若干残る眠気を吹き飛ばす意味も込めてシャワーを浴びにいく。
少し甘めの香りのするボディシャンプーを手に取ると、丁寧に体を洗う。
そして、それを洗い流しながらこの後にすることを考えていく。
昨日のうちにお土産は既に買ってあるし、服も準備してある。恐らく、時間的には余裕だろう。
「お土産ははずれの無い物を選んだし大丈夫だよね」
浴室を出ると肌のケアを念入りにしつつ、いつもはあまり使わないヘアアイロンも使いながら髪を整えていく。
さらに、準備をしておいた服を着た後、メイクに時間をかけた。
そして、最後に唇にルージュを塗り、鏡の前で笑顔を作る。
「よし!いい感じかな。でも、少し早すぎたか」
待ち合わせまではまだまだ時間がある。何をしようかと考えている時、ふとスマホが目に入ったのでメッセージを見返す。
彼が家に来た日から、数日ではあるが毎日連絡を取り合っていた。
返信は素っ気ない物だったけれど、それが彼らしい。何気ない一言で一喜一憂して、色の付いた毎日。
それは、以前に比べればとても贅沢な日々だと思う。
「どんどん欲張りになっちゃうよね…………早く、会いたいな」
彼の家族に会うことに不安はある。だけど、それ以上に彼に近づけるのが嬉しかった。
何度も飽きずに、その変わらない文字の羅列を見返しているうちに、時間は過ぎていった。
◆◆◆◆◆
ふと気づくと、ちょうど良いくらいの時間になっていた。
数度鏡を見返し、変なところがないかチェックする。
「行ってきます」
あまり出番は無いものの、お気に入りのヒールサンダルを履き、玄関に置いておいた麦わら帽子を被ると扉を開けた。
雲一つ無い夏の空は、自分の心を写しているかのように澄み渡っていて、上げた足は軽やかに進んでいった。
足元から入り込んでくる風が少し新鮮だ。
以前、制服姿の時に下から視線を向けられていることに気づいてからは、登校時は必ずスパッツを着るようにしている。
それに、特段不便も無いのでプライベートでもスカートではなくパンツばかりを選択していた。
「皆にもったいないって言われても、ずっと着てこなかったのに。どうなるかわからないもんだなぁ」
昔を思い出しながら、つい独り言が漏れる。
当然、彼が迎えに来てくれると言ってくれたのはとても嬉しかった。だけど、何も下に履かずにスカート姿でバイクに乗るのは難しいので断った。
今日は初めて家に遊びに行く日。可愛いと思って貰えることのほうがずっと大事だったから。
恋する乙女は複雑だな。私は、つば広の帽子を目深に被り、周りから顔を隠しつつも、そう思った。
◆◆◆◆◆
バスから降りた後、日陰になった公園のベンチに座っていると、彼がだるそうに歩いてくるのが見える。
だが、駆け寄りそうになった瞬間、Tシャツに短パン、とてもラフな格好に少し意地悪をしたくなる。
私は、朝からオシャレしてきたのに、さすがにそれは無いだろうと思って。
相手にバレないようにゆっくり近づく。そして、メッセージに簡潔に言葉をのせるとほっぺの横に指を構えた。
そして、予想通り指が突き刺さり、変な顔をしている彼を見て、自分がやったことなのに吹き出してしまう。
「痛い。公務執行妨害で逮捕するぞ」
無表情で、彼がそう言ってくる。Tシャツに短パンの警察なんて見たことない。
「ふふっ。警察官じゃないでしょ?」
「夏休み中は自宅警察官なんだ」
どうやら、彼の中ではクビにならないからという理由だけで警備員を勝手に警察官にランクアップさせたらしい。下らなすぎる考えになおさら笑えてきて、つい私もボケに乗ってしまう。
「何それ。でも、それなら捕まらないといけないね」
「ああ。署で話を聞かせてもらおうか。アイスでも食べながら」
暑さに負けつつある彼の頭の中はアイス一色になっているようだ。私は、本音が顔を出してきてしまっている彼の姿が我慢できず、声を出して笑った。
「あははっ。そこはかつ丼じゃないんだね」
「今時の警察はアイスなんだよ。というより、家行こう。暑い」
もはや本音を隠す気も無くなったのか、自分で出したボケを雑に片付けて彼が歩き出す。
「そうだね」
二人で連れ立って歩く。
期待していたわけでは無かった。でもやっぱり、何も言ってくれなかったなと残念に思いながら俯いていると帽子越しに声がした。
「涼し気な格好だな。いつも制服だったから、なんか、新鮮に感じる」
彼の心が見え、私の姿を見てドキッとしてくれたのが伝わってきてとても嬉しく思う。
でも、欲張りな私は、彼の口から直接聞きたくて、尋ねた。
「…………似合う?」
「ああ。すごい似合ってる」
彼が、何というかは分かっていた。
しかし、改めて耳から入ってきたその言葉は、脳が蕩けそうなほどとても狂おしいものだった。
「そっか。それなら、よかった」
息も上手く吐きだせなくなるくらい胸が満たされる。
「月並みな言葉しか言えなくて悪いな」
「ううん、いいの。それこそ、そう思ってくれるだけで。それだけで、いいの」
今は、それで。
私達の距離はゆっくりではあるものの確かに近づいている。
だから、今はそれでいい。そうやって、近づいていけばきっと、二人の関係は何処かで交わるはずだから。
「そうか?」
「うん」
もっと近づきたい、触れ合いたい。その気持ちを何とか抑えながら答える。進んだ距離を台無しにするわけにはいかないと思って。
「ほら、あそこに見えるのが俺の家。ほんと、普通の家だけどな」
そのまま、二人で歩いてくると、視界に見たことのあるバイクが見えてくる。
そして、その隣には彼のものではない車と自転車が置いてあり、家族に会うのだということを改めて私に思い出させた。
「あれが、誠くんの家か。……………やっぱり緊張するね」
私は、うまくやれるだろうか。彼の家族には好かれたい。
それこそ、この先、もっと親密な関係になろうとするには避けては通れないことだ。
だから、失敗は許されない。絶対に。何があっても。
しかし、そうやって自分を追い込む私に、彼は淡々とした声で、語りかけてきた。
「大丈夫だよ。むしろ、うちの家族にブチ切れないかの方が心配なくらいだ」
相変わらずの無表情に、いつもと変わらない平坦な口調。でもそれは、どこか優し気で、私のざわついた心を静かに宥めてくれているようだった。
「そうかな?」
私は、自分というものにあまり自信がない。取り繕わねば、綺麗に飾り付けねば、人に好かれない。そう思ってしまう。
「ああ。たぶん、うちの家族の方は心配しなくていい」
たぶんと言いながらも、断言するような力強い口調で彼は言った。
「どうして、そう思うの?」
彼の家に行くことが決まって、とても嬉しかった。だけど、それと同じくらいに不安で、怖かった。
もし、私を受け入れてくれなかったらどうしよう。もし、彼の前で嘘の自分を演じなくてはいけなくなったらどうしようと。
だからこそ、その力強い彼の言葉に縋るように聞いた。
「うちの家族はなんだかんだ似た物同士なところあるからさ」
それは、答えというには少しずれた言葉だっただろう。
でも、彼の温かい心が、私の暗い部分も含めて肯定してくれるその心が、緩やかに流れ込んできて、私のじめついた気弱な心を優しく解きほぐしてくれた。
自分のままでいいんだ、それで大丈夫なんだとでも言うように。
「………………誠君がそう思うなら安心だね」
彼は、ずるい。いつも、ずるい。ほんと、ずるい。私と違って、人の心なんて読めないはずなのに、自分自身ですらわからない、本当に求めていることをこれでもかというほどに伝えてくれる。
「俺の言葉にどれだけ信ぴょう性があるかわからないけどな」
理屈なんてなくっていい。だって、誠君がそういうだけで、こんなにも勇気が貰えるのだから。
「ううん。私の中では、それが何よりも確かなものだから」
すぐに揺れ動いてしまう私を、まるで羅針盤のように方向を示して未来へと連れて行ってくれる。
「そうか?物好きだな。まぁせっかく来たんだ。せめてアイスくらいは食べてけよ」
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