人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

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幕章Ⅱ -逢瀬-

氷室 誠 逢瀬⑦

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 オムライスであれば買い足す物は特にないという言葉に従い、その後はどこも寄らずに透の家に到着する。
 そして、カードキーで開かれたエントランスの扉をくぐると、部屋のある二階への階段を二人で登り始めた。


「そういや、なんか部屋まで入るのは久しぶりな気がするな。実際には、そんなに経ってるわけじゃないのに」

 
 夏休みの直前、ある意味では俺達の始まり。
 ふと思い返してみると、あれからたった一ヶ月ほどしか経っていないのに、だいぶ昔のことであったかのように感じられてしまった。
 きっとそれは、一緒にいた時間がそれだけ濃いものだったからなのだと思う。
 

「ふふっ、そうかも。でも、これからはたくさん来てくれるんだよね?」
 
「まー、そうなるかな。毎日ってのは無理だけど、出来る限り会いに来るよ」


 バイクであればそれほど時間もかからず来れる。
 バスの場合は少々迂回するルートになってしまうので俺が来た方が透の負担が少なくて済むだろう。
 
(もう少ししたら、冬用の装備も用意しとかなきゃだな)

 いろいろと考えるべきことが浮かんでくるも、面倒くささは全くなかった。
 それこそ、秋は何をしよう、冬は何をしよう、と新しい楽しみがどんどん溢れていく。


「ありがとう。私も、また遊びに行くね?」

「面倒じゃなきゃぜんぜんいいぞ。たまには早希当番も代わって貰わなきゃ俺の身がもたないし」

「あははっ。当番制だったんだ」

「ああ。親父の当番は母さんだけどな」

「そっか。なら、早希ちゃんの当番は私、私の当番は誠君ってことにしよっか」

「はいはい。お手柔らかに頼みますよ」

「やだよー」


 そんなことを話しているとすぐに部屋の前に到着し、透が鍵を回した後にドアノブを掴む。
 しかし、僅かに扉が開いた瞬間に透は動きを止め、何故かもう一度パタンと閉じてしまった。
 

「どうした?」

 
 不可思議な行動。
 それを疑問に思いながら尋ねると、透は何も言わずににっこりと微笑みながら扉の方へと俺を促し始めた。
 

「先に入れってことか?」


 どうやら、俺の答えは正解だったらしい。
 深まった笑顔とともに頷きが返され、思わず呆れたようなため息が漏れ出ていく。
 

「また、なんかいたずらじゃないだろうな」

 
 怪しさ満点なので警戒はするも、どちらにせよ拒否権はないので開ける他ない。
 というより、幸せそうならそれでいいというのがある意味全ての終着点なので拒否するつもりも湧いてこない。
 

「まぁ、いいけどさ。じゃあ、開けるぞ?」


 透が何も返さないので、独り言のように続く言葉。
 俺は、ジッと背中に向けられ続ける視線を感じながら扉を開け玄関の方へと足を踏み入れる。
 
(特に、なにもないな)

 予想に反して、そこには何もなかった。
 靴箱の上には恐らく早希が置いたと思われる謎のゆるキャラ写真立てがあるものの恐らくこれのことではないだろう。
 

「なぁ、透…………」


 一通り見渡しても答えが分からず、出題者にヒントを貰おうと振り返ったその瞬間、体に衝撃が伝わってきて思わず体勢を崩しかけた。


「っ、おっと」

「ただいまっ!」

「ん?」

「た・だ・い・まっ!」

 
 頬を僅かに紅潮させながらはにかんだような笑顔で笑う透は、まるで子どものようだ。
 しかし、やりたいことはようやくわかった。
 そして、俺が何をすべきなのかも。
 
(……いつもは、返ってこない言葉だろうしな)

 昨日帰宅した早希が、透の家にマーキングしてきたとドヤ顔で言っていたことから、恐らく物を増やしてきたのだとは思う。
 でも、やっぱり透は寂しがり屋なのだ。
 誰よりも人を遠ざけているのに、誰よりも人と近づくことを求めている。

 もしかしたら、これまで諦めてきた分、それが余計に出てしまっているだけなのかもしれないけど。
 
(……全部、埋め合わせるさ。約束で、やりたいこと。何よりも強い、想い)

 たとえ、どんな障害があったとしても。
 たとえ、どれだけ時間がかかったとしても。

 穴だらけの道が埋まって、下を向かずに歩けるようになることが、自信をもって前を向けるようになることが、透が幸せになるために必要なことだと思っているから。
 


「…………おかえり、透」



 だから、今はできることをしよう。
 全てを叶えてあげるなどできない不甲斐ない俺だけど、それでも、出来る限りのことを。
  

「ふふっ、なんか幸せだなぁ。誠君、専業主夫とか興味ない?」

「学生に専業主夫なんて役割はありません」

「えー。じゃあ、大人になったら。ね?ね?」

「はいはい。今は子供だから大人になったらまた考えような」

「ぶー」


 不満気な言葉ながらも、嬉しそうにじゃれついてくる透の頭に手を軽く置いて抑える。
 このままだと、ここにいるだけで日が暮れてしまいそうだ。
 さすがに腹も減ってきたし、透のやりたいことはやったので次に移ってもいいだろう。


「ほら、美味しいオムライス作ってくれるんだろ?実はすごい楽しみにしてるんだ」

「……わかった。腕によりをかけて作るね?」

「ありがとう。別に簡単なやつでいいからな」

「ふふっ、大丈夫。誠君は、私とできる限り長く一緒にいたいんだもんね?一秒も離れたくないんだもんね?」

「いや、そこまでは」

「え?」

「だから、一秒もとは」

「え?」

「……はい。言いました」

「じゃあ、すぐ作っちゃうから寛いでて」

「りょーかい」


 荷物を置き、髪をまとめ始める透にそう言われとりあえず本棚の隣に座る。
 そして、手持無沙汰な状況に本に手を伸ばしかけながら、なんとなくベッドの方に視線が向いた。

(あんま無断で見るもんじゃないとは思うが)

 変な意味は無い。 
 ただ、以前は皴がほとんどなかったはずのそこには確かな生活の跡が残っていて安心する。
 それに、本棚の横、もたれられるような位置に置かれていたタオルケットも今はそこには置かれていない。

(まぁ、ぬいぐるみは甲乙つけがたい変化だけど)

 相変わらず生活感が薄い部屋の中で、どでかいぬいぐるみだけが凄まじい異彩を放っている。 
 もしかしたら、これはこれでショック療法的な効果があるかもしれないので、いいのかもしれないが。


「うちとは大違い、とは言えなくなっていくのかもな」

 
 二度目の訪問。
 冷たさしか感じなかった透の部屋には確かな生活の営みが感じられ始めている。
 
 人の好みは千差万別で、どちらが正しくて、どちらが誤っているとはいえないけれど。
 
 台所の方から微かに聞こえてくる鼻歌、それが答えなのだと、何となく思った。


 




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