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<番外編>
<セドリック>
世の中には、二種類の人間がいる。
『嘘吐き』と、『大嘘吐き』だ。
因みに私は、大嘘吐き。
幼馴染であるロザリンド・タウンゼントも、大嘘吐きだ。
何しろ彼女の二面性には、目を見張るものがある。
私やルーク、他の幼馴染である五公爵家の子息達の前では、傲慢で我儘な顔を隠しもしない。
幼い頃はまだ、ましだった。
欲しがるものは、お菓子であるとか、庭園で咲く薔薇であるとか、他愛もないものだったのだから。
だが、学園に入り、同世代の貴族令息令嬢の目がある中、彼女の要求はどんどんと加速していった。
階級意識を全く取り払うのは無理にしろ、「生徒は皆、平等」と、学園は建前に掲げている。
私達が王子であり、ロザリンドがいずれ婚約者となる公爵令嬢であったとしても、忖度する事は許されない。
だが、ロザリンドは違う。
クラス分けでもグループ分けでも、常に、私とルークの傍にいられるよう、働きかけていた。
目を伏せて、
「セディ(ルーク)が、わたくしと一緒ならばいいのに、って…あんなお顔を見せられたら、わたくしも切なくなってしまいますわ…」
と、ポツリ、と零すのだ。
その言葉を聞いた人間は、王子である私、もしくはルークが、ロザリンドと共に在る事を望んでいる、その願いを叶えねばなるまい、と考える。
結果として、学園に通う六年間、私達は常に三人、一緒だった。
それは決して、彼女が私かルークのどちらかに好意を持っていたから、ではない。
彼女は、「王子殿下に愛されている自分」が好きなのだ。
同世代の貴族にとって、私とルークは、最高の地位を持つ存在。
自分で言うのも何だけれど、歴代の国王随一と言われる父上の美貌を継いで、私もルークも、恵まれた容姿を持っている。
所謂、「お近づきになりたいけれど、容易に近寄れない憧れ」であるわけだ。
その「憧れ」に望まれて、常に傍らから離して貰えないご令嬢。
それが、ロザリンドが望んだ地位だった。
人々の称賛と羨望こそが、ロザリンドの望むもの。
彼女は常に、場の中心に立ち、注目を浴びていたい。
世界の中心でありたいのだ。
ところが。
ロザリンドと同じく、私達の婚約者となる存在が、もう一人いる。
リリエンヌ・アーケンクロウ。
私達より五つ年下の、可愛い女の子。
ハークリウス王国では珍しい銀髪に、紫水晶のような綺麗な瞳。
社交界の花と呼ばれたアーケンクロウ夫人に似た、清楚な容姿。
ロザリンドが太陽のように華やかで、人々を惹きつける美貌なら、リリエンヌは月のように儚げで、庇護欲をそそる美貌だ。
そんな彼女は、嘘吐きだ。
いつも微笑を浮かべて、決して本心を明かしはしない。
自分とは正反対のリリエンヌを、ロザリンドは激しくライバル視していた。
婚約者の交流の一環として、王宮での茶会を度々開いていたが、そんな時でも、場を仕切るのは常に、ロザリンドだった。
主催が私達である以上、本来、ロザリンドに主導権を渡してはいけない。
けれど、ロザリンドを阻み、リリエンヌに話し掛けると、決まって、次の茶会でリリエンヌの表情が乏しくなる。
いや、完璧な微笑を浮かべているのだが、その表情が一切、動かない。
リリエンヌの王子妃教育を担当している夫人を呼び出し、どのような教育を行っているのかと問うた事もあるのだが、
「王宮から指示された内容に沿っているだけ」
「教育内容に問題はない」
と、取り合われなかった。
王子、なんて身分には、思っていた程の力はない。
何故なのか。
王宮の全員とは言わない、だが、確実に一部の人間が、私とルークを取るに足らない者として扱っている。
周囲の環境を疑問に思うようになったのは、十歳の時。
初めて、両親の公務に付き添って地方に行った時の事だ。
特に何か功績を立てたわけでもない私達を、ただ「王子だから」、と尊び、顔を見ただけで涙を流した平民の姿を見て、本来ならば、王子とは民の希望である筈なのだ、と知った。
いや、実感した、と言った方がいい。
それまで、王宮でそれとなく下に見られていたのは、功績の有無のせいではなかった。
では、何故。
疑問に思った私は、ルークにも何も言わずに、一人で調べ始めた。
…結果として、判った事。
私達は、両親が愛し合って生まれた結果の子供ではない、と言う事。
子のない両親が、国王夫妻としての責を果たす為に、医療の力を用いて生まれた、と言う事。
下位貴族の夫人に、医療的に父の精を注入し、そのうちの二人が懐妊、生まれたのが私達である、と言う事。
私とルークは、双子ですらなかった。
お互い、父の子である事は確かだけれど、母が何処の誰なのかは判らない。
では、父にも母にも似ていない、と思っていた特徴こそが、生みの母のものなのか。
母とされる王妃アナスターシャに、愛されていない、と思った事はない。
それは、他に『母』を知らないせいかもしれない。
けれど。
その日を境に、私は、心の中で一歩、両親との距離を置くようになった。
父上も母上も、嘘吐きだ。
知っているのに、教えてくれなかった。
愛する息子達、と呼ぶけれど、血の繋がりと親子関係は別の話なのだろうけれど、でも、実の子として、育てていたじゃないか。
…私とルークが、取るに足らない者として扱われていたのは、血の半分が、何処の誰の物ともしれない「半端者」だと思われているせいだったのに。
出生の秘密を知った私は、他にも王家に秘密があるのでは、と疑うようになった。
何しろ、信じていた両親は、嘘吐きだった。
嘘吐きの吐く嘘が、一つきりとは思えない。
そうしたら。
驚く位にドロドロした秘密が、ゴロゴロと転がり落ちて来る。
父上は三男で、本来ならば神職となり、王家を出る筈だった。
三男だからと言って、神職になる必要性は全くない。
神職になると言う事は、世俗から切り離され、王族としての権力を一切手離すと言う事。
父上が権力に拘泥していないのは、傍から見ていればよく判る。
けれど同時に、神霊への尊崇も、持ち合わせていないように見えていた。
単に王籍から離れたいだけならば、臣籍降下するなり、婿入りするなり、すれば良かっただけの話。
つまり、父上が神職を希望していたのは、王籍から離脱する事が目的ではない。
そう言う視点で過去の文書を調査しているうちに、見えて来たものがある。
父上付きの侍女や侍従、護衛騎士の入れ替わりが激しいのだ。
近年こそ、決まった顔ぶれで固定されているけれど、特に十歳前後から成人に向けて、なかなか定着していない。
辞めて行った者達のその後を調べた事で、一つの推論を得た。
父上は…恐らく、彼等に性的な悪戯を受けていた。
その内容が、どの程度のものだったのかは判らない。
けれど、少なくとも、父上が深く傷つき、脅えただろう事は確かだ。
父上は、穏やかな微笑の背後で、常に他者への警戒を怠っていない。
それは、王と言う責任ある立場故かと思っていたけれど、事情を知ってしまうと、違う意味合いが見えて来る。
美しい、と、ただ鑑賞されるのではなく、ある種の人の欲を刺激してしまう容貌に生まれてしまった故の悲劇だ。
幼い頃の経験から、性的関係への忌避感を抱くようになっても、不思議はないように思えた。
であるならば、両親の間に子供が生まれなかったのもまた、必然なのだろう。
幼馴染だけあって、二人は気心知れた関係に見える。
けれど、公務で外出する際に見掛ける平民夫婦のような接触は、一切ない。
エスコートしなければならない時も、夫婦と言うよりも、何処か儀礼的な距離感だ。
母上は、父上の事情をご存知の上で結婚し、自分以外の女性が王子を生む事を認めたのだろうか?
父上の秘密を知った後、母上についても調べ始める。
すると、母上は、父上の長兄の婚約者ではなく、配偶者だった事が判った。
兄嫁だった母上を、何故、父上が娶る事になったのか。
表向きは、婚約者のいなかった父上に、王子妃教育が済んでいる長兄の婚約者が紹介された形になっている。
だが、母上の気性を考えると、素直に頷いたとも思えない。
不審に思って調べた所、父上の長兄であるレジナルド殿下が亡くなった際、母上もまた流行り病に罹った事、そして、小さな棺が密かに王宮に持ち込まれていた事が判った。
小さな棺。
つまりは、赤ん坊用と言う事だ。
母上の妊娠は、当時の社交界で噂にすらなっていなかったようだから、恐らくは、生まれる前に亡くなってしまったのだろう。
結婚していただけではなく、妊娠経験のある女性が、死別とは言え実家に戻された後、良い縁談を受けられるとは限らない。
だから、母上は、父上と結婚したと言う事か。
結婚後、私達が生まれた時に担当したのと同じ医師が、母上の元に通っている。
恐らく、生みの母にしたものと同じ措置を、母上に施していたのだろう。
だが、それは実を結ばず、私達が生まれる事になったわけだ。
長年連れ添い、苦楽を共にしているにしては、両親の間にある感情は、淡白なものに見える。
互いに事情がある結婚だからなのか。
結婚とは、血を繋ぐとは、何なのか。
いずれ、私とルークは、ロザリンドかリリエンヌを娶らねばならない。
どう窘めようと、王子妃になれる令嬢は他にいないでしょう、と、我を通す事を止めないロザリンド。
王子妃としての教育内容を完璧にこなしているけれど、自意識がどんどん薄れているリリエンヌ。
彼女達が、私と心を交わす日が来ると、思えない。
同時に、私が彼女達を、心の底から愛しいと思う日が来るとも、思えない。
人なんて、どれだけ美しい外見をしていようと、一皮剥いたら、皆、血と肉と臓物で出来ている。
誰が相手であろうと、大差はない。
どうしても、そう思ってしまう。
表面上は、上手くやっていけるだろう。
女性の好みそうな甘い言葉を掛けて、自意識を擽るように褒め、にっこり笑顔を見せればいい。
けれど、そんなものは仮面だ。
私じゃない。
政略結婚だから、仕方がないのだろうか。
子供さえ、産んでくれればいいのだろうか。
それはつまり、「半端者」である私達もまた、王家の為の道具である、と認めると言う事。
ただ、王家の血を繋ぐ為、その為に、父上も、母上も、私も、ルークも、ロザリンドも、リリエンヌも…己が求めたわけではない、希望とは違う場所に、立っているのか。
「セディ!」
ルークが、練習用に刃を潰した模擬刀を片手に、駆け寄って来る。
「また、勉強に行ってたのか?」
ルークには、王族しか入れない資料室に通っている事を、「過去の資料から勉強したい事があって」と説明していた。
「うん」
「何か、興味深いものはあったか?」
「そうだね。花祭りなんだけどさ、昔は色指定がなかったらしいよ」
「へぇ」
ルーク。
私の兄弟。
本当は双子ではない事も、両親に男女の関係がない事も、何も知らないルーク。
世界でたった一人、私と同じ場所に立っている人間。
なのに、ルークは私と違う。
人を疑わない。
善意を信じている。
真っ直ぐに、前だけを見ている。
愚かなまでに、純粋だ。
その純粋さは、私が彼に、汚い物を見せまいと隠して来たが故でもある。
私と同じ所まで、堕ちて来てしまえばいいのに、と思った事は、一度や二度じゃない。
この世界は、汚い。
人間は、汚い。
己の理想ばかりを押し付けて、与えられた役割から逃れる事を許さない。
そんな世界の枠組に、気づいてしまったから、私はこんなにも、絶望しているのに。
…けれど。
同時に、ルークは私の希望だ。
そのままでいて。
汚れないでいて。
この世界は、そこまで悪いものじゃない、と、思わせていて。
そうすれば私は、どんなに絶望したとしても、人を辞めずに済むだろうから。
世の中には、二種類の人間がいる。
『嘘吐き』と、『大嘘吐き』だ。
本当はもう一つ、別種の人間がいる。
それが、ルークだ。
ルーク、私の希望。
もう一人の、私。
大嘘吐きの私でも、幸せになれる未来があるのだと、どうか、夢を見させて。
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