女神様の悪戯で、婚約者と中身が入れ替わっています。

緋田鞠

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<10/マクシミリアン>

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 今日のグロリアーナは、何処かぎこちなかった。
 ラウリントン公爵邸に帰宅したマクシミリアンは、何か思い悩んでいた様子のグロリアーナの事を思い出しながら、溜息を吐いた。
 昼休みには、エイドリアンとユージーンに連れ去られていたし、彼等に何かを言われたのは確かなのだろうが、何かあったのか、と聞く事すら、現状では満足にできない。
 婚約者とは言え、二人が真の意味で二人きりになれる場所は殆どない。
 もしも…恋人関係なのであれば、ケビンとエイミーが気を利かせて、二人の時間を作ってくれるかもしれない。
 だが、婚約解消すら噂されてしまっている今、己の主に擦り傷一つ負わせたくない彼等が、それを許すとは思えなかった。
「お嬢様、本日は春花祭でお召しになるドレスの最終調整の為に、マダム・アニタがお見えになります」
 制服を脱ぐ手伝いをしながら、エイミーがそう声を掛ける。
「あぁ…もう、そんな時期だったわね」
 女神フロリーナは、大地の女神。
 一年で最も大きな祭祀は実りを迎える秋の豊穣祭なのだが、植物が芽吹く春を祝って春花祭と言う祭祀も各地で行われる。
 王宮でも諸侯を招き、新たな生命の誕生を寿ぐ夜会が盛大に開催されるのだ。
 しかし、エイミーが言っているのはそちらの春花祭ではなく、学園の春花祭だ。
 王立学園は、学問と同時に社交界のルールを学ぶ場。
 学生の多くは成人年齢に達していない為、社交練習の場として、学園では春花祭前夜、すなわち、今週の金の曜日の夕方に、学生のみが参加する会が開かれる。
 市井の民が楽しむ春花祭よりも約束事が多い一方で、王宮の春花祭よりも格式張っていない学園の春花祭は、成人として社交界に参加する前段階に相応しい祭だった。
 学園内の行事の為、ドレスは借り物でも使い回しでも構わないけれど、公爵令嬢であり、王子の婚約者であるグロリアーナは、そんなわけにはいかない。
 同年代の貴族令嬢達に対して、奇を衒わず手本となる装いをすると同時に、社交界の流行をも率いなければならないのだ。
「今回のドレスは、わたくしが自信を持ってお届け致します。お嬢様の美しい藍色の髪を、カナリアイエローのドレスが引き立てるでしょう」
 エイミーに呼ばれて部屋を訪れたのは、ドレスデザイナーのアニタ。
 まだ若く経験は浅いが、伝統と革新の融合で注目を浴びている新進気鋭の女性だ。
 春花祭には明確なドレスコードはないものの、春の芽吹きを祝う祭である為、暖かな陽射しを思わせる淡い色や明るい色が好まれる。
 アニタが今回用意したのは、僅かに緑の入ったカナリアイエローのドレスだった。
 春らしく、襟ぐりは広め。
 袖はうっすらとクリームイエローがかったシフォンで、妖精の羽のように二の腕をふわりと覆う。
 身頃は体にぴったりと添わせ、スカートは円状にたっぷりと布を使って、踊った時に美しく翻るように。
 裾と身頃に、伝統的な蔦模様が、最近、染色出来るようになったエメラルドグリーンで刺繍されている。
 緑の中でも、敢えてエメラルドグリーンを選んだのは、マクシミリアンの瞳の色を意識したのと、最先端の染色技術を披露する為だ。
 トルソに着せられたドレスは、華やかさと品の良さ、伝統と革新を同時に兼ね備えていた。
「では、お嬢様、まずはこちらをお召しください」
 エイミーが手にしているのは、コルセット。
 普段、学園に通う際のグロリアーナはコルセットはせず、下着は胸当てだけだが、ドレスとなればそう言うわけにはいかない。
 だから、マクシミリアンは『グロリアーナ』になってから、コルセットを着用した事がない。
「え、えぇ…」
 獲物を捕らえたかのような鋭い眼差しに思わずたじろぐと、エイミーはうふふと笑いながら、じり、と足を前に進めた。
「大丈夫ですよ。きっちりと締めて差し上げますので」
「…何だか目が怖いわ、エイミー」
「怖くないですよ~。ぜぇんぜん怖くないですからね~」
(信用できない…!)
 エイミーにくるりと体を回され、背中を彼女に向ける形になった。
 エイミーは細身の女性なのに、こんなに簡単に体のコントロールを奪われるとは、意外に力があるのか、グロリアーナの体が軽過ぎるのか。
 声を上げる間もなく、コルセットを胴に巻かれたかと思うと、ハトメに紐が掛けられていく。
「では、参ります。息を大きく吐いてくださいませ」
 そのまま、エイミーがぐっと力を入れて紐を引き――――…一瞬、マクシミリアンの意識が飛んだ。
 肺への圧迫、腹部への圧迫、内臓がこれでもかと締め付けられている気がする。
 いや、気がするだけではなく、実際にそうなのだろう。
 ぎしぎしと、肋骨が軋む音がする。
 ぐったりとしたくとも、前かがみになる事が出来ない。
 強制的に体幹を真っ直ぐに維持しないと、コルセットが体に食い込んでくる。
 呼吸が浅くなりそうで、意識して深い呼吸を繰り返す。
 だが、肺が十分に膨らまず、深呼吸ができない。
(…グロリアーナ嬢は、ドレスの時に、いつも、こんな、苦行を…?!)
 鏡を見れば、確かに、元々引き締まったウェストの持ち主であるグロリアーナの腰が、更に細くなっているように見える。
 ふらふらになりかかっているマクシミリアンに、エイミーはカナリアイエローのドレスを着せ付けた。
「あぁ、やはり、あと五ミリ、ウェストが詰められそうですね」
 アニタが冷静にそう言うと、連れて来た部下に指示を出しながら、テキパキと修整箇所をメモしていく。
(嘘だろ?!たかだか五ミリを修整するのか…?!)
 一時間程、調整個所を確認した後、エイミーは漸く、ドレスを脱がせてくれた。
 コルセットの紐が緩められ、ホッと人心地つく。
(…まさか、ドレスの試着だけでこれ程に疲れるとは…)
 いや、そもそも、男性の体力と、高位貴族の令嬢の体力を比べてはいけないのか。
 これまで、自分を基準に、グロリアーナを振り回してはいなかっただろうか。
 思わず、過去の自分を反省する。
「では、こちらはお預かり致します。金の曜日の午前までには、確実にわたくしの手でお届けに上がりますので」
「…えぇ、よろしくね」
 疲労困憊したマクシミリアンが、これで終わりか、と一息吐いた所で、にこやかな笑みを浮かべたエイミーが、今度は鏡台の前へと彼を誘導した。
「あのドレスに似合う髪型とお化粧も練習しておかなくてはなりませんね」
 通学用に施された化粧を丁寧に拭われながら、はた、と気づいたマクシミリアンは、エイミーに尋ねてみる。
(これは…いい機会なのでは?)
「…ねぇ、エイミー」
「何でございましょう」
「目のお化粧を、いつもと変えられるかしら?今回のドレスは、柔らかな印象でしょう?それに合わせられたら、いいのではないかと思って」
「目…でございますか。そうですねぇ…お嬢様は綺麗な目の形をされていますから、普段は強調しておりますが…アイラインを控えめになさいますか?」
「えぇ。試してみてくれる?」
「畏まりました」
 グロリアーナは、目尻がすっと上がっている為に、きつい顔立ちに見えてしまいがちだ。
 だが、アイラインを控えめにする事で、落ち着きはありつつも、近寄りがたさは軽減されたように思う。
「では、口紅も一段、明るいお色に致しましょうか」
「そうね」
 マクシミリアンは、鏡の中の顔を見つめた。
 別人、と言う程に変わったわけではない。
 元々、化粧をせずともグロリアーナの顔立ちはくっきりしているのだから。
 けれど、醸し出す雰囲気は、より穏やかに、親しみを持たれるようになった気がする。
(…改めて見ると…グロリアーナ嬢は美人だよな…)
 普段は、まじまじと見るのも失礼な気がして、ここまで念入りに眺めた事はない。
(あ…こんな所にほくろがあったのか…)
 耳飾りをつけると隠れる位置。
 耳朶に小さなほくろを見つけてそっと指で触れると、エイミーが、
「お嬢様?」
と、心配そうに声を掛けて来る。
 マクシミリアンは慌てて、こほん、と咳払いした。
「髪も、きつく巻かなくとも広がりを押さえる方法はないかしら?」
「さようですねぇ…香油をしっかりと馴染ませれば、落ち着くとは思いますけれど…お嬢様、今回は随分と冒険なさいますのね?」
「えぇ…今年で学園を卒業するのですもの。結婚したら、余り冒険は出来なくなるでしょうから、今のうちに、色々と試してみたいのよ」
「畏まりました」
 エイミーは、巻いていた髪に蒸しタオルを当てて癖を解くと、丁寧に香油を馴染ませていく。
 サラサラと伸びる香油は、髪の表面を艶やかにすると同時に、広がりやすい髪をしっとりと落ち着かせた。
 巻いている時よりもボリュームはあるものの、ふわふわと背を彩っているのも愛らしいように、マクシミリアンの目には見える。
(いいんじゃないか…?可愛い、よな…?)
「…どうかしら?私は、気に入ったのだけれど」
 ドキドキしながらエイミーに確認すると、彼女はにこにこと満面の笑みを浮かべていた。
「まぁまぁまぁ、お嬢様!普段はお綺麗ですが、この髪型もとってもお可愛らしいですよ!マダム・アニタのドレスで春花祭においでになれば、マクシミリアン殿下もお見惚れになる事、間違いございません!」
「そう…かしら…」
 突然出された自分の名前に何と答えればいいのか判らず、曖昧な口調で返すと、エイミーが慰めるように続ける。
「…大丈夫ですよ、お嬢様。今回こそ、きっと、殿下の心からの賛美を頂けますから」
(ちょっと待て!グロリアーナ嬢が正装している時には、ちゃんと毎回、『綺麗ですね』と言っていたぞ…!)
 けれど。
 きっと、それは、上辺の言葉で。
(…社交上、言っておけばいいんだろう、と深く考えて発した言葉ではなかった、かもしれない…)
 マクシミリアンにとって、グロリアーナが完璧に美しく装うのは、余りにも当然の事だったから。
 だが、グロリアーナは正装する度に、コルセットを締めて体形を整え、時間を掛けて化粧し、丁寧に髪の手入れをして臨んでくれていた、と言う事だ。
 当日の準備に掛かる時間だけではない。
 着用するドレスにしても、マクシミリアンは仕立てから何から、ケビンに一任して当日、着ていただけだが、アニタの話を聞く限り、グロリアーナは生地選びにもデザイン選びにも時間を掛け、何度も仮縫いして、本番直前にはミリ単位での調整まで行っていた。
 その見えない部分の苦労を、おざなりな賛辞で済ませていいわけがなかった。
 何よりも、本当にグロリアーナは、美しかったのだから。
「この髪型も、巻くよりも時間が掛かりませんし、これでしたら、朝もゆっくりと、お過ごし頂けそうですね」
「試しに、明日の登校はこの化粧と髪型にしてみてくれる?」
「承知致しました」
 エイミーが部屋を下がるのと入れ替わりに、扉がノックされた。
「姉上、今、よろしいですか?」
「…まぁ、ジャレッド。どうしたの?」
 グロリアーナがマクシミリアンの婚約者になった事で、ラウリントン公爵は王宮の職を辞して、領地運営に専念するようになった。
 ラウリントン公爵家は、公爵位の中でも国に大きな影響力を持つ家門。
 元々、何度も王族との婚姻が繰り返されている家系だけに、グロリアーナが王子妃となる事で周囲に与える影響を、少しでも軽くしたいとの意図があった。
 ラウリントン公爵家の傘下にある家は余りに多く、彼等に忖度し、便宜を図って貰う為に擦り寄る者達が出るのは、防ぎようがなかったからだ。
 求めない忖度は、他の家門との軋轢を生む。
 それは、ラウリントン公爵家の望むものではない。
 ラウリントン公爵領は、王都から馬車で二時間程。
 幼い頃のグロリアーナは週に一度、王子妃教育の日に、領地の本邸から王宮に通っていた。
 到着した日に授業を受け、王宮の客室で一泊して、翌日、マクシミリアンとお茶会をしてから、帰宅する。
 そんな日々を、王立学園に入学するまでの三年間、彼女は繰り返していた。
 学園は王都にある為、入学と同時に、グロリアーナは単身、王都の別邸へと住まいを移した。
 生徒の中では実家の所領が近い方だから、まめに本邸に赴いているとは言え、ジャレッドが入学の為に別邸にやって来るまで、大勢の使用人に仕えられてはいるものの、彼女はこの広い家で一人、暮らしていたのだ。
 親元を離れ、姉弟二人きり。
 だからこそ、グロリアーナとジャレッドの関係は、マクシミリアンと弟達のそれよりも濃いものだ、とマクシミリアンは認識していた。
(…もしや、『グロリアーナ』に不審を抱かれたか…?いや、だが、エイミーも気づいていない様子なのに…)
「姉上」
「…何かしら」
「僕は、姉上には姉上のお考えがあると思って、これまで、黙って来ました…ですが、もうこれ以上、看過する事は出来ません」
「…ジャレッド?」
「何なのですか、あの令嬢は!」
 ダンッ、とジャレッドが、壁を叩く。
 常に冷静だと思っていたジャレッドの激昂する様子に、マクシミリアンは驚いた。
 ジャレッドの癖のない真っ直ぐな青い髪はグロリアーナよりも明るい色合いで、首筋で真っ直ぐに切り揃えられている。
 グロリアーナによく似た面立ちは彼を中性的な容姿に見せたが、憤っている今は、野生の獣のように荒々しい。
「あの令嬢、と言うのは…」
「アシュリー・ハミルトン男爵令嬢ですよ!これまでもしつこくつき纏っていましたが、とうとう昨日は、荒唐無稽な与太話をした上に、姉上を愚弄したのです!マクシミリアン殿下は、何故、あの令嬢を野放しにされているのですか!」
 再び、ダンッ、と壁を叩いたジャレッドの手を、
「止めなさい。貴方の手が傷ついてしまうわ」
とそっと押し留める。
 剣よりもペンが似合う手が、赤くなってしまっている。
「与太話、とは、どんな話だったの?」
「フローニカが未曾有の大災害に見舞われるだとか、それを防ぐ為には特別な力を持っている彼女が殿下の妃になる必要があるだとか、幼児でも言わないような妄想ですよ。しかも、事もあろうに、彼女の力を羨んだ姉上が、人目のない場所で彼女を虐げているなんて、判り切った嘘を…!」
「…困った方だわ…」
(何だ?未曽有の大災害とは。こんな話を聞いたら人々が不安になると言うのに、ハミルトン嬢はそんな事にも思い至らないのか?)
「姉上!」
 ジャレッドは、キッ、とマクシミリアンを睨みつけた。
「困った、なんて問題ではありません!あの令嬢は、姉上がお優しいのをいい事に、嘘を触れ回っているのです!一般の生徒は、容易に姉上に話し掛ける事はできませんから、一部の者は嘘を鵜呑みにして姉上に敵意を抱き、一部の者は『嘘だろう』と思いながらも、疑惑の種を心の内に抱き続けるのですよ。殿下が、あのような詐欺師をお受入れになるとは到底思えませんが、今後、何か一つでも引っ掛かりがあれば、人々は姉上を簡単に裏切ります。あの令嬢は、姉上を貶め、足を引っ張るだけでなく、その未来までも奪おうとしているのです…!」
 息を切らしたジャレッドは、怒りの余り潤んだ瞳で、そう吐き捨てた。
「僕は…っそんな事、絶対に許しません!姉上が、この八年、どれだけの努力をされて来たか…!」
 苦手な食べ物を、王子妃となるならば、好き嫌いなく食べられるようにならなくてはいけないから、と涙ぐみながら頑張って食べた事。
 熱があったのに、王子妃教育があるから、と無理矢理登城し、帰宅後、倒れて三日三晩寝付いた事。
 厳しい教師のダメ出しに、合格点を貰えるまで、泣き言も言わずに取り組み続けた事。
 年頃になってからは、体形維持の為、大好きな甘い物を控えるようになった事。
 ラウリントン公爵領だけでなく、国内主要領地の公的な記録は、全て取り寄せて読んで、知識を深めている事――…。
「人々は、何を知ろうともせずに、姉上は全てを生まれ持っていると考えているようですが、姉上程、努力なさっている同年代の貴族令嬢はいません。その努力は、大っぴらに明かすべき性質のものではない事位、僕も理解しています。でもっ、王族になるとは、民を背負うとは、それだけの重い責務があり、多大なる努力を要するのだと理解していない人に、姉上を愚弄されたくはありません…!」
「…ジャレッド…」
「これ以上、殿下が姉上を侮辱する女性を放置するようなら、僕にも考えがあります。ラウリントン公爵家を敵に回す意味を、身を持って理解して頂きますよ。姉上は、王家の為にお生まれになったのではない!ご自身を幸せにする為に、生きておられるのですから」
 マクシミリアンは、何を言えばいいのか、判らなかった。
 知っている、つもりだった。
 マクシミリアンだって、王家に生まれつき、人々の目に見えぬ努力を続けて来た。
 グロリアーナが同様の努力をしている事は、十分に理解していると思っていた。
 真っ直ぐに己の責務に向き合い、弛まず歩める彼女だからこそ、王子妃に相応しい、と思ってもいた。
 そんな彼女だから、『選ばれた』のだと。
 それは、何と上から目線で傲慢な考えだったのだろう。
 彼女の努力を、『当然のもの』として、自分は受け止めて来たのではないだろうか。
 グロリアーナは一度たりとも、王子妃に、王妃になりたいのだ、と話した事はないと言うのに、多くの令嬢が望む地位にいるのだから、彼女は喜んでいると驕っていたのではないだろうか。
「貴方の言いたい事は判ったわ。詳しくはまだ伺っていないのだけれど、殿下はハミルトン男爵令嬢について何かお疑いの点があって、調べている最中だと仰っているの。でもね、彼女が、例え本人の言うように『特別な存在』だとしても、殿下が彼女を選ぶ事はないと明言なさったわ。それだけは、確実な事よ」
(女神フロリーナの愛し子だと?よくも王族に対して、真っ赤な嘘を吐いてくれたな)
「王家の思惑があったにせよ…姉上は、それでよろしいのですか」
「ごめんなさい、今、私が言えるのはこれだけ。でも、きちんと殿下とはお話をして、決めるから。だから、待っていてくれるかしら」
「…姉上が、そう仰るなら」
 ジャレッドが部屋を辞し、誰もいなくなった部屋で、マクシミリアンは頭を抱えた。
 自分が、この半年の間にしてきた事。
 それが、どれだけグロリアーナの心を傷つけて来たか、判ったつもり、だった。
 だが、考えていた以上にずっと、グロリアーナの心と体面を傷つけていた。
 目に見えていないグロリアーナの努力に、気づいたつもり、だった。
 だが、思っていた以上にずっと、グロリアーナは努力を重ねてくれていた。
 ジャレッドがマクシミリアンに求めているのは、グロリアーナに選ばれる男になれ、と言う事だ。
「今更、だろうか…」
 グロリアーナが望んで隣に立ちたいと思える王子になりたい、と言うのは。
「だが…」
 今更でも、何でも。
 例え、グロリアーナが許してくれなくとも。
 諦める事が、できそうにない。
 胸の奥底から湧き上がる想い。
 懸命の努力を続けてくれたグロリアーナを、尊敬する。
 いや、この想いは、尊敬と言う言葉だけでは表現できない。
 もっと、彼女と話がしたい。
 もっと、彼女の事を知りたい。
 もっと、自分の事を知って欲しい。
 もっと。
 もっと…。
「グロリアーナ…」
 胸の奥底から湧き起こる、温かく、何処かそわそわする、この気持ちは。
(…これが、愛おしさ?)
 愛おしい。
 家族や民に対する気持ちとは全く異なる、この想い。
 グロリアーナの事が――好き、だ。
(…好き…とは、つまり…)
 マクシミリアンは、自分がグロリアーナに恋心を抱いている事に、初めて気が付いた。
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