女神様の悪戯で、婚約者と中身が入れ替わっています。

緋田鞠

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<12/マクシミリアン>

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 春花祭のダンスは、普段の夜会で踊るダンスとは違う。
 フロリーナは、大地の女神。
 春の芽吹きを寿ぎ感謝を捧げるダンスには複雑なステップはなく、貴族も平民も誰もが踊れるものだ。
 但し、平民の祭では両隣と手を繋ぎ合って大きな一つの円を作るのに対し、貴族の祭では二人一組になって円を描く形に変更されている。
 信頼関係のない異性と、身体的接触をしてはならない貴族令嬢に配慮しているのだ。
 学園では、在校生に婚約者がいる場合はその相手と、きょうだいがいる場合はきょうだいと、適切な相手がいない場合は友人と、ペアを組む事になっている。
 家同士の約束事から婚約が結ばれる事の多い高位貴族とは違い、比較的条件が緩い下位貴族の場合、恋愛関係を経て婚約を結ぶ事も珍しくない。
 その結果、文書で婚約を交わす前であっても、両家公認の恋人関係であれば、ペアを組む事が許されている。
 とは言え、全ての生徒に約束の相手がいるわけではない為、男性同士、女性同士のペアも多数出来る。
 ステップが、男女共に共通となっているからこそ、様々な事情に対応できるのだ。
 大らかなのは、女神フロリーナの懐の広さ故だろうか。
 いよいよ迎えた、春花祭前夜。
 午前中は通常授業があり、昼に一旦帰宅したマクシミリアンは、最終調整を終えたカナリアイエローのドレスを着て、夕刻、再び、学園へと戻って来た。
 コルセットは相変わらず地獄のようだったが、今のマクシミリアンはグロリアーナだ。
 彼女のこれまでの努力を、無に帰してはならない。
 その為に、念入りに髪型と化粧を調整した。
 先日、練習した通り、アイラインは控えめに、目元が柔らかく見えるように。
 綻んだ蕾のような初々しさと、生きる喜びを表現する。
 腰まである長い髪は、丁寧に香油を馴染ませて、上半分を編み上げ、様々な色合いの黄色い生花で飾り付けた。
 いつもよりも細く高い踵の靴が歩きにくいが、こんな靴を履いて、グロリアーナはあれだけ上手にダンスを踊っているのか。
「姉上、今日も本当にお美しいです。華やかでありながら、可憐だ」
「有難う、ジャレッド。嬉しいわ。今年は、シェリルと過ごす初めての春花祭。楽しんでちょうだいね」
 共に自邸で準備を終え、馬車に同乗して来たジャレッドの賛辞に、マクシミリアンは微笑んで返礼する。
 ジャレッドの婚約者シェリルは家門の娘で、今年、一年生に入学して来た。
 昨年まで、幼馴染の令息と友人同士でペアを組んでいたジャレッドは、シェリルの名を聞いて、僅かに頬を綻ばせる。
「はい、姉上」
(ジャレッドは、婚約者と上手くいっているようだな…)
 事態発生から五日目となった金の曜日になっても、二人の心は入れ替わったままだ。
 グロリアーナとの待ち合わせは、ダンスホール前の噴水広場。
 シェリルを出迎えるジャレッドと別れたマクシミリアンは、何処か緊張した面持ちのグロリアーナを見て、パッと顔を明るくした。
「『マクシミリアン』!良い春を」
 敢えて淑女らしからぬ音量の声を上げたのは、わざと周囲に聞かせる為。
 それも、これまでのグロリアーナとは違い、王子である『マクシミリアン』よりも先に声を掛けて、二人の関係が身分に囚われた政略的なものから逸脱したのだと言う事を、大々的に知らしめる。
「良い春を、『グロリアーナ』」
 グロリアーナもまた、マクシミリアンを見て微笑む。
 これまで、「殿下」、「グロリアーナ嬢」と呼び合っていた婚約者達が、突然、名で呼び合っているのだから、周囲の驚きは一方ならぬものだった。
 ただ、同時に昨日の東屋での出来事を目の当たりにした者や、話に聞いた者も多い為、戸惑いの声は少ない。
 グロリアーナは、シルバーグレーの礼装に、カナリアイエローのポケットチーフをしていた。
 首元を飾るのは、グロリアーナ自身がマクシミリアンの頭文字を刺繍したクラバット。
 パートナーと衣装に共通点を持たせたり、互いに贈ったものを身につけたりするのはよくあるが、マクシミリアンはこれまで、学内行事でまで気に掛けた事はなかったと思い至る。
 何があろうと、グロリアーナのパートナーが他の人間になる事はない、と思っていたからだが、改めて、グロリアーナと色を共有し、彼女に贈られた物を堂々と身に着ける姿を見ると、何処か誇らしく、そわそわした気持ちになった。
 何しろ、今の自分達は、晴れて恋人同士になったのだから。
 グロリアーナが差し出した腕に、マクシミリアンは手を絡め、ホールへと進む。
 これまでのエスコートよりも深く、明らかに二人の関係が進展したのだと、誰の目にも伝わるように。
 それを見たエイドリアンやユージーン、クレイグもまた、パートナーと共に、挨拶に訪れる。
「よい春を、マクシミリアン殿下、ラウリントン嬢」
 ユージーンが代表して挨拶すると、周囲にいた他の生徒も皆、胸に手を当てて軽く頭を下げる。
 正式な夜会とは違う為、挨拶も簡略化されたものだ。
「よい春を」
 返礼すると、これで義務は果たしたとばかりに、ユージーンの婚約者ソフィア、エイドリアンの婚約者アビゲイル、クレイグの妹バネッサが、二人を取り囲んだ。
「今日のドレスも素敵ですわ、グロリアーナ様!」
「殿下のチーフとお揃いなのですね!それに、もしや、殿下のクラバットはグロリアーナ様のお手になるものでは?!」
「先程のご挨拶には、驚きました。一体、いつからお二人はそのようなご関係になりましたの…?!」
 マクシミリアンの知る限り、彼の友人のパートナー達とグロリアーナは、つかず離れずの距離を保っていた筈だ。
 だが、この様子を見る限り、彼女達の方はグロリアーナに興味津々らしい。
「あの、それは…」
 思わず言い淀んでグロリアーナをちらりと見遣ると、すっと彼女がマクシミリアンの横に並ぶ。
「…詳しい話は、また、後日でも?」
「まぁ、殿下」
「まだ、口にするのは気恥ずかしいんだ」
「あら、まぁ」
 くすくすと笑いながらも解放してくれた彼女達に目礼すると、待っていたかのように、あっという間に挨拶の列ができた。
 こんな機会だからこそ、普段会話が出来ないマクシミリアンやグロリアーナと言葉を交わしたいのだろう。
 自分がいるのは、そう言う場なのだ、とマクシミリアンは改めて実感した。
 王族に生まれたと言うだけで、誰もが繋がりを求め、頭を下げる。
 生きていく上で、不足を感じたものはない。
 権力も富も持つ王子と言う身分は、人から見れば、随分と恵まれたもののようだ。
 それに付随する責任と、責任を負う為に必要な努力を度外視すれば。
 幼馴染達は、彼等もまた重い責任を負う家に生まれたからこそ、マクシミリアンの立場を正確に理解し、支えてくれている。
 それは、グロリアーナもまた。
 権力と富しか見えていない輩程、王子妃の地位に欲を掻く。
(こんなにも、私心を押さえ、責務に向き合い、努力している人は他にいない) 
 婚約者に選ばれたのが、グロリアーナで良かった。
(早く元の体に戻って、鏡越しではなく、自分の目で美しく装ったグロリアーナの姿を見たいのだが…)
 今のマクシミリアンにとって、グロリアーナは愛おしい女性だ。
 着替えも入浴も、マクシミリアンは指一つ動かさずエイミーに任せきりにしているし、浴室の全身鏡からは頑として目を逸らしている。
 だが、彼女への想いを自覚した以上、このままでは、グロリアーナの信頼を裏切ってしまいそうで怖い。
 周囲にどう思われていようと、マクシミリアンだって、お年頃の男子なのだ。
 何よりも、第一王子として行っている執務が彼女の肩に乗り続けている現状が、苦しくて仕方がない。
 彼自身、時折、逃げ出したくなる程の重責なのだから。
(フロリーナ様は、一体、どうしてこのような悪戯をなさったのか…)
 春花祭は、女神フロリーナに感謝と祈りを届ける祭。
(願わくは、一日でも早い悪戯の解消を)
 そして、改めて、自分自身の姿でグロリアーナに想いを告げさせて欲しい。
「あぁ、ダンスが始まるようだ。それでは、また後程」
 楽団の奏でる音楽が変わり、グロリアーナが集まっていた人々に声を掛ける。
 ダンスのペアと向き合い、一斉にお辞儀をすると、手を繋いでステップを踏みながら、くるくると右回転に回り始めた。
 円は、生命の永遠の流転を表現したもの。
 広いダンスホールに、多くの円が生まれる。
 装飾灯の灯りが、ひらひらと翻るドレスの裾、繋いだ手元から覗くカフスボタン、生花と共に止められた髪飾りに、ちかり、ちかり、と反射する。
 ダンスホールは、春を迎える歓びに満ちていた。
 マクシミリアンもまた、グロリアーナの顔を見上げ、懸命にステップを踏む。
 体の大きさが異なるせいなのか。
 高いヒールに慣れないせいなのか。
 入学以来、毎年グロリアーナと組んで踊って慣れている筈のステップが、どうにもぎこちない気がするけれど、一心に向き合うグロリアーナの顔を見ていると、段々気にならなくなっていく。
 くるり。
 くるり。
 次第に早くなるリズムの中、互いの顔だけを見つめているうちに、違和感を覚えた。
 くるり。
 体が、重い。
 くるり。
 視点が、高くなった。
 くるり。
 鼻先に香るのは、男性用の香水ではなく、甘い香油。
 くるり。
 大きな手に包まれていた筈が、小さな手を包んでいる。
 くるり。
「マクシミリアン、様…」
 震える声で、グロリアーナがマクシミリアンの名を呼んだ。
 その声の高さは、聞き馴染みがあると同時に、覚えのある声とは少し違う。
 見上げられている、と思った瞬間、マクシミリアンは、元の体に戻った事に気が付いた。
「グロリアーナ」
 マクシミリアンを見上げる、潤んだグロリアーナの瞳。
 グロリアーナのサファイアの瞳に、マクシミリアンのエメラルドの瞳が映り込んでいる。
「良かった…」
 安堵の余り、涙が零れそうになったグロリアーナの目元に、マクシミリアンは咄嗟に口づけた。
 両手が塞がっているから、と自分に言い訳をして。
「マクシミリアン様?!」
「名で呼んで、と言ったでしょう?」
「ですが、」
「グロリアーナ」
「…はい」
「ずっと、こう呼びたかったのです」
「はい…」
 赤く染まった頬で、恥ずかしそうに微笑むグロリアーナが、可愛くて仕方がない。
 どうして、今まで彼女の愛らしさに気づかなかったのだろう。
「今日の貴方も、綺麗です」
「ぇ」
「ドレスも、とても似合っています。マダム・アニタは、グロリアーナの事をよく判っていますね。これまで、貴方が黄色のドレスは着ている所は見た事がありませんでしたが、藍色の髪によく映えています」
「ゃ」
「このクラバット、大切にしますね。繊細で美しい刺繍です」
「あの」
「今度は、俺にもドレスを選ばせてください。…できれば次は、俺の色を着て欲しいです」
「は、はい」
 矢継ぎ早に告げると、グロリアーナの頬が、一段と赤く染まる。
 一体、誰が、彼女を高慢で冷徹な令嬢と呼んだのか。
(こんなにも、可愛らしい人なのに)
「ねぇ、ちゃんと、名前で呼んでくれませんか?」
「…っ!…マクシ、ミリアン…?」
「嬉しいです、グロリアーナ」
(…あぁ)
 胸の奥から湧き上がる、温かく、何処か獰猛ですらある想い。
 グロリアーナの全てが欲しい。
(これが、恋か)
 だったら、恋とは優しく甘いだけの気持ちではない。
 いつの間にか、音楽が鳴り終わっていた。
 ゆるりと足を止めた二人は、互いをひたすらに見つめ合う。
 ホール中の誰もが息を詰めて二人に注目している事も気にならず、マクシミリアンは片膝を折ると、ゆっくりとグロリアーナの前に跪いた。
「マクシミリアン…!」
 慌てたように声をあげるグロリアーナの左手をそっと掬い上げ、マクシミリアンはその薬指の根元に、軽く音を立てて口づける。
 動揺したのか、グロリアーナの手が震え、右手でそっと胸を押さえたのが見えた。
「グロリアーナ」
「は、はい」

「女神フロリーナに誓います。私の心を、貴方に捧げます」

 真っ直ぐに、グロリアーナの顔を見上げる。
「…っ!」
 グロリアーナが、息を飲んだのが判った。
 春花祭は、別名求愛の宴。
 女神フロリーナの名に懸けた誓いは、どんな困難に見舞われようとも、乗り越えられる、と言い伝えられている。
 マクシミリアンは、グロリアーナの手を取ったまま、じっと彼女を見つめ、返事を待つ。
 唖然とマクシミリアンを見つめていたグロリアーナが、大輪の薔薇の蕾が花開くように、ゆるゆると美しい笑みを浮かべた。
 鋭い印象だった目元が潤んで柔らかく綻び、幸せそうに上がった口角と上気した頬が、言葉にせずとも、余す事なく気持ちを伝えて来るようだ。
 グロリアーナは、そっと屈みこむと、マクシミリアンの額に口づける。

「女神フロリーナに誓います。私の心は、常に貴方と共に」
 
 正式な婚約者でありながら、敢えて公開求婚を行ったマクシミリアンに、わぁっと生徒達が盛り上がり、パチパチと盛大な拍手と歓声が送られる。
 空気を読んだ楽団が、祝いの曲を一節、演奏した。
 だが。
 興奮と感動の渦の中、ほんの一瞬できた静寂に、その声は大きく響いた。
「こんなの、嘘よ!」
 艶やかなストロベリーピンクの髪。
 淡いピンクのレースを幾重にも重ねたドレス。
 愛らしい顔に不似合いな憤怒の表情を浮かべたアシュリーが、グロリアーナを睨みつける。
 その勢いと、余りにも不敬な態度に、周囲からサーッと波が引くように、人が下がっていった。
「マクシミリアン様、告白の相手を間違えてます!」
「…間違い…?」
 ピクリ、とマクシミリアンの眉が動く。
 彼はゆらりと立ち上がると、グロリアーナを庇って半歩、彼女の前に出た。
「間違い、とはどう言う意味だろうか、ハミルトン嬢」
「だって、おかしいじゃないですか!その人は、私の事を虐めてたんですよ?私の身分が低いからって、あれも駄目これも駄目って!何で、そんな意地悪な人を選ぶんですか?」
 マクシミリアンは、冷めた顔をアシュリーに向ける。
「気に入らない言葉は幾つかあるが、まず、前提としてグロリアーナは、何一つ間違った事を言っていない。彼女が君に忠告していたのは、君が婚約者のいる異性に不用意に近づき過ぎていたからだ」
「学園では生徒は皆平等なのに、そんなの変です!」
「『平等』とは、『何をしてもよい』と言う意味ではない」
「でも…っ!マクシミリアン様は、何も言わなかったじゃないですか…!」
 マクシミリアンの視線が、一層冷たいものになった。
 元々の顔立ちが整っているだけに、彼が表情を消すと、恐ろしさもひとしおだ。
「何故、私がわざわざ君に注意してやらねばならない?」
「………え?」
「君は、エアリンドの学園に通っていたのだろう?それも、四年も。君が問題行動を起こすようになってから、君の母校の校則を取り寄せたが、本校と大きな差異はなかった。つまり、君は学園生活の原則をよく理解した上で、敢えてあのような言動を取っていたと言う事になる。エアリンドの学園では取らなかった言動を、な。幼い子供じゃないんだ。自らの意思で選択しているのに、何故、私が注意せねばならない?」
 気圧されたように、びくり、とアシュリーが一歩、足を後ろに引いた。
「でも…っ」
「グロリアーナは、心優しい女性だ。君がフローニカの社交界から排除されないように、との思いから、人目につかぬ所で注意を促していたのを、よりにもよって、虐めを受けていただと?」
 アシュリーから聞いていた話が違うのだろう、顔を寄せてヒソヒソと言葉を交わす生徒達の姿が、マクシミリアンの視界に映る。
「でも、おかしいです!マクシミリアン様が私を選ばないと、フロリーナの加護は完全にフローニカから失われるんですよ?!」
 アシュリーが女神フロリーナの名を呼び捨てた事に、マクシミリアンの眉が吊り上がった。
 同時に、「加護が失われる」と言う言葉に、生徒達が不安そうに顔を見合わせる。
「アシュリー・ハミルトン男爵令嬢。君は、大いなる勘違いをしているようだ」
「…勘違い…?」
「我が国に授かった女神フロリーナの加護には、欠片も綻びは見られない。大神官を始めとする高位の神官達のいずれもが、今後少なくとも百年は、我がフローニカ王国の加護は安泰と言っていた」
「そんな…っ、ここ数年、日照りや洪水による飢饉がありましたよね…?!それは、加護が薄れ始めたからで…!」
「何の話だ?我が国の飢饉が最後に記録されたのは、三百年は前の話だぞ」
「うそ…」
 両手で口を押えて、足から力が抜けたのか、へたりと床に座り込んだアシュリーから視線を逸らし、マクシミリアンはホール全体に届くよう、声を張った。
「いい機会だから、はっきりと言っておこう。私、マクシミリアン・グレアム・フローニカは、グロリアーナ・ラウリントン公爵令嬢を妻に迎える。例え、始まりは家同士の約束であったとしても、生涯の伴侶として彼女を望むのは、私自身だ。この気持ちに偽りはなく、誰の口出しも認めるものではない」
 その言葉を受けて、人々の輪の中でじっと様子を窺っていたジャレッドがすっと挙手をする。
「マクシミリアン殿下、発言をお許し頂けますでしょうか」
「許す」
「ラウリントン公爵の子息としてではなく、姉グロリアーナを愛する弟として、お尋ね致します。殿下は姉に、お心を捧げると誓ってくださいました。では、殿下が姉に捧げるお心とは、何なのでしょう」
 マクシミリアンは、『グロリアーナ』であった時に、ジャレッドに掛けられた言葉を思い出す。
『姉上は、王家の為にお生まれになったのではない。ご自身を幸せにする為に、生きておられるのですから』
 ジャレッドは、『王子妃として相応しいから』グロリアーナを選ぶのではなく、『彼女を好いているから』グロリアーナを選ぶ、と言わせたいのだろう。
「グロリアーナは、王子妃としての資質に恵まれている。美しく、聡明で、いつでも国を思っている」
 ジャレッドの肩が、ぴくりと動いたのが、マクシミリアンにも判った。
「だが、彼女の最も素晴らしい所は、その才に驕らず、真摯に責務に向き合うその姿勢だ。人々はとかく目に見える成果ばかりを評価しがちだが、国を支える力は必ずしも、表に見えるものとは限らない。それを理解した上で、正当な評価を受けていないと不満に思う事なく、民の為に励む彼女を心から尊敬しているし、彼女の事を幸せにするのは私でありたい。何よりも、グロリアーナを、」
 一度、言葉を切って、グロリアーナを見つめる。
「愛している」
(伝えたい気持ちを伝えられる事が、こんなにも幸せだとは)
 先程、『妃』ではなく、敢えて『妻』と言う言葉を選んだのは、グロリアーナを求めているのはマクシミリアンの個人的な感情からであると強調し、周囲を牽制する為だ。
 何事にも淡白な性質だと思っていたのに、グロリアーナへの独占欲だけは、止められそうもない。
 はっきりと告げられた言葉に、グロリアーナが瞳を潤ませ、恥ずかしそうに視線を伏せた。
「では、今度は第二王子としてではなく、兄マクシミリアンを尊敬する弟として、問わせて貰おう」
 そう言いながら前に進み出たのは、オズワルドだった。
「グロリアーナ嬢。兄は、貴方を愛していると言った。兄と共にある、と言う貴方の心は、兄の想いと釣り合うものだろうか」
 グロリアーナが、マクシミリアンの隣に並び立つ。
「一国を支える重いお役目に向き合われている事を、以前から尊敬申し上げておりました。私の想いは臣が主に向けるものであり、それ以上のものではないと、思い込んでもおりました。けれど…いつしか私は、欲を抱くようになりました。王子としてのマクシミリアンを支える人は、たくさんいます。では、王子の立場を離れた時には?」
 そう言うと、グロリアーナはマクシミリアンを見上げた。
「マクシミリアンを幸せにするのは、私でありたい。心から、お慕いしております」
 微笑みかけるグロリアーナに、マクシミリアンは愛おしそうな笑みを返す。
「雨降って地固まる、と言う事かな?」
 ユージーンの問いに、二人は顔を見合わせて、頷いた。
 それから、改めてマクシミリアンはホールを広く見回す。
「先程の、アシュリー・ハミルトン男爵令嬢の発言に、不安を感じた者もいるかもしれない。後日、改めてフローニカ王家としての声明を出す事になるだろうが、一つだけ今、はっきりと言っておく。女神フロリーナは、フローニカ王国を愛し、その加護を余す事なく授けてくださっている。だから、恐れずともよい。ハミルトン男爵令嬢は、エアリンド帝国民だから、フロリーナ様の加護について、正しい知識を持ち合わせなかっただけの事だ」
 グロリアーナもまた、マクシミリアンの隣でにこやかに微笑んで頷くと、生徒達はホッと安心したように表情を緩めた。
「騒がせてすまなかった。皆に、良い春が訪れん事を祈る」
 こうして、春花祭は、平穏無事とは言えないものの、最後には和やかな空気で終わったのだった。
 ――表向きには。
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