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『月明かり』VS……

戦姫ミラ。そしてレイラとエイミー。①

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「戦姫ミラって知ってる?」

 レイラのこの言葉に、首を横に振ったアマタに、エイミーはテーブルに身を乗り出し、詰め寄った。

「アマタ! 貴様、ミラ様の事を知らんのか??」
「うん。俺この国の出身じゃないし。」

 あっけらかんと答えるアマタに、エイミーは、けしからん、とばかりに説明を始めた。


 戦姫ミラ。

 この名前を知らない国民は居ない。

 元王都騎士団団長。

 一見すれば少女のような華奢な体に、白銀のアーマードレスを纏い、レイピアを携え、戦地へと赴く。

 透き通るような白い肌に、腰下まで伸ばしたロイヤルブルーの髪の毛。

 誰よりも早く戦場を駆け、青い髪を振り乱しながら戦う姿に、敵国の兵士たちは、『青薔薇』、と言う名前を付け、忌み嫌った。

「……それでな、ミラ様を恐れた敵国ヒュージは、ラースへの侵攻を諦めたんだ。」
「ラースって??」

 アマタのこの言葉には、エイミーだけで無く、レイラやルル、クロでさえも、目を見開いた。

「ちょっと、アマタさん。本気で言ってるの?? ラースはこの国の名前よ?」

 これは不味かったか? とアマタは思う。

 アマタは、この世界にやって来て、自分が関わった街や村の名前は覚えていたが、国の名前は気にも留めなかった。

 実際に王都へ行ってはいるが、皆が王都と言うので、それ以上は何も思わなかったのだ。

「ま、まあ俺は、遠くから来た田舎モン、だからな。」

 エイミーたちのジト目を感じたアマタは、我ながら苦しい流れだと思い、無理矢理に話を引き戻す。

「で、ラースが何だっけ?」
「まったく……仕方無いな。色々説明してやるから、ちゃんと聞くのだぞ?」

 エイミーは、しぶしぶ感を出しつつも、やたらと張り切って、何も知らないアマタに、1から説明をし始めた。
 
 300年前、戦乱期のアストリア大陸に、突如現れた、冒険者ラース。
 ラースは仲間のガイアス、エミリアと共に、各地に乱立する豪族をまとめ上げ、大陸の東側を平定し、国を興した。

 それがラース王国の始まりである。

 大陸西地方の豪族たちも、それに対抗して結託し、幾つかの国が生まれる。

 しばらく戦火は続いたが、これ以上の民の疲弊は無益と判断したラースは、平和協定を発案し、各国もこれに応じた。
 
 ラース王国の民だけでは無く、戦争の終結を待ち望んでいた大陸中の人間は、平和をもたらしたラースを、英雄王と呼んで讃えた。

 この英雄王ラースの話は、伝記や絵本、演劇にもになっているらしい。

「300年……随分昔からある国なんだな。」
「そうだぞ。すごいだろう?」
 
 得意気な顔で、今の国王は15代目だと付け加えるエイミー。

「その国王の娘がミラ様なのよ。」
「お、おい、その話は私がしようと思ってたんだぞ!」
「あなたの話は長いのよ。」

 レイラの言葉に、バッサリと一刀両断されたエイミーは、ぐぬぬ、と唸り声を漏らす。

「第1王女ミラ。これが元騎士団団長、戦姫ミラなの。」

 敵国ヒュージの侵攻を食い止めた後も、騎士団を率い、幾つもの功績を挙げていたミラであったが、王女としての執務にあたるべく、団長の座を降りた。

 ミラに与えられた職務は国内の治安の向上。

 主に闇組織の粛正が目的であった。

 今までは、騎士団が闇組織とも対峙していたが、騎士団の力は、活発化する外部の敵対勢力への抑止力として独立させるべきである。

 そう考えたミラは、ギルドシステムの浄化と強化を考えた。

 貴族絡みの賄賂や、天下り、癒着を根絶し、ギルドの財政を正しい状態に戻す。
 そうすれば、依頼の報酬を増やす事も出来る。

 冒険者の生活は潤い、ギルドへの定着率も上がる。
 定着率が上がり、在籍期間が長くなれば、それだけ1冒険者も成長し、ギルドの地力も底上げされる。

 ギルドが強くなればなる程に、モンスターや盗賊の討伐などは、騎士団が出張る必要無く解決される。

「なるほどね。じゃあ今回の俺たちの1件は、王女様にとっても都合が良かった、って訳か。」
「そうね。今回は、本当にイレギュラー中のイレギュラーだったけどね。」

 ミラは、ダグのような、ギルドのために機能していない古株の人間の排除には、慎重を期した。

 国民が不自然に思わぬよう、徹底的にその人間を調べ上げ、泳がせ、ボロが出るタイミングを狙った。

 ダグは、自らアマタたちと一悶着を起こし、謂わば勝手に自滅したようなものだ、とレイラは言う。

「なるほどね……」
 
 アマタは、レイラとエイミーを、ジッ、と見つめた。

「で、お前らは一体何なんだ?」

 不意に突き付けられたアマタの言葉に、レイラとエイミーは、表情を強ばらせる。

「支部ギルドの職員と、騎士団の副団長。どう考えたって、副団長の方が立場は上のはずだ。」

 それなのに、レイラはエイミーに対して、見る人間からすれば、不遜な態度を取っている。

 それに……、とアマタは続けた。

「王女様の意志を、そこまで、事細かく知っているってのは、普通じゃあり得ないよな?」

 王女ともなれば、それは当然、次代の国を担う人間。国家の中心人物である。

 そんな人間の考えを、例え騎士団副団長の肩書きを持っていようとも、ここまで深く知らされるものであろうか。
 ましてや、アマタたちに話をしたのは、レイラと言うギルドの職員なのである。

「お前らは一体、王女様の何なんだ??」
 
 少し無言の時が流れ、レイラが、ふふ、と笑う。

「アマタさん……本当に鋭いわよね。嫌んなっちゃう。」
 
 ふぅ、と深くため息を吐くレイラ。

「私とエイミーは、ミラ様の直属の部下よ。」
「えっっ??」

 大方予想出来ていたアマタとは違い、想像もしなかったレイラの言葉に、ルルは驚きを隠せなかった。
 
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